トラブルを起こす問題社員に会社はどう対処すべきか。弁護士の西脇健人さんは「本人と話し合って円満退職してもらうのが理想だが、もし話がこじれても適法に解雇できるよう、物的証拠を残すことが必要だ」という――。

※本稿は、西脇健人『「円満退職請負人」が教える! 全員が幸せになる「トラブルなし」で問題社員に1ヶ月で辞めてもらう方法』(翔泳社)の一部を再編集したものです。
■万が一のために「保険」をかけておく
大前提として、問題社員には話し合いの上、合意で円満退職してもらうことを想定しています。しかし、どうしても合意に至らない場合は、解雇することも想定しておかなくてはなりません。
ステップ1では、万が一解雇せざるを得ない状況になった時に備えて、少しでも適法に解雇手続きができるように「きちんと解雇事由に関する証拠を積み重ねておく」作業をします。
あくまで目的は「円満退職」ですが、話がこじれてしまって合意に至らない時のための保険とも言えます。
では、その「証拠」とは何なのか、見ていきましょう。
■会社側が指導改善したという「証拠」
たとえば、問題社員が「業務指示に従わない」「遅刻・早退を繰り返す」などの行動を取っていたとします。
しかし、これまで見てきた通り、それだけでは裁判所は解雇事由として認めてくれないケースが多いのです。
そこで、「業務命令・業務指導」として、具体的に会社側が指導改善をしたという証拠を残しておく必要があります。
その具体的な証拠というのは、次のようなものです。
1 口頭注意の記録

2 懲戒処分

3 始末書
これまで、ミスや問題行動があった時、始末書を書かせたり、注意をして記録に残したことはありますか?
さらに、もう少し重い懲戒処分のひとつである「けん責処分(軽度の規律違反に対する厳重な叱責)」を出したことがありますか?
私が企業側の退職代行サービス「Resgent(リスジェント)」の現場で経営者の方にそのように聞いても、特に中小企業の場合は「一度も出したことがないです」という会社のほうが断然多いです。
本当に問題行動が多いのであれば、今からでも遅くありません。
懲戒処分など適切な処分をして、問題行動があるという証拠を積み重ねていきましょう。
■始末書を提出しない問題社員には…
ちなみに、このように言うと、従業員を辞めさせるために裏工作をしているようでなんだか罪悪感を持つという人もいるのではないでしょうか。
気持ちはわかります。しかし、落ち着いて考えてほしいのですが、解雇が無効だと裁判所で争われる場合には、「法律に基づき」その解雇が有効か無効かを判断されます。問題社員も法律に基づいて持てる証拠は全て裁判所に提出してきます。
「問題行動に対して適切に指導、改善の記録を残す」というのは、そもそも法律上求められている適切な行動であり、証拠をきちんと残すことが本来のあるべき姿だと考えてください。
とはいえ、問題社員が大人しく始末書を書いてくれるとは限りませんよね。
実際、「始末書を出してください」と言っても、書かないで放置するケースもあります。しかし、「始末書を提出する」ということは業務命令です。始末書を提出してもらえない場合は、業務命令違反として、さらなる懲戒処分を下すことができます。
このように、問題行動の証拠を積み重ねていって、「この人は一般的に見て非常に問題がある人だ」という記録をきちんと残すことが重要なのです。
■「会社の意図」が何となく伝わる効果も
もちろん、それだけで「解雇事由」の立証が十分なわけではありません。

しかし、明白な書類ベースの証拠があるかどうかで裁判所の見解は変わってきます。
さらに、私の経験上では、このような証拠集めの行動を続けると、問題社員側がなんとなく自らの問題行動を会社がよく思っていないことを察知します。
そして、円満退職の申し出をした時に「あ、そういうことか……」と悟り、こちら側の意図の理解が早くなるのです。場合によっては、この段階で自主退職を申し出てくる人もいます。
ですので、円満退職をスムーズに進めたいのでしたら、このような準備は想像以上に効果的だと思います。
世間一般の考え方ならば、「裁判所に出す証拠をきちんとつくって解雇しましょう」というアドバイスになると思います。
しかし、解雇はできるだけ避けたほうが良いと考えています。私たちは、証拠を積み上げた後で「円満退職の話をしやすいように、どのように事を運ぶか」ということを優先して考える必要があるのです。
■「証拠はあります!」の落とし穴
続いて、物的証拠を集めることも非常に重要です。
問題社員に速やかに退職してもらわなければならない切迫した状況下では、スピード感を持って行動することも求められます。
水面下で集めることができる証拠は可能な限り集めておき、そこから証拠の裏付けのために、他の従業員にヒアリングをするという流れがスムーズです。
ちなみに、Resgentの相談を受ける際によく相談者の方から「証拠はあります! 従業員がみんな証言してくれます!」と言われるのですが、他の従業員から話を聞いてみると、意外と記憶があいまいだったり、又聞きで不正確なものであったりします。

さらには、問題社員に恨まれたくないから裁判所で証言台に立つのは嫌だと言われたり、実際に裁判所で証言をしてもらえても、裁判では他の従業員は経営者の意向をくんで証言している可能性があるため、信用性が劣ると判断されたりなど、みなさんが思っているよりも証言だけで闘うというのは困難なことなのです。
■何時間サボっていたかはすぐにバレる
物的証拠の収集は、横領・窃盗・占有・出退勤の改ざん、勤怠不良、ハラスメントなど、どのパターンであっても非常に有効です。
たとえば、以下のようなものが物的証拠となります。
・金融機関の口座の動き(横領・窃盗)

・クレジットカードの利用履歴(横領)

