※本稿は、ハヤシユタカ『』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■「名物キャラ」は鳥じゃなかった
――2020年2月25日 ゆうせか誕生の4カ月前
有隣堂のYouTube事業は、松信健太郎副社長(現社長)の鶴の一声で始まり、半年後には1本目の動画がアップされる。
ただし、この時のチャンネル名は『書店員つんどくの本棚』。現在の『有隣堂しか知らない世界』ではない。
動画に登場するキャラクターは「つんどく兄」「つんどく弟」という2人の書店員で、現在のMC(司会者)、「R.B.ブッコロー」はブの字も登場しない。
「あれ? この本はブッコローの話じゃないの?」という声が聞こえてきそうだけれど、もうちょっと待ってほしい。
あの鳥が生まれる前には、いろんな紆余曲折があったのだ。
■いかにも書店らしい本紹介動画
『書店員つんどくの本棚』の動画の内容は、「つんどく兄」「つんどく弟」が、おすすめの本を紹介するというもの。
全てアニメーションで展開され、この2人のキャラクターもイラストで描かれている。有隣堂の書店員という設定で、小さく「YURINDO」と書かれたエプロンを着用。ナレーションは有隣堂の社員2名が担当した。
記念すべき1本目の動画は「【8分で解説】天職の探し方」と題され、転職を迷っている人や、進路に迷っている学生などに向けて書かれた本を、書店員ならではの視点で紹介していた。
ちなみにこの動画の制作を担当したのは僕ではない。とある制作会社だ。
僕は松信さんを焚き付けた手前、こうした動画の作りになった経緯は聞いていたが、口を出すことなくそっと見守っていた。
さて、公開されてどうだったのか。
■奇跡の数字を記録し、6本で打ち切り決定
結論、全く見られなかった。
公開から1週間後の再生数は355回。1カ月で584回。
その後も2本目3本目と新しい動画の公開を続けるが、どんどん再生数は下がっていき、6本目にいたっては公開1週間で42回しか見られないという、奇跡の数字を記録する。
当時の有隣堂の従業員数が2400人ほどなので、身内にすらほとんど見られていない計算だ。目も当てられない。酷い。
結局、この6本をもって、『書店員つんどくの本棚』は打ち切りが決まった。チャンネル登録者の数は280人ほどだった。
後に、「有隣堂のYouTubeを裏で牛耳る女」としてYouTubeにたびたび登場する、YouTubeチームの渡邉郁さんは、当時のことをこう語っている。
「動画自体も、動画を作る一連の業務も全く面白くなかった。YouTubeに対するモチベーションは日に日に低下していった」
■「8分で解説」なのに1分も見てられない
なぜこんなことになってしまったのか。
この『書店員つんどくの本棚』は現在も公開されているので、どれでもいいのでぜひ見てほしい(『有隣堂しか知らない世界』のチャンネルの最も古い動画にあります)。
おそらく1分と見ていられない。実際、1本目の動画のアナリティクス(投稿した動画やチャンネル全体のデータを分析できるツール)を見ると10人に7人が再生から1分以内に再生を止めている。「8分で解説」というタイトルなのに。
その理由を僕なりに分析すると、大きく3つの理由があったと思う。
ひとつ目は後発の参入なのに、先人を超えられなかったこと。
この「アニメーションで本を紹介する」という演出は、すでに個人のYouTuberが採用していて、しかもそのチャンネルは多くのファンを得ていた。
つまり「おすすめの本の情報見たいな」「このチャンネルはアニメーションで見やすいな」という人の需要を満たすコンテンツがすでに存在している中、その先人たちと同じ演出で勝負するのであれば、何かしらの付加価値を付けて視聴者を奪わないといけない。それができていなかった。
■ナレーション素人による「地獄の棒読み」
2つ目は「企業の地獄の棒読み」を発信してしまったこと。
「つんどく兄弟」のナレーションを担当したのは、2人の有隣堂の社員だ。
