■「働かないおじさん」こそ「勝ち組」モデル
昭和のサラリーマンたちが、令和の企業社会からは姿を消してしまったかというと、そんなことはない。現在においても、とりわけ大企業には、「働かないおじさん」と呼ばれる種類の人々が、少なからず棲息(せいそく)している。毎月従業員にお金を振り込まないといけない身となった私からすれば、ある意味で、「働かないおじさん」こそ理想的な職業人なのではないかと思うことすらある。
たしかに「働かないおじさん」――つまり、一定以上の規模の企業で悪くない給料をもらっていながら、仕事へのモチベーションも低く、仕事のパフォーマンスも悪いような人たちは会社にとって厄介者だ。
しかし従業員個人の立場からすれば、昭和時代を彷彿(ほうふつ)させる彼ら「働かないおじさん」こそが、資本主義社会における「勝ち組」のひとつのモデルなのではないだろうか。
「働かないおじさん」とは、大企業の安定性と悪くない収入を確保した上で、解雇されないギリギリのパフォーマンスを発揮し、人生を楽しむ生き方である。個人の生き方として、これ以上のものがあるだろうか。
■熱血サラリーマンは自己顕示欲が強い
逆に考えどころなのは、『サラリーマン金太郎』(本宮ひろ志、集英社)の矢島金太郎のような熱血サラリーマンである。
金太郎のように結果を出せればいいが、こうした熱血サラリーマンタイプはスタンドプレーまがいのものが多く、かえって会社に損害を与えかねない危険な存在である。
良かれと思ってとんでもないミスを犯したりもする。また、単に熱意があるだけの社員は自己顕示欲が強く、時として会社全体の和を乱す存在ともなりかねない。あるいは周りを疲弊させる。
社長になれるかどうかは、運によっても大きく左右される上に、仮に社長まで上り詰めることができたとしても、大企業の場合、創業家や歴代社長、株主など睨(にら)みを利かせる存在が目白押しで、好きなようには振る舞えない公算が高い。熱血サラリーマンの辿りつく先として、こうした状況は厳しいだろう。「坂の上に雲があると思っていたら、雲は見つからなかった」といった結果に終わる可能性が高い。
むしろサラリーマンとしては、なまじの出世などを考えずに、いかに楽をしながら会社に居座るかを画策していく方が得策である。そういう意味で「昭和のサラリーマン」は、E(employee=従業員)にとってロールモデルとなりうる。
■会社が必要とする「なにか」とは何か
もちろん「ただ何もしなければいい」というわけではない。文字通り何もせず、生産性を発揮できない社員は、会社にとってはお荷物である。本書で前述した『美味しんぼ』(原作・雁屋哲/作画・花咲アキラ、小学館)の山岡士郎も、会社が必要とする「なにか」があるからこそ活躍できるのである。
では、その「なにか」とは何なのか。
多くの人はスキルだと考えるかもしれない。「キャリアアップのために」と思い、さまざまな資格を取得したり、特殊なスキルを磨いたりする人も少なくないだろう。
プロ野球の投手を例に取るとわかりやすい。中継ぎ投手で2年以上活躍できる投手は稀(まれ)である。一芸に秀でている人こそ、消耗も早く、対策も立てられやすい。スキルが高いからこそ切り捨てられるのも早い。ビジネスでも、単に高いスキルを提供するだけなら、外注で十分である。
ひと昔前なら、「英語が話せる」という技能だけでも切り抜けられたかもしれないが、今では通用しなくなっている。会計やITなどのスキルも、ただそれだけの人であれば街中に溢れている。もっとも、地方ではまだ重宝される場合もあるかもしれない。この点については後述する。
■時代を超える「ゴルフ人脈」や「ゴマすり能力」
「なにか」とは、むしろ、21世紀のビジネスに「こんなものは必要ない」と言われてきたような「なにか」である。
たとえば山岡士郎は、人脈が充実している。
そして彼らは、やる気がないから転職することも会社を裏切ることもない。雇用する会社側から見ても、簡単には転職しない彼らのような人材は、雇い甲斐も育て甲斐もあるのである。結局、彼らは、ある局面では活躍してしまう存在なのである。
