■トランプ氏のメンツvs.日本の基幹産業
わが国経済を支えてきた、米国向け自動車輸出に変調が出始めている。その理由はトランプ関税だ。
現在、米国向け乗用車には、当初の2.5%に加えて25%の追加関税、合計27.5%が課税されている。これはいかにも高関税といわざるを得ない。
財務省が公表した5月の貿易統計(速報)によると、米国向けの自動車輸出は数量(台数)ベースで前年同月比3.9%減少した。一方、金額ベースでは同24.7%減だ。数量ベースの落ち込みよりも、金額ベースの落ち込みのほうが圧倒的に大きいということは、日本の自動車メーカーが輸出価格を下げていることがわかる。
製造業の復活を目指すトランプ氏にとって、自動車は極めて重要分野だ。大統領選挙の公約にも掲げており、同氏としてはメンツにかけて米国内の自動車産業の再生を成し遂げたいはずだ。それだけに、輸入車への高関税は譲れないところだろう。主に自動車の関税で交渉が続いている、わが国とは簡単に合意できないはずだ。
■日本は「撤廃」を諦め「引き下げ」にシフトか
最近、トランプ大統領は、25%の自動車追加関税をさらに引き上げる可能性も示唆した。最近、米国ではハイブリッド車(HV)人気で、トヨタ、ホンダなどわが国の自動車メーカーが売り上げを伸ばしている。それは、トランプ大統領にとって、重大なインパクトを与えることも考えられる。

わが国政府は、米国との自動車関税の撤廃は困難と判断し、引き下げの実現を重視し始めたようだ。対米直接投資の積み増しや米国で製造した完成車などの逆輸入の可能性を主要メーカーからヒアリングし始めた。ただ、今のところ、政府がさらに譲歩案を米国に提示する可能性は高いだろう。
トランプ氏政権内の保守派の自動車重視姿勢は、かなり強固とみられる。わが国の提案が、どのような効果を導き出すかは予想が難しい。わが国の自動車メーカーにとって、供給体制の見直しや、地産地消体制構築の重要性は一段と高まるだろう。
■「解放の日」に込めた真意
トランプ大統領にとって、自動車産業は特別に重要といえるだろう。2024年7月に共和党が採択した政策綱領は、数ある産業の中でも自動車を特別視した。綱領の中で共和党は“自動車産業を救済する”と宣言したのである。
いかにして自動車業界を救済するかというと、トランプ大統領は前政権のEV(電気自動車)重視策を停止し排気ガス規制を緩和した。輸入車の流入も極力阻止する。そのために関税を引き上げる。
それによって、米国での自動車生産は増加し、雇用も増えるというのが共和党の見解だ。
そうした政策により、自動車部品のサプライチェーンを再構築し、所得の増加につなげる。4月2日、トランプ氏はこうした見解を基礎に、相互関税を発表した。トランプ氏はこの日を“解放の日”と呼んだ。同氏にとって、自動車産業は米国を再び偉大にするスローガン実現に極めて重要な部分といえる。
■石破首相との会談で見えた“隔たり”
6月12日、トランプ氏は、カリフォルニア州の大気浄化政策を撤回する法案にも署名した。EV販売比率の引き上げを課す、カリフォルニア州の政策は実現困難と主要メーカーから批判が増えていた。トランプ氏はその政策の撤回をめざす。
同日、トランプ氏は自動車の関税を一段と引き上げる可能性も示唆した。そのきっかけは、GMなどがメキシコから米国へ生産をシフトしたことだったようだ。自動車関税の引き上げ後、フォードは“米国製は米国のため”とのキャッチコピーのもと、販売促進に取り組んだ。
トランプ氏の自動車重視姿勢は、日米の首脳会談からも確認できる。
6月16日、カナダで石破茂首相はトランプ大統領と会談した。わが国は一律で関税を撤廃するよう米国に求めた。
それに対してトランプ氏は、自動車関税の大幅な引き下げに難色を示した。ラトニック商務長官は、米国の貿易赤字の主要因が自動車と考え、自動車関税を重視している。その結果、日米首脳会談で自動車関税撤廃は合意に至らなかった。
■マイナス24.7%に急落した背景
トランプ大統領の自動車重視姿勢は、わが国自動車産業に深刻な影響を与え始めている。わが国の対米自動車輸出は減少し始めた。
