頭がいい子が育つ家庭にはどんな共通点があるのか。東大生ライター集団「カルペディエム」の布施川天馬さんは「東大生にアンケートを実施したところ、幼少期にピアノを習っていた人の割合が多かった。
ピアノの習い事には勉強に役立つ要素が詰まっているようだ」という。布施川さんと西岡壱誠さんの共著『勉強にかかるお金図鑑』(笠間書院)から再編集して紹介する――。
■「水泳」と「ピアノ」が圧倒的多数
どんな習い事をさせれば、子どもの可能性を伸ばすことができるのでしょうか。親御さんや教育現場の先生方からは「昨今の小学生は習い事に大変忙しい」という話を常々耳にします。塾や通信教育はもちろん、定番のピアノ・水泳など勉学に関係しない習い事にも手を出すご家庭は珍しくありません。はたして、習い事は、学業の成績に関係するのでしょうか。
私たち「東大カルペ・ディエム」では、現役東大生や東大卒業生100人を対象として、幼少期からの家庭環境に関するアンケートを実施しました。この中で、小学校、中学校、高校における通塾経験の有無や、塾以外の習い事の有無を質問しています。今回は、東大生たちが小学生のころにやっていた習い事の内容から、どんな習い事が勉学の成績に役立ったのかを考えてみたいと思います。
以下が、そのアンケート結果です。
アンケートの内訳は以下の通り(複数回答可)。

水泳……46

ピアノ……42

そろばん……13

英会話……12

書道……11

テニス……10

サッカー……8

バレエ……7

空手……5

バスケ……5

野球……4

バイオリン……3

声楽……3

ダンス……3

体操……3その他……合計30

■ピアノは勉強に役立つのか
1位は水泳、2位はピアノで、この2つが圧倒的多数を占めています。
ほぼ半数の家庭がピアノ、水泳、もしくはその両方を子どもに習わせていました。確かに、小学校の習い事といえば、これらがメジャーでしょう。私が個人的に東大生に話を聞いても、多くの学生がかつて水泳やピアノを習っていたと答えており、この結果は肌感覚とも一致しています。
運動系の習い事に関しては、ハードな受験生活に身を投じる際の根源となる体力づくりに役立っていると考えられるかもしれませんが、音楽系の習い事に関しては、どういった面で勉強に役立つのでしょうか。
「ピアノは知能向上に貢献するか」を調べた有名な研究(Eugenia Costa-Giomi氏の1999年の研究論文 ”The Effects of Three Years of Piano Instruction on Children's Cognitive Development”)があります。
本研究では、カナダの英語系の学校に通う、9歳の子どもたち117名(男子59名、女子58名)を対象に、3年間にわたる追跡調査が実施されました。対象者は音楽のレッスンに参加したことがなく、音楽や運動の能力、学業成績、ピアノの関心などに差はありませんでした。
子どもたちは「週に一度レッスンを受けるグループ」と「受けないグループ」に分けられ、認知能力の向上があるかがテストされました。レッスンは、最初の2年間が30分、3年目が45分で、伝統的なカリキュラムに基づいて9名の講師が担当しました。
■“勉強の無限ループ”の入り口になる
結果として、レッスンを受けた子どもたちは同年代と比較して、認知能力テストで高いスコアを一時的に出しました。ピアノを習った子どもたちは、そうでない子どもたちと比べて、10歳、11歳(小4・小5にあたる年齢)での認知能力で優位をとっていたのです。ただしこの差は12歳時点ではほぼなくなったともされており、恒久的な差を生み出すものではないようですが、この認知能力の「伸び」が、学習の理解や習得に役立つと考えられます。

