海上自衛隊では2024年に、特定秘密の不適切な取り扱いなどの不祥事が相次いで発覚した。元・海上自衛隊自衛艦隊司令官の香田洋二さんは「海上自衛隊の組織文化が今回の不祥事の根底にあると言わざるを得ない」という――。

※本稿は、香田洋二『自衛隊に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす自衛隊の不都合な真実』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■今でも海上自衛官のつもりでいる
私は海上自衛官だった。「だった」と過去形を使ったが、実のところ、私は今でも海上自衛官のつもりでいる。
海外の会議に呼ばれれば、「ミスター・コウダ」ではなく「アドミラル・コウダ」と呼ばれることが多い。正確に言えばバイスアドミラルなのだが、直訳すれば「副提督」ということになる。軍事英語では海軍中将だ。自衛隊では海軍大将も海軍中将も「海将」となっているので、日本のメディアに登場する際は「元海将の香田さん」と呼ばれるが、海外では「元」を抜かして「アドミラル・コウダ」となる。国際標準では、海軍軍人は艦を降りても死ぬまで海軍軍人なのだ。それが多くの国の社会において定着した軍と軍人への尊敬と敬意の表れであろう。
1972年に防衛大学校を卒業してから2008年に退官するまで、私は海上自衛隊に育てられた。悲しいことも嬉しいことも海上自衛隊とともにあった。私の人生は、海上自衛隊を抜きにして考えられない。
退官した今でも、海上自衛隊が褒められればうれしいし、海上自衛隊が批判されれば忸怩(じくじ)たる思いを味わう。
■海上自衛隊の文化が不祥事の温床に
そんな私が歯ぎしりするような思いで接したのが、2024年に発覚した一連の不祥事だった。情報漏洩、業者からの不適切な物品供与、手当の不正受給……。明るみになった海上自衛隊の問題は、長年の慣習が積み重なった悪弊ともいえる。その意味で、海上自衛隊で責任ある立場にいた私も無関係ではない。
現在の私は、防衛省等の調査内容を知る立場にはない。しかし、報道や公開情報などに、自らの体験も加えて判断すると、海上自衛隊の組織の不具合の概要は推察できる。こうした不祥事を防止できなかったことについては、組織のリーダーだった者の一人として責任は免れられない。読者の皆様方に心からお詫び申し上げる。
では、なぜこのような不祥事が発生したのか。
海の上で共同生活を送るという特殊な環境も大いにあずかっている。海上勤務は、海上自衛隊を海上自衛隊たらしめている基礎だ。
これにより結束が固くなるという利点があることは言うまでもないが、一歩間違えると、悪事を働いた身内をかばい立てする悪弊を生んでしまうような危険な要素が多数ある。
こうした海上自衛隊の文化が不祥事の温床となった、というのが私の見立てだ。こうした理解は海上自衛隊の内部で共有されているとは言い難い。私がそう考えるに至ったきっかけに話を進める前に、まずは海上自衛隊の一連の不祥事とは何なのかを、報道から推察できる範囲で簡単に振り返っておきたい。
■ズルと杜撰な情報管理
2024年に発覚した海上自衛隊の不祥事は、大きく分けると2種類あった。
一つはズルをして金品を受け取った問題、もう一つは情報の取り扱いが杜撰(ずさん)だったという問題だ。いずれも国民の信頼を裏切る行為である。
おおざっぱに「ズルをして金品を受け取った問題」と分類したが、細かく分けると、第一に潜水艦の修理業務を担っていた川崎重工業の社員から金品を受け取っていた問題、第二に潜水士による手当の不正受給、第三に基地内の食堂での飲食物の不正受給――の3つが発覚した。
