■なぜ、下から3番目の男が日本一になれたのか
約3万8000人が駆け抜けた今年3月の東京マラソン。日本人で最もスポットライトを浴びたのが市山翼(29歳、サンベルクス)だった。
市山は第3集団でレースを進めて、中間点を1時間02分44秒、30kmを1時間29分13秒で通過。ペースメーカーが離脱すると、「栄光」に向かって突き進んだ。
第2集団でレースを進めた日本人選手に迫ると、パリ五輪6位入賞の赤﨑暁(九電工)、日本歴代2位の2時間05分12秒を持つ池田耀平(Kao)らを逆転。有力選手を抑えて“日本人トップ”に輝いたのだ。
市山は日本歴代9位となる2時間06分00秒の10位でフィニッシュ。何より光るのは自己ベストを1分41秒も更新して、7月上旬より開催する東京世界陸上の参加標準記録(2時間06分30秒)を突破したことだ。
本人は、約3カ月前の快走をこう振り返った。
「自己ベストが2時間07分41秒だったので、しっかり結果を残せて、今もうれしく思います。こういった取材を受けさせていただき、なおさら実感しているところですけど、自分の実力で東京マラソンの日本人トップはちょっとやりすぎたのかなとも思っています(笑)」
市山は東京世界陸上代表の有力候補に挙げられたものの、残念ながら日本代表には選ばれなかった。
「東京で日本人トップになれば東京世界陸上が決まるかなと思っていたので、日本代表が発表されたときはいろんな感情がありました。でも優勝したわけではないですし、前(第2集団)で臨める状態ではなかったので自分はまだまだだったと思います。今となっては新たな目標に方向転換できたので良かった部分もありますよ」
ビッグチャンスを逃しても、ポジティブに受け止める。アスリートに限らず、できそうでなかなかできないことだろう。しかしなぜ、彼は腐らずに再び前を向いて走りだせたのか。そこには、これまでの非常にユニークな競技歴と、爽快な仕事術があった。
■元バスケ部で現在はスーパーに週4日勤務
東京マラソンで上位に入る選手は日本長距離界のエリートといえる存在だが、市山は独自のキャリアを積み上げてきた。
出身地は埼玉。地元の中学ではバスケ部で「高校はのんびりダンス部でも入ろうと思った」が、先輩の勧めで大宮東高では陸上部に入部した。全国的な活躍ができたわけではなく、進学した中央学院大はスポーツ推薦ではなく、AO入試で合格した。駅伝部では25人いた同期のなかで5000mベストが下から3番目だった。
「同期ですら上の存在だったので、同期や先輩の記録を抜くことを目標に取り組んできました。本当に一歩ずつという感じでした」
そこから市山は這い上がる。箱根駅伝出場を果たすのだ。コツコツ積み重ねた努力が実り、最終学年に花の2区(区間17位)を任された。卒業時にはハーフマラソンのタイムがチームナンバー1になっていた。
大学卒業後は、「走るのが仕事になるのなら」と実業団の道へ。埼玉医大グループ、小森コーポレーションを経て、2023年4月にサンベルクスへ移籍した。
現在はスーパーマーケット「ベルクス」の埼玉県の草加青柳店グロサリー部に所属。週4日、8時から13時まで勤務した後、トレーニングを積む。実業団の強豪チームでは一般業務がほとんど免除されるケースも少なくないが、市山は1日5時間みっちり働いており、「実業団選手」としては決して恵まれた環境とは言えない。だが、かえってそれが競技面でプラスになっているという。
「働きながら走ることへの不満はありません。
仕事は商品の発注も行うが、店内の商品補充がメイン。2リットルのペットボトル16本を台車に乗せて何往復も運ぶことこともあるが、市山はこの業務すら競技面に生かしており、その感覚が独特だ。
「他のスタッフよりお店で働く時間が少ない分、パートさんたちが定時で帰れるように意識しています。特に重い物を運ぶなど体力面でカバーしていますね。以前の職場はデスクワークでしたが、座りっぱなしでは筋肉が固まってしまいます。一方、カラダを動かすことは『走り』に直結してくるんです。重い商品は腹筋を意識して、スクワット気味に上げるなど、少しでも競技につながるように工夫しています」
■仕事と競技は両立…今秋ベルリンマラソンで日本新記録を目指す
東京マラソンで日本人トップに輝き、職場での“評価”も高まっている。