とても仕事ができる優秀な方と聞いているが、だからといってナレーションを読む能力があるわけではない。結果として、「企業が作ったキャラクターの声が台本の棒読み」という状況になったわけだが、これがもう地獄である。
政治家や企業が開く記者会見を想像してほしい。誰かが用意したであろう、手元の資料をただ読んでいるだけの人がいるが、見られたものじゃない。言葉が伝わらないどころか、むしろ嫌悪感を抱かせてしまい、逆効果だ。
「つんどく兄弟」は同じことを企業YouTubeでやってしまった。人々がこのキャラクターに愛着を持つわけがなかった。
3つ目が単純に面白くなかったということ。
つまるところ、これが全ての理由。面白くない動画は見られない。
先に「メディアを自分たちで持てば、伝えたいことを自由に発信することができる」なんて夢のようなことを語ったが、あくまでそれは「伝えたいこと」が「面白ければ」の話だ。
YouTubeは動画をアップすれば、それだけで多くの人に見られる、と思っている人が本当に、凄まじいほどたくさんいる。が、現実はそんなに甘くない。
■「8時間の自由時間」の奪い合い
基本的に人がYouTubeを見るのは「自由時間」だ。
1日は24時間。8時間は睡眠。8時間は仕事。となると残りの8時間が「自由時間」となる。
この8時間から「動画の尺」分の時間を人々から頂戴するわけだが、これが難しい。今はあらゆるエンターテインメントが無数にあるからだ。
大物YouTuberや一流タレントのYouTube動画、本、テレビ番組、無料で読める漫画サイト、ゲームアプリ、Netflixなどなど。あらゆる娯楽で、人々の8時間はすでに予約でいっぱいだ。
そんな現代の人たちに、「見てもらう動画」を作るということは、既存のあらゆるエンターテインメントから時間を奪うだけの「面白さ」がなければ土俵に上がることもできない。
企業YouTubeでありがちな「社長が語る業界の未来」だの「弊社の新商品のココが素晴らしい」だの「自慢の社員食堂」だのが、人の自由時間を奪うことができるほどの面白さがあるかというと、本当に冷静に、視聴者の目になって考えた方がいい。きっと面白くない。
■刺激すべきは「脳みそ、心、性器」
じゃあその「面白い」とは何なのか。これを言語化するのは難しい。僕もまだ自分なりの答えが出せないでいる。
世の中に「文春砲」という名前を轟かせた『週刊文春』の元編集長で、現在は文藝春秋の取締役、新谷学さんの著書『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)には、人々がお金を出してまで読む記事についてこう書いてある。
有料で読まれる記事は、どうしても「知りたい」「見たい」と思わせるものだ。『GAFA 四騎士が創り変えた世界』(スコット・ギャロウェイ著、渡会圭子訳、東洋経済新報社)によれば、大事なのは、人間の脳みそと心と性器をつかむことだ。
脳みそは知識欲、知りたいという欲望。
■「化学物質に訴えかける」企画が当たる
また、テレビ東京で『家、ついて行ってイイですか?』や『日経テレ東大学』などの企画・演出を担当し、現在は経済メディア『ReHacQ』のプロデューサーである高橋弘樹さんは、『ビデオサロン(2022年1月号)』という映像業界御用達の雑誌で「当たる企画とは人の快楽を刺激するものでなければならない」という記事を書いている。
具体的には、人の知的好奇心と関係があると言われるドーパミンや、闘争心を沸き立たせるアドレナリン、笑いを引き出すβ-エンドルフィン、美しい景色などを見た時に分泌されるセロトニン、かわいいものを見た時や人の不幸を見て安心感を得た時に出るオキシトシンといった、人の脳に作用する「化学物質に訴えかける」企画が、人の本能的な欲求に訴えかけるコンテンツだという。
これが、世の中を震撼させるコンテンツを連発する人たちの考え方だ。
凄いなぁ、さすがだなぁ、と他人事に思うかもしれないが、彼らも人々の自由時間の奪い合いを生業にしている人たち。企業YouTubeで見られるコンテンツを作るということは、彼らと同じ土俵で闘い、勝っていくということだ。
『書店員つんどくの本棚』にそれだけの面白さがあったのか。無かった。
