社会が劇的に変わる瞬間には、ある「転換点=ティッピング・ポイント」が存在する。ティッピング・ポイントの概念を世に広めたマルコム・グラッドウェルさんは「似たタイプの人間が集まるモノカルチャー集団は、現代社会において大きな危険を孕む」という――。

※本稿は、マルコム・グラッドウェル『超新版ティッピング・ポイント 世の中を動かす「裏の三原則」』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■親密で裕福なコミュニティが不気味だった理由
社会学者のセス・アブルッティンが仮に「ポプラー・グローブ」と名づけた町の話をしよう。アメリカ特有の、とても親密で富裕なコミュニティの典型例だ。
アブルッティンの研究パートナーであるアンナ・ミューラーは言う。「美しい、そして非常に誇り高いコミュニティだ。誰もがポプラー・グローブ出身であることを心から誇りに思っている」。高校は州内トップ校の一つだ。どんなスポーツ種目でも州のチャンピオンに輝いたことがある。「学生たちの演劇も見事としか言いようがなかった」
彼らが書いた学術書には、次のようなくだりがある。「ポプラー・グローブの住人たちが共有の価値観をよどみなく、齟齬なく語る様子はときに不気味ですらあった。誰もが『私たち』という主語を使った」
■高校の生徒が理想の子供像に縛られ選択肢を持たない
アブルッティンとミューラーが最初に衝撃を受けたことの一つが、ポプラー・グローブ高校の生徒がみな同じような話しかしないことだった。たとえばインタビューを受けたナタリーという少女の話はこうだ。

「成績表にBが4つあったのが本当に屈辱的で。こんな成績、友達に言えないって思いました。みんなオールAだから」
ポプラー・グローブはあまりに小さく閉鎖的な町で、話題は一つしかないようだった。学校の廊下で交わされるゴシップといえば、成績の話ばかりだった。
アップルティンは語る。「理想の子供像というのが非常に明確で、子供たちにはそれ以外の選択肢がほとんどなかった。そしてプレッシャーはあらゆる方向からかかっていた。ランキングで上位を保ちたい学校、子供が期待する大学に入れないのではないかと気を揉む親。そして子供たち自身も、常に自分にプレッシャーをかけていた」。
■優等生タイプばかり集まった学校はレジリエンスに欠ける
子供たちに理想から外れる選択肢がほとんどないというのは奇妙な話だ。言うまでもなく高校というのは伝統的に、若者が自分らしさを発見するための場だからだ。
典型的な高校では、学校が大好きなグループもあれば、大嫌いというグループもある。
騒々しくて問題を起こすグループもいれば、勤勉で静かなグループもいる。この多様性がとても大切なのだ。ティーンエイジャーは自分が何者なのかを模索しており、学校に多様なグループが存在すれば一緒にいて心地よい仲間が見つかる可能性は高まる。
だがポプラー・グローブはどうか。図表1、2は、別の研究者がふつうの高校とポプラー・グローブ高校において、グループの社会的位置について分析したものだ。
ポプラー・グローブでは、スケボータイプなら成績優秀なスケボータイプ。オタクならみんなから好かれるオタク。パンクでも第一志望の大学に合格するようなパンクと均質なのである。
こうした一糸乱れぬモノカルチャーの世界は、レジリエンス(困難から立ち直る力)に欠ける。図表1のようなふつうの高校では、たくさんのサブカルチャーのどれか一つで社会的伝染病が発生しても、それが他のサブカルチャーに拡散するのは難しい。高校内のグループ同士が離れすぎているからだ。それぞれに固有の文化的抗体があるために、病原体が自由に学校全体に広がるのは難しい。

