部下や後輩から相談されたら、どのように答えればいいのか。『仕事で伝えることになったら読む本』(アルク)を書いた濱田秀彦さんは「ひと言目で自分の考えや答えを示してはいけない。
素直に受け入れてくれなくなるからだ。まずは相手の気持ちを受け止めることから始めるといい」という――。(第3回)
■相手の言葉を繰り返す
通常、相手の問題や悩み、困りごとを聞き出したら、アドバイスに向けて不明点を質問していきます。ただ、その前にやったほうがよいことがあります。ミニケースで考えてみましょう。次は、上司と部下の会話です。最後の空欄のセリフとして、最も適切なものは何か、考えてみてください。
【問題】

部下 先日から担当している経費集計の仕事のことなのですが……。

上司 どうかした?

部下 複雑な処理が多く難しいです。今後やっていく自信がありません。

上司 [ ]
この問題をセミナー受講者に出すと、最も多い解答は「どこが難しいの?」というもの。それは決して悪くありませんが、傾聴(よい聞き方)という観点からすると、もっとよいセリフがあります。

それは「そうか……、少し自信なくしちゃったか……」です。これが傾聴のスキルの1つ「リピート」です。相手の言葉を繰り返すことで、「その気持ち受け取ったよ」というメッセージを送ります。相手は「わかってもらえた」と感じ、「この人はわかってくれる。素直に話そう」となり、この後の質問→アドバイスへ続くよい流れが作れます。
■“アドバイスしたい気持ち”は抑える
「どこが難しいの?」という質問は、いずれすることになるのですが、まだ早い。アドバイスする側は、相手の話を十分に受け止める前に、解決に向けて進みたくなる傾向があります。その気持ちを抑えて、相手の気持ちを受け取ったことを伝えます。そのための最も簡単で、効果的な方法がリピートなのです。ぜひ、会話の中に入れてみてください。
「大変だなあ」と思った方もいるでしょう。でも、安心してください。
日頃から、上司、同僚、顧客、友人、家族の話を聞くときに、このような聞き方をし、習慣化してしまえばよいのです。そうすれば、相談に限らず、対人関係すべてにプラスになります。
相手の問題、悩み、困りごとを聞いたら、すぐにアドバイスするよりも、少し質問をしたほうがよいものです。それは相手の状況をより把握し、気持ちを引き出し、より共感できることにつながります。また、質問を通じ、相手に整理させることもできます。
このような目的で質問する場合は「オープン質問」が向いています。オープン質問とは相手が自由に答えられるもの。相手に多くを話させ、考えさせるのに向いています。
■情報を引き出すには5W2Hがいい
ここで少しオープン質問について解説します。オープン質問の反対は「クローズ質問」。答えが限られるものです。例えば、次は後輩に仕事を引き継ぐことになり、やり方を教えた後の質問の例です。

クローズ質問「ということなんだけど、わからないところある?」

オープン質問「ということなんだけど、どのあたりが心配?」
クローズ質問の例では、相手は「はい」「いいえ」で答えることになります。少々わからないところがあっても、「いえ大丈夫です」と言うかもしれません。一方、オープン質問にすれば「だいたいわかりましたが、このあたりが心配です」というように、相手から多くの情報を引き出せます。
このオープン質問の代表例が、5W2Hです。これは、When(いつ)、Where(どこで)、Who(誰が)、What(何を)、Why(なぜ)、How(どのように)、Howmuch(いくら)です。詳しくは、本書を参照していただくとして、これらを使えば必然的にオープン質問になります。
■WhatとHowを活用するといい
この中でも、相手の気づきを生む質問は、What・Why・Howの3つです。例えば、「今の状況について、どう感じているの?」(How)、「ネックになっているものは何だろう?」(What)というように使います。
ここで、1つ注意したいのは「WhyはWhatに言い換えた方がよい」ということ。Whyは、「なぜできないの?」というように、使い方によっては相手を責めるような言い方になる可能性があるからです。前述の例のように「ネックになっているものは何」とWhatに言い換えることを習慣にしましょう。
オープン質問、中でもWhat・Howを活用し、相手から多くを引き出す。
これが、アドバイスにつながります。
オープン質問を活用すれば、相手の状況や気持ちが把握できます。もうアドバイスするための情報は揃いました。でも、アドバイスの前にやったほうがよいことがあります。
それは、相手に答えを考えさせるということ。これも質問を使います。例えば、「やってみるとよさそうなことは、どんなこと?」と聞きます。このときに気をつけたいのは、ハードルを低めにするということです。「どうしたら解決できると思う?」というのは、ハードルが高く「わかりません」「それがわからないから困っているんです」という展開になりやすいもの。ここでの質問はハードルを低めに設定するのが、相手から答えを引き出すコツです。前述の会話をサンプルにイメージを作りましょう。
■“アドバイスしないアドバイス”が効果的
部下 経費集計が複雑で難しいです。
やっていく自信がありません。

上司 そうか……、少し自信なくしちゃったか……。

部下 そうなんです。特に、前任者の作ったエクセルの内容が難しくて。

上司 確かに複雑だよね。ちなみにどのあたりが難しいと思う?