・防犯カメラ(横領・窃盗・セクハラ・パワハラ)

・ETC履歴(出退勤の改ざん・勤怠不良)

・GPS情報(出退勤の改ざん・勤怠不良)

・PCのログ(勤怠不良・横領)

・LINE等のトーク履歴(パワハラ、セクハラ)
お金の動きが怪しければ、金融機関の口座やクレジットカードの利用履歴を確認します。
会社の物品が頻繁に窃盗にあうという場合は、防犯カメラを設置して、業務と関係のない備品を持ち出している人がいないかどうかを確認する場合もあります。
本書序章の問題社員の事例でお話ししたような、不正に直行直帰を繰り返す問題社員は、ETC履歴を確認したり、社用車にGPSを設置し、それを追うことも必要です。
勤怠不良とは、たとえばPCは開いているものの、ずっとネットサーフィンをしている、ゲームをしているなどが常態化した問題行動です。この場合は、PCのログを取り「このプログラムが1日●時間起動していた」など、可視化できるようにします。
パワハラ・セクハラ行為は、案外電子的なやりとりでも行われていることが多いものです。EメールだけではなくLINEなども他の従業員の協力を得てしっかりと確認しましょう。
■他の従業員の証言も「証拠」になる
問題社員の行動について、事実関係を明らかにする証拠のひとつに、「他の従業員へのヒアリング」があります。
これは、問題行動があった時に、他の従業員の目撃証言が物的証拠を補完するものとして有効な方法です。

他の従業員から証言してもらい、問題社員がどのような行動を取っていたかヒアリングします。そこで聞き取った内容を「陳述書」などという形で書面にし、ヒアリングをした従業員からサインをもらって保管し、「証拠」とするのです。
陳述書については、後ほど詳しく説明します。
では、具体的にどのようにヒアリングするのか、その手順と注意点を見ていきたいと思います。
大まかな手順は以下の通りです。
ヒアリング時の手順
1 問題社員には悟られないように、ヒアリング対象の従業員を呼び出す

2 可能であれば、その場にPCと紙とプリンターを用意し、録音できる環境を整える

3 その場で聞き取ったことを文書にし、「陳述書」を作成し、サインをもらう
順を追って見ていきましょう。
■「Xデー」に近い日にヒアリングを実施
1 問題社員には悟られないように、ヒアリング対象の従業員を呼び出す
従業員にヒアリングしてしまうと、少なからず情報が漏れる可能性があります。ヒアリングの場所や日時を決める際は、できるだけ速やかに行うことが必要です。問題社員に不用意に悟られて、証拠を隠滅されたり、ヒアリングを受けた従業員に対して威圧的態度で調査内容を探られないよう、できるだけ隠密に事を進められるように注意します。
また、以上のような理由からヒアリングを行うタイミングは、物的証拠を集めた後で、できる限り円満退職を求める「Xデー」に近い日にすべきです。
2 可能であれば、その場にPCと紙とプリンターを用意し、録音できる環境を整える
PCと紙とプリンターは「陳述書」の作成に使用します。
録音する理由は、ヒアリングをした従業員が退職してしまったり、裁判までいった際に「証言するのは怖いです」とか「協力したくないです」と言われてしまった時に必要になるからです。

同じ理由から、ヒアリングは一度で全て聴取するようにしてください。
文書だけだと説得力がなく、裁判所も本人の了承のもとに行われたヒアリングかどうか判断できなくなってしまう懸念があるため、録音データも取っておくのです。
■証拠能力の高い「陳述書」の作成方法
3 その場で聞き取ったことを文書にし、「陳述書」を作成し、サインをもらう
陳述書については、作成したことがない人も多いと思います。陳述書とは、ある事実や出来事について、個人が自分の経験に基づいて記述した書面です。通常、法的な手続きにおいて、証拠や情報の確認のために使われます。
なお、録音それ自体は円満退職の交渉等の場で問題社員に示しにくい上(その場で全部聞くことはできない)、肝心なところがうまく録音できていないこともあります。
そのため、より証拠として利用価値の高い陳述書を作成するのがベターなのです。
PCとプリンターが用意できたら、聞き取った内容をその場で文書化し、「この内容で間違いないですか? 修正があれば直しますよ」と言ってサインをもらいます。
陳述書は法的に決まったフォームなどはなく、日付、氏名、印鑑、陳述内容が記載されていれば問題ありません。内容としては、以下の点に注意して書かれることが多いです。
・5W1Hを意識して書く

・時系列に沿って物語調で書く(自己紹介から始まり、「●●について話します」)

・話し言葉で書く(「私は……」など)

・事実のまま記載する。(例:パワハラ案件などで、実際は「ぶっ殺すぞ!」と言われたのに、文書化を意識して「殺してやるぞ」と書いてしまうなど。
言われたままを記載しましょう)
陳述書のサンプルを掲載しますので、ご覧いただくとよりわかりやすいのではないかと思います。画像1の文章を参考に作成してみてください。

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西脇 健人(にしわき・けんと)

弁護士/弁護士法人せいわ法律事務所

日本初、企業側の退職代行サービス「Resgent(リスジェント)」を提供。Resgentとは「restructuring(再編)」と「agent(代理人)」を組み合わせた造語で、経営者・人事担当者の代わりに、弁護士が直接従業員と業務改善および退職交渉等を行うサービスで、これにより、経営者・人事担当者の方々の精神的負担を軽減し、他の業務に注力してもらうことにより企業の総合的な業務改善を目指している。過去100件以上の実績で著者はいつしか「円満退職請負人」と呼ばれるようになった。

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(弁護士/弁護士法人せいわ法律事務所 西脇 健人)
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