ロシアと中国は「無制限のパートナーシップ」をうたう友好関係にあるとされるが、実態は違っていた。中国を「敵」と位置づけ、中国のスパイ活動や領土拡大の野心に警戒を強めていることが、ニューヨーク・タイムズ紙が入手した内部文書で明らかになった。
文書からは、プーチンが抱える習近平への不信感がにじむ――。
■ロシア諜報機関は中国を「敵」と位置づけた
国際社会からの孤立を強めるロシアのウラジーミル・プーチン大統領にとって、中国の習近平国家主席は唯一無二の友だ。ロシアは制裁措置を回避した武器輸入を中国経由で行っているとされるほか、中国国内は空前のロシア商品ブームでロシア経済を支えている。
だが、強固に見える2カ国の絆は、実際のところ砂上の楼閣に過ぎない。ニューヨーク・タイムズ紙が入手したロシアの未公開内部文書は、ロシア諜報部隊が中国を「敵」と呼び、ウクライナでのロシアの軍事活動をスパイするため接近しているとの認識が示されている。
機密文書によると中国は、ロシアが戦争に没頭している現状を好機と捉えている。習近平氏なしには立ちゆかないプーチン氏だが、表面上の友好関係を維持しつつ、水面下では警戒を迫られている実態が浮き彫りになった。
プーチン氏がウクライナに侵攻する3日前、ロシア連邦保安庁(FSB)は「アンタント4」と呼ばれる新たな対中国・諜報プログラムを承認した。ロシアが軍事・諜報資源のほぼ全てをウクライナに振り向け、中国国境から6000キロ以上離れた戦場に注力する中、北京が隙を突こうとするのではないかとの懸念があったためだ。フランス語の「国家間の協調」に由来する、皮肉なネーミングだ。
■表面上は友好、裏では盗用を警戒
FSBの機密文書によれば、懸念は的中した。ロシア軍がウクライナ国境を越えて間もなく、中国の諜報機関と繋がりのある国防企業や研究所の関係者がロシアに殺到し始めたという。
彼らの目的は、この戦争でロシアがどのような兵器と戦術を用いるか、より詳しい知識を盗むことだった。
中国軍は1979年のベトナムとの短期間の紛争以来、実戦経験がない。そのためニューヨーク・タイムズ紙は、中国は今後勃発する可能性のある台湾や南シナ海での衝突を念頭に、最新の西側兵器を相手にした場合の軍事能力に不安を抱いていると指摘する。
FSBの文書は、中国がこうした弱点を補う上で、「無人機を使った戦闘方法、ソフトウェアの近代化、新型西側兵器への対抗方法」について特に関心を示していると指摘している。プーチン氏としては習近平氏との良好な協力関係を維持しつつ、ロシアの軍事技術を盗用しようとする中国の真意に対し、警戒を緩めることができない状況だ。
■中国不信の理由…スーツケースから発見された機密情報
ロシア側が情報の盗用に神経を尖らせるには理由がある。かつて実際に、中国のスパイが、軍事転用可能な情報を持ち出そうとした疑いがかけられた。
2020年に米CNNが報じたところによると、同年2月、ロシアの北極研究における中心的人物の一人、バレリー・ミトコ氏(78)が国家反逆罪の容疑で自宅軟禁された。ロシア当局は、同氏が2018年初頭に中国の大連海事大学で客員教授を務めていた際、中国諜報機関に国家機密を含む文書を渡したとみている。
ロシア向け独立系ニュースメディアのメデューサによると、2018年3月、ミトコ氏は同大学での講義に向けてロシアを出国しようとしていた。FSBはこの機会を狙い、同氏の預け荷物を秘密裏に開封。スーツケース内の文書を撮影した後、痕跡を残さないよう慎重に再封印したとされる。

FSBの専門家による分析の結果、撮影された文書の1つに機密情報が含まれていたと結論づけられた。問題となった文書は水中音響学に関するもので、潜水艦の航行、通信、監視活動などに応用される分野だった。これを根拠に、FSBは2020年2月にミトコ氏を国家反逆罪で起訴した。
ただし、ミトコ氏の弁護士イワン・パブロフ氏は、この文書について「ミトコ氏は全ての情報を公開情報源から入手したと主張している」と述べ、機密情報は含まれていなかったと主張している。
