※本稿は、佐野敏高『ワインビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■良年のワインは壮大なスケールを持ち、感動的な味わいを生む
どんなワインでも栓を抜いたタイミングこそが、僕らにとっての飲み頃です。それでも、ワインをどのように適切な状況で飲むかを考えるのもまた楽しみのひとつです。
ワインたちは長い船旅を経て日本へ輸入されます。船旅に屈強なワインもあれば、繊細なワインもあり、それぞれが異なるペースで「飲んでほしい瞬間」を迎えます。
船旅の疲れが癒えた頃には、生産者が飲んで欲しい味わいが見事に表現されているのです。現地で飲むからこそおいしいワインも存在します。
ショップに並んでいるワインは、基本的にひとつの飲み頃を迎えています。生産者は、味わいがまとまってからボトリングするのが一般的です。それでももう少しの時間が必要な場合、インポーターが追熟させてからリリースすることもあります。
・閉じているワインと開いているワイン
味わいが出ていないワインを「閉じている」、豊かに表現されたワインを「開いている」と表現します。
・季節や気候とワイン
ワインは一定温度で保管されていても、季節の変化を感じているかのように呼吸している気がします。ワインにも飲んで欲しいタイミングと、飲まれたくないタイミングがあるのだと想像してみてください。
ワインには「良年」と「悪年」という生産年の評価があります。良年とは、天候やブドウの出来ばえが理想的で、生産年の評価が高い年のこと。
良年のワインは壮大なスケールを持ち、感動的な味わいを生みます。熟成された姿は荘厳な建築物をおもわせるような世界観を生みます。
それに対して悪年とは、気候条件が悪く、理想的なブドウが収穫しづらかった年を指します。ただし、悪年の評価は相対的なもので、生産者の努力次第で素晴らしいワインが生まれることがあります。
■1本のワインには処女と熟女が入っている
僕の生まれ年は世紀の悪年とされていますが、おいしくなかったことは1度もありません。愛情いっぱいな味わいです。
ワインの熟成は、瓶の中で時間をかけて味わいと香りを深めるプロセスです。
1本のワインには処女と熟女が入っているなんて言われます。若々しい段階、円熟した段階ともに美しい味わいを表現することができます。
中期熟成を超えると、妖艶さを帯びた味わいへ変化します。生産者も想像できないような進化を遂げるのがワインの魔法です。
年を超えると風格を帯びてきます。
長期熟成のワインは、土や枯葉、キノコの香りなど独特の要素を持つことがあります。それでも「ピークを過ぎた」と判断せず、時がもたらす変化を楽しんでください。ワインは永久的に変化する液体だからいいのです。
時間とともに成分が分解され、澱と呼ばれる沈殿物が生まれます。これもまたワインが変化する過程の一部です。フレッシュさが特徴のシャンパーニュも、熟成を経て香ばしい味わいが生まれることがあります。
ヨーロッパでは、子どもの誕生年にワインを買い、熟成させて一緒に飲むという風習があります。子どもの成長とワインの成長を重ねる、そのような物語のあるワインの楽しみ方も素敵です。
長期熟成を経たワインは、やがて土や水へと還っていきます。これはまるで人間が年齢を重ね、赤子のような純粋さに戻るのと似ているのかもしれません。
ワインは時間とともに変化し続ける生きた液体です。その偶然性や必然性を楽しみ、祈りを捧げるように味わうことで、ワインの持つ深い魅力がより際立つでしょう。
■家庭でお手軽なグラスで気楽に楽しむ方法
日常をかけがえのない非日常に変える力をもっているのがワインです。小売店やネットショップで購入したワインたちを、輸入したインポーター、ワインショップが求める品質で、家庭で楽しく飲むために必要なことを少し紹介します。
ワインを家庭で気兼ねなく飲む時は100円ショップでも売られているような、比較的薄手の片手透明グラスで十分です。割れにくいし、洗うのも簡単で、ワインの美しい色も楽しめます。ピクニックに持って行けるのもありがたいですね。
よりおいしく、特別な時間を演出したいと思ったら、良質のグラスを購入してください。
上質なグラスは最強の武器。薄いガラス材は、ワインの味わいが天と地ほど異なります。
素晴らしいグラスにワインを注いであげると、ワインもグラスの魅力に負けじと、洗練した味わいを出してくれます。
グラス形状で味わいは変化しますが、家庭ではあまり深く考えないでいいですよ。
