※本稿は、小山浩子『「賢い脳」は脂が9割』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■魚の脂が、脳をやわらかくする
「子どもの頭をよくするために、何を食べさせたらいいですか?」
こうしたご相談を受けることがよくあります。私はいつも、そんな願いを持つ皆さんへ、次のようにお伝えしています。
「魚をしっかり食べさせてあげてください。脳発達のカギを握っているのは、魚に含まれている脂です。魚の脂が、脳をやわらかくするんです」
魚の脂は脳の情報伝達のための組織を密にしたり、情報をスムーズに伝えるためのやわらかい組織をつくるために、不可欠な栄養素なのです。
■生まれてからぐんぐん育つ脳
物覚えがとてもよかったり、頭の回転が速かったり、もしくは新鮮なアイデアを次々と思いつくことができる「賢い脳」は、そうではない脳といったい何が違うのでしょうか? それは、脳の構造を見ればあきらかです。
「賢い脳」の内側をのぞいてみると、そのなかには「神経ネットワーク」がぎっしりと張り巡らされているのです。脳には、150億~200億個の神経細胞があり、その神経細胞と神経細胞の間をつないでいる連結点を「シナプス」といいます。シナプスが神経細胞同士をつなぐことで、はじめて情報のやりとりができるようになります。
シナプスという橋があることで、私たちは何かを記憶したり、思考したりといった、高度な脳活動ができるようになるのです。
そのまっさらな状態から、徐々にシナプスが増えて情報のネットワークができていくことで、人間らしい脳活動ができるようになっていきます。このシナプスの数が多いほど、神経細胞間の情報ネットワークの回路は長く、太く、密になっていきます。すると、やりとりできる情報の量が多くなり、そのスピードもどんどん速くなっていきます。
これが、「賢い脳」の正体です。情報の通り道であるシナプスが縦横無尽に張り巡らされた脳こそが、「賢い脳」というわけですね。
■読解力と書き取り能力が向上した背景
生まれてから猛スピードで成長する時期に絶対に欠かせないのが、脳を「つくる」ための脂質とタンパク質。なかでも、「賢い脳」をつくるカギを握るのが、脂質です。それを科学的にあきらかにしたのが、イギリス・オックスフォード大学が発表した、子どもの脳の働きとDHA摂取の関係を調べた研究(図表1参照)。
研究では、5歳から12歳までの112人の子どもに3カ月間、DHAのサプリメントを摂取させたところ、読解力と書き取り能力が有意に向上することが分かりました。なぜ、このような結果が出たのでしょうか?
それは、脳内でつくられる「情報ネットワーク」のなりたちに理由があります。
「脳が成長する」とは、イコール「神経細胞がシナプスで結びついていくこと」でしたね。
この情報ネットワークをたくさんつくるためには、シナプスの材料が必要です。その材料こそが、DHAやEPAなどの「オメガ3系脂肪酸」なのです。どんどんシナプスをつくり、神経細胞を連結させるためにも、オメガ3を十分にとることが欠かせないのです。
■脳の構造の柔軟性が「頭の回転速度」を決める
よく、頭がよい人のことを「あの人は、頭のやわらかい人だ」と表現しますね。実は、これは比喩ではありません。実際に、「賢い脳」はその構造がやわらかくできているのです。
なぜなら、脳の構造がやわらかいほど情報伝達が速くなり、その情報を処理するスピードもアップするから。結果、脳がやわらかいと「頭の回転が速い人」になれるというわけです。もう少し詳しく見ていきましょう。
情報処理や記憶は、神経細胞の間でシナプスを通じて「神経伝達物質」をやりとりすることで行われています。このとき、神経伝達物質を受け止める「受容体」の細胞膜がやわらかいほど、情報のやりとりがスムーズになることが分かっています。
逆に、細胞膜が硬くなると神経伝達物質のやりとりが滞りやすくなるため、頭の回転もスピードダウンしてしまうのです。
では、こうした細胞膜の柔軟性は何によって決まるのでしょうか? それは、食事で摂取した脂の“質”。脂質は、その種類によって構造の柔軟性に差があるのです。
細胞膜をやわらかくする脂質は、「不飽和脂肪酸」と呼ばれる種類であることが分かっています。不飽和脂肪酸には「オメガ6系脂肪酸」、「オメガ9系脂肪酸」などがありますが、なかでも最もやわらかい構造を持つのが、DHAなどの「オメガ3系脂肪酸」。
最もやわらかいオメガ3系脂肪酸がたくさん含まれていればいるほど、その細胞膜はやわらかくなるというわけです。“やわらかい脂”をとれば、やわらかな脳ができる。実に、分かりやすい法則ですね。
「賢い脳」をつくる、やわらかい脂である「不飽和脂肪酸」はどんな食べ物からとれるのかというと、次の通りです。
■手のひらサイズの魚が目安
オメガ3 魚、アマニ油、えごま油など
オメガ6 ごま油、大豆油、コーン油、ひまわり油など
オメガ9 オリーブ油、キャノーラ油など
特に、脳をやわらかくするのに効果的なオメガ3は人の体内で合成できないため、日々、食べ物からとり続けることが大切。DHAは魚介類に豊富に含まれているので、毎日の食卓に意識して並べていきましょう。
では実際に、DHAを1日にどれぐらいとればよいのかというと、「1日に1食、手のひら1枚分の魚」を目安にするとよいでしょう。
