■コースの途中で、客も一緒に生地こね体験
① 「The Pizza Bar on 38th」(東京・銀座)
人気沸騰につき今やすっかり予約困難店になってしまったカウンターピッツァの人気店「ピッツァバー on 38th」は、「マンダリンオリエンタルホテル東京」の38階、東京を一望するロケーションにあって見晴らしも素晴らしい。数々の輝かしい受賞歴を誇るエグゼクティブシェフのダニエレ・カーソン氏はサービス精神も旺盛で、まるでショーを見るような楽しさと共に、全部で8ピース8種類のピッツァからなるディナーコースが展開される。
前菜からデザートまで、コースは多彩で、途中で客にも生地を触らせてくれるどころか、なんと実際にこねさせてくれる。たとえ「そんなの面倒だよ」と思うような料理下手でも、実際に生地に触れるとあまりの柔らかさ、心地よさについついほんわか気分。まるで求肥のような手触りだ。カウンタースタイルの楽しさに息を呑むようなプレゼンテーションが加わって、この“体験型”サービスを超えるピッツァ店は他にはないのではないかと思わされる。
■お手洗いの洗面台に全面の氷
② 「赤坂おぎ乃」(東京・赤坂)
予約当日までの1年間をじりじりと待ち侘びて、ようやく訪問できた人気店「赤坂おぎ乃」(しかもひとりディナー)。「ようやく!」という思いと一人の気軽さが相まって、すべてを味わい尽くすべくあらゆる部分を観察してきた。料理やプレゼンテーション、器の素晴らしさは多くの人々がSNSやメディアで語っていらっしゃるのでそちらに譲るとして、実はこの店、“ディテール”がすごかった。
中でもお手洗いに立った際に洗面台に氷が張ってあるのには驚いた。「なんのために?」と一瞬思ったが、蛇口をひねった瞬間に簡単に疑問は解けた。水が飛び散らないようにという工夫なのだ。
サービスの細やかさは他にもさまざま。ユニークかつ温かく、例えばメニューブックの中に載っているQRコードをスマートフォンでスキャンするとそのまま店のWi-Fiに繋がるとか、今どきの店なのに帰り際には古式ゆかしき折詰を持たせてくれるとか、人気が出るのが心から納得できる若き名店だ。店主を務める荻野聡士さんの父が片岡鶴太郎さんというのは有名な話だが、なんと素晴らしいご家庭だったのだろうかと数回目の感動が心を満たす。日本料理の心意気がしみじみ感じられる、本当に好きな店だ。
■「スマホ置き場」が実は充電器だった
③ 「atami」(東京・赤坂見附)
赤坂見附駅からすぐの場所にある薪火焼きハンバーガー専門店「atami(アタミ)」。わずか8席のカウンターのみ、「全員一斉スタート」スタイルの小さな店で、昼間しか営業していない。薪火を駆使したコース料理を出してくれるのは高橋輝さん。コースのメイン料理がハンバーガーである。
カウンターに着席すると手前に畳素材のコースター? のようなものが置いてあり、最初は「白木のカウンターを傷つけられないようにこれを用意していらっしゃるんだな」と、店主のご厚意に感謝しつつスマートフォンを置くと、なんとそのまま充電が始まった。
■土鍋ごはんが炊けたら“喜びの舞”を踊ってくれる
④ 藁焼みかん(福岡・春吉)
写真を見ただけでは「なにがそんなに嬉しいのか?」と思われるかもしれない。だが、しかし、それはあなたがこのハートウォーミングな瞬間をまだ知らないからだと恐れながら申し上げる。福岡の飲兵衛たちに深く愛される居酒屋「藁焼(わらやき)みかん」では、お腹がぺこぺこの人からちょっとおいしい酒とつまみで楽しみたいという人まで、あらゆる客を優しく楽しくもてなしてくれる。
店内に足を踏み入れた時から幸せ気分が満ち満ちている空間だが、やはりなんといってもいいなぁと思うのが、締めの土鍋ごはんが炊き上がる瞬間だ。筆者は過去に2回、この店に連れて行ってもらったことがあるが、初回は店主の末安拓郎さんが、2回目はそのDNAをしっかりと受け継いでいる愛弟子の料理人たちが、写真のように必死で踊ってくれる。余談だが、この光景を撮った動画には自分の笑い声が途切れなく入っており、恥ずかしくて誰にも見せることができないほどだ。
おいしい福岡の料理をいただき、地酒をたっぷりと楽しみ、腹の底から大笑いする。この店の魅力はこの3点がもれなく味わえること。それ以上の喜びなんて不要なのだと、店を出た後にふっと思える、そんな居酒屋だ。
■店内はペルー食材の博物館、メニューは美しい図録本
⑤ MAZ(東京・紀尾井町)
過去何度か訪問したのだが、こんなに説明が難しく、にもかかわらず魅力あふれるレストランはない。
