女性と比べて、日常的に肌をケアしている男性は少ない。しかし、実は男性は女性と比較して紫外線ダメージを受けやすく、バリア機能が低いといった特徴があり、肌トラブルに遭いやすいという。
作家・高殿円さんの著書『父と息子のスキンケア』(ハヤカワ新書)より、一部を紹介する――。(第1回/全2回)
■実は、日本は「スキンケア後進国」
衝撃のデータがあるので見てほしい。日本、アメリカ、中国、韓国、タイ、ドイツ、インドネシア、シンガポール、イギリスの20代~30代の男性ビジネスパーソンを対象にしたスキンケア実施率調査(※)。このなかで、日本はダントツの最下位なのだ。
株式会社リッチメディア調べ
ビジネスマンのスキンケア実施率(化粧水、乳液、美容液、クリーム、オールインワンジェル、日焼け止めを自分で購入し使用している率ビジネスマンのスキンケア実施率)は、最多の中国が88.7%、続く観光は86.5%、その後も8割超の国が続く中で、日本は51.3%だ。
「日本は男性のスキンケア後進国なんです。世界的にみてもすごく遅れている」
そう述べるのは清沢拓也さん。SHISEIDO グローバルブランドユニットメンズプロジェクト プロジェクトリーダーだ。グローバルプレステージブランド「SHISEIDO」のメンズシリーズ「SHISEIDO MEN」は2003年発売である。
■日本人男性の化粧水使用率はたったの2割
私「それはどうしてでしょうか。日本だけですか?」

清沢「アジア全体にもいえるのですが、第一に気候的な問題が大きいですね。ヨーロッパなどは乾燥がすごくひどいのでやらなければ皮膚が裂けてきてしまう。
それでケアが浸透している。ちょっと使うものもアジアとは違うんですけど、クリーム系が多くて」
化粧水を好むのはアジア系で、ヨーロッパ圏では乳液やクリームがスキンケアのメインなのだという。おお、乾燥恐るべし。
清沢「アジアの人はやっぱりベタつくのが嫌いな方が多いので、どちらかというと化粧水みたいな水ものがすごく使われている。総じてヨーロッパのスキンケアの浸透率を考えても、まだまだ日本は5割ぐらいまで伸びるかなと考えています」
そう、日本人男性の化粧水使用率は、現状たったの約2割なのだ。このスキンケア未踏の大地で、ハイブランドとして実際のところ、SHISEIDO MEN の売れ行きはどうなのだろう。
■「画面に映った自分の顔」が気になる
清沢「実はとても伸びています。理由はいろいろありますが、ひとつは世界的にコロナが流行り、自宅で過ごす時間が増えたことが挙げられます」
なるほど、今を生きる人類がほぼ経験したことのないあの疫病パニックがもたらした変化のひとつが、男性に家での時間を与え、結果スキンケアに関心を持つ導線を作ったということなのだ。
清沢「あとは、オンライン会議で顔がディスプレイ画面にアップになることで、改めて自分の顔を見て目覚めた人も多いようです」
株式会社マーケティング・リサーチ・サービスによるアンケート調査(※)の、「新型コロナウイルスの流行で、顔の肌に関する行動・気持ちについてどんな変化がありましたか」という設問では、やはりビデオ会議で気になったと答えた人が8%おり、肌荒れを感じた割合も9.1%、スキンケアへの関心が高まったのも9.1%と、やや変化があったことがうかがえる(図表1)。
※ディグマル 男だって当たり前⁉社会人男性のスキンケアについて調査してみた
■中国で高級ラインが飛ぶように売れるワケ
外出ができなくなると、交際費などが減るので自分自身へ投資できる金額が増える。いままでオールインワンで済ませてきた層も、ちょっといいものを使ってみようか、と思うこともあるだろう。
たとえばSHISEIDO MENが2021年にリリースした「アルティミューン パワライジング コンセントレート」はアメリカや中国、ヨーロッパなど約80カ国で展開され、発売初年度から二桁成長を続けている。

実際コロナ禍における資生堂の「2021年 第1四半期実績(1-3⽉)および通期⾒通し」を読むと、日本がマイナス12%であったのに対し、日本以外の世界での伸びは大きく、特に中国が40%以上も伸びている。インバウンドも大きいし、とりわけ免税店でのクレ・ド・ポー ボーテなど高級ラインのスペシャルセットが飛ぶように売れている。
このマーケットをとれているというだけでも、資生堂のメンズラインは強い。つまりは人口のパワーだ。日本より厳しかったコロナ封鎖によって家に閉じ込められ、自分の顔をしみじみ見つめ直した中国の富裕層おじさんたちが一気に美容に目覚め、オールインワンジェルをすっとばして、資生堂ブランドに手を伸ばしたようにも見える。
■男性の肌は紫外線ダメージを受けやすい
IRを見るとSHISEIDO MENは世界中で売り上げを伸ばしているものの、やはり中国が飛び抜けてよく、アジアパシフィックも続いて好調だ。当初はヨーロッパ(ドイツとイタリア)で売り出されたにもかかわらず、SHISEIDO MEN アルティミューンはなぜかアジアで爆売れしている。
清沢「資生堂は100年男性の肌を研究してきました。その結果わかったことに、実は男性の肌は女性より弱いというのがあります」
資生堂が2020年に発表した内容によれば、男性は女性と比較して紫外線ダメージを受けやすく、バリア機能が低いといった特徴がある。ほかにも資生堂さんのサイトでは「男性ホルモンにより皮膚免疫が低下するメカニズムを解明」なども興味深いリリースだ。これこそ中年のハートに響きそうである。
私「男性の方が弱いのに、いままでスキンケアをしてこなかったというのが不思議ですね」

