アメリカのトランプ政権と日本はどう付き合っていけばいいのか。外交官・島根玲子さんは「日本周辺はどんどん危険が増しており、平和を保つために日米同盟は欠かせない」という。
著書『13歳からの国際情勢』(扶桑社)より、一部を紹介する――。
■平和を願う「ピースサイン」
みなさん写真を撮るとき、カメラに向かってとっさに何をしますか。「ピース!」と二本の指を立ててにっこりと微笑む方が多いのではないでしょうか。
普段何気なくしているこのピースサイン。もともとは、第二次世界大戦中にVictory(勝利)を意味する「V」を指で作ったサインを、ベトナム戦争下でアメリカの若者たちが平和を願ってするようになったのが起源といわれています。
わたしたち日本人は写真を撮るとき、無意識にピースサインをしてしまいますが、それだけ日本人が平和を願っている、ということなのでしょうか。戦後80年の今、少しまじめに、平和について考えてみませんか。
みなさんの普段の生活、学校に行ったり、会社に行ったり、お買い物したり、友達と遊びに行ったり、そういった生活は、すべて「安全であること」が大前提です。
日本は安全、そう思っている方は多いのではないでしょうか。もちろん、殺人事件など物騒な事件をニュースで見ることはあるにせよ、今のところ、全体として安全であることは間違いないと思います。でもこの平和って、ずっと続いていくのでしょうか。
■北朝鮮に中国…日本の周りは危険だらけ
実はそんなことありません。
戦争が終わって80年経っても、平和になるどころか、日本のまわりはどんどん危ない環境になり続けているのです。こんな状況で、「日本はずっと平和」とのんきに言っていていいのでしょうか。
北朝鮮は今までに6回の核実験をしたほか、北朝鮮から発射されたミサイルが日本の上空を通過したこともあります。北朝鮮は日本に届くミサイルを数百発持っていて、そのミサイルに核兵器を載せて日本を攻撃する能力も持っているとみられます。
中国はどうでしょう。中国の国防費はここ10年で2倍以上になり、その軍事力をどんどんと拡大しています。台湾を平和的に統一することを目指しているものの、一方で武力を使う可能性も排除していません。2027年までに台湾に侵攻するという予想をする人もたくさんいます。
■1人当たり国防費は先進国でダントツ少ない
国を守るためのお金は「国防費」ですが、国民ひとりがどれくらいの国防費を負担しているかという金額を「一人当たり国防費」と呼びます。日本の一人当たり国防費は、年間で5万円です。
1年で5万円、と聞くとどう思うでしょうか。結構払っているな、と感じる人もいると思います。
しかしこの金額、先進国の中でもダントツで低いのです。
他国を見てみましょう。アメリカは22万円、オーストラリアは13万円、イギリス・フランスは11万円、ドイツは9万円、お隣の韓国は13万円です。日本の一人当たり国防費は韓国と比べても半分以下です。
もちろん、韓国はまだ朝鮮戦争も終結していない、休戦しているだけ、だから日本とはぜんぜん違うでしょ、という見方もあるかもしれません。でも、北朝鮮は何度もミサイルを飛ばしていますし、日本はロシアと領土問題も抱えていれば、中国の船や飛行機が日本の領域に無断で入ることもしばしばあります。
先に書いたとおり、台湾への武力攻撃が行われるかもしれないという心配もあります。このような状況の中で、韓国と比べて危険度は半分以下かと言われると、わたしには疑問で仕方ありません。
■「あなたは国のために戦いますか?」
韓国の人気歌手グループ・BTSが徴兵のため活動を休止した、というニュースは記憶に新しいと思います。日本には徴兵制はありませんが、世界では今、徴兵制が復活してきています。
たとえば、ウクライナ戦争を受けて、ロシアに近いスウェーデンやラトビアでは徴兵制が復活しました。これまで徴兵制を廃止していたドイツやイギリスでも、その復活が検討されていますし、ロシアから距離的に近いポーランドでも、戦争に備えた軍事訓練を行うことが検討されています。
少子化に悩む韓国では、男性だけでは足りないため、将来的に女性も徴兵の対象とするべきという意見も出てきています。
「もし戦争が起こったらあなたは国のために戦いますか?」というある調査で、「はい、戦います」と答えた日本人は約13%。日本は調査対象となった79カ国の中で、最低の水準です。ちなみに「はい」と答えた人の割合が一番高かったのはベトナムで、96%です。
■「世界最強の国」の同盟国だから平和
みなさんはどう思いますか。日本における徴兵制、必要だと思いますか。わたし個人の意見を言うと、徴兵制は嫌です。なぜなら、自分が行くのも怖いし、自分の子どもが行くのも嫌だからです。外交の最大の目的は、戦争をしないために話し合うことです。わたしは、戦争も怖いし徴兵制も嫌だから、外交を通じて平和な日本を保つべきだと思っています。
では、日本の平和を保つのにはどうしたらいいのでしょうか。ここで重要な鍵となるのが、アメリカとの同盟です。

