■さまざまな自治体で大流行中
昨年から「リンゴ病」が流行しているのをご存じですか? 別名「リンゴほっぺ病」と呼ばれていたこともある感染症で、正式名称は「伝染性紅斑(でんせんせいこうはん)」といいます。
これまでリンゴ病は、春~夏に多い感染症だといわれてきました。でも、図表1にあるように、過去10年間はどの季節に特に多いということはなく、コロナ禍に激減したあと、今年はとても増えています。従来は4~6年ごとに幼児と学童を中心に流行していたのですが、今回は新型コロナウイルス感染症対策のためにあらゆる感染症が減っていたので、人流が回復して急にリンゴ病も感染者を増やしているようです。
国立健康危機管理研究機構によると、2025年6月8日までのリンゴ病感染者は、現在の方法で統計を取り始めた1999年以降、最多です。報告数では、1位は北海道と大阪府で398例、2位が埼玉県で341例。定点あたりの報告数は、1位が栃木県7.19、2位が群馬県6.72、3位が山形県6.38。警報レベルの2.00を超えた地域は、24道府県(栃木県、群馬県、山形県、富山県、長野県、石川県、北海道、福島県、宮城県、茨城県、秋田県、新潟県、三重県、福岡県、静岡県、埼玉県、山梨県、和歌山県、京都府、島根県、大分県、大阪府、千葉県、奈良県)と日本全国にわたる流行であることがわかります。
■感染後の潜伏期は10~20日間
このリンゴ病は、「ヒトパルボウイルスB19」によって起こる感染症です。ヒトと名前がつくウイルスは、人で初めて見つかったものが多いものの、必ずしも宿主は人だけではありません。でも、ヒトパルボウイルスB19は、今のところ人にしか感染しないと考えられています。インフルエンザのように渡り鳥が運んできたり、日本脳炎ウイルスのように蚊が媒介して豚から人にうつったりしないということですね。
リンゴ病に感染している人から飛沫感染あるいは接触感染すると、10~20日の潜伏期間のあと、4分の1は「不顕性感染」といってなんの症状も出ませんが、残り4分の3は微熱が出たり、筋肉痛になったり、人によっては鼻水や倦怠感などの風邪のような症状があらわれます。
さらに、その7~10日後に、頬がリンゴのように真っ赤になります。まるで頬を平手打ちをされたかのように赤くなり、他の部分との境界がはっきりしているので、英語では「Slapped-Cheek Disease」――つまり直訳すると「頬たたき病」と呼ばれることもあります。ただし、大人がリンゴ病にかかった場合は、頬が赤くなることはあまりなく、関節炎になり関節痛が残ることが多いようです。
■小児科を受診しなくてもいい
頬が赤くなったあとには、腕や脚にうっすらと赤い皮疹が出て、レースの様にまだらになることが多いでしょう。真っ赤な頬のほうが目立つので、首から下の変化には気づきにくいかもしれませんが、体幹に皮疹が出ることもあります。頬や体の皮疹はかゆみが強い子もいるでしょう。日光に当たるとその部分の皮疹がひどくなったり、かゆくなったりと悪化することがあるので、あまり日に当たらないほうが安心です。
リンゴ病の多くは症状が軽く、およそ1週間で自然治癒して痕も残らないため、特別な治療薬もワクチンもありません。かゆみや痛みなどが強い場合、小児科を受診すれば症状に対する薬が処方されますが、基本的には投薬などの治療は必要ないのです。
また、学校安全保健法では「診断・治癒証明書」を必要としない疾病に分類されているので、頬が赤くても全身状態がよく元気なら登園・登校できます。ヒトパルボウイルスB19は、皮疹が出る7~10日前がもっともうつりやすく、顔が赤くなって以降は感染力がほぼなくなるからです。
■抗体のない妊婦さんは高リスク
以上のようにリンゴ病は、たいていの人にとっては、それほど怖くない病気です。でも、リンゴ病にかからないよう特に注意しなくてはいけない人がいます。
