老後を健康に過ごすためにはどんなことに注意すればいいのか。『人は背中から老いていく』(アスコム)を書いた、医師で、順天堂大学医学部の野尻英俊先任准教授は「背中の老化に注意したほうがいい。
特に丸まった背中が健康寿命に影響を与えることが、さまざまな研究から明らかになっている」という。医療・健康コミュニケーター高橋誠さんが聞いた――。
■背中が丸くなると死亡リスクが2倍になる
背中が丸くなると、実際に死亡リスクが上がる――そんな衝撃的な事実をご存じでしょうか。
「背中の丸まりが強い高齢者は、そうでない人に比べて死亡リスクが約1.44~2.0倍に上昇する」――これは、2004年に発表された『アメリカ老年医学会誌』の報告です。年齢、性別、骨粗しょう症の有無、喫煙歴、体重、運動習慣、肺機能などを考慮しても、このリスクの高さは変わりませんでした。
さらに2009年には、アメリカ内科学会の医学誌『アナルズ・オブ・インターナル・メディシン』も同様に死亡リスク2倍と指摘し、転倒や骨折、呼吸機能の低下、慢性疾患(糖尿病や心疾患など)のリスク上昇、さらには食欲不振やうつ、社会的孤立といった深刻な影響を報告しました。
そして最近の前向きコホート研究(BMJ open 2022)では、日本人高齢者対象に背中の丸まりが将来の死亡リスクにどう関係するかを調査した結果、背中の過度な丸まりは、丸まりがない人に比べて死亡率約2倍(1.99倍)に高まることが報告されています。これは、背中の丸まりが、見た目の問題だけでなく、呼吸機能の低下や転倒・骨折を通じて命に関わるリスクにつながることを示唆しています。
つまり、「背中が丸くなる=見た目が老ける」というだけでは済まされないのです。「背中の丸まりは、“命に関わる老化現象”」だと認識し、早期に気づいて対処することが重要です。
■老化は背中から始まっていく
「背中の丸まり」は、全身の老化の入り口です。単なる姿勢の問題ではなく、呼吸・代謝・内臓機能の低下にまでつながる、見過ごせない変化です。
背骨が崩れると内臓の位置も変わり、消化や循環、呼吸に悪影響を及ぼします。背骨には脊髄があるので、神経伝達にも悪影響が及び、手足のしびれなどの原因となることもあります。
背中は、いきなり丸まるわけではありません。体は、丸まっていく背中を食い止めようと“代償(落ちた機能を、他の部位が補うこと)”を重ねています。これは、体に負担がかかった状態で体のバランスを保っている状態です。
そのため、日常の動作+αが必要な状況(小さな段差、重いものを持つなど)になると、「ちょこっと転倒」や「軽い尻もち」につながります。そして、こうした小さなトラブルがきっかけで骨折してしまい、寝たきりになってしまうケースがあるのです。
「自分はまだ大丈夫」と思っていても、背中が少しずつ丸まりはじめた時点で、すでに静かな危機が迫っています。日々の生活の中で、自分の姿勢や背中の傾きに目を向けることが、健康寿命を守る第一歩になります。
■段差でつまずくようになったら要注意
姿勢の変化を「年だから仕方ない」と放置してははいけません。見た目の変化には必ず理由があり、早く気づいて対処するか、放置するかで、10年後の健康状態は大きく変わります。
【「背中が老けたかも?」と思ったら――チェックすべきサインたち】
・背中が傾いてきた

