国家公務員総合職試験の合格者に変化が起きている。学歴研究家の伊藤滉一郎さんは「東大生の官僚離れの中で、意外な大学がランキング上位に食い込んでいる。
その背景には、大学の塾化がある」という――。
■「東大生のキャリア官僚離れ」の実態
国家公務員総合職試験、いわゆるキャリア官僚になるための試験であり、司法試験、公認会計士試験と並び、文系の「三大難関試験」と呼ばれることもある。
現在、国家公務員総合職試験は年2回実施されており、秋採用と春採用がある。秋に行われる教養区分と、法律区分や技術系区分といった専門試験が課される春試験だ。いずれかに合格(最終合格)することで希望の省庁に官庁訪問することができるという流れだ。
試験合格までには、一次試験、二次試験、面接と、数ある関門をくぐり抜ける必要があり、かなりハードルの高いものとなっている。
かつて「国家公務員第1種試験」と呼ばれていた、中央省庁のキャリア組への切符の合格者は、東京大学卒業者が圧倒的に多かった。
キャリア官僚、つまり政策の企画立案、法案の作成、予算編成など、行政の中核を担う中央省庁の幹部候補を多く輩出したことから、東大法学部は「官僚養成機関」として知られていた。国の政策に大きな影響を及ぼす有力者を多数輩出してきた歴史がある。
しかし、2025年現在、東大生たちがキャリア官僚を志さなくなってきているのだ。
■合格者ランキングに起きている変化
今年5月30日に人事院が発表した最新データを見てみると、2025年度春に実施した国家総合職試験の合格者数は1793人(前年度比マイナス160)となっている。合格者数の減少は、専門試験を課さない秋試験へのシフトが進んでいることが影響したのだと考えられる。

大学別では、東京大がトップを維持したものの過去最少の171人となり、12年度に現在の試験制度となって以来、4年連続で過去最少を更新した。東大生が占める割合は1割程度となり、こちらも過去最小となった。次いで京都大が112人、早稲田大と北海道大がともに76人で続いた。
女性の合格者数は630人で、全体に占める割合は35.1%で過去最高となっており、「キャリア官僚=男の仕事」といった世間のイメージはもはや過去のものとなりつつある。
国家公務員総合職合格者を10年前と比較してみると以下のように変化している。
依然として東京大学がトップとなってはいるが、10年前と比較して大幅に数字を落としていることがわかるだろう。合格者全体も大幅に増えているため、全体の割合で見たらかなり減ったことがわかるだろう。
これまで東大生が座っていた座席には、早慶でも旧帝大でもない意外な大学が存在感を増すようになってきているのだ。
■立命館が早稲田に次ぐ私立2位に
まず、24年度の春の合格者数を見てみると、1位は東大(189人)、2位は京大(120人)で、3位に並んだのは立命館大(84人)だった。14年度の春の合格者数は28人(全体17位)だったので、300%増となっている。秋の合格者数2名を含めると、24年度の合格者は86人となり、慶應大に次いで6位となっている。
最新の25年の春の合格者数でも、62名と6位をキープ。
早稲田大学に次ぐ私立大学2位、西日本の私立大学で1位となっている。
立命館大学の特徴的な取り組みとして2013年から始まった「立命館霞塾」があげられる。正課外プログラムで、「学部の1、2回生を対象に公務員の仕事を知り、公務を担う人材としての志と素養を磨く」(立命館大学広報担当者)という。
これにより、国家公務員を就職先の選択肢にしていなかった層に対して、大きな意識付けを図り、合格者数増につながっていると考えられる。
むろん、授業も手厚い。広報によれば「公務員試験対策として、3回生以上を対象に学内公務員講座を開講している」とのこと。公務員に内定した学生が3回生の支援を行うJA(ジュニア・アドバイザー)制度や、公務員として活躍するOB・OGによる相談会もあるそうだ。
また、私立ならではというべきか、学内公務員講座受講生が利用できる有償の専用自習室も完備されており、国家公務員総合職を目指す学生達が切磋琢磨できる環境づくりがすすんでいるそうだ。
こうした結果、22年度春63人(ランキング7位)、23年度春78人(5位)、24年度84人(3位)、25年度62人(6位)という好成績につながっているのだ。
■400%増になった専修大
立命館の他にも、合格者数を増やしているのは千葉大、広島大など地方の名門国立大がある。私立大学では日本大や専修大も10年間で2倍以上に増えている。学歴によらず試験合格の門戸が広がる傾向は加速していると言えるだろう。