部下 データベース関数を使っているところです。

上司 なるほど。そこは難しいところだよね。やってみるとよさそうなことは?

部下 時間はかかるかもしれませんが、エクセルの関数を学ぶことだと思います。

上司 今後のためにもやったほうがよさそうだね。どうやって学んでいこうか。

部下 まずは、エクセル関数の本を読んでみます。

ほぼ答えが出ました。いつもこのようにうまくいくとは限りませんが、やってみる価値はあります。なぜなら、こうして答えが出れば本人の自己説得は終わっており、解決に向けて行動してくれる可能性が高くなるからです。つまり、アドバイスをしないアドバイスが最も効果的ということです。
とはいえ、このようなプロセスの中で「こうしたほうがよい」という考えが浮かぶこともあります。その場合、どうすればよいかは、次の項で解説します。
■「答え」はひと言添えてから
本人に答えを考えさせ、引き出している際「この答えは自分が知っている」という場面を迎えたとします。その場合、すぐにアドバイスをするのではなく、「後にとっておく」のがお勧めです。相手の答えは、よほど間違っていない限り肯定して受け取り、一通り会話が済んでからアドバイスをします。
そこで、アドバイス前に言いたいセリフが「1つ、やってみるとよさそうなことを思いついたんだけど、言っていい?」という問いかけです。経験上、相手は99%「はい」と言います。中には「お願いします」と言う相手も。これが、相手にアドバイスを受け入れさせるための仕上げのセリフです。
残るはアドバイスのトークです。ここまでのプロセスで、あなたの頭の中には、アドバイスとして何を話せばよいか、ある程度準備できているはずです。それを、どう話すのが効果的か考えます。
アドバイストークは、「肯定→提案」の順に進めます。イメージ作りのために、例を挙げます。前項の会話の続きという設定です。
■「いきなり指示」はNG
前項の会話(後半のみ)

部下 時間はかかるかもしれませんが、エクセルの関数を学ぶことだと思います。

上司 今後のためにもやったほうがよさそうだね。どうやって学んでいこうか。

部下 まずは、エクセル関数の本を読んでみます。
【NGアドバイストーク】

本を読んでもよくわからないと思うから、セミナーに行きなよ。
【OKアドバイストーク】

本を読むのはいい方法だと思う。それに加えて、セミナーに行ってみる手もあると思うんだ。君が学びたい関数をテーマにした、短時間の実践型のセミナーを知っているんだけど、どうかな。

NG例のように、いきなり指示的なことを言ってしまうと、せっかく作った相手の受け入れ体制が崩れ、拒絶反応を招く可能性があります。まずはOK例のように、これまで相手が「こうするとよいと思う」と言ってきたことを肯定的に受け止めていることを伝えます。
■肯定してから提案するといい
次の「提案」は、OK例のように「それに加えて、こうしてみる方法もあると思うんだけど、どうかな」と、相手に判断を委ねます。
このケースでは、「そういうセミナーがあるなら行ってみたいです」という答えが理想ですが、相手は必ずしも、アドバイス通りの方向に進むとは限りません。それでも、「セミナーもよいと思いますが、まずは本を読むことからやってみようと思います」というように、アドバイス自体はポジティブに受け止めてくれるでしょう。「肯定→提案」という話し方は、相談を受けてアドバイスする場合だけでなく、指導をする場合のトークにも有効です。
次の例は、部下や後輩が効率の悪いやり方をしているのを目にした際のトークです。
【NG例】

そのやり方だと効率が悪いから、こうしなよ。
【OK例】

丁寧にやっていていいね。その上でなんだけど、ここだけこうしてみる手もあるよ。精度を落とさずに、効率化できると思うんだけど、どうかな。

OK例は、先ほどの相談を受けてアドバイスをする場合と同様に「肯定→提案」の構造です。このようにアドバイスしたほうが相手は受け入れやすくなります。せっかくアドバイスするのですから、相手が素直に受け入れ、よりよい方向に進めるように導いてあげましょう。

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濱田 秀彦(はまだ・ひでひこ)

マネジメントコンサルタント

1960年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業。住宅リフォーム会社に就職し、最年少支店長を経て大手人材開発会社に転職。1997年に独立。現在はマネジメント、コミュニケーション研修講師として、階層別教育、プレゼンテーション、話し方などの分野で講演を行っている。おもな著書に『仕事を教えることになったら読む本』(アルク)、『あなたが上司から求められているシンプルな50のこと』『あなたが部下から求められているシリアスな50のこと』(以上、実務教育出版)、『「上司に話が通じない」と思ったときに読む本』(かんき出版)、『どんな人とも!仕事をスムーズに動かす5つのコツ』(すばる舎)など多数。

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(マネジメントコンサルタント 濱田 秀彦)
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