「MAZ」で指揮をとるのはベネズエラ出身の30歳、サンティアゴ・フェルナンデスシェフ。オープン早々にミシュランスターホルダーとなり、現在では東京版で2つ星を獲得。「イノベーティブペルー料理」という、日本人にとってはあまり馴染みがなかったジャンルで、料理の見た目も食材も半端ない本格派。ゆえに「口に入れるだけで“おいしい”と思える明快な味わいと、知ってもらうための工夫」は、この店を展開するにあたっての必須項目だったのだろう。サンティアゴシェフは、師匠である「Central」のヴィルヒリオ・マルティネスシェフと共に「どうやったら日本人がペルー料理に興味を持って好きになってくれるか」を考えに考えたという。
結果、店の入り口にはペルーの食材がずらりと並べられ、最初にゲストに説明する“サービスタイム”が設けられた。また、精巧な図録のように美しく情報満載のメニューなども、記念品のようで本当にうれしい。料理同様に、「伝えること」の大切さに真摯に向き合う姿勢が素晴らしいレストランだ。
■テーブルの上でパンを発酵させ焼き上げて提供する
⑥ NARISAWA(東京・青山)
世界中のシェフたちからも支持される「NARISAWA(ナリサワ)」の成澤由浩シェフ。「イノベーティブ里山キュイジーヌ」という独自のジャンルを標榜し、既存の料理ジャンルには捉われず、日本の里山の文化をNARISAWAのフィルターを通して料理で表現している。他に類を見ない世界観で訪れるゲストを圧倒する、ミシュランガイド2つ星レストランだ。
……というともう、萎縮してしまうような凄みなのだが、「ナリサワ」の本当の良さはとことんまで客を楽しませてくれるサービスにもある。コースの至るところに「おお!」と声を上げるような創意工夫があふれているのだ。
例えば客が着席するテーブルの上で発酵から焼き上げまでを行うパン。「一体どうやって?」と思うだろうし、筆者も最初は目をむいた。仕掛けも凝っていて、①発酵中のパン生地を少量、グラスに入れ、まるでテーブルフラワーアレンジメントのごとく客の目の前に置く。見る間に生地がふくらんでいく。②石焼きビビンパを彷彿とさせる石の器が熱々に熱せられた状態で登場し、中に発酵した生地を入れて木の蓋がのせられる。じわじわとパンに火が通ってゆく。③焼き立てのパンに苔玉そっくりのバターが添えられてサーブされる……という具合。長年さまざまな店で食事したり取材したりしてきたが、いまだかつてこのタイプのパンには出合ったことがない。見事だ。
■シェフが自ら火おこしして料理をつくってくれる
⑦ perus(千葉・木更津)
千葉県木更津市に、音楽家・小林武史氏によって築かれたユートピアのようなフィールド「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」がある。
そんな「クルックフィールズ」内に2022年に新たに誕生した8席のみのカウンターイタリアン「perus(ペルース)」。最初は宿泊客のみ利用できるレストランだったが、今では一般外来客も受け入れるようになった。特筆すべきは使用される食材で、すべてクルックフィールズ内で栽培した作物やハーブを用いている。肉類も、近辺で狩猟されたもの。調味料と魚介類、アルコール類のみを“仕方なく”他から仕入れるというスタッフの方々の本気ぶりには頭が下がる。
聞けば、ジビエなどは狩猟してから捌くまでの時間がおいしく食すための肝であるため、近隣の猟師から「鹿が獲れたぞ!」と連絡を受けた途端、専属のスタッフはまるで救急車のようなスピードで現場に直行するそうだ。迅速かつ丁寧に下処理を施したジビエは、perusをはじめとする場内の各飲食店舗で活用されている。また、山名新貴シェフ自身も毎日農作物やハーブを求めて歩き回るため、生息する虫や鳥に負けないくらい場内の植物マップが頭の中に叩き込まれたという。
ここで食事を楽しむ際には、夕暮れに染まる自然の風景がお供(レストランは敷地内の最も高台にある)。すぐ横ではシェフが火おこしを始め、そこで自らが捕獲・収穫したさまざまな自然の恵みをハーブで燻製したりして焼き上げていくという……。
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山口 繭子(やまぐち・まゆこ)
食のディレクター
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)編集部を経て独立。主に飲食店やホテル、食に関するプロジェクトのディレクションや執筆活動を行う。訪れた飲食店や食した料理などについてはSNSで発信を続けている。著書に自身の朝食トーストをまとめた『世界一かんたんに人を幸せにする食べ物、それはトースト』(サンマーク出版)がある。
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(食のディレクター 山口 繭子)