赤ちゃんの先天的な病気を知るため、出生前検査(NIPT)を受ける人が増えている。実際に病気を持つ子の親は、どのように考えているのか。
毎日新聞取材班『出生前検査を考えたら読む本』(新潮社)から、長女が7番染色体の変化による「ゼーツレコッツェン症候群」と診断され、第3子をお腹に宿したキミカさん(26歳、仮名)のケースを一部抜粋・再編集してお届けする――。
■「ゼーツレコッツェン症候群」の女の子
SNSを通じてつながったもう一人の当事者を訪ねた。
大阪・梅田から電車やバスを乗り継ぎ約1時間、神戸市北区の高台に、集合住宅が建ち並んでいた。2022年6月のある日、記者が敷地内に入ると、足元で3匹のコガネムシが戯れるように、お互いの体を上ってはひっくり返っていた。自然があって都市部にも近く、子育てしやすい地域だった。
「いくで」
駐車場に車が止まると、元気な女性の声がした。後部座席から長男(4歳)と長女(3歳)を降ろすと、キミカさん(26歳、仮名)は、子どもたちを自宅に入るように促した。
長女ミエちゃん(仮名)は、7番染色体の変化による「ゼーツレコッツェン症候群」と診断されている。発達の遅れや両足の親指の変形、左目の奥の腫瘍、頭蓋骨の異常が主な症状として現れた。
だが、ミエちゃんは疾患の影響を感じさせないくらい軽やかに、ひょいひょいと階段を上がっていった。
自宅の居間で椅子に座った記者を、ミエちゃんは興味深そうに見つめた。キミカさんにはスナック菓子をねだった。

穏やかに見える一家。だがこれまでの歩みは平坦ではなかった。
■足の親指、目、頭蓋骨…次から次に判明する身体症状
2019年6月27日、ミエちゃんは誕生した。
すぐに看護師から赤ちゃんの頭頂部にある骨と骨とのひし形のすき間「大泉門(だいせんもん)」が膨らんでいると言われた。MRIと血液検査では問題は見つからなかった。だがキミカさんは、ミエちゃんの垂れ下がった左目のまぶたや、両足の親指の形に違和感を覚えた。
「なにかあるのかな」
気になり続けた。
生後4カ月の健診で、両足の親指が外反母趾のように大きく曲がっていると言われた。大阪府内の病院で整形外科を受診すると、足の親指が2本以上に分かれている多合趾(たごうし)症と診断された。
翌年5月、突発性発疹と発熱があった。熱は40度近くまで上がり、熱性けいれんを起こし救急搬送された。1週間入院し、その間に受けたMRIで、左目の裏に腫瘍が見つかった。

さらに、紹介された病院で再度MRIを撮ると、いくつかに分かれているはずの頭蓋骨がくっついて脳の成長を妨げる「頭蓋骨縫合早期癒合症」が見つかった。
脳が通常通り成長できるよう頭蓋骨を切り離し、骨と骨の隙間を作る手術をする必要があった。放っておけば、脳は狭い頭蓋骨内で成長ができなくなる恐れがあった。
次々と判明する身体症状に、キミカさんは不安が募った。
■「お話があります。来週、来てください」
1歳の誕生日を迎えた時、大阪府内の病院の遺伝診療科で、血液を採取し染色体検査をした。検査結果が出るまでしばらくかかるとのことだった。
翌月、脳外科を受診した後のことだ。事務員に「遺伝カウンセラーから話をしたい」と伝えられた。既に日は傾き、待合室にはほかに誰もいなかった。
遺伝カウンセラーがただならぬ様子で駆け込んできた。
「お話があります。
来週、来てください」
低い声で、抑揚なく言った。
「なんかあったんやろな」。
キミカさんは遺伝カウンセラーの表情から察した。キミカさんの不安は膨らんでいった。
「1週間待つのはしんどい。今言ってもらえませんか?」

「医師からでないと伝えられないんです」
遺伝カウンセラーは申し訳なさそうな表情を浮かべ、大きく首を横に振った。
キミカさんは遺伝カウンセラーの後ろ姿を見つめた。頭がズンと重くなる感覚を覚えながら、ミエちゃんを抱きしめていた。
■不安な気持ちを救った夫の一言
自宅に戻ってからも、検査結果のことが頭から離れなかった。
「何かあるんやろか」。
落ち着かずに病院のホームページを開いた。
遺伝診療科のページには、主な検査対象疾患が載っていた。

