■庶民は家を買えない「不動産バブル」
中国で今一番問題となっていることは不況です。経済がとても悪く、人々の生活が苦しいのです。その主な原因が、不動産バブルの崩壊です。中国では、人々の生活が豊かになるとともに住宅建設がどんどん進み、不動産の価格がつり上がりました。いわゆる不動産バブルです。
特に、深圳(しんせん)や北京などの大都市では一時、不動産の価格が年収の50倍以上と、庶民には一生かかっても手が出ないような値段にまで上昇しました。今でも北京や上海などの大都市では、中古住宅でも年収の25倍を超すことが珍しくありません。
日本では、新築マンションの全国平均価格は年収の10倍ほどです。近年、「高すぎて買えない」と叫ばれている東京でも、年収の約18倍ですので、中国の不動産がいかに高いかがわかります。しかし、日本もそうだったように、バブルというのはいつか崩壊します。
■習近平政権の対策も焼け石に水
不動産バブルが崩壊した中国では、家が売れなくなり、建設を中断するマンションが目立つようになりました。
中国では、不動産業がGDPに占める割合は3割ほどで、中国経済の大きな部分を占めています。そのため、不動産業界が傾くと、中国経済にとっては大きな打撃となります。
これに対し中国政府は、住宅ローンの金利を引き下げたり、不動産業の支援をしたりと、いろいろな対策を打っているようですが、今のところあまり効果は出ていないというのが現状です。
■「親のすねかじり」をする若者たち
経済が悪くなると仕事が無くなります。実際、中国の失業率は悪化の一途をたどっています。
特に若者が問題で、中国全体の失業率は5%ほどであるのに対して、若者の失業率は20%近くと特に高く、多くの若者が職につけないでいます。
「専業子ども」という言葉を聞いたことがありますか。定職につかずに親の元で暮らし、おつかいや家事など親のお手伝いをし、親から給料という名のお小遣いをもらう子どものことです。日本だと、「親のすねかじり」みたいな感じです。この「専業子ども」が今中国で増えています。
若者の失業率が高い理由には、中国経済の悪化それ自体の他に、学歴と仕事のミスマッチもあります。
■大卒なのに、定職につけず漂流
経済が発展し、家計が豊かになると、親は子どもにいい教育を受けさせたいと思うようになります。まして、中国は最近まで一人っ子政策をとってきました。手塩にかけて育てたひとり息子やひとり娘を、なんとかして大学まで行かせてやりたいと思うのが親心です。
そうして大学まで行った若者は、当然いい職業を探します。大学まで行ったのだから、工場勤務や肉体労働はしたくない、都市部の大企業に就職したい、と思う若者が増えました。
しかし、なにせ人口の多い国ですから、それだけ多くの大卒の若者を受け入れるだけの受け皿が整っていませんでした。言い換えれば、大卒の若者の増加に、雇用側が追いついていけなかったのです。そのため、多くの若者が自分の希望するような職につけずに漂流している、というのが今の中国が抱えている問題です。
■生まれた瞬間、格差が生まれる制度
中国人と聞くと、すごくお金持ち、というイメージはありませんか。そのイメージ、正解です。
都市と地方の貧富の差が大きく開く原因の一つに、中国の戸籍制度があります。中国の戸籍には、都市戸籍と農村戸籍という二種類の戸籍があり、中国の国民にはどちらかの戸籍が割り当てられています。戸籍は自分で選ぶのではなく、家に割り当てられているものなので、自分がどちらの戸籍なのかは生まれたときに決まっています。
それぞれの割合は都市戸籍45%、農村戸籍55%くらいで、農村戸籍の人のほうが少し多いくらいです。ひと昔前までは、その名の通り、都市戸籍の人は都市に住み、農村戸籍の人は農村に住んでいました。しかし、経済発展に伴い、農村の人が都市部に出稼ぎに出てくるようになり、都市部では都市戸籍の人と農村戸籍の人が混在する状況になりました。
都市に出てきたのなら都市戸籍に変えられるのかなと思いきや、そうもいかない制度です。都市戸籍から農村戸籍に変えることは簡単ですが、農村戸籍から都市戸籍に変えることは非常に難しいのです。そのため、都市部に出稼ぎに来ても農村戸籍のまま、というのが現状です。
■努力だけでは乗り越えられない高い壁
中国ではどちらの戸籍を持っているかによって、受けられる社会サービスが変わります。
たとえば、年金。農村戸籍の人は都市戸籍の人に比べて年金の額が少なくなっています。また、農村戸籍の人は、都市の学校に通うのにも制限があり、都市戸籍の人と同じようには教育を受けられません。たとえば、都市の大学に入る場合に、農村戸籍のハードルが高く設定されていることがあります。
都市戸籍の人は生まれながらにして都市に住み、都市に家を持ち、都市で教育を受けて、都市で就職するという人生を送りますが、農村戸籍の人が同じことをしようとしても、努力だけでは乗り越えられない高すぎる壁が存在するのです。
この戸籍は結婚しても変わりません。日本では結婚すると同じ戸籍に入りますが、中国では、農村戸籍の人が都市戸籍の人と結婚したとしても都市戸籍になることはなく、農村戸籍のままです。また、子どもは母親の戸籍を受け継ぐことになっているため、子どもに都市戸籍を持たせたいと思う男性は、農村戸籍の女性との結婚をためらいます。
このように、戸籍という制度が、中国の貧富の差を広げるひとつの要因にもなっています。
■「富の再分配」が起きない税金制度
お金持ちの多い中国ですが、少しいびつなのは、お金持ちはさらにお金持ちになるという社会構造です。たとえば、固定資産税や相続税がありません。
税金というのは、取られるほうからしたらハッピーではないでしょう。しかし、国がお金持ちから税金を徴収し、それを貧しい人や社会のために使うという機能があります。これを「富の再分配」と言います。
固定資産税や相続税はお金持ちから徴収する税金の典型例です。そもそもお金持ちじゃなければ不動産なんか持っていないし、お金持ちだから親からたくさんの財産を相続するのです。しかし、税金システムがきちんとしていないと、富の再分配がうまく機能しません。そのため、富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなっていくのです。
■お金持ちの子どもは自然とお金持ちになる
都市部のお金持ちを思い浮かべてみましょう。中国では都市部の不動産の価格がとても高いことは前に触れたとおりです。都市にマンションを持っているお金持ちの人は、それを貸したり転売したりして利益が出るのに、固定資産税は発生しません。
そのような都市戸籍のお金持ち同士が結婚し、子どもが生まれたとします。
こうして大きなコストも支払わずに、都市部の高額な不動産を複数所有することになります。こうして中国では、富める人はますます富んでいくのです。
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島根 玲子(しまね・れいこ)
外交官
1984年埼玉県生まれ。高校時代に2度の留年と2度の中退を経験。一念発起して大検を取得後、青山学院大学文学部に進学。早稲田大学法科大学院を経て、2010年に司法試験および国家公務員I種試験に合格。2011年に外務省入省後、スペイン駐在を経て、中南米外交やアジア外交に携わる。外交官として働く傍ら、国際情勢やキャリア設計についての講演活動も行う。著書に『高校チュータイ外交官のイチからわかる! 国際情勢』(扶桑社)がある。
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(外交官 島根 玲子)