・背中が丸まってきた

・正面から鏡を見て、骨盤の中心に頭がまっすぐ乗っていない

・横から鏡を見て、足と骨盤のライン上に頭がない

・すごく身長が縮んだ

・過去の写真と比べ、姿勢が悪い

・歩幅が狭くなった

・握力が弱まった

・下肢が疲れやすい

・片足で立てない

・ふらつきやすい

・転びやすい

・段差でつまずく

これらはすべて、「背中のバランス崩壊」の入り口です。
違和感があったらそのままにせず、整形外科や脊椎の専門医に早めに相談してください。自分ではどうしようもない変形の場合、手術が必要な場合もあります。しかし、「活動性が下がってきた」と実感した初期段階では、リハビリや運動、生活習慣の見直しといった「早めの軽い介入」で軌道修正が可能です。
背中の変化に筋肉がギリギリで代償しているタイミング、バランスが崩れ、「ちょこっと転倒」をしてしまう前のタイミングこそが、早期介入の絶好のチャンス。すぐに対策を始めた人は、手術や寝たきりを避けることができるかもしれません。そして、背骨や筋肉の機能を維持し、生涯にわたって背中のバランスを保つ「勝ち組」になれるのです。
■「丸まった背中」を生み出す3つの要素
背中が丸くなる原因には、大きく3つの組織が関係しています。それが、椎間板・筋肉・骨です。この3つのどれかが衰えると、互いに支え合っていたバランスが崩れ、姿勢全体が変わってしまうのです。
なかでも要となるのが「椎間板」です。私はよく、椎間板の役割を「座布団」や「水風船」に例えます。上下の骨の間にあり、衝撃を吸収しながら、柔らかく弾力のあるクッションとして背骨の配列(アライメント)を保っています。

しかし、加齢や生活習慣の影響で椎間板の水分が減ると、弾力性が失われて中身の抜けた座布団や水の抜けた水風船のようにペシャンコになります。長年使い続けたカチカチの万年床のような状態です。その結果、神経の通り道が狭くなり、しびれや痛みが生じることもあります。
背中の筋肉は、椎間板の不安定さを支える大切な役割を担っています。なかでも、背骨の周囲にある多裂筋や腸腰筋といったインナーマッスル(抗重力筋)は、日常生活のなかで常に姿勢を保つために働き続けている“縁の下の力持ち”です。
ところが、この重要な筋肉群は、加齢により次第に萎縮し、機能が低下していきます。この萎縮はなかなか自覚しにくいのも厄介です。
気づいたときにはすでに、筋肉が脂肪に置き換わっていたり、萎縮していたりすることも少なくありません。私は、これには「酸化ストレス」(活性酸素による細胞へのダメージ)が関係していると考え、研究を続けています。
■老化した筋肉は「脂肪だらけのカルビ」のようになる
手術中に若い方の筋肉を見ると、血流が豊かで、赤く引き締まっていますが、高齢者では脂肪が混じり白く変化している。これはちょうど、赤身肉がサシの入ったカルビに変わっていくようなものです。
若い人の骨とお年寄りの骨も質感が全く違います。
手術でスクリューを入れた時のトルクの感じ方、抵抗が全然違います。お年寄りの方はもろいですし、中には指で押しただけでつぶれるような硬さの方もおられます。これが手術室で感じるリアルです。
若い人の骨密度を100とすると、70で骨粗しょう症、60で重症骨粗しょう症と診断されます。骨密度が下がると、ちょっとした転倒でも背骨が折れやすくなります。さらに姿勢が崩れ、呼吸や内臓機能にも悪影響が及びます。背骨に圧がかかっても、骨密度が十分であれば耐えられますが、そうでなければ圧迫骨折を引き起こします。
3つの組織は連動しながら、背中を守っているのです。ですから、背中の丸まりを防ぐには、定期的に骨密度を測り、筋肉を鍛え、骨と椎間板を保守していくことが欠かせません。
■シャキッと歩くために必要な運動とは
背中の老化対策は、難しいことではありません。魔法の薬はありませんが、もっとも重要なのは、「背中を意識し、日常的に使うこと」です。たとえば、1日1~2回、壁に背をつけて背筋を伸ばすだけでも、背中の筋肉に確かな刺激が入ります。

