心身ともに健康でいるために何が必要か。東邦大学医学部名誉教授の有田秀穂さんは「セロトニンには、うつ病や強迫性障害をはじめ心身の不調に悩む人を再び元気にする働きがある。
私は『幸せホルモン』とも称されるセロトニンを脳内できちんと分泌させる『セロ活』を勧めている」という――。
※本稿は、有田秀穂『』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■セロトニン合成に必要な栄養素は普段の食事で十分
「セロトニン」は人間なら誰でも、年齢性別に関係なく、朝起きると脳内に分泌されます。覚醒中は持続的に分泌され、人間の心と体を元気な状態にします。セロトニンは、「元気な覚醒状態を演出する脳内物質」なのです。元気な状態であれば自律神経のバランスが整い、体調もよくなります。つまりセロトニン神経を活性化させることで、「心が安定」→「自律神経のバランスが整う」→「心身ともに健康になる」という好循環を招くというわけです。
セロトニン合成に必要な栄養素は、トリプトファンという必須アミノ酸です。「必須」というのは「体外から吸収されなければならない栄養素」のことを意味します。トリプトファンを含む食材は、大豆製品(豆腐・納豆・味噌・醤油など)と乳製品(牛乳・バター・チーズ・ヨーグルトなど)ですが、肉類にも含まれます。特別なメニューは必要ありません。和食でも洋食でも極端な偏食さえしなければ、普段の食事で無理なく摂取することができます。

体の細胞が「セロトニン」を合成するには、トリプトファン水酸化酵素が必要ですが、その酵素を持つ細胞は体内でかなり限定されます。人間の脳には約140億の神経細胞がありますが、トリプトファン水酸化酵素を備える神経細胞=セロトニン神経は、わずか数万個しかないのです。
セロトニン神経のある場所は、「脳幹」という脳の一番尻尾の部分。進化的に最も古い脳部位で、そこの細胞がトリプトファンを血液から取り込んで、セロトニンを合成するのです。
セロトニン神経はほんの数万個しかないのですが、これまでの脳科学研究で、ほぼ脳全体に「軸索」というケーブルを使って信号を送り、神経末端からセロトニンを分泌させることが明らかになりました。
■クールな覚醒状態、思考力や判断力は最大限といいことずくめ
セロトニンは、次の6つの脳機能に影響を与えます。
・大脳皮質に影響を与えて、認知機能を鎮静させる。知性や損得勘定を抑えて「クールな覚醒状態」を形成させる。
・「人間性」の脳=前頭前野を活性化して、直感・共感性を高める。
・心の脳=大脳辺縁系に影響を与えて、平常心を形成させる。不安・緊張を抑え、怒りを静め、抑うつ気分を改善させる。
・交感神経の緊張を適度なレベルに調節する。
朝の寝ぼけた体の状態を改善させる一方で、ストレスで過剰に興奮した交感神経を静める働きをする。
・顔つきを引き締め、姿勢をシャキッとさせ、ハツラツとした外見をもたらす。
・鎮痛効果。痛みを抑え、不定愁訴をコントロールする。

この結果、セロトニン神経が活性化すれば、私たちの心と体が健康になります。例えば、頭がよく働いて気分がすっきりする。セロトニンは大脳皮質に作用して、クールな覚醒状態をもたらすので、本来、自分が持っている思考力や判断力を最大限に発揮できます。
また、直感力や他人への共感力を高めるので、スムーズな人間関係を作るのに役立ちます。そして、神経の興奮状態を抑え、平常心を保つのに役立つので、不安や緊張、怒りの感情が減り、思わぬ失敗や後悔をすることは少なくなります。
さらに、朝起きてセロトニン神経が正常に働くと、副交感神経から交感神経への切り替えがスムーズになり、気持ちのよい目覚めがもたらされます。よい姿勢と若々しさを保つ効果も期待できます。
痛みを軽減するのもセロトニン神経活性の特徴です。
セロトニンは脳内で痛みの伝わり方を和らげる“鎮痛剤”のような働きをします。大きな怪我がないのに痛みに悩まされているような場合は、セロトニン神経を活性化するように心がけてみるのも有効です。
■外に出て太陽光を浴び、歩き歌うことが「セロ活」
では、どうすれば活性化できるのでしょうか?
大切なのは、セロトニンを脳内できちんと分泌させる生活習慣。
これが「セロ活」です。
・太陽光を浴びること。
・歩行関連の運動。ウオーキング・ジョギング・自転車漕ぎ(エアロバイク)・スクワット・階段昇降・トレッドミル・ステッピングマシンによる運動など。
・腹筋を使う「吐く」呼吸運動。丹田呼吸法(坐禅呼吸法、マインドフルネス)・ヨガ・太極拳・読経(念仏)・歌唱(合唱、カラオケ)・吹奏楽器の演奏・吹き矢など。
・しっかりと噛む咀嚼運動。硬めの食べ物を噛んで食べる・ガムを噛むなど。