このような「昭和のおじさん」的なスペックや能力には、思いのほか、時代を超えた「なにか」があるのではないかと私は思っている。たとえば「ゴルフ人脈」、あるいは「上役にひたすらゴマをする能力」はどうだろうか。ゴマすりで出世し、確固たる地位を占めている人は、意外と多い。
■マインドセットの時代到来
私は、これまで何千という企業のトップや経営幹部を実際に見てきたが、高い実績と能力を正当に評価されることは、むしろ珍しい。実績を持っている人間は、かえってやっかみを受けたり、攻撃の対象となってしまうので、結果として出世していないケースが多いように感じる。
逆に、実力主義とみられる外資系企業やIT系企業などですら、「どうしてこういう人がこの会社に雇われているのだろう」と不思議に思うようなタイプの従業員と出くわすことが少なくない。特別なスキルはあまりなさそうに見えるが、活躍している。
彼らの何が評価されているのかと言えば、マインドセットである。
GAFAM(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft)のようなグローバル展開をする最先端のITグローバル企業でも、正社員として採用する決め手は、スキルであるとは限らない。むしろ、ハイスキルを持つ人材は業務委託やアウトソーシングで活用すればいいのであって、社内に抱え込むべきは、会社の文化を良い方向に変える力を持つ人材なのである。
意外に感じるかもしれないが、外資系企業も、スキル以外の要素を重視している。例えば、私の古巣であるマッキンゼーでは、人事評価においてClient First(顧客第一主義)、Obligation to Dissent(反論する義務)に重きを置いている(*1)。これらはスキルセットでもあるが、マインドセットでもある。
■単なる熱意と異なるPMAとは
さらにはPMAとよばれるPositive Mental Attitude(前向きな態度)も重視される。これは「どうすれば状況がより良くなるだろうか」と問題を肯定的に捉える姿勢であり、単なる熱意とは異なる。
日立製作所の人材改革が注目されているが、社員に対しては、能力が高いか低いかよりも、むしろ会社が推し進める改革に意欲的に取り組んでいけるメンタリティを持っているかどうかを重視している(*2)。これもPMAに近いマインドセットであろう。
同社は、社内変革に対しての意欲や気構え、すなわちマインドセットを重視している。同社は求める社員を「自燃性(自発的な成長)」と「可燃性(文化を変える巻き込み力)」を備えた「人財」だと定義している(*3)。
21世紀初頭には、英語やITといった可視化されたスキルの重要性を謳うキャリア論が多かったが、今後はマインドセットを含めたソフトスキルに変わっていく可能性もある。さまざまなスキルが陳腐化して目新しいものでもなくなった今だからこそ、他で代替できないマインドセットの持つ重要性が増してきているのだと思う。
*1 “Obligation to Dissent and Client Skills”
*2 2020年7月9日「日立の事業変革とグローバル人財戦略 デジタル社会を牽引する事業変革と人財戦略」に基づく
*3 同上
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侍留 啓介(しとみ・けいすけ)
バロック・インベストメンツ代表取締役
1980年生まれ。三菱商事、マッキンゼー等を経てバロック・インベストメンツを創業。サンライズキャピタル(プライベート・エクイティ)では、ベイカレント・コンサルティング(現・東証プライム)、AB&Company(現・東証グロース)等への投資実行、経営支援、上場準備を牽引。シカゴ大学経営大学院(Chicago Booth)でMBAを取得後、ハーバード大学公共政策大学院(Harvard Kennedy School)に留学。京都大学大学院博士(経営科学)。東京都立産業技術大学院大学元特任教授。著書に『新・独学術 外資系コンサルの世界で磨き抜いた合理的方法』(ダイヤモンド社)など多数。
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(バロック・インベストメンツ代表取締役 侍留 啓介)