対照的にモノカルチャーには、外的脅威に対する内的防御が一つもない。ひとたび壁のなかで「感染」が始まれば、それを止めるものは何もないのだ。
■なぜ自殺の連鎖が起きてしまったのか
ポプラー・グローブの伝染病は、アリスという少女が橋から飛び降りたことで始まった。
真っ昼間で周囲に人もいたので、アリスは病院に搬送されて助かった。
「アリスはどこから見ても完璧なポプラー・グローブのティーンエイジャーだった。周囲は彼女を頭が良く社交的で、意欲的で、かわいいと評価していた」とミューラーとアブルッティンは書いている。「アリスの自殺未遂は衝撃的で、親密なコミュニティで衝撃的事件が起きたときの常として町はその話題で持ち切りになった。すべてを持っているような少女が、ほとんど苦労した形跡も見せなかった少女が、なぜ自ら命を絶とうとしたのか」
半年後、アリスのクラスメートで、チームメートでもあったゾーイという名の少女が同じ橋から飛び降りた。ゾーイは助からなかった。その4カ月後、ゾーイとアリスのクラスメートだったスティーブンが銃で自殺した。
■約10年間で6人の生徒が自殺した理由とは
小さなコミュニティで3人が自殺を試み、2人が死んだのだ。それから7年が過ぎた。
あれは一時的乱調だったと片づけることもできるかと思われたが、そんななかさらに2件の自殺が起きた。
2人の少年がわずか3週間の間に命を絶ったのだ。続いて2人と仲の良かったケイトという「人気者」グループの少女が、アリスとゾーイと同じ橋から飛び降りた。その後何が起きたかはミューラーとアブルッティンの説明を引用しよう。
「ケイトの死から1年も経たないうちに、再び大きなクラスター自殺が発生した。わずか6週間のうちにシャーロットと、彼女と仲の良い男子3人が自殺したのだ。それ以降もポプラー・グローブでは少なくとも毎年1人、青少年が自殺している。複数の自殺者が出た年もある。少年少女の自殺未遂も多い。2005年から2016年にかけての約10年で、生徒数わずか2000人あまりのポプラー・グローブ高校で女子生徒が4人(同校から転向した直後に自殺した少女を含めれば5人)、また中学校では2人、さらには高校を卒業して数年以内の若者が少なくとも12人自殺している」
■モノカルチャーは出口のない高速道路
2000人規模の高校なら、統計的に自殺は10年に1~2件というのがふつうだ。ポプラー・グローブはそれを大幅に上回っていた。中学校の生徒たちは高校で自殺が続いていることを耳にし、その後高校に進むと同じように何人かが自殺する。

人々がポプラー・グローブに移り住んでくるのは、そこが安全だと思うからだ。アメリカの多くのコミュニティを悩ませる暴力や不安感とは無縁である、と。だから自殺の蔓延は驚きをもって受け止められた。
なぜここで、こんなことが起こるのか? だが考えてみれば驚きでもなんでもない。ポプラー・グローブはモノカルチャーだった。出口のない、どこまでもまっすぐに伸びた高速道路ともいえる。
最初の自殺が起きたときには異常事態と受け止められた。それが再び起きたときには懸念事項となった。だが何度も繰り返し起きるうちに(なんとも悲惨な話だが)、それは常態となった。
「4つのクラスターのうち少なくとも3つには、校内でよく目立つ、ポプラー・グローブの理想的若者を体現するようなステータスの高い生徒が含まれていた」とアブルッティンは書いている。
「具体的にはシーズンごとに3つの異なるスポーツチームで活躍し、そのうち1つではキャプテンを務め、成績評価は4.0といった具合に。自殺した若者の多くは非の打ちどころがなさそうだったのに、突然命を絶った。
だから「彼らでさえこの環境には耐えられないのに、私に耐えられる?」という空気があった。
■伝染病を追い払うにはモノカルチャーを打破するしかない
モノカルチャーに起因する伝染病に最も効果的なのは、モノカルチャーを打破することだ。
ポプラー・グローブもそうすべきだろうか。もちろんだ。だが、どうやって? ポプラー・グローブのモノカルチャーを生み出したのは、ポプラー・グローブの親たちだ。彼らには、子供を隣町の学校に通わせるという選択肢もあったが、そうしなかった。
全生徒が粒ぞろいの学校に通わせることを望んだのだ。ポプラー・グローブのモノカルチャーが崩壊したら(生徒たちが散り散りになり、教師たちが異動になったら)、おそらく新生ポプラー・グローブ高校は以前のような名門校ではなくなるだろう。
全国ランキング上位には入らないかもしれない。州のスポーツ大会で何十という優勝トロフィーを手に入れることもなくなるかもしれない。ポプラー・グローブの住人がポプラー・グローブの魅力だと感じていたものが失われてしまう。
伝染病はモノカルチャーを好む。ただ、それは私たち人間も同じだ。ときには必死になってモノカルチャーを生み出そうとすることもある。たとえその結果、自分の子供を危険にさらすことになろうとも。

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マルコム・グラッドウェル
ジャーナリスト

本書のオリジナル版である『ティッピング・ポイント:いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』をはじめ、『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』『天才!成功する人々の法則』『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ 「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』『ボマーマフィアと東京大空襲 精密爆撃の理想はなぜ潰えたか』など数々のベストセラーを世に送り出す。1996年から米名門誌『ザ・ニューヨーカー』のスタッフライター。イギリス生まれ、カナダ育ち、現在はニューヨーク在住。

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(ジャーナリスト マルコム・グラッドウェル)
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