日本の周りがどんどん危なくなってきているにもかかわらず、日本が平和な国としていられるのはなぜでしょう。もちろん、平和な国でいるための日本自身の努力もありますが、その大きな理由は日本がアメリカの同盟国であるからです。アメリカは、誰もが認める世界最強の国。この最強の国と日本は同盟関係にあります。
そもそも同盟関係ってなんでしょう。たとえば軍事同盟。軍事同盟とは、一般的にいうと、一方が攻撃された場合には、一緒に守りますよ、場合によっては一緒に戦いますよ、という約束です。北大西洋条約機構(NATO)なんかは典型的です。
■「アメリカとも戦う」が抑止力になる
日本とアメリカの同盟関係では、アメリカは日本を守ります、その代わり、日本はアメリカ軍に基地を提供します、日本の土地をアメリカ軍が使ってもいいですよ、ということになっています。
もしどこかの国が日本を攻撃した場合には、日本自身が対応することはもちろんですが、その国はアメリカからも攻撃を受けるかもしれません。日本と戦うということは、日本だけでなくアメリカとも戦うということなのです。
世界最強の軍を持つアメリカを敵に回したい国はまずありません。
なので、「日本に攻撃したら世界最強の軍隊を相手にする必要があるかもしれない」と思いとどまるのです。その結果、日本に攻撃しようと思う国はまずないでしょう。
このように、日本はアメリカと同盟関係にあることで、とても恵まれているというべきです。別の言い方をすれば、こんな危ない環境にいるのに、アメリカの同盟国だから、国防費が国民一人当たり国防費が5万円で済んでいるのです。
■大国アメリカが日本を守るメリット
視点を変えてアメリカ側から見てみましょう。なぜ、アメリカは日本と同盟を結んでいるのでしょうか。アメリカとて、ボランティアでやっているわけではありません。軍を配備するにはお金もかかるし、リスクも伴います。だから、日本を守るということが、アメリカにとってもメリットでなくてはなりません。
なぜアメリカが日本を守ろうと思うのか。それは日本が地理的にいい位置にあるからです。言い換えれば、日本の基地が使えないと、アメリカにとってもデメリットがあるからです。

アメリカから見ると、日本ははるか西に位置しています。そしてさらに西のほうに進んでいくと、中国や北朝鮮、そしてロシアがあります。これらの国々は冷戦時代からずっとアメリカとの間では緊張関係にある陣営です。
そして、アメリカと日本の間に広がる太平洋には、アメリカの領土であるハワイやグアム、サイパンなどがあります。太平洋にはアメリカ軍の基地もあり、この海の安全を守る大事な拠点となっています。また、台湾もあります。
海を制するものは世界を制するのです。だから、アメリカとしてはこの広い太平洋がきちんと自分のコントロール下にあることが大事なのです。仮に太平洋で他の国が、「ここは自由に通れませんよ」なんてことをしたり、勝手に海に基地を作ったりすると、アメリカは非常に困ってしまいます。
■「防衛線」であり「最前線」である
このことを頭に置きながら世界地図を見てみてください。日本はアメリカから見ると、太平洋を守る防衛線のような場所に位置しているのです。アメリカから見ると、日本は、中国やロシアを囲んで閉じ込めている、太平洋に出ないようにぐるっとガードしている、そんな感じで位置しているのです。
万が一日本が、ロシアや中国などの手に渡ってしまった場合どうなるでしょう。おそらく簡単にグアムやハワイに進出できるようになるでしょうし、ひいてはアメリカ本土にも到達してしまうかもしれません。このような事態は、アメリカとしては絶対に避けたい、避けなければいけない、と考えているのです。
つまり、アメリカからみた日本というのは、地理的にとても重要な位置にあって、どうしても守らなくてはいけない最前線でもあるのです。これがアメリカ側から見た場合の日米同盟のメリットです。
■「日本も頑張るから」が前提となる
でも、アメリカとの同盟はずっと続くのでしょうか。もちろん、日本が地理的に重要なことに変わりはないので、当分は続いていくでしょう。でも、アメリカの中には、アメリカばかりに負担が多いじゃないか、という声もあることは事実です。
たとえば、イスラエルの場合、アメリカで選挙権をもつユダヤ人がたくさんいるため、アメリカの政治家はユダヤ人の声を無視できません。でも、日本は二重国籍を認めていないため、日本人でありながらアメリカの選挙権を持つことは難しく、日本人の声をアメリカの政治に反映させるのは簡単ではありません。
「日本人の代わりに戦ってくれますか?」と言って、「もちろんだよ」と言ってくれる外国人なんていません。「なんであなたの国を守るために、うちの国民が血を流さないといけないの」となるでしょう。でも、「日本も頑張るから、アメリカも日本を助けてよ」だったら「イエス」と言ってもらえるかもしれません。
■同盟国としての役割を果たさなくてはいけない
少し前にお話ししたとおり、日本のために戦うという日本人は13%に過ぎません。国民自身が守ろうともしない国を、外国が守ってくれるのでしょうか。「わたしたちは戦わないけど、アメリカさんよろしく、日本を守ってね」なんていう都合の良い話は、わたしたちの日常生活でももちろんあり得ないですが、国際社会になればなおさらあり得ないのです。
もっともわたしは、日本人は戦うべし、なんて言っているのではありません。言いたいことは、アメリカとの同盟は決して当たり前のものではないということです。同盟をしっかりと続けていくためには、日本としても努力が必要です。
どんどんと日本の周りが危なくなっているからこそ、日本もアメリカの同盟国として自分でできることはやる、日本なりの役割をしっかりと果たすことが大事です。それは、アメリカとの同盟をより強いものにし、ゆくゆくは日本自身を守ることにもなるのです。

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島根 玲子(しまね・れいこ)

外交官

1984年埼玉県生まれ。高校時代に2度の留年と2度の中退を経験。一念発起して大検を取得後、青山学院大学文学部に進学。早稲田大学法科大学院を経て、2010年に司法試験および国家公務員I種試験に合格。2011年に外務省入省後、スペイン駐在を経て、中南米外交やアジア外交に携わる。外交官として働く傍ら、国際情勢やキャリア設計についての講演活動も行う。著書に『高校チュータイ外交官のイチからわかる! 国際情勢』(扶桑社)がある。

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(外交官 島根 玲子)
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