※本稿は樋口直哉『料理1日目』(光文社)の一部を再編集したものです。
■種類がありすぎる「みそ」からどれを選ぶのが正解か?
2皿目の料理は、みそ汁です。
みそ汁を通して「煮る」という調理法を学びましょう。
みそはアミノ酸や有機酸、無機酸、塩類などを含んでいる調味料。ごはんにみそをのせて食べてみると、それだけでおいしいことがわかります。味のバランスがとれている調味料なので、濃度にさえ気をつければみそ汁はそもそも「まずくなりにくい」。そこにみそ汁のすごさがあります。
みそと相性が悪い食材はないので、残っている野菜があればみそ汁に加えれば冷蔵庫の整理にも一役買います。
ごはんとみそ汁があればとりあえず食事の体裁(ていさい)は整う(そこに漬物か納豆、目玉焼きなどがあれば言うことなし)ので、覚えておくと役に立つ料理です。
スーパーに行くと多種多様なみそが並んでいますが、外見からそれぞれの特徴や味はわからないので、選ぶにはやはり前もって知っておく必要があります。
こんなふうに料理の世界では前提となる知識がなければ〈選びようがない〉食材や調味料がたくさんあります。
■「好みで選びましょう」は難しい
「どのみそを買えばいいんですか?」
と料理に詳しい人に質問すると
「好きなものでいいんです。好みで選びましょう」
という答えが返ってきます。
たしかにその通りですが、この答えには問題があります。好きなものを選ぶには基準となる味を知らなければ選びようがないからです。
「1kg1000円以上のみそがいい」という意見を聞いたこともありますが、食べ物は必ずしも高価格の商品が優れているわけではありません。価格を頼りにするのはブランド信仰と同じで、自分の基準を外に委(ゆだ)ねること。自分の内側に基準を持てなければ結局は「なにがおいしいのかわからない」という状態に陥(おちい)るので、その意見には賛同できません。
■原材料表示で「甘口」「辛口」もわかる
「最初に買うならどんなみそですか?」
この質問の答えは「スーパーで手に入る一番安い米みそ」です。
そもそもみそは材料によって、米みそ、麦みそ、豆みその3種類に分類されますが、最も一般的なのが米みそ。米麹(こめこうじ)を使って醸(かも)すみそで、最も汎用性(はんようせい)が高く、料理本のレシピにただ「みそ」と書かれていれば米みそを指します。
とはいっても、なにが米みそで、どれが麦みそかわからないかもしれません。調味料選びに迷ったら、パッケージに記載されている名称や原材料を確認するクセをつけましょう。
米みその場合、原材料名には「大豆、米、食塩」とあり、品質維持のために酒精(しゅせい)(醸造アルコール=わかりやすく説明すると甲類焼酎)が入る場合もあります。原材料表示が教えてくれることは他にもあります。例えばみそによっては「米、大豆、食塩」という並び順のものもありますが、食品表示では使用している原材料が多い順に並べるルールになっているので、米=米麹が多いということはこのみそが「甘口」ということを示します(甘酒=米麹を想像してもらえればわかりやすいと思います)。米麹が増えると原価が上がるので、やや高価なはずです。逆に大豆が多いのは「辛口」になります。
■一番安いみそを基準にする
「一番安いみそでいい」と聞くと味は大丈夫かと思うでしょうが、スーパーで市販されている製品はどれも品質が保たれているので心配には及びません。米みそのシェアの半分近くを占めるのが、長野県を中心に生産される「信州(しんしゅう)みそ」。まずは一番安い信州みそを探してみてもいいでしょう。
はじめに高いみそを買っても味の違いがわかりにくいので、まず安価なものを試し、その味を覚えたら次に少し高いみそを買って、味の比較をしましょう。最初に基準をつくっておけば「今度はこっちのみそにしよう」とか「変えなくてもいいや」という具合に判断できるようになるからです。
■慣れてきたら「じゃない」ほうのみそを試す
料理に慣れてきたら調味料の種類を増やすのも楽しいもの。
米麹の代わりに麦麹を使う麦みそは、四国と九州で親しまれているみそ。甘みが特徴で味わいとしてはあっさりめ、みそ汁から料理の味付けまで幅広く使えます。なかでも肉料理との相性がよく、豚汁(とんじる)には最強に合うみそです。
豆みそは大豆100%、つまり豆麹と大豆から醸す独特のみそ。長期間、熟成させているので、深い味わいと少しの渋(しぶ)みがあります。みそ煮込みうどんやみそカツには欠かせない調味料で、愛知県の八丁町(はっちょうちょう)発祥の「八丁味噌」が有名です。
みその色にも注目してみましょう。パッケージに「白みそ」とあるのは、大豆を蒸さずに煮たり、熟成を短期間に抑えたりすることで、米みその色を白く仕上げたもの。塩分は低めで、麹の割合が多いので、まったりとした甘さが特徴です。京都の「西京(さいきょう)みそ」が有名ですが、広島県や香川県でもつくられています。
前述した信州みそにも色が白っぽいものから、濃いものまであります。色が薄いみそは「淡色(たんしょく)みそ」と呼ばれ、発酵管理などに気を配り、色づけないように仕上げたもの。熟成期間が短いものは色が白く、逆に熟成期間が長いほど赤黒い色になります。それらの点を意識して味わうだけで、味の理解度が格段に上がるでしょう。
■気に入ったみそ汁の味があれば教えてもらう
みそを買ってきたら次は保存です。みそは常温で保存すると風味が落ちていくので、必ず冷蔵庫に保存する必要があります。保存期間はみその種類によって異なりますが、米みその場合の保存期間の目安は冷蔵庫であれば1年程度。それを過ぎても保存状態さえ良ければ意外と食べられますが、風味は変わっていくので、早く食べ切るに越したことはありません。
「好みの味」を知るには経験値を積み重ねることが必要です。友人の家や外食で食べたみそ汁の味が気に入ったら、使っているみそを教えてもらうのもいいでしょう。そんなふうに積み重ねてきた経験が「あなたの味」になります。
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樋口 直哉(ひぐち・なおや)
作家、料理家
1981年生まれ。服部栄養専門学校卒業。2005年『さよならアメリカ』で第48回群像新人文学賞を受賞しデビュー。同作は第133回芥川賞の候補にもなった。料理家としての著書に『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)、『料理1日目』(光文社)、『ロジカル男飯』(光文社新書)など多数。調理科学をベースとした、おいしさを最大限に引き出すレシピとわかりやすい解説が人気。
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(作家、料理家 樋口 直哉)