清沢「そうですね。
ですので、このシリーズは特に男性の肌のトラブル、過剰な皮脂、乾燥、肌荒れをカバーし、しわをケアするエイジング効果ももたらすように開発されています」
■男性「いつまでも若くかっこよく見られたい」
この商品は私でも知っていて、理由は「メンズノンノ美容大賞」の美容液部門で無双を続けているからなのだが、実はこれは2014年に初代が発売されて以来、世界各国で252のビューティーアワードをとりまくった伝説の美容液、「アルティミューン パワライジング コンセントレート IIIn」50mL1万3200円の男性版。
つまり、メインのマーケットである女性用の美容液の女王あってのプリンス商品。資生堂レベルでしかできない技によって開発されていた。
私「これは奥さんがこの赤アルティミューンのハードリピーターで、そのままの流れで夫が黒アルティミューン信者になった流れがあるのでは?」

清沢「はい。資生堂では反町隆史さんと松嶋菜々子さんをSHISEIDO MENのアンバサダーに起用させていただいています。男性はやはりいつまでも若くかっこよく見られたいと思っており、その対象は奥さんですからあえてご夫婦でCMなどに出ていただき、大変好評です」
あーー、このポスター見たことある。松嶋菜々子さんがめっちゃ反町隆史さんを見てるーって感じの。キャッチは「男の美しさは、肌に出る。」。こんなに見られてるんだぞ、がよくわかる構図になっているのだ。うまい。
■反町隆史に惹かれて商品を手に取る男性たち
女性の美しさや外見は、あくまで自軸が基本。とくにモテなくても私が思う美しさ、かわいさ、良さでいい。
しかし男性の外見は“異性からどう思われるか”が重要らしい。そういう意味で奥さんの意見を重要視する宣伝にふりきったのはものすごくよくわかる。
なぜ男性が自分が思う男のかっこよさを追求しないのか、奥さんの意見を重要視するのか、というのも興味深いテーマだが、いずれにせよなにか新しいことにチャレンジするときアイコンに惹かれてはじめる、というのはいつの世も変わらぬ人の行動原理だ。
しかし、黒アルティミューンが売れている理由はわかる。私だってもうかれこれ10年以上クレ・ド・ポーの信者だもん。俳優の菊池桃子さんと産経新聞で対談が決まったとき、吉田馨さん(ご存じない方に説明すると、資生堂が運営するメイクアップスクール「SABFA」1期生で、世界の名だたるコレクションで活躍されているメイクアップアーティストだ)に顔を全部クレ・ド・ポーでメイクしてもらって最高に幸せだったもん。
奥さんからの影響を男性が強く受けるというなら、私のようなクレ・ド・ポー信者だったら「資生堂買いなさい」って言うし、男性もそのとおりにするだろう。
■半世紀以上、生き残るのは企業努力の証
これはもう歴史の力だなあ。ブラバスが1969年に発売してからずっと今の今までアップデートを続けているのだって、並々ならぬ企業努力の証だ。会社だって10年生き残るのは1割以下なのだ。なんでもそうだが継続していくことが一番難しい。
そういう意味で、我々の困ったときのクレ・ド・ポーを有している資生堂様が、さまざまな研究と叡智の結晶である黒アルティミューンで無双するのは当然といえよう。
それに資生堂が奥さんからというアプローチを試みているなら、私が「父と息子」というアプローチで、今まで美容に縁のなかった層にスキンケアを啓発しようとしているのも、あながち間違ってはいない気がする。
うちの息子はいずれ資生堂という大海にたどりつくのだろうか。個人的な所感だが、まだ黒アルティミューンをはじめとする男性用化粧品ラインは、女性のラインと比べてお手頃で、これからマスをとっていこうという資生堂の意欲も感じられるので、息子にはぜひ中年になったらこのラインを普段使いできるようがんばって働いてほしいものだ。

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高殿 円(たかどの・まどか)

小説家・漫画原作家・脚本家

兵庫県生まれ。2000年に第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞し『マグダミリア 三つの星』でデビュー。『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞、『グランドシャトー』で第11回大阪ほんま本大賞を受賞。著書に〈トッカン〉シリーズ、〈シャーリー・ホームズ〉シリーズ、〈上流階級〉シリーズ、『メサイア 警備局特別公安五係』『剣と紅』『忘らるる物語』『35歳、働き女子よ城を持て!』他多数。

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(小説家・漫画原作家・脚本家 高殿 円)
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