※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
■「買い物依存症」は地味で深刻
買い物依存症の妻と聞くと、どんなイメージを抱くでしょうか。
ブランド品や高級品を買いあさり、着飾って出歩く……。そんな姿を想像するかもしれません。しかしリアルな買い物依存症はもっと地味で、深刻なものです。
有名企業に勤めるAさん(42歳)は、専業主婦の妻(37歳)と結婚して8年になります。
知人の紹介で知り合った妻は若くて見栄っ張りなところがあるものの、気が合いそうなので結婚しました。二人の間には7歳になる長女がいます。
Aさんは年収800万円と、十分な収入を得ています。しかし生活は火の車で、Aさんは毎月2万円ほどの小遣いで切り詰めた毎日を送っていました。
■洗剤、フライパン、足つぼマット…買っても使わず放置
家計を圧迫しているのは、妻の買い物でした。
といっても、妻の身なりは地味で、ブランド品や高級品を買っているわけではありません。
通販で見つけた、はやりの商品を次々と購入して、使わないまま放置するのです。
たとえば、「なんでも落とせる洗剤3本セット」を購入して、箱のまま放置。フライパンセット、サーキュレーターなど、一つひとつは1万円もしないものですが、際限なく購入して、開封することなく積み上げます。
同じ足つぼマットを5つ買っていたことや、年齢的にまだ使わない老眼鏡を買っていたこともあります。
妻に聞くと「そのうち使うと思って」「人にあげようと思って」と言うのですが、何一つ開封することはなく、家のうち一部屋は未開封の段ボールで埋もれています。さらに居間や玄関にも段ボールが積まれていました。
日用品も、同じように際限なく購入しています。タオルや電池、使い捨てカイロは「安かったから」と箱で買ってそのまま放置。食器洗いの洗剤も、家に詰め替え用のストックがたくさんあるのに「安かったから」と容器ごとさらにまとめ買い……。
Aさんが「やめてほしい。必要なものは相談してから買うようにしたい」と言ってもやめません。
妻は、買ったものは置きっぱなしにして整理しませんし、そもそも掃除や洗濯などの家事をしません。小学生の長女の食事も用意しませんし、これほど買い物をしているのに、子どものものは買いません。そのため子どもの食事はAさんが用意して、学用品などもAさんが確認して購入していました。
妻が買ったものを、妻がいない間に開封したり、処分しようとしたりすると、妻は火が付いたように泣き叫んで怒ります。長女にも当たり散らすので、Aさんは山積みになった段ボールにも手を付けられなくなりました。
■カードを取り上げても止まらない
もちろんAさんも、あの手この手で浪費を止めようとしました。妻のカードを解約して、毎月生活費を現金で渡すようにしたこともありましたが、妻はスーパーで勧誘を受けたりして、こっそりカードを作ってまた浪費をしてしまいました。
そのカードを取り上げても、今度はAさんのカード情報を入力して通販で買い物をしてしまいます。
買ってきた分だけを現金で渡そうとしたこともありますが、それをすると妻は泣き叫び、「私と子どもが死んでもいいのか」と言い出すので、Aさんは怖くなってしまいました。
妻の両親に相談したこともありますが、「自分たちでは面倒を見られないのでそちらで何とかしてほしい」というばかりで、解決にはなりませんでした。
一度は覚悟を決め、妻に「このままだと離婚するしかない」と話したことがあります。しかし妻は半狂乱になり「買い物をやめる」「生まれ変わるから許してほしい」と謝罪。
Aさんの家庭は、収入は十分あるはずなのに、毎月の生活費は足りず、それどころかカードローンの負債も抱えていました。
■山積みの段ボールで娘がケガ
家は足の踏み場もなくなり、長女は廊下に置いてある段ボールの上で宿題をしています。その廊下も段ボールが積まれていて、横に歩かないと通り抜けられません。
そんなある時、廊下に積んであった段ボールが崩れて、勉強していた長女がけがをしました。Aさんが崩れた段ボールの山を確認すると、ダンベルなどの重い物と包丁セットなどの危ない物が一緒くたに積まれていて、一歩間違えれば大けがになっていてもおかしくありませんでした。
Aさんは「このままでは自分たちは死んでしまう」と思い、長女を連れて実家に帰りました。仕事をしつつ、両親に協力してもらいながら長女の面倒を見ていると、精神的には多少落ち着いてきました。そして私の事務所に相談にいらっしゃったのです。
Aさんは、「働いても働いても給料を妻に使われてしまい、このままではとても生活できないので離婚したい。でも妻が離婚に応じてくれるとは思えません」と言いました。
確かに、このタイプの妻は簡単には離婚に応じません。
それでも、そこで諦めてしまうと、際限なく妻にお金を使われ続けることになり、最悪の場合、自己破産ということになります。
■負債を払わせるより離婚する方が金銭的メリット大
まずは金銭面の整理をしてみました。Aさんたちが住んでいて、現在妻が一人で住んでいるマンションは賃貸です。銀行口座に預金はなく、その他の財産もゼロ。妻が勝手に借りたカードローンの負債が約100万円ありました。
負債を妻に払ってもらった上で離婚するのが理想だということでしたが、それは現実的には難しいと伝えました。収入も貯金もない妻が返済できる可能性は低く、妻の両親が返済に協力するケースもほとんどないからです。