実は、国は数年前まで子どもたちの摂取量の目安を出していませんでした。ところが、DHAは子どもの脳の成長によい影響を与えるという研究結果が続々と出てきたことで、2010年版にはじめて子どもの摂取基準を示すようになった、という経緯があります。「DHAは脳によい」というのは、“国のお墨付き”ということですね。
摂取基準には年齢で多少幅がありますが、小中学生なら1日1~2gを目安にしてよいでしょう。その量をとれる魚の大きさの目安が「手のひら1枚分の魚」というわけです。
■「魚は苦手」な子供でも大丈夫
子どもの脳を賢くするために魚を食べさせたくても、当の子どもが魚嫌い……というケースは少なくありません。独特のにおいや皮の食感、骨が口に残るのを嫌がる子どもが、最近は増えてきているようです。また、調理に手間がかかるイメージも重なって、食卓に並べるハードルがますます高くなっているのでしょう。
実際に、日本人の魚の摂取量は年々少なくなってきており、厚生労働省が行った「国民健康・栄養調査(令和元年)」によれば、7~14歳の肉類の摂取量が平均で1日あたり110.1gだったのに対し、魚介類の摂取量は1日あたり45.2gでした。
今の子どもたちは、肉の半分以下の量しか魚を食べていない……ということですね。
私は賢い脳をつくるためには、この肉と魚の摂取量を逆転させるくらいが理想的だと考えています。
■効率的に「賢い脳」をつくる調理のコツ
オメガ3系の脂質は、煮たり焼いたりすると80%、揚げると50%程度に減少してしまうといわれています。さらに、酸化しやすいという特徴も。そのため、調理過程でDHAを損失させないためには、ちょっとした料理のコツを覚えておく必要があります。
まず、一番効率がよいのは刺身やマリネなどの生食。DHAが流出したり、酸化したりすることもなく、ポン酢しょうゆやレモンと食べればさらなる酸化防止になります。
魚を蒸したり焼いたりするときには、クッキングシートやホイルで包むか、小麦粉などをまぶす、揚げるときには衣でコーティングするなど、脂をしっかり閉じ込める工夫をするのがおすすめ。
煮魚であれば煮汁にDHAが溶け出すので、大根おろしに煮汁を吸わせて一緒に食べるとよいでしょう。みそ汁、鍋などもDHAが溶け出した汁ごと食べることができます。
魚が苦手な子どもに、DHAをとってもらうよい方法はいくつかあります。
そのひとつとしておすすめなのが、加工品の活用。さつま揚げなどの練り物やさば缶などの缶詰であれば、骨と皮の問題は簡単にクリアできます。
缶詰の場合は、生魚よりもDHAが豊富に含まれているものが多いという、育脳にとって大きなメリットもあります。ただし、商品によっては塩分が過剰に使用されているものもあるため、購入の際は成分表示をよく確認しましょう。
■最も簡単にオメガ3をとる方法
さらにもうひとつ、最も簡単な解決法があります。
それは、オメガ3系の脂質「α-リノレン酸」を含むアマニ油やえごま油などをそのまま口にすること。ティースプーン1杯とれば、1日の摂取目安は一瞬でクリアできます。
ヨーグルトやサラダ、みそ汁に混ぜたりするのもおすすめです。ただし、オメガ3系の油は酸化しやすいため、加熱せずに生のまま摂取すること、冷蔵庫で保存することが原則です。
■手をかけずとも「賢い脳」は育てられる
「忙しくて子どもの食事に手をかけてあげられない」と悩むお母さんたちもいます。
私はいつもそんな方たちへ「親は何かすごいことをやらなくちゃいけないと思いがちですが、手をかけなくても育脳ごはんはできます。それに、子どもたちもそんなことは望んでいませんよ」とお伝えしています。
忙しいときは缶詰や冷凍食品などの加工食品に頼ってください。
先日は、あるお母さんが「娘が『頭がよくなるから!』と、自分でサラダやみそ汁にアマニ油をかけるようになったんですよ」と話してくれました。それは、そのお母さんがそれまで続けていた育脳ごはんのための工夫が、「愛情のひと手間」になった証だと、私は思います。
子どもたちは、親が自分のために手をかけてくれたこと――それがほんの数秒でできることでも、「愛情のひと手間」としてしっかり受け止めて味わい、ときには一生の思い出にさえしてくれるものです。
こうした食にまつわる温かな思い出も、子どもの脳の成長、心の成長に生涯にわたりポジティブな影響を与えてくれるはずだと、私は信じています。
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小山 浩子(こやま・ひろこ)
料理研究家
大手食品メーカー勤務を経て2003年フリーに。これまでに指導した生徒は7万人以上に及ぶ。子どもの脳の成長をサポートする「育脳ごはん」を提唱。NHKをはじめ多くのメディアや講演会、著書で、簡単かつ時短の工夫をこらしたレシピとともに、脳のために重要な栄養について伝える活動も展開中。『頭のいい子に育つ育脳レシピ』(日東書院本社)、『子どもの脳は、「朝ごはん」で決まる!』(小学館)、『目からウロコのおいしい減塩 乳和食』(社会保険出版社・2014年グルマン世界料理本大賞イノベイティブ部門世界第2位)、『やさしい、おいしい はじめよう乳和食』(日本実業出版社・2019年同大賞チーズ&ミルク部門世界第2位)など、著書多数。本書監修者・成田奈緒子氏との共著に『やる気と集中力を養う 3~6歳児の育脳ごはん』(池田書店)がある。
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(料理研究家 小山 浩子)