ミエちゃんと似た症状が出る病名を探した。
ダウン症候群、ターナー症候群、ウィリアムズ症候群など数十の遺伝子疾患を全て調べた。
一部の症状が合うものはあっても、ぴったり当てはまるものはなかった。
怖くなった。
子どもたちが寝静まった後、泣きながら母子手帳を開いた。成長曲線では、標準に収まっていた。順調に成長しているようにも思えた。
「遺伝性の疾患は、ないのではないか」「いや、何か言われるのではないか」。気持ちは日々揺れ動いた。
落ち込むキミカさんに夫が声をかけた。
「悩んでも仕方ない。なるようになる。
大事に育てよう」
その言葉に、救われた気持ちになった。
医師の話を聞く前夜。キミカさんは不安で寝付けなかった。
母子手帳にミエちゃんへの思いを綴った。かわいいと思える日常の仕草を思いつくまま書いた。
生まれてきてくれて本当にありがとう。やっと整理できた気持ちを書きます。全てがかわいくて食べたい♡ これからもパワフルかあちゃん続けさせてね♡
文字に書き出すことで覚悟は固まった。「もう大丈夫」。自分に言い聞かせ、眠りについた。
■2万5000人~5万人に1人の病気と告げられ…
翌日、病院内の一室に入ると、遺伝診療科の医師と遺伝カウンセラーの2人が待っていた。机の上に置かれている書類が目に入った。

「結果が出ました。ちょっと引っかかったみたいです。ゼーツレコッツェン症候群です」
医師は落ち着いた口調で言うと、机の上の文書を渡した。
病気についての説明資料だった。7番染色体「短腕21領域」の変化で、2万5000人~5万人に1人にみられるという。
症状については、頭蓋骨縫合早期癒合症、軽度から中等度の発達の遅れ、弱視などと書かれていた。珍しい疾患のため、病院のホームページには載っていなかったのだろうと思った。
説明を聞いてキミカさんは、むしろすっきりとした気分になっていた。「病名がついたことで起こりうることに対応できる」
翌月からミエちゃんは、2カ月にわたり入院した。頭蓋骨の手術のためだった。
頭蓋骨を切り離し、固定するため4カ所にボルトを入れた。この手術では、左目の裏の腫瘍も取り、良性とわかった。
■退院したあとの日常
入院中、頭部のボルトを回して一日2ミリずつ、骨の間の隙間を空けていった。最終的に3センチの隙間を空け、そこに骨が形成されるのを待つことになった。
ボルトは入れたまま退院した。成長とともに歩けるようになったミエちゃんは、転んだ時の頭の衝撃を和らげるため、クッションのような帽子をかぶった。それでもキミカさんは、転んだ時にハラハラする生活を数カ月送った。
翌年1月、頭部のボルトを取る手術に臨んだ。足の手術も受け、親指に2本あった骨を1本取り除いた。
4カ月健診で足の親指の異常が見つかり、頭蓋骨の異常も手術可能な段階でわかった。「手術で治療ができたことは幸いだった。慢性的な症状なら治療期間はもっと長くなっただろう」と思えていた。
この手術の後は、月に一度の通院で済んでいる。
「日常生活で気を遣うことは少なくなりましたね。少し転びやすいところはありますが、ほかの子どもと同じように育っていると思います」
不安は少なくなっていった。
■3人目の妊娠に、記者が問いかけたこと
記者の目の前で、3歳になったミエちゃんはスナック菓子をほおばっている。元気そうだ。野菜入りのスナック菓子に、「ふりかけみたい」と、愛らしく話しかけた。
ミエちゃんは毎日、保育園に通っている。友達と楽しそうに遊び、帰り際には「かっか(お母さん)だっこ、してー」と甘える。2歳半ごろから発語が始まり、急に言葉が増えた。三つの言葉をつなげた3語文を話すようになった。
ミエちゃんのことが可愛くて仕方がないという。
「2年前の自分には『どうにでもなる』と言ってあげたいです。どんな状況でも可愛いって感じることができて、母親としても自信がつきました」と目を細めた。
キミカさんはお腹に新たな命を宿している。第3子だ。出生前検査は受けたのか尋ねた。
「受けてないです。どんな子が生まれても、受け入れて育てます。自分が望んでお腹に宿った命だから。検査を受ける必要はないと思っています」
迷いなく言い切るキミカさんに意志の強さを感じた。
■「生きてるだけ、笑ってくれればいい」
実はキミカさんは大家族で育った。4人姉弟の長女で、看護師として夜勤もこなす母親の代わりに、祖母が夕ご飯やお弁当を作ってくれた。姉弟はいまも仲良しだ。そんなことから、キミカさんはたくさん子どもを産み、育てたいと願ってきた。
テレビアニメを見る子どもたちから、笑い声が上がった。その輪にさらに3人目も加わるのだろう。
いつの間にかミエちゃんは、キミカさんの膝に上がって抱っこされていた。
「望んで自分の所にきてくれた命だから産まない選択肢はないです。生きてるだけ、笑ってくれればいい」。
そう話すキミカさんはすっきりとした表情だった。
一方でこうも話した。
「もちろん、それぞれの家庭の状況があります。検査を受けることや中絶する選択をした方の判断は尊重したいです」

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毎日新聞取材班
毎日新聞くらし科学環境部の記者らによる取材班。毎日新聞デジタルで「拡大する出生前検査」を連載している。

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( 毎日新聞取材班)
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