それよりも、一刻も早く妻と離婚する方が金銭的なメリットが大きいと伝えて、Aさんから離婚の依頼を受けることになりました。
妻に連絡して、別居をしたので今後は適正な生活費(婚姻費用と言います)を渡すこと、長女はAさんが面倒を見ていることを伝えましたが、返事はありません。
妻からはAさんに「お金が足りないから振り込んで」という催促のLINEがたびたび来ましたが、Aさんに自分では対応しないようにと言うと、やがてその催促もやみました。もちろん代理人であるこちらには連絡がありません。
収入から計算した生活費を振り込むようにすると、それだけでAさんの家庭の出費はかなり抑えられるようになりました。
相変わらず妻からは返事がないので、しばらくして離婚調停を申し立てましたが、やはり妻は出席しません。裁判所から呼び出してもらっても、期日に姿を見せません。
次は裁判をすることも検討し始めたところ、妻から事務所に郵便物が届きました。妻が署名と押印を済ませた離婚届でした。
財産分与もないので、Aさんとしては負債の請求もしないという方針で、離婚に応じることにしました。
■離婚後も実家の玄関先に段ボールの山
Aさんの両親から妻の両親に聞いてもらったところ、妻はAさんと長女が実家に帰ってほどなく、自分も実家に帰ったようでした。
Aさんは住んでいたマンションに一度戻り、数カ月かけて大量の段ボールを片付けました。
離婚後もたびたび長女を妻の実家に連れていって、祖父母には会わせていますが、妻は気まずいのか顔を見せません。ただ、祖父母のお金で浪費を続けているのか、ある時玄関先に段ボールがまた積んであるのが見えて、Aさんは段ボールが部屋を埋め尽くしていたあの光景を思い出してヒヤリとしました。
■「貯蓄できない」「片付けられない」の背景に買い物依存症
こうしてAさんは離婚することができました。
冒頭にも書いた通り、「買い物依存症」「浪費癖」と聞くと、派手に散財して暮らしている様子が思い浮かぶ人が多いと思います。
しかし、Aさんの妻のように、地味な買い物を繰り返して、家族が止めてもやめられないというのがリアルな実態です。
同じようなもの、いらないものを大量に購入して部屋にぎっしり置いてあり、カード明細を見るとそういった買い物が積もり積もって家計の大半を占めている……という状態です。
最初は「貯蓄ができない」「妻がモノを片付けられない」「家に足の踏み場がない」という相談で、よく話を聞くとその背景に買い物依存症が潜んでいるという場合もあります。Aさんの妻のように、掃除ができない、家事ができない、子どもの面倒を見られないというケースもあります。
このように、買い物依存が他のさまざまな問題に派生することがあるのです。
■まずは家計を切り離す
こういった人は、精神科などを受診すると、何らかの依存症の診断を受けることも多く、そうでなくても今後治療が必要である場合が多いです。
こういった妻に離婚を切り出しても、もちろん応じてもらえません。妻としては離婚すると夫のお金を使えなくなるため、離婚に応じるメリットがないからです。
こういうタイプの妻に対しては、家計をきちんと切り離すことが非常に有効な手段になります。
別居して、収入に基づいた適正な生活費を渡すようにすると、それだけで妻は浪費ができなくなります。
その上で、銀行口座に手を付けられないようにする、クレジットカードを止める、携帯料金の支払いも別にするなど、一つひとつ地道な対策を取り、物理的に浪費ができないようにしていくようにしましょう。
もちろん、妻からはお金の催促が頻繁に来ることになりますが、きっぱりと拒否し続けることが大事です。そのためにも、弁護士に依頼するなど、誰かに間に入ってもらうことが効果的です。
■浪費が原因でも離婚は可能
とはいえ、配偶者の浪費に悩みながらも、離婚してもらえず、「子どもが生まれたら治るだろう」などと考えながらずるずると結婚生活を続けた結果、借金がかさみ、全く生活が立ちいかなくなってしまった状態で相談にいらっしゃる方を、これまで数多く見てきました。
知人からこういった相談を受けた人は、「お金を渡すのをやめればいい」「浪費で買ったものをネットで売ってしまえばいい」といった解決案を口にするようですが、なかなかうまくはいきません。
実際には、お金を止めようとすると泣き叫んだり、買ったものを捨てようとすると「子どもを連れて死ぬ」などと極端なことを言ったりします。離婚を切り出すと、泣きながら謝って「必ず生まれ変わる」と約束するものの、すぐにまたカードを作って浪費を繰り返す……といったループに陥り、止める気力もなくなってやむなく浪費を続けさせてしまっているという家庭が多いです。
また、弁護士の中には、「買い物をしすぎるだけでは離婚できない」とアドバイスする人もいるようです。
しかし、度を超えた長年の浪費をリスト化することで裁判で離婚が認められたケースもありますし、そうでなくても一定期間の別居を重ねれば離婚は可能です。
今回挙げたような対策を一つひとつ地道に取っていけば、浪費をする配偶者と離れることができます。手遅れになる前に、諦めずに一歩を踏み出してください。
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堀井 亜生(ほりい・あおい)
弁護士
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。
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(弁護士 堀井 亜生)