「いろんな方に『おめでとう!』と言っていただき、卸売業者の方々からはお花をプレゼントされました。一般の方からファンレターをいただき、仕事中に『市山選手ですか?』と声をかけていただくことも増えました。会社の方々に応援していただくのも自分のモチベーションになっていますし、僕は働いたほうがいいのかなと思います」
1日のスケジュールは以下のような流れだ。
朝は5時45分からチーム練習(10kmほど走る)。自宅から集合場所の往復をランニングで移動するためトータルで17kmほどを走るという。
夕方は月曜日と金曜日のみチームで集まり、ポイント練習を実施。それ以外は各自で行うことになる。そのなかで市山はどのようにして強くなったのか。
「ポイント練習はチームのメニューにプラスする組み方をしています。例えば『30km走』なら+10kmして自分だけ40kmやります。『1000m×10本』なら15本、『5km×3本』なら4本という具合です。マラソンに向けては水曜日に30km走(キロ3分30秒ペース)をやってきました。他にやりたい人がいれば一緒にやります」
マラソンは2021年2月のびわ湖毎日で2時間07分41秒をマーク。2023年は2月の別府大分毎日で3位(2時間07分44秒)に食い込むと、同年10月のMGCでは13位に入っている。
「目標は日本記録(2時間04分56秒)の更新です。ギリギリを狙って5分台だと良くないので、2時間04分30秒を見据えていきたいと思っています」
大学入学時に下から3番目だった選手だけに、実力なきものははじき出される世界では、泥水を飲むような経験もしたはずだ。みじめな思いも数えきれないだろう。それでも、じわじわと自らの地位を上げ……今や、なんと日本の“トップ”に立つ日が来るのかもしれないというところまできた。
課された練習メニュープラスαで「人より多く走る」ことを続けてきたことが30歳手前になって大きく実ったということだが、市山の自信を深め高めさせた頼もしい相棒がいる。それは、シューズの存在だ。
■「市民ランナーの方々の目標や憧れになることが目標」
東京マラソンはプーマの〈DEVIATE NITRO ELITE 3〉を履いていたが、ベルリンでは同社が5月下旬から本格発売している〈FAST-R NITRO ELITE 3〉(3万8500円)を着用予定。同モデルは約170g(27.0cm)とプーマで最軽量のレーシングシューズに仕上がっている。
さらに米国・マサチューセッツ大学アマースト校による研究では、〈FAST-R NITRO ELITE 3〉が前モデルよりランニングエコノミーを3.15%も向上させることが実証された。これはフルマラソンを3時間で走るランナーであれば、最大4分30秒以上の記録短縮が期待できるという。
「言霊ではないですけど、自分でも速く走れるような気はしますね(笑)。
自己ベストとなった東京マラソンから1分30秒の短縮に向けて、レースイメージもできている。
「東京は30kmまで守りに入り過ぎていたので、満足度は80%くらい。ベルリンでは30kmまでのペースを5km換算で15~20秒くらい上げられたらいいなと思っています。終盤はこれまでのマラソンでも粘り切れているレースが多いですし、新しいシューズを武器に自信を持って臨みたいです」
日本記録を目指すベルリンマラソンに向けて、海外合宿の予定はない。普段は、近くの公園などでトレーニングをしており、特別なことは何もしていないという。仕事もしており、競技への向き合い方は市民ランナーと何ら変わらないだろう。だからこそ、「市民ランナーの方々の目標や憧れになること」を“目標”にしている。
「マラソンは当日の何かよりも練習の段階でうまくいっているかどうかが重要です。今年の東京はマラソン練習を完全に消化できたことが結果につながりました。今も調子は変わらずいいので、ベルリンまでちゃんとつなげていけたら日本記録のチャンスはあると思っています」
非エリートであるランナー市山には、エリートランナーには感じられない“本当のしぶとさや強さ”があるように感じる。仕事や職場・客との関わりを選手としてプラスに循環しながら、目標に向かう。ポジティブに一歩ずつ前に進む姿を取材しているといつも奮い立つような勇気をもらえるのだ。
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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)