※本稿は、山口周『読書を仕事につなげる技術 知識が成果に変わる「読み方&選び方」の極意』(角川文庫)の一部を再編集したものです。
■20代は視座を上げる読書が必要
人生のどの時期にどのようなインプットをするかを考えることは、とても大事です。
まず20代であれば、自分が専門とする領域の本は少しずつ深めながら、マンダラのコアにある書籍について目を通しておけばいいと思います。
マンダラの中心部にある本は全カテゴリーの代表的な入門書ですが、これらの本を読むことで「企業というものがどういう論理で動いているのか」ということがおおむね理解できるようになります。視座が上がるのです。
これは特に大企業で顕著だと思いますが、20代の人が自分の仕事を通じて眺められる範囲というのはそんなに広くありません。ある狭い領域を任されて、その中でしっかりと仕事をやり切る、ということを先輩や上司から言い渡されているはずです。
もちろん、与えられた狭い範囲についての専門性を深めることは重要です。しかし、それだけをやっていたのでは30代につながる視座がなかなか得られません。これは優秀な人、成果をあげる人に共通している要素ですが、常に10歳上の人の視座に立ってモノゴトを考えてみることが大切です。その癖をつけるためにも、マンダラのコアにリストアップされている書籍はぜひとも20代で、できれば数回は読んでおいてほしいものです。
■経営戦略論が、なぜ人生の役に立つのか
マンダラのコアにリストアップされている本を20代に読んでおいたほうがいいのは、これらの本が「自分の人生の戦略」を考えるにあたってとても有益だからです。
マンダラのコアにリストされているのは経営戦略、マーケティング、ファイナンスの基本書籍ですが、これらの本を通じて得られる知識は「自分の人生の戦略」を思い描くのにとても有用です。例えばマンダラのコアにリストされている経営戦略論について考えてみましょう。経営戦略論にはさまざまなコンセプトがありますが、突き詰めて考えればどのコンセプトも主張しているのは同じで、「どの戦場が美味しいのか」「どの戦場なら勝てるのか」という2つのポイントを押さえれば勝てるというのが教えです。
美味しい戦場とは収益性が高く、成長力のある市場のことです。ビジネスをやるのであれば、誰でもそういう市場で戦いたいでしょう。しかし、そういった市場に皆が出てきてしまえば、競争は熾烈になります。そうすると次に問題になるのが、「そこで勝てるのか?」です。「美味しくて勝てる」。そういう市場を見つけてそこで戦う。経営戦略論には分厚い教科書がたくさんありますが、それらの書籍が論じているのは、極論すればこの2つのポイントしかありません。そして、この論点はそのまま、「人生の戦略」を考えるにあたっても有効です。
■人生戦略は20年後を見る
ここで問題になるのが、産業の中長期的な収益性・成長性です。キャリアは数十年と長い時間になるので、「いま、ここ」でどうかというより、少なくともあと20年くらいの時間軸で考えた場合にどうなのかということを考える必要があります。
そして、経営戦略論の基本やファイナンスを学べば、どういった産業が中長期的に衰退するのか、あるいは成長するのかについて、ある程度の嗅覚を持つことができるようになります。当たり前のことですが、中長期的に収益性・成長性が停滞するような業界に自分のキャリアをかけるべきではないでしょう。もし自分が、中長期的に収益性・成長性が望めないような産業の会社に就職してしまったのであれば、よほどその仕事が好きでもない限り、自分のキャリア、人生の戦略について考えなおしたほうがよいでしょう。
■なぜかつての電通は給料が日本一高かったのか
ここで、少し筆者の個人的な経験について書きたいと思います。
筆者が大学を卒業して最初に働いたのは広告代理店の電通でした。なぜ、電通を選んだのか。もちろん広告づくりという仕事に魅力を感じたからなのですが、給料が高いというのも大きな理由のひとつでした。いまでも電通は給料ランキングなどで上位にランクされていますが、当時の電通は実質的に日本で一番給料の高い会社だったのです。