メーカーはリーデル社、シュヴィーゼル社のものが価格的にも手に入れやすいでしょう。
ワインをこれからずっと楽しんでいくのであればロブマイヤー社、ザルト社のグラスへ手を伸ばしてみるのもいいですね。
複数人の友達と飲む時は気兼ねないグラスに、ゆっくりとワインと向き合いたい時は良いグラスをと、使い分けて楽しむなどご自身の心地いいツールとの向き合い方を見つけてみてください。
■最良は飲む数時間前に冷蔵庫で冷やす
ここで意外と必要になるのがグラスを拭くトーションと呼ばれるナプキンです。個人的に日本製のBIRDYというメーカーがおすすめです。グラスに水垢がついたり、水道水の匂いがついたりするとワインの魅力が半減してしまいます。
沸騰させたお湯で一度お湯通しをしてから拭き上げるとさらに綺麗になりますよ。YouTubeなどで拭き方などの動画を見るのもいいでしょう。
購入したワインの保管についてです。長期保存を目的とせず、購入してすぐに飲むのならワインセラーは必要ありません。最良は飲む数時間前に冷蔵庫で冷やしてお楽しみいただくこと。家庭で楽しむのなら、1.5~2時間あれば適温になってくれます。
ただ冷蔵庫に入れっぱなしにしてしまうと低温劣化するのでご注意を。カジュアルワインはグラスに氷を落として楽しんでもいいと思います。氷水にボトルを漬けて冷やす方法もありますが、家庭では氷の確保が大変。
冷凍庫に入れられるアイスクーラーを活用するのもいいですね。アイスクーラーとはワインボトルに装着させると緩やかに冷えていくという便利グッズです。
飲むタイミングが決まっている場合は、早めにコルクを抜いておくのをおすすめします。
開けたら瓶口とボトルの首部の内部をティッシュでさっと拭き、栓を再び閉めて保管してくださいね。
赤ワインは開けたままでもいいでしょう。なぜ早めに抜栓するかというと、飲む環境に早く慣らすためにワインを空気に触れさせたいからです。特に味わい構成が複雑な力強いワインは本来の味わいを解放するために時間がかかります。
その場合、さらに早めに抜栓することをおすすめします。グラスの中に入れたワインも空気を含ませると味わいが変化していきます。食事進行や会話と共に味わいが移っていくのもワインの魅力のひとつですね。
■栓の代わりになるワインストッパーは不要
抜栓道具については、オウムのような形状のソムリエナイフでプルテックスと呼ばれるシリーズが安価で実用的です。テコ式のスクリューコルク抜きは1番簡単で子どもでも抜栓できます。ボトル首にはめて、ネジを回すようにスクリューを刺して抜くものです。
慣れてきたらぜひ自分へのプレゼントに素敵なソムリエナイフを購入してみてください。使えば使うほど手に馴染み、愛着が湧きます。僕はラギオール社のシルバー材モデルを使用しています。時間が経ち色合いも変わり手放せない相棒になりました。
飲み残しのワインを過度の空気接触から守る、栓の代わりになる道具をワインストッパーといいます。ですが、僕は必要ないと思います。
綺麗に瓶口を拭いてから抜栓したコルクを戻してあげればそれで十分です。スパークリングワイン用のものだけひとつあるといいですね。飲みきれない時に泡の減りを抑えてくれます。
僕の家庭でのワインの楽しみ方は、グラスでちびちびと色々なワインを味比べします。
冷蔵庫に甘口ポートワイン、常温にマデイラワイン、野菜室に白ワインを保管しています。
赤ワインは抜栓したらワインセラーに立てておきます。
経過観察の目的もありますが、お風呂上がりに白ワイン、寝る前には赤ワインを少量ずつ楽しみたいのです。皆さんも自分にぴったりのワインスタイルを探してみてください。
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佐野 敏高(さの・としたか)
ソムリエ
1984年神奈川県横浜市生まれ。幼い頃マレーシアで育ち、高校卒業後ニュージーランドへ留学。ワインのある生活に魅せられイギリスへと拠点を移す。ヨーロッパ各国へ足を運びワインを学ぶ。帰国後は老舗グランメゾンのアピシウスなど、さまざまなフレンチレストランやワインバーで経験を積む。Racines、puhuraなどに勤めたのち、2016年に独立。Wine Bistro calmeとワインのお店 さらさを開業。オーストリアワインアンバサダー。ポルトガルワインコンクールにて最優秀賞受賞。趣味はフルート演奏と日本舞踊。
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(ソムリエ 佐野 敏高)