■極超音速ミサイル研究者3人が逮捕された
近年ロシアで外国政府に国家機密を渡したとして告発または有罪判決を受けた学者は複数存在する。CNNなどによると、2018年には航空宇宙エンジニアのビクトル・クドリャフツェフ氏が、ロシアの極超音速兵器に関する情報を含む報告書をベルギーの研究機関と共有したとして国家反逆罪で起訴された。
ガーディアン紙は、2023年5月、極超音速ミサイル研究に携わる3人の科学者が国家反逆罪の容疑で逮捕され、最初の裁判が始まったと報じている。3人は全員、ノボシビルスクのクリスチアノビッチ理論応用力学研究所(ITAM)の所属だった。
76歳の空気力学教授アナトリー・マスロフ氏は、2010年代に空気力学に関する国際会議に参加した結果、中国に機密を渡した疑いがもたれている。同紙は「マスロフ氏は昨年6月にノボシビルスクで逮捕されて以来、2度の心臓発作を起こし、入院した」と報じている。
一方、逮捕により、科学界では異例の反発が巻き起こった。メデューサは、捜査機関に協力的な専門家というものは存在するものであり、彼らが「機密情報だ」との鑑定結果を出せば、どんな学者でも逮捕の対象となりうる――との危険性を指摘する。

裏を返せばプーチン政権にとって、自国の優秀な学者を起訴せざるを得ないほど、中国スパイの脅威は切実なものとなっている。
■プーチン氏には中国依存以外の選択肢がない
スパイへの警戒とは裏腹に、現実問題としてロシアは中国に依存せざるを得ない。米欧州政策分析センター(CEPA)の報告書によると、2022年の中露貿易は前年比30%近く増加して1900億ドル(約27兆6000億円)に達し、2023年も同様の成長率で2401億ドル(約34兆8800億円)を記録した。
半導体分野での中国依存も目立つ。2023年時点で、ロシアのマイクロチップ輸入元の89%を中国が占めている。同報告書は「中国はロシアで使用されるチップ製造装置の47%、スペアパーツの58%を供給している」と指摘する。
ただし、米国営放送網のボイス・オブ・アメリカ(VOA)は、ロシア人の間で中国製品の品質への不満が広がっていると伝えている。「ロシアでは、中国製品は手頃な価格だが、品質が低いという評判がある」と記事は指摘し、ロシアが中国経済に深く依存することへの不安要因の一つになっていると分析している。
一方、中国国内でも、市民生活にロシア文化が浸透し始めた。ブルームバーグは、中国全土でロシア製品を扱う店舗が急増していると報じる。北京の市街地にあるロシア商品専門店は、高級感を前面に押し出した品揃えだ。中国の中年男性たちが集い、ロシアで長年人気のビール「バルチカNo.7」を買い求める光景が頻繁に見られるという。

同社の報道によると、過去1年間で数百軒というロシア風店舗が中国全土に広がるほか、プーチン政権さえも独自に300店舗を展開する計画を発表するほどの人気ぶりだ。ある店舗のマネージャーは、チョコレートや粉ミルクが人気商品だと語る。
中国に巻き起こったロシア文化ブームは、一見して微笑ましい異文化交流のようだが、実態として間接的にプーチン政権のウクライナ侵攻を支える複雑な側面を持つ。
■中国企業を通じて兵器輸入を続けるロシア
経済面のほか、軍事面でもロシアの中国依存は大きい。
アルジャジーラによると、2025年5月、ウクライナの対外情報局長官オレフ・イワシチェンコ氏は、中国が20のロシア軍需工場に重要な材料と装備を供給していることを「確認できる」と述べた。同氏は「工作機械、特殊化学製品、火薬、そして特に防衛製造業向けの部品を中国が供給しているという情報がある」と語った。
イワシチェンコ氏は「2025年初頭の時点で、ロシアのドローンで発見された重要な電子部品の80%が中国製だった」と付け加えた。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は4月、中国がロシアの兵器製造業者に火薬と材料を供給していると初めて公に非難している。