■企業YouTubeに燃える「中の人」
――2020年5月1日 ゆうせか誕生の2カ月前
有隣堂の「企業YouTube」のプロジェクト。
中心となって動いていたのは、企画開発部の鈴木由美子さんだ(後の初代黒子、現在のYouTubeチームのリーダー)。
2006年に有隣堂に中途入社し、当時は松信さんの右腕として新規事業を次々と立ち上げていた。YouTubeも新規事業。由美子さんは松信さんの「よし、やろう」の言葉で、真っ先に動いた人だった。
しかし、満を持してスタートした『書店員つんどくの本棚』は公開本数6本。わずか3カ月で打ち切りが決まった。しかしそれでも、由美子さんの「企業YouTube」への熱は消えなかった。
この情熱が結果として、ブッコローを生むことになるのだが、そこにいたるまでのお話もさせてほしい。苦難に満ちたストーリーがあるのだ。
■コスト削減のため「自分で作った」結果
打ち切りからしばらく経ったある日、由美子さんから僕にメールが届いた。
先述の通り、僕は『書店員つんどくの本棚』の制作に携わってはいなかったものの、由美子さんとは連絡を取り合っていて、ことの成り行きも大体は把握していた。
届いたメールには「次はこんな動画を作ろうと思っています! いかがでしょうか?」という文面と一緒に、ひとつの動画ファイルが添付されていた。
ほー、どれどれ……と、添付されていた動画を再生する。声が出た。
「oh……」
『書店員つんどくの本棚』の打ち切りの理由のひとつがコストだった。
動画の制作を制作会社に委託するというのは、それなりにお金がかかる。にもかかわらず、再生数が伸びなかったために、「この費用対効果であれば、続けられない」と判断され、打ち切りとなったのだ。
そうなると当然、次の発想として出てくるのが「自分たちで作れば安上がり」となるわけで、この日メールで送られてきたのは「由美子さんが自分で作った動画」だった。
それは、軍手のキャラクターと有隣堂の従業員が会話している動画だった。
■黒歴史になりそうな5分31秒の動画
軍手「それでは早速、本の紹介お願いします!」
従業員「僕の紹介する本はこちらの『◯◯(ビジネス書)』です」
軍手「この本で感じたことをお話ししてもらっていいですか?」
従業員「業界の常識にとらわれず、さまざまな新しいアイデアを……(以下略)」
軍手には手作りの温もりがあふれるカスタムが施されていた。
人差し指から薬指は顔になっていた。何かが縫い付けられてひとつの丸い形状となっており、目と口が貼り付けてある。ニット帽も被っていた。親指と小指部分は腕で、話に合わせてヒクヒク動いていた。そして「YURINDO」の文字が入ったエプロンを着用している。由美子さんが夜なべして作ったそうだ。
その軍手と従業員が会話形式なのになぜかカメラ目線で、おそらくカメラの奥にあると思われるカンペを必死に棒読みしていた。
軍手を動かし、軍手の声を担当していたのは由美子さんだった。
動画の尺は5分31秒だったが何倍にも感じた。見ていて辛かった。軍手が本を抱えているところだけはかわいかった。
よくYouTubeは「公開するのは無料なんだから、まずは公開してみよう!」なんてことを言うのだが、限度というものがある。
この動画をウェブの海に飛び込ませ、世界に向けて公開しようものなら、有隣堂にとって永遠の黒歴史だ。
僕はすぐさま由美子さんと連絡を取った。
「僕にYouTube作らせてもらえますか」
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ハヤシ ユタカ
動画クリエイター
都内の映像制作会社に入社後、在京キー局の報道・情報・ドキュメンタリー番組でディレクターとしての経験を積む。2020年に独立し、現在は老舗書店「有隣堂」の公式YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』にて、プロデューサー兼ディレクターを務める。
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(動画クリエイター ハヤシ ユタカ)