中間管理職は上司と部下の板挟みになりがちだ。どういう姿勢で向き合えばいいのか。
クロスリバー代表の越川慎司さんは「板挟み状態の時こそ、笑顔が大きな力を持つ。自分の心の中に動揺や焦りがあったとしても、あえて笑顔をつくることで、周囲へ与える印象を大きく変えられる」という――。
※本稿は、越川慎司『一流のマネジャー945人をAI分析してわかった できるリーダーの基本』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■チームを支える前に、自分自身のエネルギーを確保
リーダーとして右も左もわからないまま、気づけばメンバーや周囲の状況ばかりに目を向け、いつの間にか自分の内面が疲れきっている……そんな経験はありませんか?
昭和や平成の時代には、「自分より先にメンバーを」「周囲の都合を優先せよ」という考え方が当たり前のように語られてきました。
もちろん、チームや周囲への配慮はリーダーとして重要な資質のひとつです。
しかし、実際の現場では、リーダー自身がまずモチベーションを高めていないと、どんなに熱心にメンバーやチームに目を向けようとしても、それはただの「空回り」になりがちです。
リーダーというと、何でも率先してこなすスーパーマンのような姿を想像する人もいるでしょう。しかし、現実のリーダーに求められるのは「チームを支える前に、まず自分自身のエネルギーを確保すること」です。
具体的には、朝の時間に少しだけ好きな音楽を聴いたり、昼休みにしっかりリフレッシュできる時間を取ったりするなど、手軽に始められることで構いません。
「自分が燃料切れのまま、周囲を牽引できるわけがない」と、自覚することが最初の一歩なのです。
■リーダー自身が「自己効力感」を持てるか
心理学者アルバート・バンデューラが提唱した「自己効力感(Self-efficacy)」の理論をご存じでしょうか。自己効力感とは、「自分ならやれる」「自分の能力や可能性を信じられる」という感覚のことです。

リーダー自身が「自分はこのチームを引っ張ることができるんだ」と思えるかどうかで、行動や言葉に大きな差が出ます。
たとえば、小さな問題を解決できたときや、メンバーをうまく巻き込めたときに、「ほら、やっぱり自分はやれるじゃないか」と自分を肯定的に捉えられるかどうか。
このポジティブな自己認識が、次のチャレンジへの意欲を高め、最終的にはチーム全体を押し上げる原動力となります。
リーダー自身が疲弊して自信を失ったままだと、どんなに立派な理想を掲げても、メンバーへの激励や指導が「形だけ」になってしまいがちです。
「やればできるよ」と口では言っても、内心「本当は無理だろうな」と思っていれば、言葉から熱量は感じられず、メンバーも前向きになれません。
特にリーダー歴2年以内の段階では、実績や経験値が少ないだけに、自分を鼓舞することがおろそかになると、あっという間にメンタルが落ち込んでしまうケースが多いのです。
■信頼できる先輩や同僚はリーダーの成長の財産
そこで重要なのは、自分の状態を客観的に把握すること。
「今、ちょっと疲れているな」と感じたら、ほんの少しでいいので休息をとったり、信頼できる先輩や同僚に相談してみたりする。
先輩リーダーは、似たような壁を乗り越えてきた経験が必ずあるはずです。
あなたの悩みに親身に応えてくれる人を見つけ、励まし合いながら走り続けることは、リーダーとしての成長にとって何よりの財産になります。
チームの成長を促せるかどうかは、最終的にリーダー自身のエネルギーと自信にかかっています。
周囲を励ます前に、まずは自分自身を励ましてあげる。
これが、「できるリーダー」になるための初級編として最も大切なマインドセットです。
自分への鼓舞が、やがて周囲を明るく照らす光となり、チーム全体の活力を引き出す原動力となるでしょう。
繰り返しになりますが、何よりも先にあなた自身のエンジンをしっかり温めてください。それこそが、リーダー歴2年以内のあなたに求められる、最初の大きな一歩なのです。
■不安なときこそ「笑顔」をつくる
リーダーとして活動していると、メンバーと上司の間で意見が食い違い、板挟みの状態に陥ることがしばしばあります。
上司からは目標達成を急かされ、メンバーからは「もっとフォローしてほしい」「聞いてほしい」という声が上がる。そのどちらにも応えたいのに、時間もリソースも限られているため、ストレスを強く感じてしまうものです。
特にリーダー歴が浅い頃は、「どう対処すればいいのかわからない」と不安になり、自分を責めてしまうこともあるでしょう。
しかし、まず覚えておきたいのは「板挟み状態だからこそ、『笑顔』が大きな力を持つ」ということです。たとえ自分の心の中に動揺や焦りがあったとしても、あえて笑顔をつくることで、周囲へ与える印象を大きく変えられます。
これには心理学で言う「ミラーリングの法則」が深く関係しています。
私たちは相手の表情を自然と真似してしまう傾向があるため、リーダーが笑顔で接すると、メンバーも上司も不思議と穏やかな表情になっていくのです。

