※本稿は、有田秀穂『』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■誰でも体のなかに100人の名医を持っている
私たちの脳には、ストレスとうまく付き合っていけるよう、いくつかのありがたいシステム(予防・解消・対策の各システム)が備わっています。
現代医療では、ストレスが続いて心と体に症状が現れたら、医者のところに行って検査を受け、薬で症状を軽くさせるという方法をとります。血圧が高くなったら降圧剤。血糖が高くなったら糖尿病薬。うつ症状が出たらSSRIなどの薬が処方されます。つまり、現代医学は「薬物治療」が主流で、かつ有効性が高く、それが最大の武器になっています。私は医師として、それを否定するつもりはまったくありません。
その半面、ギリシャの医聖(近代医学の父)ヒポクラテスが唱えた格言(医療哲学)を、私は信奉しています。とりわけ、次の2つの格言を胸に刻んでいます。
人間は誰でも体のなかに100人の名医を持っている
私たちの内にある自然治癒力こそ真に病を治すものである
30年以上にわたる脳科学研究で、心の病に関わる「名医=自然治癒力」として、「ドーパミン」「オキシトシン」「セロトニン」に着目し、その特性を研究してきました。これらを理解するためにも、まず脳の基本システムについて説明します。
■人間の体には「陰陽」のリズムが刷り込まれている
私たちの脳と体には、二つの対立するシステムが共存していて、一方が働いているときには、もう一方は働けなくなります。二つが同時に働くことはありません。
具体的には、
・「覚醒システム」と「睡眠システム」
・身体活動を活発にする「交感神経」と疲労を回復させる「副交感神経」
・「ストレス中枢」と「癒し中枢」
です。
これらの対立する生体システムが、交互に働いています。
古代中国では、医学の世界で「陰陽学」という概念を確立させましたが、それは、人体には二つの対立するシステムが共存していること、二つが同時に働くことはないことを熟知していたからです。現在の私の考え方は、この「陰陽学」にも通じます。
なぜ人間の体の中でこのような周期的変動が起きるのかといえば、地球の自転と関係しています。
自転によって昼と夜が周期的に繰り返されることが、その地球上で進化し、生き延びてきた人間の生体リズムに刷り込まれているからです。
だからこそ、そうした自然のリズムにしたがって暮らすことが、人間生活には重要になります。
■「ドパ活」で心のモヤモヤが解消される
冒頭で、心の病に関わる「名医=自然治癒力」として、「ドーパミン」「オキシトシン」「セロトニン」を紹介しました。本稿では「セロ活」に続き、「ドパ活」、ドーパミン神経の働きを詳しく説明していきましょう。
ドーパミン神経を活性化させるには、「毎日気に入った絵を眺める」行為や、「懐かしい写真を眺める」ことが有効です。
「気に入った絵を眺める」行為は、目の網膜に入った信号が、大脳の視覚野を介して「情動中枢」に伝達され、そこで「快」の情動判定が下されます。その結果、ポジティブな心を形成する神経回路(「ポジティブ回路」)が活性化されるのです。
そしてその「快」の情動判定は次いで二つの脳に伝達されます。視床下部の「癒し中枢」を興奮させて、体を副交感神経優位の状態にさせて心身をリラックスさせます。もう一つは中脳のドーパミン神経を活性化させて、ポジティブな気分にさせるのです。実際に、気に入った絵を眺めると、ドーパミン神経が活性化されるという研究データが報告されています。
■「ポジティブ回路」を活性化したままにするには
このポジティブ回路は、通常、絵を眺めた直後に活性化されますが、これは一時的なもので長くは続きません。ところが、その行為が毎日繰り返されると、情動記憶として蓄えられます。すると、ポジティブ回路が普段から活性化される状態になり、ネガティブな情動回路が働けなくなるのです。つまり、「ストレス中枢」の興奮が抑制される状態が続くので、だから、心のモヤモヤを解消させるというわけです。
私はゴッホの絵が好きで、一日に何度も眺めています。
絵と同じように、懐かしい写真もポジティブな過去の情動体験をよみがえらせ、ポジティブ回路が動き始めます。心地よい気分が脳を支配して嫌なことが忘れられ、ストレス中枢が働かない状態が維持されるのです。
