※本稿は、加藤浩晃『休養ベスト100 科学的根拠に基づく戦略的に休むスキル』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■都市部の一駅分は歩くのにちょうどいい距離
歩くことの効用は、昔からさまざまにいわれています。身体的な健康効果はもちろんですが、気分がリフレッシュできることで、精神的な健康にも大きな効果が期待できます。
日々の生活の中で歩く距離を伸ばすコツは、これも昔からある方法ですが、「一駅分歩く」ことです。目的地の一駅手前で降りて、残りは歩く。通勤の行きと帰りでこれをやれば、かなりの距離を歩くことができます。
私自身、一駅分歩くことを実践しています。歩くことで頭がリセットできて、いいアイデアが浮かんでくることもよくあります。周囲の風景を楽しんだり、季節感を味わいながら意識的に歩くことを心がけています。
日常的に歩く機会が減りがちな現代社会では、意識的に歩く時間をつくることが大切だと思っています。
都市部ならば、一駅分はだいたい1~2km でしょうか。「さあ運動するぞ」と構えることもなく、毎日の通勤や買い物などの日常生活に運動を組み込むことができます。
一駅分歩く習慣を実践するためのコツは以下です。
・予定を詰め込みすぎることなく、時間に余裕をもって行動する
・いつでも思い立ったときにできるよう、普段から自分に合った歩きやすい靴を選んではく
・スマホをバッグにしまい、周囲の風景を眺めながら歩く
最近は、革靴でも歩きやすさをうたったものがあり、私はこれをはいています。
■「歩いて10分の距離」なら歩く習慣をつける
また、郊外や地方に住んでいると、一駅分の距離が4km程度になったりして、なかなか歩くのは難しいかもしれません。
4kmですと、1時間ほどかかってしまいます。
ただ、車での移動が中心の生活を送っていると、近くへの買い物や食事にも車を使いがちなので、歩いて10分くらいの距離ならば、おっくうがらずに歩く習慣をつけましょう。あるいは、車で移動するときも、目的地からあえて1~2分歩く駐車場に車を停めたり、車を降りてから少し遠回りをして、短い散歩を兼ねて目的地まで歩いたりするのもおすすめです。
私は、徒歩の移動時間を大切な「思考の時間」として活用しています。歩きながら、その日の仕事で気になったことを整理することもあります。また、年間100回くらい講演をしているので、歩きながら次の講演の構成を考えたりすることもよくあります。
歩くという単純な行為が、身体の健康だけでなく、思考の整理や創造性の向上にも役立っているのを実感しています。
■階段の上り下りは立派な筋トレになる
洋の東西を問わず、昔から哲学者はよく歩いていました。ドイツ人の哲学者カントは、毎朝決まった時間に散歩することで知られ、その散歩を思考の場としていたといいます。
京都にある「哲学の道」は、哲学者の西田幾多郎が毎朝散歩をして、思索をめぐらしたことから名付けられています。彼らは、歩くことの効用を、身をもって理解していたのでしょう。
逆に、ときには何も考えずに、周りの風景に心のいやしを求めるのもいいでしょう。常にデジタル機器に接続されている日常から離れ、精神の「デトックス」にもなるのです。
筋トレというと、何か特別なことをする印象がありますが、そんなことはありません。日常生活でもちょっと意識をするだけで立派な筋トレになります。
その代表的なものが階段の上り下りです。運動になるのは階段の上りだけだと考える人は多いのですが、実は下りもまた筋トレの効果があるのです。
■上りがつらければ下りだけでも階段を使う
やや専門的になりますが、筋肉の細胞には「速筋」と「遅筋」という2つの種類があります。個人差もありますが、多くの筋肉では速筋と遅筋がほぼ半々で構成されています。
速筋は、文字通り、とっさの動きや瞬発力が必要なときに使われます。これに対して、遅筋は持久力が求められるときに使われます。
階段の上りには、心肺機能を鍛える効果があるほか、足の筋肉のうちの遅筋が鍛えられるため、持久力の向上に役立ちます。これに対して、下りでは速筋がより多く使われるため、筋力や筋肉量の増加が期待できます。
また、階段を下るときには、筋肉の動きに加えて、多くの関節が協調して複雑な動きをします。そのために、関節の安定性や協調性を高めたり、それをコントロールする脳や神経系にもいい刺激を与えてくれるので、バランス能力が鍛えられます。
もし、仕事で疲れきっていて、「とても階段を上る気になれない」というのであれば、下りだけでも階段を利用してみることをおすすめします。
心肺機能への負荷が低く、比較的楽でありながら、高い健康効果を見込めるのが階段の下りなのです。
■深い地下鉄の駅は「無料トレーニングジム」
地下鉄の駅にある長い階段は、まさに手軽な運動スポット。
ジムに通わなくても無料で運動ができますから、利用しないのはもったいないですよね。
私が2017年に東京に引っ越してきて、大江戸線に初めて乗ったときのこと。駅の長い階段に驚きましたが、同時に「これは運動になるな」と新鮮な気持ちになったのを覚えています。
一般的に、新しく作られた地下鉄の路線ほど、地下深くを走る傾向があります。
例えば、以下のような路線です。
・東京 大江戸線、南北線
・大阪 今里筋線、長堀鶴見緑地線
・名古屋 桜通線
地下深い駅を「不便だな」と感じるよりも、「ちょうどよい運動の機会を提供してくれている」と前向きにとらえてみるのはいかがでしょうか。
エスカレーターやエレベーターを待つ時間があったら、ぜひ階段を利用して、無料のトレーニングスポットを日常生活の一部に取り入れてみましょう。
■健康維持のためなら楽しめる運動が一番
筋トレや運動は、激しければ激しいほど体にいいと思っていませんか? 日本人の特徴かもしれませんが、運動をするというと、忍耐強くストイックに続けなくてはいけないと感じている人が多いようです。
もちろん、スポーツ競技の技術向上を目的として運動をするならば、歯を食いしばって行う必要があるでしょう。
しかし、休養や健康維持を念頭に置くならば、楽しめる運動をすることが一番です。日頃の仕事や人間関係でたまったストレスを解消し、活力を取り戻すために、自分に合った運動を見つけておきたいものです。
私が日常的にやっている運動としては、筋トレのほか、ストレッチとランニングがあります。ストレッチは、高齢になっても関節可動域を維持できるようにと考えて始めました。私はもともと体が硬いので、自分にとって必要性を実感しているために、やらなくてはいけないものだと思っています。
■無理なく気分転換になる運動を見つけるといい
一方、自分が楽しんで続けているのがランニングです。
いつも同じコースばかりではなく、ときには違うコースを選んで、気分を変えることもいいかもしれません。
「体が疲れているのに運動なんて」と思わずに、無理なく気分転換になる運動を見つけておきましょう。
1日1万歩歩く、1日5kmのジョギングをするという数値目標を立てるのは悪いことではありません。でも、それはあくまでも健康のための手段であって、目的にしてしまってはいけません。天候や体調がよくないのに、数字にとらわれて無理をすると、けがのもとです。
ときには、ずぼらになってもいいと思います。だからこそ、楽しく続けられるのです。
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加藤 浩晃(かとう・ひろあき)
デジタルハリウッド大学大学院 特任教授
東京科学大学医学部 臨床教授。アイリス共同創業者・取締役副社長CSO。2007年、浜松医科大学卒業。
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(デジタルハリウッド大学大学院 特任教授 加藤 浩晃)