笑顔には「一緒に解決していこう」「心配しなくても大丈夫だよ」という、言葉だけでは伝えきれない安心感を提供する力があります。
■板挟みのシチュエーションに陥った営業リーダー
ある小売業の2年目の営業リーダーが、上司からは「とにかく売上を伸ばせ」と詰められ、メンバーからは「クライアントの要望が多すぎて対応が間に合わない」と悲鳴を上げられるという、まさに板挟みのシチュエーションに陥っていました。
そのときそのリーダーが意識したのは、「とにかく笑顔でいる」こと。
厳しい指摘を受けても表情だけは崩さず、「なるほど、ここがボトルネックですね。どうすれば改善できるか一緒に考えましょう」と声をかけるようにしたのです。
すると、不思議なことにメンバーも「じゃあ、自分はこれを改善してみます」と建設的な意見を出しはじめ、上司の態度も「まずは現状を整理しようか」と柔らかくなっていったといいます。
このとき、本人の内心は「本当に間に合うのか」「上司のプレッシャーがきつい」と不安でいっぱいだったそうです。それでも笑顔を忘れないことで、周囲に「落ち着いている」「きっと大丈夫だろう」というイメージを与えられたことが、大きな転機になったと言います。
結果的に、彼のチームは互いのタスクを見直し合い、短期間で売上目標を達成。
上司にも成果を示せたことで、メンバーたちの意欲もさらに高まったのです。
■演技でつくる「笑顔」でもいい
表情からアプローチする方法は、一見すると「無理して笑うなんてばからしい」と感じるかもしれません。
しかし、あえて笑顔をつくることは自己暗示やセルフマネジメントの一種とも言えます。
実際、笑顔になると脳内でセロトニンやエンドルフィンなどが分泌され、ストレスが軽減されるという研究結果も報告されています。
つまり、演技だとしても笑顔をつくることで、自分自身の精神状態も落ち着きを取り戻すのです。
もちろん、ただ笑顔でいればすべてが解決するわけではありません。
板挟みになっている問題そのものの解決策を練るのは、リーダーとしての重要な責務です。ただ、その問題と向き合う前に、まずは「場を和ませる」「自分自身の心を整える」という意味でも、笑顔は非常に有効な手段なのです。
ほかの方法だと、「一旦、深呼吸をしてから会話を始める」「少し姿勢を正してみる」なども効果があります。姿勢や呼吸など、身体的な動作を整えることは、精神面にもいい影響をもたらします。
どうしようもなくストレスフルな瞬間ほど、人は表情に出やすくなります。
そこをあえて明るい表情で迎え撃つことで、あなた自身も驚くほど心が軽くなるはずです。自分の笑顔が広がり、メンバーや上司の笑顔を誘発し、それがまたあなたへの安心感を返してくれる。そうやって場の雰囲気が好転していくと、板挟みに見えた問題も少しずつ解きほぐせる可能性が高まります。
■板挟みは信用されている証でもある
「笑顔を保つ」ことは、チームや上司に対してのコミュニケーションの入り口をつくる行為でもあります。

あなたがつらいときだからこそ、一歩踏み込んで笑顔を選択してみる。
すると、驚くほどスムーズに話し合いが進んだり、予想外のアイデアが飛び出したりするのです。
板挟みという状況は、言い換えれば「チームと上司の両方に信用されている立場」でもあります。初めは難しく感じるかもしれませんが、笑顔をきっかけにチーム全体にポジティブな連鎖を生み出せるのが、リーダーの特権とも言えるでしょう。
リーダーが笑顔でいるだけで場がやわらぎ、次の行動やアイデアが生まれやすくなる。これは、「板挟み状態」による絶望感を取り除き、解決策を見出す大きな一歩となります。
ぜひ、今日から意識してみてください。
たとえ内心は揺れていても、最初にあなたが笑顔を向けることで、周りの雰囲気は確実に変わり始めるのです。

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越川 慎司(こしかわ・しんじ)

株式会社クロスリバー代表

元マイクロソフト役員。国内および外資系通信会社に勤務し、2005年に米マイクロソフト本社に入社。2017年にクロスリバーを設立し、メンバー全員が週休3日・完全リモートワーク・複業を実践、800社以上の働き方改革の実行支援やオンライン研修を提供。オンライン講座は約6万人が受講し、満足度は98%を超える。
著書に『AI分析でわかったトップ5%リーダーの習慣』、『AI分析でわかったトップ5%社員の習慣』(共にディスカヴァー・トゥエンティワン)、近著に『29歳の教科書』(プレジデント社)がある。

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(株式会社クロスリバー代表 越川 慎司)
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