「ピアノの習い事」をすることで
→「授業が分かる」

→「テストで点数が取れる」

→「親や先生など周りの大人から褒められる」

→「次はもっとやってやろう」
と勉強に対して前向きになれるポジティブな循環が生まれるのです。
つまりピアノの習い事が「できるから楽しい。楽しいからもっとやる」無限ループの入り口になるならば、学習に貢献するといえると考えられます。
実際に東大生は、勉強に関して「得意だったから好きになった人」が多いのです。東大生にはピアノ経験者も多く、さらにそのほとんどが中学受験経験者ですが、“勉強の無限ループ”へのきっかけをピアノを通じて小学校高学年時点で得られたことが、将来の進路に影響を与えているのかもしれません。
幼少期にピアノを習っていた東大生も「ピアノの自主練習が、何かを自主的に反復練習することへの苦手意識を薄れさせてくれた」と話していました。
■「ステップアップ」がわかりやすい
また、ピアノには認知能力の向上に加えて、根気や自律性といった力を育む側面もあるようです。非認知能力研究者で当時、岡山大学准教授(現・IPU 環太平洋大学特命教授)の中山芳一先生に伺ったところ、ピアノ学習が持つ構造に注目していました。
非認知能力とは、数字などで測れない能力を指す言葉です。例えば、計算能力は点数として明示できますが、自信や忍耐力、思いやりなどは、明示できません。こういった「数字にできないけど、確かに存在するであろう」能力を、「非認知能力」と呼びます。
中山先生は過度な早期教育には反対の立場をとられていますが、ピアノ特有の、明確に段階化されたカリキュラムシステムについては、目を見張るものがあると評価しています。
ピアノの上達過程と、学力を上げる過程とに似通った部分があると考えているためです。
ピアノはステップアップがわかりやすい習い事です。例えば、最初の教本「A」があり、これをクリアしたら次に「B」が、それもクリアしたら今度は「C」が……と、踏むべき段階と順序がハッキリしているので、仮に指導者のスキルに差があっても、教本の順番だけ分かっていれば、ある程度のクオリティが保たれます。
■上達するまでの過程が勉強と似ている
さらに、ピアノの習い事の大きな特徴が、教室に通うだけで完結しないこと。自宅での練習が本懐であり、あくまで教室は自主練習の進捗発表と軌道修正が行われる場所でしかありません。子どもたちは、教室に通い、教本を基にレッスンを受けますが、帰宅後も次のピアノの日までの上達を目指して練習を積みかさねることが求められます。
これは、勉強における「授業と復習のサイクル」と非常に似ています。実は、受験を制す秘訣は自習の充実にこそあるのです。受験までの大半の時間を占めるのは授業ではなく自習です。成績が伸びる子は、塾や学校を「方向性」を定めてもらう場所にすぎないことをよく理解しているため、授業以外でしっかり勉強する癖がついています。
ピアノの習い事は、「ステップを積み重ねる感覚」を、勉強以外の角度から子どもたちの無意識へ刷り込んでいるのではないか。これが中山先生の仮説でした。
ピアノは、小学生の子どもたちに、習慣化を刻むために役立っているのかもしれません。
実際、ピアノの習い事について東大生に尋ねてみると、「自分から始めたくて、楽しくて仕方がなかった」と話す東大生もいれば、「親からやらされていた」と苦い思い出を語る東大生もいました。ただし、それでも「確かに机に向かうのは苦ではなくなっていた」「努力を積み重ねる感覚を身につけたのは、ピアノがきっかけだったかもしれない」などと振り返る声も多く、継続して取り組んだ経験そのものが、のちの“学びの土台”になっていたと考えられます。
■「できた」を積み重ね、続けてもらうことが重要
受験や学力向上を視野に入れると、ついつい「子どもに何かをさせたい」と思いがちです。私自身も親御さんから「どんな習い事がベストか」と聞かれたことは一度や二度ではありません。しかし、本当に大切なのは「どうすれば“自分で学ぶ力”を身につけられるのか」という視点です。
ピアノは認知能力や学習習慣、そして継続力といった、学びの土台を育む可能性を秘めた習い事です。ただし、その価値を引き出せるかどうかは本人の感じ方によるところも大きいでしょう。「やらされていた」と語る人ですら、振り返れば“何らかの役に立ったかも”と感じていたのが印象的でした。
東大生の話からも、ピアノは「学ぶ姿勢」を育むためのひとつの入り口として機能していたケースが見えてきます。小さな「できた」の積み重ねが自信となり、将来の大きな挑戦につながっているのかもしれません。
とはいえ、親のエゴで「やらせる」習い事では、きっと長続きもしませんし、子どものやる気や好奇心を削いでしまいます。
どんな形であれ、東大生の経験談のように、本人に全力で取り組んで成功体験を積み重ねてもらうことが重要のように感じます。自分に向いているかどうかは、試してみないとわからないこともあります。「できた」を積み重ねるための最初の一歩を踏んでもらうきっかけの一つとして、ピアノの習い事を検討してみてはいかがでしょうか。

----------

布施川 天馬(ふせがわ・てんま)

東大卒教育ライター

世帯年収300万円台の家庭に生まれ、金銭的余裕がない中で東京大学文科三類に合格した経験を書いた『東大式節約勉強法 世帯年収300万円台で東大に合格できた理由』の著者。他にも『人生を切りひらく 最高の自宅勉強法』(主婦と生活社)、『東大大全』(幻冬舎)、『東大×マンガ』(内外出版社)、『東大式時間術』(扶桑社)などがある。

----------
----------

西岡 壱誠(にしおか・いっせい)

現役東大生 カルペ・ディエム代表

1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すものの、2年連続で不合格に。二浪中に開発した独自の勉強術を駆使して東大合格を果たす。2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法・勉強法を教え、教師に指導法のコンサルティングを行っている。日曜劇場「ドラゴン桜」の監修や漫画「ドラゴン桜2」の編集も担当。著書はシリーズ45万部となる『東大読書』『東大作文』『東大思考』『東大算数』(いずれも東洋経済新報社)ほか多数。


----------

(東大卒教育ライター 布施川 天馬、現役東大生 カルペ・ディエム代表 西岡 壱誠)
編集部おすすめ