■“コメ高騰”でパスタが増えた
長引くコメ高騰もあり、消費者は米食以外を楽しむようになっている。
その代表例が「パスタ」だ。コロナ禍初年の在宅勤務で2020年に消費が増えたが、このところ再拡大している。
一般社団法人日本パスタ協会の発表データによれば、2025年4月の国内供給量(輸入も含む)は前年比110.6%。2024年度の国内供給量は30万4089万トン(同106.3%)となり、コロナ特需があった2020年度以来4年ぶりに30万トンを超えた。
小売店の店頭にはさまざまなパスタソースがあるが、このところ存在感を示すのが、キューブ型の固形調味料「パスタキューブ」(味の素)だ。
どんな商品なのか。担当者に聞いた。
■1200万食突破の大ヒット
「『パスタキューブ』は2024年2月の発売以来好調に推移し、現在1200万食を突破しています(2025年5月末現在)。発売時は、“うま辛ペペロンチーノ”と“香ばし和風醤油”の2種類で、2025年2月に“まろやか豆乳クリーム”を追加投入しました」
味の素・食品事業本部の長谷駿佑さん(コンシューマーフーズ事業部 シーズニンググループ)はこう話す(以下発言は同氏)。
まずはパスタソース市場の現状を聞いてみた。
「まだお米も高いので、パスタ全体の需要が伸びており、パスタソースはその追い風も受けています。パスタソース市場は2024年度が前年比101%、食卓出現率は109%でした。直近の2025年4月や5月では前年比130%にまで拡大しています」
パスタは「全部で500種類以上あるといわれている」(日本パスタ協会)が、最も多いのは「スパゲティ」で直径1.4~1.9mm前後、長さ25cm前後が一般的だ。パスタキューブの材料例(1人前)もスパゲティ100gを用意して作る。
■1食あたり約200円、“節約志向”に応える
物価高騰で節約志向が続くご時世。備蓄米を含めて、主食1人前を比較した例もあり、「備蓄米(100g)で約40円、国産米で同80円、パスタは約35~40円」となっていた。
「パスタキューブで作るパスタは、想定『1食あたり200円』(一般的な具材代も含む)で、麺(100g)が1食分30~40円と想定しており、その数字とほぼ同じです」
取材前、筆者もスーパーで「パスタキューブ(うま辛ペペロンチーノ)」を198円+税で購入したが、4個入りなので1個(1食)あたり約50円となる。
店頭に並ぶパスタソースの種類は多い。
キューピーはミートソース、カルボナーラ、ボンゴレビアンコから明太子、バジルなど多種多彩。カゴメは強みを生かしたトマト系ソースが多かった。競合品との違いは何か。
「パスタキューブは日本で初めてのキューブタイプのパスタ調味料です。キューブに閉じ込められた成分や調味料が少しずつ溶け出すので、風味が飛びにくい特徴もあります」
■「鍋キューブ」にヒントを得た
パスタキューブの構想が始まったのは商品発売の1年半~2年前だという。
「もともと当社には『鍋キューブ』という商品がありますが、秋冬がメインなので夏場の売り上げが下がってしまいます。そこで生活者調査を行うと、『夏に食べられるような鍋がほしい』という声を多くいただきました。でも『夏に鍋料理をしますか?』と聞くと、ほとんどされません。
開発チーム内で議論を進めた結果、『お客さまは夏場の鍋ではなく、鍋のように肉や野菜を手軽に食べられるメニューを求めているのではないか』と仮説を立てました」
いくつかの候補が上がった中で、需要が伸びている「パスタ」に着目した。
「夕食にパスタを食べられる方も増えており、パスタソースは多種多彩でメニューごとの出現頻度の差が小さい。違う味を選べば、週に複数回登場してもマンネリ感がしません。
手始めに「鍋キューブ」で作ってみると、茹でている時に麺同士がくっつくなど、さまざまな問題が起きたという。
「当社には『コンソメ』(1962年発売)から培ったキューブに旨味を固めて溶かす技術があります。研究所のメンバーが、麺同士をくっつきにくくしたり、食感をよくしたり、時間がたっても麺が伸びにくくなるような成分を入れるなど、工夫を重ねました」
■“フライパンひとつ”で作れる
もうひとつの商品特徴は「ワンパン調理」を提案したことだ。
「ワンパン=フライパンひとつでできるという意味です。麺を別に茹でることなく、麺と具材とキューブを一緒に茹でればパスタ料理が完成します。作り方は、①具材を炒める、②水とパスタを加える、③水分をとばす――という手順になります」
フライパンに具材と麺を一緒に茹でるのは新しい訴求だが、中には抵抗感を持つ人もいるかもしれない。ただし最近の消費者で多いのが「面倒くさいことは避けたい」意識。別々に行うのではなく一緒に行う調理は時短にもつながるだろう。
取材班も後日それぞれの家庭で調理してみた。パッケージ裏面の材料例を参考に具材を用意して作るとおいしい味になったが、しょっぱいという声も。どの商品もキューブ1個当たり食塩相当量が3g以上あり、パスタ自体の塩分を考えると、水を増やすなどして調節したほうがよいかもしれない(個人の好みによるが)。
ちなみに長谷さんは、料理研究家・リュウジさんのYouTubeにも登場して商品訴求を行った。
■「レトルト」「冷凍パスタ」との差別化
パスタキューブの誕生時は「うま辛ペペロンチーノ」と「香ばし和風醤油」の2種類だった。味についてはどんな基準で選んだのか。
「作り方として最初に具材を炒めます。そこでオイル系パスタと相性がいいと考えました。一方でミートソースやカルボナーラといったパスタソースの超定番は避けました。肉や野菜と一緒に栄養バランスを考えて作っていただきたいのと、家庭では出せない味にしたかったからです。ただし、まったく馴染みがない味にしても受けません」
キューブに濃縮された味が溶け出すことで、レトルトや冷凍パスタと差別化しつつ、消費者がイメージできる味にした。第3弾の「まろやか豆乳クリーム」もこの流れだ。
滑り出し上々のパスタキューブだが、残された課題は何か。
「ワンパン調理の認知度がまだ低く、リサーチすると具材が少なかったり、作る手順に戸惑ったりもされています。
■「手作り料理」への意識が変わっている
ワンパンのような簡単便利な料理を訴求すると、一方で「手抜き」という声も上がる。とはいえ時代はどんどん変わり、ハレの日以外の家庭料理はカジュアル化が進む。
世界初の市販用レトルトカレー「ボンカレー」(大塚食品)が誕生したのが1968年、「麻婆豆腐の素」(丸美屋食品)は1971年。味の素の「ほんだし」(1970年)もそうだが、おふくろの味ならぬ“袋の味”は、女性の社会進出が始まった当時から半世紀以上親しまれてきた。
また揚げ物も、かつては自宅でトンカツやコロッケを作る家庭も多かったが、今や少数派。小売店で買った揚げ物に生野菜を切って盛り付ければ、立派な「手作り料理」だろう。
パスタソースは冷凍チャーハンと並んで、外食店に近い味が楽しめるカテゴリーのひとつだ。キューブ状の調味料に続き、今後どんな商品が登場するのか。
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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「人気ブランド」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『なぜ、人はスガキヤに行くとホッとするのか?』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)