それはまず、妊娠初期の女性です。妊娠初期の女性がヒトパルボウイルスB19に感染すると、胎盤を通して約20%の確率で胎児も感染します。ヒトパルボウイルスB19は、赤血球を作るもととなる赤芽球前駆細胞に感染し、赤血球減少を起こすため、すべての胎児がなるわけではありませんが、重症貧血に陥るリスクがあるのです。なかには、胎内でリンゴ病に感染したあと、3週間~2カ月までの間に重症貧血から心不全になり、さらに全身がむくむ「胎児水腫」という病態に進行し、命に関わるくらいひどくなるケースも。感染した胎児のうちの10%は流産したり、死産になったりします。
日本では、妊娠初期に産婦人科で風疹ウイルスなどに対する抗体を検査するのですが、リンゴ病の抗体は希望者しか検査しません。日本の妊婦さんのおよそ20~50%しか抗体がないので、つまりリンゴ病にかかる危険性のある人が50~80%もいるということになります。過去にリンゴ病になったことがある女性はいいのですが、そうでない場合は心配ですね。
■特定の病気のある人も要注意
そのほか「鎌状赤血球症」「遺伝性球状赤血球症」「地中海性貧血」といった赤血球が壊れやすい病気の人、「急性骨髄性白血病」「悪性リンパ腫」「多発性骨髄腫」といった赤血球を作る機能が低下する病気の人、免疫不全のある人も、リンゴ病に感染しないよう特に注意しなくてはいけません。
先に述べたように、ヒトパルボウイルスB19は赤血球減少を引き起こします。ただ、健康な人の場合、赤血球の寿命は120日と長いので、一時的に赤血球が作られにくくなって数が減っても、すぐに造血能が戻って貧血はひどくなりません。ところが、もとから赤血球が壊れやすく赤血球産生をたくさん行わないといけない人や赤血球を作る機能が弱い人は、重症貧血になりやすいのです。
また、免疫機能が低下している人は、どんな感染症でも長引いて重症化することがあるので、リンゴ病に限らず注意が必要です。しかも、免疫機能が低いとウイルスを排除するまでに時間がかかるため、やはり重症貧血になりやすくなります。
重症貧血になると、脈拍が早くなったり、顔色が悪くなったり、倦怠感が出たりします。乳幼児や高齢者だと、自分で倦怠感があると言えないこともありますが、活動性は低下するでしょう。様子がおかしいと思ったら、小児科や内科で相談してください。血液検査でひどい貧血どうかを調べたり、ヒトパルボウイルスに対する抗体を調べたりするかもしれません。
■「リンゴ病」の感染を防ぐには
以上のようなリンゴ病にかかるとリスクが高い人は、流行がおさまるまでは、できるだけマスクをしましょう。
顔が赤くなってから予防しても間に合わないので、熱が出たり風邪症状が出たりといったリンゴ病の初期症状があったら、うつし合わないように家族は飛沫感染対策をしましょう。2歳以上のお子さんは、家の中でもマスクをします。保育園や幼稚園で流行していて、風邪症状が出てきたらなおのこと注意が必要です。妊婦さんが明らかにリンゴ病にかかったら、産婦人科の主治医に相談します。追加でエコー検査を行うなど、赤ちゃんの状態を注意して診てくれるはずです。
NHKの「感染症データと医療・健康情報」というページを見ると、お住まいの地域でどんな感染症が流行っているか、リンゴ病の流行が落ち着いたかどうかがわかります。日本中の定点で報告数がどうかという情報は、国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイトが一番早いです。
通常、一度でもリンゴ病にかかったら、再びかかることはありません。日本の18~45歳では、B19の抗体保有率が71.3%だったという調査結果があります(※1)。それでも、妊婦さんや基礎疾患のある人に感染症をうつさないに越したことはありません。
※1 大阪健康安全基盤研究所 21.大阪府における妊娠適齢期層でのヒトパルボウイルスB19抗体保有率の調査
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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)