20代前半の頃、筆者がいつも考えていたのは「なぜ電通の給料はこんなにも高いのか?」ということでした。給料の高い会社に入って、「なぜこの会社の給料は高いのか?」と考えているというのも変わっているというか、面倒くさい人ですが、とにかくそういう問いを持ってしまったのです。
個人としての自分の生活を考えてみると、豊かな生活にとってなくてはならないものがいろいろとあります。当時の生活を考えると、CDプレイヤーや自動車、食品、洋服などがそれに当たります。しかし、こういったモノをつくって売っている会社の給料というのは、電通ほど高くありません。どうして、生活者の自分にとってまったく「お世話になっていない会社」である電通の給料がこうもバカらしいほどに高いのだろうか、ということを考えていたわけです。
■希少性の法則から「給料は下がる」と予想
そんなとき、経営戦略論の本を読んでいて「あ、そうか」とわかったことがあります。それは、モノの価値というのはモノの機能とか性質で決まるのではなく、そのモノの「希少性」によって決まるということでした。
どんなに役に立つモノ、素敵なモノであっても、誰もが提供できるモノには高い値段がつかない。一方で、それほど役に立たないモノであっても、希少なモノには高い値段がつく。これは経済学を学んでいる人であればごく基本的なことですが、大学で哲学と美術史をやっていた筆者にとってはとても新鮮な考え方だったのです。
希少なモノを売っている会社の給料は高くなるし、誰でも提供可能なモノを売っている会社の給料は下がる。これが電通の給料が高い理由なんだということがわかったわけですが、同時に電通の給料は今後確実に下がっていくだろうということもまた、わかりました。
当時の電通が押さえていた希少な売り物というのは「大衆の注目=アテンション」でした。
■退社すると「必ず後悔する」と言われたが…
ところが、1990年代の後半になって急激にインターネットが普及し始めます。
こうなってくると、「大衆の注目」はそれまでのメディアから新しいメディアにシフトしていくことになります。そうするとこの会社のこの待遇はいまがピークで、ここから先は下がるばかりだろうなと考えて電通を退社したのが2000年のことでした。
ほぼ同じ時期にネットバブルが崩壊したこともあって、同僚の多くからは「お前は間違っている。必ず後悔することになるだろう」と言われましたが、おかげさまで後悔することもなく、広告業界の報酬水準はその後下がり続けています。
筆者が電通を辞めようと思った最大の理由は、経営戦略論を学んだことで電通の収益性が今後大きく悪化するだろうと思ったことにあります。経営学の勉強が仕事の成果だけでなく、自分の「人生の戦略」を練る上でも有効なのだということがこれでイメージできたでしょうか。
■30代は組織と財務を重点的に学ぶ
30代以降であれば、マンダラのコア+2階層目までチャレンジしてほしいと思います。
30代というのはキャリアの中では腰を据える時期として位置づけられますし、会社組織の中では中堅として現場をリードしていくことが期待される年齢です。正式な管理職ではまだないものの、実際には若手のメンバーを引き連れてリーダーシップを発揮することが期待される年齢でもあるでしょう。20代では自分の領域だけについて専門性を深めながら、ビジネス全般についての知識は「一応知っている」で済まされていたのが、30代になるとより広い視野、高い視座が求められるようになるわけです。
30代であれば、自分の専門領域についてさらに学びを深めると同時に、経営全般についても一定のリテラシーが求められますから、できればマンダラの2階層目まで踏み込んでみてほしいと思います。
なかでも特に重要なのが、組織・財務に関する領域です。会社組織に所属していてこの2つの分野と無縁でい続けられる人は一人もいません。
例えば、オペレーションやマーケティングの分野は、所属している部署や高めようとしている専門性によっては、あまり学習の意味がないかもしれません。しかし、この2分野についてはそういうわけにはいかないでしょう。リーダーシップを発揮していくことが求められる年齢になった段階で、人を動かすにしても人から動かされるにしても、会社組織の一員として組織に関連する知識は重要になってきます。
■優秀な人の集団ほど愚かな決断をする