財務省によると、3月、対米自動車輸出は台数ベースで前年同月比5.7%増、金額ベースでは同4.1%伸びた。4月、台数は11.8%増だったのに対し、金額は4.8%減少した。5月の貿易統計速報によると輸出額の減少ペースはマイナス24.7%に加速した。
トランプ政権の政策リスクの高まりは、米ドルの下落にもつながった。米ドルに対して円が上昇したことで、自動車メーカーの輸出額はいくぶんか減殺された。
わが国の自動車メーカーは、関税引き上げの負担を吸収するために、価格引き下げを前倒しで実行したとも考えられる。一部では、今ある在庫を、前倒しで米国で販売するため輸出価格を引き下げたとの見方もあるようだ。
主要メーカーの直近の実績をみると、米国の生産能力も販売台数に影響した。5月、トヨタの米国販売は前年同月比10.9%増、ホンダは6.5%増だった。関税引き上げの影響はあるものの、高価格帯ブランドのHV需要は堅調のようだ。
■トヨタ好調、スバル・マツダ苦戦で明暗
一方、米国で販売する車両の多くを輸入に頼るスバルは同10.4%減、マツダは18.6%減と落ち込みが大きかった。値上がり前の駆け込み需要で、在庫減少がメーカーの想定を上回り需要を取りこぼしたとの指摘もある。
足許、わが国の自動車メーカーを取り巻く環境は変化している。新車販売市場では、値上がり前の駆け込み需要は一巡したとみられる。7月から、トヨタは米国での販売価格を引き上げる。
徐々に、わが国自動車メーカーの関税コスト吸収は、難しくなっているようだ。値上げにより、米国の自動車需要はおそらく減少するだろう。
わが国の自動車輸出のみならず、部品や工作機械など関連分野にもマイナスの影響が波及する恐れがある。
日米の首脳会談の結果をもとに、政府は自動車関税の撤廃から、引き下げ幅重視へ対米交渉の方針を修正したようだ。一部では、年10万台を対象に10%の低関税を適用する米英の合意を目安にしているとの見方もある。
■米国生産を増やし、日本に逆輸入するプランも
そのために政府は、自動車メーカーに対して米国での生産台数引き上げ(直接投資の拡大)をヒアリングし始めた。また、わが国の自動車メーカーが、米国で生産した自動車を日本に逆輸入する方策も交渉材料に挙がっているようだ。
自動車は、わが国の景気を支えた最重要産業である。産業の裾野も広い。わが国政府は、関税率引き下げを目指し粘り強く交渉を続けることになるだろう。それと同時に、自動車の部品・工作機械・素材などの関連分野で、国内の企業に対米投資の積み増しの可能性をヒアリングしているようだ。それらを、対米交渉の材料に使いたいのだろう。
ただ、そうした政府の取り組みが、どれだけの効果をもたらすか先行きは見通しづらい。現在、米国ではトランプ政権支持が相応にしっかりしているようだ。
米国の自動車重視姿勢がすぐに修正されるとは考えづらい。
■地産地消戦略が生き残りの鍵
わが国の自動車メーカーは、相応の対策を急ぐ必要があるだろう。足許では、ソフトウェアと結び付けたSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)開発競争も激化傾向にある。国内メーカーは乗用車など特定分野に選択と集中を進め、米国のIT先端企業などと協業体制を拡充することも必要だ。
それに加え、効率的な生産体制を確立する“地産地消戦略”の重要性も高まっている。中長期的な経済成長期待の高い、インドやASEAN地域でのサプライチェーン確立は急務だ。
問題は、こうした戦略を実行するには、大きなコストがかかることだ。国内の主要自動車メーカーが、単独で戦略を実行する負担はかなり大きい。
日産は、自力経営再建が難航している。主要自動車メーカーが従来の自前主義を見直し、柔軟に事業環境の変化に適応できるか、中長期的な自動車産業の競争力、さらには日本経済の展開に重要な影響を与えるはずだ。わが国自動車産業をめぐる環境は大きく変化しているとみるべきだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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