■「懐かしい写真」でなぜ、ストレスが解消されるのか
例えば、家の中に祖父母や孫、家族の肖像を飾っているとします。普段、まじまじとそれを眺めることはあまりないかもしれませんが、毎日、チラッと見るだけでも、ちょっとした安心感をもたらしてくれるものです。人間だけに備わったこの心の回路をストレス解消法として活用するとよいと思います。
私たちは朝起きてから夜眠るまで、目から絶えず視覚情報を入力しています。ほとんどの信号は何の情動も気分も発生させず、また記憶にも留められずに受け流されます。しかし一部の視覚情報は、特別に心に影響を与え、記憶に留まるのです。
でも、それが快の視覚信号の場合には安心感をもたらしますが、反対に不快な視覚信号の場合には「ストレス中枢」が刺激されて、心のモヤモヤが誘発されてしまいます。例えば、身の周りの生活環境の汚れ、ゴミの山など。だから人間は、汚い部屋や周囲を掃除するだけで心がスッキリとし、モヤモヤした気分にならないのです。
もし自分がうつのような状態であると感じたら、まず部屋の片づけをしましょう。でも部屋が綺麗になっただけではあまり改善が見られないかもしれません。目に止まるところに懐かしい写真を飾ってみましょう。そうすると、きっと心に火が灯り、明るい気分で生活できるはずです。
■屋久島の自然音が「快」の情動を誘発する
聴覚を介した心地よい刺激も、心を癒してくれます。
現代の私たちの日常は、騒音と喧騒の中で暮らすことが当たり前のようになっています。車や電車の音、人の話し声など、ノイズが絶えず周りから侵入してきます。こうしたノイズは不快な聴覚性信号。「ストレス中枢」が刺激され、イライラを引き起こします。
反対に自然の中で暮らすと、鳥の鳴き声、川のせせらぎや水音、虫の音などが聴覚を刺激し、心地よさを感じるはずです。自然音は基本的に「快」の情動を誘発させるものです。これを応用したのが「サウンドヒーリング」です。
ヒーリングのためのサウンドとして、自然音CDを世間に広めている喜田圭一郎さんがいます。彼はある音楽会社でキャリアを積んだ後、20年前にサウンドヒーリング協会を設立しました。そして、「自然音に含まれた生命の響きを室内環境に流し、体に響かせることで心を癒す」という旗を掲げ、世界各地でヒーリングサウンドを広めています。彼は、私が大学で脳科学研究をしているときに訪ねて来られ、それ以来、コラボレーションをしています。喜田さんが屋久島で収録した自然音をCDで発売する際には、私は推薦記事も書きました。
私は約12年前に大学を定年退職し、東京都内にオフィス(セロトニン道場)を開設して、メンタルヘルスの面談指導を行っています。室内には屋久島の自然音が絶えず流れ続けているのですが、これだけ聴き続けても、まったく飽きがきません。
街中の喧騒が気にならなくなるだけでなく、心がホッとするのです。とても癒されています。
都会の喧騒に疲れたら、自然の中にしばらく身を置いて過ごしてみるとよいと思います。たったそれだけで、心身ともに癒されていくはずです。
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有田 秀穂(ありた・ひでほ)
医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授
セロトニンDojo代表。1948年東京生まれ。東京大学医学部卒業後、東海大学病院で臨床に、筑波大学基礎医学系で脳神経系の基礎研究に従事、その間、米国ニューヨーク州立大学に留学。東邦大学医学部統合生理学で坐禅とセロトニン神経・前頭前野について研究、2013年に退職、名誉教授となる。各界から注目を集める「セロトニン研究」の第一人者。メンタルヘルスケアをマネジメントするセロトニンDojoの代表も務める。著書として『医者が教える疲れない人の脳:「慢性疲労」を消す技術』(三笠書房)、『脳からストレスを消す技術』(サンマーク出版)、『脳科学者が教える やっかいな脳のクセをリセットする 朝5分の呼吸法』(総合法令出版)など多数ある。
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(医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授 有田 秀穂)