■お忍びのもんじゃ焼き屋では「田中」呼び?
天皇皇后の長女・愛子さん、23歳。秋篠宮家の長男・悠仁さん、18歳。

青春真っただ中の2人だが“謳歌”の仕方は随分違うようだ。
愛子さんは仕事に公務に大忙しだが、自身の将来が見通せない、人生設計を立てられない日々が続いている。
将来、天皇になることが決まっている悠仁さんはピッカピカの大学1年生。多くの週刊誌でキャンパスライフを楽しんでいる様子が報じられている。
まずは、悠仁さんのほうから見てみよう。
週刊現代(5月26日号)によれば、5月の大型連休の少し前、東京下町の古びたもんじゃ焼き屋に、高校時代のクラスメイト達と現れたという。月島だったのだろうが、あそこは小さい店が多く、細い横丁ばかりだから、警備が大変だったのでは。
友人たちは悠仁さんのことを田中などと「コードネーム」で呼んでいたそうだ。そんなミッションインポッシブルのようなことをやらなくても、周りはすぐに「悠仁さんだ!」と気がついたはずだ。
デイリー新潮(5月23日)で、宮内庁担当記者は記事の感想をこう漏らしている。
■「アルバイトをしたい」ご意向があるようだが…
「記事は読みました。悠仁さまがもんじゃをうまく焼けないと見受けられる描写もありましたが、それも含めて微笑ましいワンシーンに映りました」。
さらに、「記事の通りなら、コードネームでの呼び方などよく工夫されたなぁとも思いました。一方で、悠仁さまには出来るだけ庶民や一般の人たちの生活や息づかいに触れられたいとの思いがあるようにも感じましたね」(同)
父親の秋篠宮も学生時代、同じような目撃談が報じられたことがあるという。「FOCUS」(1986年10月24日号)で、1986年秋、在籍していた学習院大学の仲間たちと共に大学近くにある目白のスナックで歓談している姿が報じられたそうだ。
先の宮内庁担当記者によると、悠仁さんはさらに先のことを望んでいるという。
「アルバイトをしたいとの思いがあるようです。悠仁さまは大学への通学方法に関しても、採用されることになった実家と大学近隣からのハイブリッドスタイルではなく、ひとり暮らしを希望されていたと聞いています。主として紀子さまの反対でひとり暮らし案は“否決”されたとのことですが、今回のバイト案は一連のご希望の流れの中にあるものだと見られています」
■大学のお祭り屋台では自ら売り子も
そのための“予行演習”ではないのだろうが、この時期に1年生が主体となって「やどかり祭」という宿舎祭が行われた。そこで悠仁さんのクラスは屋台でベビーカステラを売ったそうだが、デイリー新潮(6月18日)で1年生女子はこう話している。
「本祭当日は“カステラいかがですかー?”と自ら声を張り上げ、売り子をされていたので振り向く学生は多かった。しかも悠仁さまのお店は細胞の核分裂をテーマにしていたようで、幟に〈ベビー核テラ 只今、分裂中〉と書くなど、ヒネリの利かせ方が独特で“さすがは理系の生物学類だ”との声が上がっていました」
週刊女性(7月1・8日号)によれば、ファミレスで友人たちと談笑する悠仁さんの姿が目撃されているという。
親しくなった友人たちと、講義が終わると大学近くのカラオケにもよく行くとも報じている。そこでは「RADWIMPS」の『なんでもないや』という曲を熱唱しているという。
このバンドは、2016年公開のアニメ映画『君の名は。』の主題歌を歌ったことで有名だそうだ。
■カラオケで歌うのはRADWIMPS
悠仁さんは筑波大学附属高校1年の頃、「蓼科合宿」という行事に参加し、キャンプファイアーをした際も、RADWIMPSの『スパークル』を一緒に合唱したという。
『なんでもないや』の中には「もう少しだけくっついていようよ」という歌詞がある。お年ごろだから当然だが、母親の紀子さんとしては少し気になる言葉ではないかな……。
ある筑波大生が悠仁さんたちが出てきたばかりの同じカラオケ店のボックスへ入り、曲の履歴を見てみると、「君が代」があったという。友人たちにこれを歌わせ、自らの「帝王教育」の一助にしていたのだろうか。
紀子さんといえば、女性セブンが「眞子さん出産」と報道してから、10日もたってから宮内庁が「眞子さまが出産した」ことを認めた。だが、いつ生まれたのか、男の子か女の子かということは一切発表しなかった。それは秋篠宮がそうしなさいといったといわれている。
だが、紀子さんはどうか? 初孫を早く抱きしめたいと思うのは紀子妃とても同じだろう。だが、秋篠宮にいい出すことなどできはしない。