こうした中国の対ロシア支援は、実質的に西側の制裁を回避する手段として機能している。ただし、欧州政策分析センターの報告書によると、2024年3月にアメリカのアントニー・ブリンケン国務長官が中国を訪問し、制裁回避と対ロシア武器輸出について警告したことを受け、中国の対ロシア輸出は16%減少した。その後も減少は続き、2024年末までに中露貿易の前年比成長率は1.9%と、パンデミック後の4年間で最も鈍い増加ペースにとどまった。
ボイス・オブ・アメリカは、アメリカとその同盟国が両国間の亀裂を利用し、楔を打ち込むべきだと提言している。
「彼らを引き離すために何かをしなければ、ますますそうなっていくだろう」と専門家は同メディアに語った。
■ロシア沿海州を狙う「中国の野心」
急接近の中露だが、プーチン氏の懸念はスパイ活動以外にも及ぶ。最も懸念している事項の一つが、領土を広げようとする習近平氏の野心だ。
中国は西太平洋の海域で積極的に空母を繰り出し、少量の譲歩を重ねて迫る「サラミ戦略」により、沖縄・台湾近海の「内海化」を進めようとしている。プーチン氏としてはこの野心的な侵略行為が、陸伝いにロシア側へ及ぶ可能性を無視できない。
ニューヨーク・タイムズ紙は、中国の民族主義者が長年、ロシアが現在のウラジオストクを含む大きな土地を併合した19世紀の条約に対し、異議を唱えてきたと指摘する。
これは1860年の北京条約を指している。イギリスとフランスが1856年から清に仕掛けた第二次アヘン戦争(アロー戦争)後、清朝とロシア帝国の間で締結された。ロシアはこの北京条約に基づき、ウスリー川以東の沿海州地域を獲得した。1860年になるとロシアは、この地にウラジオストク市を建設している。中国側の視点に立てば、清朝が結ばされた不平等条約となる。
抗議として中国側は、2023年に国家として発行した公式地図において、現在のウラジオストクを含むロシア領内の都市や地域について、中国で歴史的に用いられてきた呼称で記載している。

中国の一部に募るこうした論調を踏まえ、ロシア諜報部隊FSBの内部文書は、中国がロシア極東地域に「古代中国民族」が存在した痕跡を探していると指摘。その根拠を収集する調査活動が、「中国の主張に有利な地元世論に影響を与える」おそれがあると警戒している。
具体的な対応手段として文書は、「そのような活動に関与するロシア市民に対して予防的な作業を実施せよ」「影響力の手段として外国人の入国を制限せよ」と提言している。
ロシアは現在、ウクライナ戦争と経済制裁で弱体化し、中国に対抗する能力が低下している。疲弊するロシアは中国に依存しつつ、その領土拡大の野心に警戒を続けている状況だ。
■「無制限のパートナーシップ」の破綻は免れない
FSBの内部文書が明らかにした中国への深い不信感は、ウクライナ侵攻前に両国首脳が発表した「無制限のパートナーシップ」とはほど遠い、両国の複雑な探り合いを浮き彫りにした。
ロシアは中国の経済支援なしには戦争を継続できない一方で、領土侵犯やスパイ活動への警戒を強めている。東シナ海で演習を重ねる中国軍は日本を含むアジア諸国の不評を買っているが、不安を抱えるのはプーチン政権も例外ではないということになる。「古代民族」の根拠を求め極地での調査活動を行う中国に、プーチン氏は内心、不快感と不信を募らせていることだろう。
西側の制裁が続く限り、ロシアの中国依存は深まるだろう。しかし、その関係は決して対等ではなく、むしろロシアがやむを得ず中国に従属する構造へと変貌してゆく可能性がある。強固なタッグを組んだかに見える2人の国家指導者だが、その信頼関係の崩壊は予想外に近いかもしれない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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