例えば組織論に関する古典的名著である『失敗の本質』を読めば、企業組織のパフォーマンスが、いかにその場を包む「空気」によって破壊されてしまうかがよくわかるはずですし、マイケル・A・ロベルト『決断の本質』を読めば、組織のパフォーマンスが必ずしもその構成員一人一人の優秀さによって決まるわけではなく、むしろ優秀な人の集団ほど愚かな決断をしてしまうということがよくわかると思います。
言葉を換えて言えば、経営というのが非常に矛盾に満ちた不条理な営みであること、一歩間違えれば組織のマネジメントというのは人間と社会を破壊することにつながりかねないのだということを学ぶことが30代以降では必要だということです。
「知的生産」にかかわる仕事をしていると、短期間である分野の知識を集中的に学ばなければならない場面があると思います。筆者が前職で経験した戦略コンサルの世界は、この連続でした。
このようなときにお勧めしたいのが、入門書5冊+専門書5冊=10冊の「1日読書」です。午前中を入門書の斜め読みに、午後は専門書の拾い読みにあてる、というのが基本的なプログラムです。
■5冊を2~3時間以内に読むには?
基本書の特徴は初学者にもわかりやすく、全体観を得られるように書かれている、ということです。こういった特徴をもった入門書を5冊読むと、対象にしている領域についての主要なトピックを押さえることができます。
5冊を午前中の2~3時間を使って斜め読みします。斜め読みでは、①図表だけ、②パラグラフの冒頭で自然と引き込まれた箇所だけ、を読みます。どんなに長くてもおそらく1冊につき30分程度で済むはずです。
午後は専門書。午前中につかんだ全体像やキーワードをもとに、特に深めたい部分を集中して読みます。例えば、ダイバーシティについて勉強をして、「アファーマティブアクション」というキーワードがあるということがわかったとしましょう。そういう場合、午後は、専門書のアファーマティブアクションに関連する項目だけを読んでいくのです。
このとき、目次はもちろんのことですが、しっかりと編集された専門書であれば必ず凡例や索引があるはずですから、この索引でキーワードを拾っていくといいでしょう。
ここでポイントになるのが、期限を1日に限定するということです。「なるべく早く」などというあいまいな期限を設定しても学習の効率は高まりません。1日と決めてしまう。その代わり、その1日はできるだけパソコンも携帯もオフにして、ひたすら活字のインプットにあてます。
■思いきってスマホもPCも電源を切ろう
なぜ1日なのか? なぜ携帯をオフにするのか? 理由は、平たく言えば効率がよいからです。
人間の脳は自動車のエンジンと同じようなところがあり、集中してから一定の時間を経ないと効率が上がりません。
一方で、一度一定の効率まで上がってしまえば、しばらくのあいだはその効率を維持できることがわかっています。逆に言えば、細切れの時間をバラバラに学習にあてた場合、トータルでかかる時間は集中して一気にやった場合よりも長くなるということです。これは多くの人にとっても経験のあることでしょう。
では、集中を中断させる最大の要因はなにか? これはもう皆さんお気づきですね。そう、スマートフォンやパソコンです。せっかく集中力が上がってきてインプットの効率が高まっていても、メールやSNSのメッセンジャーで連絡が来たらまた一からやりなおしになってしまいます。
だから潔くPCもスマホも電源を切って、2時間から3時間、集中して本を読む。その後PCとスマホの電源を入れてメールやメッセンジャーをチェックする。
そして、必要な返信を送ったら再度電源を切り、また読書に戻る。これを2~3回繰り返すのが、「超速インプット」の基本です。
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山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。
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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)