そんな屈託を抱えている紀子さんは、職員たちにつらく当たっているといわれている。新潮(6月12日号)は、そんな母親と悠仁さんとの「距離」も離れつつあると報じている。
■「それはおかしい。お母さまが間違っていますよ」
秋篠宮家では9月の悠仁さんの「成年式」に向けての作業が進められているようだが、「先日は、職員が言いつけとは異なる動きをとったため、紀子さまが厳しいお言葉を投げ掛けられる一幕がありました」(秋篠宮家の事情を知る関係者)
すると、
「そこに悠仁さまが居合わせておられました。ご自身にまつわる件で職員が母親から苛烈な指導を受けている場面を目の当たりにされた悠仁さまは、紀子さまに向かって『それはおかしい。お母さまが間違っていますよ』などと、整然と進言なさったのです。職員は難を逃れ、紀子さまはその場で反論できず、口をつぐんでしまわれました」(同)
そのほかにも、報道陣の前で、悠仁さんが紀子さんをあからさまに避けるような素振りをしたことが、何度かあったそうだ。先の関係者はこうも話す。
「将来のお世継ぎであられる悠仁さまをしっかりお育てして国民の期待に応えたい。その一心でご長男と向き合われ、何くれとなく世話を焼かれる紀子さまのお姿に、悠仁さまは辟易なさっているご様子もうかがえます」
悠仁さんは大学1年生だから、遅い反抗期ではないのか。父親や母親が煙たくなる年ごろなのであろう。
だが、長女の眞子さんとは意思疎通ができず、次女の佳子さんともあまりやりとりがないといわれる秋篠宮家。
これで長男にもそっぽを向かれたら紀子さんとしてはやりきれない思いだろう。
■戦後80年の沖縄を訪れた愛子さま
一方の愛子さんの日常は、悠仁さんとは違って仕事と公務の日々である。
6月4日、天皇皇后と愛子さんの姿は国立沖縄戦没者墓苑にあった。女性自身(7月1日号)は、宮内庁関係者の話としてこう報じている。
「たしかに公的な行事に両陛下がお子さまを伴われることはありません。ただ今年は事情が異なります。戦後生まれの両陛下は、慰霊に加えて、“戦争の悲惨さや平和の尊さを未来へ伝える”部分にも力点を置かれていることは、愛子さまを伴われた沖縄ご訪問に顕著に表れていると言えます。
両陛下は、愛子さまと戦跡を訪れ、戦争の体験者や語り部などとの交流を重ねることで、国民全体に戦争の歴史と体験を伝えようとお考えなのです」
国立沖縄戦没者墓苑で、天皇一家は戦没者の遺族たちと懇談した。その一人である新垣生雄さんが、「(戦争で家族を失った)悲しみは消えません。日本をはじめ全世界が平和であることへのお力添えをお願いします」と語った。
懇談後に愛子さんは新垣さんに、「これからもお元気で頑張ってください」と声をかけられたという。
新垣さんは感激してメディアに、そう明かしたそうだが、その翌日、新垣さんは85歳で亡くなったという。