こうしたセロトニン神経を活性化させる日常の習慣が「セロ活」です。
これまでの実験研究で、これらの「セロ活」によって、脳内のセロトニンが増えることを証明してきました。
■なぜ、太陽の光を浴びると、元気になれるのか
それでは「セロ活」に結びつく生活習慣の「コツ」を解説していきましょう。
まず太陽光。その恵みが植物のために不可欠であることは、誰も否定しないでしょう。では、人間にとっても、太陽の光は恵みとなるのでしょうか?
太陽光は日焼けやシミやそばかすの原因になるため、日焼け予防について注意を払っている人は少なくありません。また、夏場の強い太陽光に伴う高温が熱中症を発生させる危険因子として、注意喚起されることもあります。
ところが脳科学では、太陽光は、物や文字を見る視覚機能に不可欠の要素であることが知られています。網膜に入った視覚情報は人間の大脳に送られて、認知機能の大切な要素となるからです。
最近の脳科学研究では、その網膜への太陽光は、視覚機能とはまったく別のルートで、直接脳幹のセロトニン神経を活性化させることが判明しています。
すなわち、太陽光を浴びるという行為は「セロ活」の重要要素なのです。
■夏は短め、冬は長めが日光浴のコツ
ただし、注意しなければならないポイントがあります。太陽光の代用として発明された電灯の光は、視覚機能には有用ですが、「セロ活」には役に立たないという事実です。
理由は、照度が足りないからです。これまでの医学研究では、2500~3000ルクス以上の照度が「セロ活」には必要だということが明らかになっています。通常の電灯の照度は500ルクス以下なので、「セロ活」には役に立ちません。そこで、照度計を使っていろいろな場所や状況を調べて見ると、「セロ活」に有効な条件が見えてきます。
太陽が出ていれば、1万~10万ルクスの照度があり、「セロ活」にはまったく問題ありません。むしろ、浴び過ぎが問題になるほどです。30分浴びれば、十分に「セロ活」になりますが、夏は短め、冬は長めに浴びるのがよいでしょう。そして太陽光を浴びて疲れを感じるようなら、脳内のセロトニン分泌が逆に減り始めたと考えたほうがよいと思います。疲れは、セロトニン分泌が減少すると感じてくるもの。これも、セロトニン神経の重要な特性なのです。
■時間は「朝」がベストタイミング
・皮膚に太陽光を浴びるのは「セロ活」にはなりません。太陽光の刺激は目の網膜を介して、セロトニン神経を活性化させるものだからです。
日焼け止め対策のUVカットや長袖、日傘や帽子は「セロ活」には影響を与えません。ただし、サングラスは目の網膜に光が十分に届かなくなるので、「セロ活」の観点からはNGです。
・日中、部屋の中にいるときは、カーテンやブラインドを開けておきましょう。窓際なら3000ルクス程度の照度があるので、基本的に「セロ活」になります。たとえ太陽が出ていても、部屋の奥で生活していたら、太陽の恵みは受けていないと思ったほうがよいでしょう。
・「セロ活」として太陽光を浴びる時間帯は、朝、起きてすぐがベストタイミング。なぜなら、夜寝ているときには脳内でセロトニン分泌が起こっていないので、1日の生活がスタートする朝に、太陽光を浴びて「セロ活」をすることが効果的なのです。

これでスムーズに1日の生活がスタートできます。
日光浴で脳内にセロトニンが分泌し始めると、こんな効果が生まれます。
・すっきりとした覚醒

・心が明るくポジティブに切り替わる

・体も動く状態にシフトする

具体的な生活習慣としては、太陽光を浴びながらさまざまな運動(ウオーキングなど)を組み合わせるとよいでしょう。もちろん、ベランダや庭で日光浴をするだけでも十分、「セロ活」になります。

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有田 秀穂(ありた・ひでほ)

医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授

セロトニンDojo代表。1948年東京生まれ。東京大学医学部卒業後、東海大学病院で臨床に、筑波大学基礎医学系で脳神経系の基礎研究に従事、その間、米国ニューヨーク州立大学に留学。東邦大学医学部統合生理学で坐禅とセロトニン神経・前頭前野について研究、2013年に退職、名誉教授となる。各界から注目を集める「セロトニン研究」の第一人者。メンタルヘルスケアをマネジメントするセロトニンDojoの代表も務める。著書として『医者が教える疲れない人の脳:「慢性疲労」を消す技術』(三笠書房)、『脳からストレスを消す技術』(サンマーク出版)、『脳科学者が教える やっかいな脳のクセをリセットする 朝5分の呼吸法』(総合法令出版)など多数ある。

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(医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授 有田 秀穂)
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