結婚せず、ひとりで暮らす人が増えている。こうした単身者が高齢になるとどうなるのか。
金融教育家の上原千華子さんは「家族を持った人の金融資産額と比較すると、おひとりさまの脆さがはっきりと表れる」という――。
■どんどん増えている「おひとりさま」
「まだ先のことだ」と思っていた老後が、いつの間にか「もうすぐ」に変わっていた。そう実感する40代、50代が増えています。老後のことを考えると、漠然とした不安や、自分だけが取り残されているような感覚を覚えるかもしれません。
令和2年(2020年)の国勢調査によると、単身世帯は約2115万世帯、そのうち1166万世帯が45歳以上です。5年前の2015年(平成27年)と比べると14.8%増加しています。また、75歳以上の単身世帯は、男性95万人に対し、女性は3倍以上の286万人で、「家族と一緒の老後」は当たり前ではないようです。
ひとりで迎える老後は、どのように対策すればよいのでしょうか。一緒に考えていきましょう。
■退職するまで心細い状況が続く
金融経済教育推進機構(J-FLEC)の「家計の金融行動に関する世論調査(2024年)」によると、単身世帯の金融資産保有額は中央値100万円、平均値は989万円となっています。半数の人は100万円未満の資産しか持っていないことになります。
一方、2人以上の世帯になると、中央値は350万円、平均値は1374万円です。
世帯人数が多ければ生活費がかかるものの、「自分以外がいる安心感」と「おひとりさまの脆さ」の対比は、数字にもはっきりと表れています。
さらに同調査の各種分類別データを年代別に見ると、その差は一目瞭然です。例えば、2人以上世帯の金融資産中央値は、40代、50代ともに250万円です。一方、単身世帯の中央値は、40代で85万円、50代で30万円です。
老後への備えが思うように進んでいない状況が見て取れます。単身世帯は、60代になってようやく中央値350万円、70代で475万円と少しずつ積み上がっています。定年退職金などまとまった金額が入るまでは、十分な備えがない現実が浮き彫りとなっています。
■「気づいたときには手遅れ」という盲点
備えたい気持ちはあっても、なかなか行動に移せない人は少なくありません。「おひとりさま」ならではのリスクと、目に見えにくい心理的なハードルが存在しています。数字の裏にある感情にも目を向けて、深掘りしてみましょう。
まず見逃せないのが、病気や介護などのイベントが起きた時に、「自分の代わりがいない」という現実です。例えば、フルタイムで働く40代の独身女性Aさん。
70代の母親の在宅介護に限界を感じ、介護離職をしたいと考えました。しかし、生活費を試算したところ、月3万円以上足りない。「これでは、退職金を取り崩しても数年しかもたない」と、Aさんは愕然としたそうです。
また、高齢になるほど「ひとりの壁」は想像以上に高くなります。例えば、70歳独身男性Bさんが脳梗塞で入院した際、身元保証人がいないという理由で転院も施設入所も断られて、行き場を失ってしまいました。行き先が決まらず、社会的入院として病院に長期滞在するしかなかったそうです。
さらに単身者は、「ひとりぼっちだし」と将来の備えに対するモチベーションが上がらず、後回しにしてしまう傾向があります。中には「自分ひとりなら、どうにかなるだろう」と楽観的に考えるケースもあるようです。実際に困るまで問題が顕在化しにくい「おひとりさまの盲点」といえるでしょう。
■「ひとり老後」に備える3つの視点
こうした心理的な要因も相まって、「備えたいのに備えられない」状況を生み出しています。まずは、数字には表れない「ひとりのリスク」に気づくことが、将来に備えるための最初の一歩かもしれません。
「40歳を過ぎて老後資金の対策なんて、遅すぎるのでは」と不安になる方もいるでしょう。
厚生労働省の令和5年簡易生命表によると、男性の平均寿命は81.09歳、女性の平均寿命は87.14歳。まだまだ人生は続きますし、備えは今からでも始められます。
大切なのは「今の自分にできること」に目を向けることです。「お金が足りない」と思えば思うほど、脳は足りない証拠を探しにいってしまいます。視点を少し変えるだけで、見える世界は変わっていくかもしれません。ここでは、ひとり老後に備えるための3つの視点をご紹介します。
■60歳まで引き出せないiDeCoが向いている人
まず1つ目は制度面です。少額から始められる「資産形成制度」を積極的に活用しましょう。新NISAやiDeCo(個人型確定拠出年金)は、単身者でも無理なく使える制度です。新NISAは気軽に始められますが、現金化しやすい分、継続できるかどうか注意が必要です。
資産形成は、10年以上の長期積立・分散投資が鉄則です。途中で老後資金に手をつけてしまいそうな人は、60歳まで資金を引き出せないiDeCoの方が向いているでしょう。
新NISAと同様、利益に対して非課税です。さらに、毎月の拠出金額は所得税・住民税の控除対象となるため、年末調整で税金の還付が受けられます。
例えば、年収400万円の人が、45歳から65歳になるまでの20年間、iDeCoで毎月1万円を積み立てるとします。iDeCo公式サイト「簡単税制優遇シミュレーション」によると、税額軽減額は年間1.8万円、20年間で36万円です。iDeCoは、口座手数料や受取時の税金などを考慮する必要がありますが、上手に活用できれば、税制優遇のメリットを享受できるでしょう。
NISAとiDeCoの違いについては、下記の図表3を参考にしてください。
■貯金100万円の40代男性が積立投資をすると…
ご参考までに、45歳・年収400万円・一人暮らしの男性が、毎月1万円の積立投資を続けた場合、老後にどのくらいの資産を作れるのかシミュレーションをしてみました(図表4)。
「老後資金は何千万円も必要」とあきらめず、月1万円からでも準備できるとイメージしてもらえたらと思います。収入や状況が異なる方でも、備え方のヒントとしてご覧ください。
【シミュレーションの条件】