■「愛子天皇誕生」は国民の“総意”といってもいいい
戦争を知る人たちが少なくなっている今、そうした人たちと直に会って話を聞いておくというのは、愛子さんにとって貴重な財産になるはずである。
9月には天皇皇后が被爆地・長崎を訪問するそうだが、愛子さんも長崎への同行を切望しているという。
その前の5月にも愛子さんは、大地震に襲われた能登の復興状態を視察するために赴き、被災者たちに「温かい支援がこの先も続くとよろしいですね」と伝えていた。
5月8日、愛子さんが一人で大阪・関西万博を訪れた。その際、彼女の放つオーラに、観光客たちから驚きと歓声が上がったという。今や皇室を代表するのは愛子さんになりつつあることは間違いない。
警護付きではあるが、生まれて初めて手に入れた「自由」を謳歌している将来の天皇と、日本赤十字社に勤務し、その合間に公務をこなしているのに、数年先の自分の人生設計さえ考えられない天皇の娘。
仁心は千々に乱れ、今や“日没寸前”の日本を甦らせるには「愛子天皇誕生」しかないという声は、主権の存する日本国民の“総意”といってもいいのではないか。
■読売新聞でさえ「女性・女系天皇容認」を提言
保守系の読売新聞(5月15日付)でさえ「皇統の安定のために皇室典範を改め女性・女系天皇を容認」と提言したのである。
しかし、政治家たちは、「静謐な議論」を建前に、何も決定しようとしない。「いまだ男尊女卑の因習から抜け出せず、明治以降だけが伝統だというカルト思想の持ち主」(小林よしのり氏=週刊ポスト6月27日・7月4日号)のウルトラ保守派に気兼ねして動けないのだ。
ポスト(同)は「私たち『愛子天皇』を希望します」という特集を組み、先の小林氏を始め識者5人が提言している。

政治学者の君塚直隆氏はこういう。
「事実上の一夫一婦制となった大正天皇以降、日本で皇位の男系男子継承を維持することがいかに困難かは、欧州の事例からも明らかです。
愛子さまを天皇に求める人が多数なら、今こそ声を上げて皇室典範改正の議論をすべきです。一部の保守派が主張するような『日本は2600年続く万世一系だから特殊だ』といった言説は、歴史的事実を正確に反映しているとは言えません。
イギリスをモデルに成立した明治以降の天皇制は欧州の立憲君主制と本質的に全く同じです。戦後憲法における『象徴』という言葉もイギリスの考え方を取り入れている」
その欧州が男女同権意識の高まりで、憲法が改正され絶対的長子相続が認められているのに、日本ができないはずはないというのである。
■だからジェンダーギャップ指数もG7最下位
「世界経済フォーラム(WEF)は11日、世界各国の男女平等度を示す『ジェンダーギャップ指数』の2025年版を発表した。日本の総合ランキングは148カ国中で118位と、前年から横ばい。政治分野で改善が遅れ、今回も先進7カ国(G7)で最下位だった」(時事通信6月12日配信)
この低さには、女性天皇を認めない差別の国という評価が大きく影響しているのは間違いない。
歴史学者の河西秀哉氏も同様で、「自分が直系であり、最初に生まれたからこそ天皇になるのだとの自覚があれば、自然と即位に向けた準備ができるのではないでしょうか」
中世史研究家の本郷恵子氏は、「前近代、公家や武家の時代から、宮中でも男女の役割は分かれていました。女性も官位はあるが、政治や社会的な役割は男性が担い、女性は大臣や大納言に就くことはない。内廷で天皇や皇族のケア的な役割を担っていました」
■「愛子天皇→悠仁天皇」ではいけないのか
「けれども、天皇だけは別でした。天皇の位は完全に世襲のもので、その血統を受け継ぐ体や生理(体に伴う条件/生身の体)を絶対条件としていた。その条件を満たしていれば、女性であっても天皇になることは可能となっていたのです。(中略)皇位継承は自然でシンプルでわかりやすい『直系・長子』を優先とすればよく、女性皇族が公務だけのために『使い捨て』にされないようにすることが重要です」
宗教学者の島田裕巳氏も「歴史学の専門家に過去の女性天皇を『中継ぎ』だとする見解があるくらいなのだから、皇位を悠仁親王につなぐまで一定期間、愛子天皇が中継ぎの役割を果たすかたちはどうか」といっている。
カリスマ性、気品に満ちた振る舞い、知性溢(あふ)れる言葉など、どれをとっても天皇に相応しいものを持ち、国民的人気も高い愛子さん。国民の多くは、愛子天皇から悠仁天皇へという流れを待望しているはずである。
石破茂首相に提言したい。愛子天皇是か非か、国民投票をしてみてはどうだろうか。

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)

ジャーナリスト

1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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