中でも専修大学の躍進に注目したい。専修大学の14年度春の合格者数は4人だった。それが24年度の春では、16人(400%増)、秋の合格者2名とあわせた総合格者数18人は、私立大学で9位となっている。25年度の春は10人が合格。
東大生が占有していたポジションが大量解放されたため、膨大な試験勉強を捧げることで学歴面では見劣りする人たちにもチャンスが巡ってきた、と構造を俯瞰的に語るのはかんたんだが、実際に専修大ではどのような動きがあったのか。
専修大学広報課の担当者は「低年次から国家総合職試験受験を促すための「国家総合職選抜コース」を設け、演習や記述対策、受講生間のグループ討論も実施しています」と話す。
昨年は大卒程度試験の最終合格者全員が専修大エクステンションセンター主催の公務員試験講座を受講していたという。
その講座では、現役公務員を招いた業務説明会を開催しており、そこで自身に合った職種を考える機会をつくったり、複数回の模擬試験受験も組み込まれているなど、手厚いサポートが行われている。
■東大生に起きた変化
このように近年、特に中堅大学では、国家公務員試験や公認会計士試験など難関資格の合格者数をウリにするところも増えてきており、「大学の塾化」の傾向がみられる。少子化が加速し、学生の争奪戦となっている大学界隈にとってはこうした指標も今後肝になってくるのかもしれない。
では、近年東大生をはじめとする優秀層が国家公務員を忌避している要因は何なのだろうか。
背景にあるのは、大きくふたつの要因が考えられる。

ひとつは、国家公務員を併願先と考えなくなったこと。
国家公務員試験の問題は、その性質上圧倒的に高学歴に有利な内容で、特に東大生にとっては民間就職との併願のハードルが低く、「とりあえず受けておく」層は相当数存在した。(彼らの長所であるペーパーテスト特性を活かすことができる)
しかし、2015年ごろからのアベノミクスを契機とした好景気を背景に、激務薄給で知られる公務員の魅力は激減し、併願先としての魅力が大きく棄損された。
Z世代の優秀な学生は多くの選択肢を持つ。彼らの多くは「コスパ志向」を標榜し、激務に耐えて圧倒的成長したいというニーズも以前と比べて少なくなっていると考えられる。パワーカップルの共働き志向も高まりを見せ、近年は男性側も「ワークライフバランス」を重視していると言われる。
■Z世代のキャリア観とそぐわない
もちろん民間企業においても残業は発生するが、霞ヶ関官僚のそれは日本の大企業とは比較にならない。夜中にもオフィスに明かりが灯っていることから「不夜城」と呼ばれることもあるほどだ。
過去10年でアカポスを除く民間の待遇アップ、働き方改革によるホワイト化、リーマンショック後における厳選採用の反動で採用増が進んだ。
現在、東大生をはじめとする超優秀層の主な併願先は、文系ではコンサル、インフラ・エネルギー、金融の各業界、理工系では大手メーカー、コンサル、アカポス、インフラ・エネルギーの各業界である。各社から声がかかる状況で、ブラック労働が確実に待ち受けている国家総合職で保険を掛ける必要がなくなったのである。
もうひとつは、Z世代のエリートのキャリア観の変化が考えられる。

近年、終身雇用の瓦解に伴い転職市場は急拡大しており、自身のスキルを用いてのキャリアアップを新卒時から前提とする学生が増加している。外資コンサルに就職する学生などは、5年以内の転職を見据えて入社することも少なくない。
若手のうちは国会待機等をはじめとした理不尽と思われる仕事や雑務を行うことが必須となる国家公務員は、キャリアアップ志向の彼らにそぐわないのではないだろうか。
実際、省庁でインターンシップをした優秀な学生がその後本選考に進まないケースも増加しているという。
■非東大が進む官僚組織に望むこと
国家公務員採用に関する公務員白書(人事院発行)によると、採用校数は2012年の99校から2020年には144校まで右肩上がりで増えていることを明言している。
人事院としても、新卒採用における出身大学の多様化を進めたい、というメッセージが読み取れるのだ。これは学歴面で劣後する大学生にとっては朗報であろう。
今後、専修大のように中堅私大の合格、省庁採用が続けば、省庁の中は今と大きく様変わりするだろう。
少なくとも現在、キャリア官僚に求められるのは、エリートとしての経歴一辺倒ではなくなりつつあるのだ。この流れで職員のバックグラウンド面で多様化が進めば、人材不足といった問題だけでなく、硬直的な官僚組織にも変化の兆しが出てくるかもしれない。

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伊藤 滉一郎(いとう・こういちろう)

受験・学歴研究家、じゅそうけん代表

1996年愛知県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、メガバンクに就職。
2022年じゅそうけん合同会社を立ち上げ、X(旧Twitter)、InstagramなどのSNSコンサルティングサービスを展開する。高学歴1000人以上への受験に関するインタビューや独自のリサーチで得た情報を、XやYouTube、Webメディアなどで発信している。著書に『中学受験 子どもの人生を本気で考えた受験校選び戦略』(KADOKAWA)、『中学受験はやめなさい 高校受験のすすめ』(実業之日本社)がある。

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(受験・学歴研究家、じゅそうけん代表 伊藤 滉一郎)
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