・45歳男性一人暮らし、65歳になるまで会社員、貯蓄額100万円

・年収400万円、手取り月収26万円(ボーナスなし)、定年退職金300万円

・毎月の支出23万円、65歳以降は20%減

・毎月の貯蓄額2万円、毎月の投資積立額1万円(45歳から64歳まで投資信託を積立、年利5%で複利運用。70歳から毎年45万円ずつ現金化)

・物価・収入変動、緊急支出は考慮しない

※あくまでもデータに基づく試算であり、将来の正確性、信頼性等を保証するものではありません。

■毎月いくら使っているか、把握してる?
2つ目はマネー習慣です。
支出を「なんとなくこんな感じ」で済ませていませんか。まずは固定費を洗い出し、自分らしいミニマムの生活基準を明確にしましょう。「この金額で暮らせれば安心」という目安がわかれば、老後の不安もグッと小さくなります。家計簿アプリなどを使って、家計の見える化を試してみてください。
出費の見直し方については、こちらの記事も参考にしてください。
「今月使えるお金」を数える節約家ほど失敗する…「自然とお金が貯まる人」が給料日にやっていること
3つ目は、意外と見落としがちな「社会とのつながり」です。単身者にとって、お金では買えない安心感につながるでしょう。仕事以外に趣味の友だちをつくったり、ボランティアや地域のイベントに参加したりしてみましょう。ゆるやかな関係は孤独を感じにくくなり、いざという時に助け合えるかもしれません。
「ひとりで抱えず、誰かと共有すること」も立派な備えです。困ったときには、自治体の相談窓口やFPなど専門家の力を借りてもよいでしょう。
■「見える化」で老後の不安を和らげる
老後のことを考えると、誰しも不安になるものです。
特に「おひとりさまの老後」は、「すべてを自分でどうにかしなければ」というプレッシャーがつきまといます。不安はぼんやりしているからこそ大きく感じるものです。今の資産状況や生活費を見える化することで、行動しやすくなるでしょう。
老後の生活は、突然始まるものではなく、今の暮らしの延長線上にある日常です。大きな金額を一気に準備する必要はありません。まずはどんな暮らしをしたいか、何を大切にしたいのかを見つめ直すとよいですね。
そしてやってはいけないのは、他人と比べたり、周りの情報に振り回されたりすること。「みんなもっとお金を持っているのでは?」「もう遅すぎるのでは?」と感じたときこそ、自分自身の価値観に立ち返りましょう。
未来は、目の前にある小さな選択の積み重ねです。あなたの未来を自分自身の手で、少しずつ整えていってくださいね。

----------

上原 千華子(うえはら・ちかこ)

金融教育家

金融教育家。欧米投資銀行勤務歴17年、個人投資家歴26年。証券外務員一種、最新の心理学NLPを使ったマネークリニック®認定トレーナー。2018年、ウェルス・マインド・アプローチ創業。資産運用講座を実施し、2022年より「3ヶ月マネー実践講座」を提供開始。ライフプランから資産運用までマンツーマン指導。著書に『「お金の不安」をやわらげる科学的な方法 ファイナンシャル・セラピー』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。

----------

(金融教育家 上原 千華子)
編集部おすすめ