目標となるのは「強く、バランスの取れた脊椎を保つ」こと。そして、そのために必要なのが、抗重力筋を「リモデリング」する運動習慣です。抗重力筋とは、重力に逆らって姿勢を保つ筋肉群で、代表的なものに脊柱起立筋や大腿四頭筋があります。リモデリングとは、適度な刺激を与えることで筋肉が再構築・再生される代謝プロセスのこと。運動を通じてこの代謝を活性化させることで、筋肉は年齢に関係なく“応えて”くれるのです。
おすすめの運動は、歩行・ハーフスクワット・水中歩行。特に水中歩行は、関節への負担が少ないうえに水の抵抗で自然に筋肉が使われ、慢性痛に悩む高齢者にも無理なくできるリハビリとして適しています。
日々のコツコツとした小さな積み重ねが、背中の筋肉ばかりではなく骨にも継続的な刺激を与え、リモデリングを促します。80代でも背筋が伸びてシャキッと歩ける人たちは、例外なく、骨が強く、背中の丸まりを意識して身体を動かしてきた人たちです。
■筋肉は「天然のコルセット」
「レントゲンで椎間板がすり減っているって言われました。これが痛みの原因ですよね?」外来でよく耳にする言葉です。しかし、椎間板が減っている=痛いとは限りません。
うまく老化している人の中には、椎間板の高さが低くなっていても、痛みを感じない人もたくさんいます。
痛みのある・なしを分ける大きなポイントは、そこに「炎症」があるかどうか。そして、その炎症を引き起こすきっかけの一つが、背骨の不安定さです。つまり、「狭くなっている」だけでは痛みは出ません。狭くなり、かつグラグラと不安定になることで炎症が起こり、痛みが出るというのが本当のところです。
では、不安定さをどう防ぐか。その答えはやはり「筋力」です。背骨の周りの筋肉を鍛えることで、不安定さをカバーできる。だから、筋肉は“天然のコルセット”とも呼ばれています。椎間板のすり減りに一喜一憂するのではなく、筋肉で背骨を支え、安定させることが、痛みのない老化のカギなのです。それが「うまく老化する」ということです。
「うまく老いる」とは、単に若く見せることではありません。変化を早く察知し、適切に対応し、健康を維持する力のことです。その第一歩は、自分の姿勢に目を向けること。「今日の自分の背中、大丈夫かな?」と意識することが、将来の自分への最大の投資になります。

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野尻 英俊(のじり・ひでとし)

医師、医学博士

整形外科専門医、脊椎脊髄外科専門医、脊椎脊髄外科指導医。1997年、順天堂大学医学部を卒業後、同大学附属順天堂医院にてキャリアをスタート。的確な診断と精度の高い手術を心がけて研鑽を積み、これまでに数多くの背中に問題を抱える人々を救ってきた。現在は、2019年に新設された同大学の脊椎脊髄センターで、副センター長の重責を担っている。専門は脊椎変性疾患、脊柱変形。著書に『人は背中から老いていく 丸まった背中の改善が、「動ける体」のはじまり』(アスコム)がある。

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高橋 誠(たかはし・まこと)

医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント

1963年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ミズノスポーツ広報宣伝部、リクルート宣伝企画部、米国西海岸最大の製函会社でのパッケージ・デザイン営業・マーケティング(LA12年)、ゴルフ場経営(山梨2年)、学校法人慈恵大学広報推進室長(東京16年)を経て、2020年より現職。日米複数法人通算40年の広報宣伝業務を通じ、メディア・医療関係者と幅広い交流網を構築。現職にてメディアと医師をつなぐ。プレジデントオンライン「ドクターに聞く“健康長寿の秘訣”」、月刊美楽「幸せなおじいちゃん、おばあちゃんになろう」、月刊源喜通信「食と健康」で医療・健康コラムを連載中。主な出版プロデュースは『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(2025年、渡邊剛著、坂本昌也監修、あさ出版)、『心を安定させる方法』(2024年、渡邊剛著、アスコム)。趣味はゴルフ、ワイン(日本ソムリエ協会ワインエキスパート#58)。

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(医師、医学博士 野尻 英俊、医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント 高橋 誠)
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