川崎重工の件は、潜水艦乗員に対し、備品やゲーム機、ゴルフ用品、釣り具など任務とは関係がない私物が隊員に供与されていたほか、隊員と川崎重工社員の懇親会でも会社側が飲食代を肩代わりしていた問題だ。こうした慣習は1985年ごろから続いていたという。つまり、私が海上自衛隊に勤務していた時から始まり、私が退官した2008年の時点でも悪習が続いていたのだ。
川崎重工の調査が及んだ2023年度までの6年間だけに限っても、総額17億円が下請け業者との架空取引で捻出され、海上自衛官に対する金品供与に当てられていた。
こうしたカネは、「必要経費」として潜水艦の建造費や修理代に上乗せされていたとみられる。細部は調査中のため不明であり、架空取引件数、金額や関係員の数などの把握はできないものの、何らかの深刻な不正が行われたことは事実と断ぜざるを得ない。海上自衛隊としては不正があったという前提で、厳正な姿勢で調査に臨むべき事案である。
■国民の税金を無駄遣いし、自衛官が自衛隊を弱くした
当初は、予算不足のため現場で入手できない必要な工具などを充当するための苦肉の脱法行為だったものが、そのうちに歯止めがなくなり、自衛官の飲み食いの代金に使われるようになったのだ。本来であれば、他の装備や修理費に回せるはずだったカネが飲み食いに使われたということは、国は不必要に高いカネを払ったことになる。これは国民の税金を無駄遣いしたという話にとどまらない。要するに自衛官自身が自衛隊を弱くする行為に手を染めたことになる。
潜水士の手当不正受給では詐欺容疑で逮捕者まで出ている。しかも、逮捕が2023年11月であったにもかかわらず、2024年7月まで防衛相には報告していなかった。逮捕されていないものも含めると、不正受給は総額5300万円に上った。
基地内での飲食物の不正受給は、資格がないのに基地内の食堂でただ飯を食ったという話で、一見すると、小さなズルに見えるかもしれないが、国民の税金をちょろまかしているという点では、川重の金品授受や潜水士手当の不正受給と本質の酷さは変わらない。特に深刻な点は、自衛官の基本素養である倫理観や責任感がここまで落ちぶれたことである。
その結果生じた負の評価は、国民のみならず諸外国海軍の海上自衛隊への評価にも影響することは明白である。
■問題の原因は幹部の間でも見解が割れている
問題は、どうしてこんな不祥事が長年にわたり放置されてきたのか、という点にある。当たり前の話だが、原因が分からなければ問題を解決して組織の不具合を改善することはできない。
だが、問題の原因をめぐっては、海上自衛隊の幹部の間でも見解が割れている。しかも、そうしたバラバラな認識が満天下にさらされた。それは2024年7月23日のことだった。
一連の不祥事を受け、海上自衛隊トップの酒井良海上幕僚長は2024年7月19日に職を辞することになった。酒井前海上幕僚長は7月12日の記者会見で「組織文化に大きな問題がある。不正に気づいていたにもかかわらず、見て見ぬふりする体制が一部まだ残っている」と述べていた。つまり、組織全体の問題だと認めたのである。
ところが、その後任となった齋藤聡海上幕僚長は、7月23日の記者会見で、組織文化という言葉を使うと、それが組織全体に蔓延しているというイメージがあるが、私はそういうものではないと思うと述べた。
■海上自衛隊の組織文化が今回の不祥事の根底にある
齋藤海上幕僚長のこの発言の真意は別として、それは前任者の発言を否定したと受け取られかねないものだった。
齋藤海幕長の真意は何か。“今回の不祥事の当事者は許せませんが、それは一部の不心得者です。海上自衛隊の現場では大多数の隊員がしっかりと持ち場を守っています。その立場からは組織全体に蔓延とは考えません”というものであったことは想像できる。
さて、海上自衛隊を立て直すにあたり、一連の不祥事の原因が組織文化に由来するものなのか否か。この点を間違えれば、不祥事の根絶など望むべくもない。仮に組織文化が原因であり、あるいは少しでも関わりがあるならば、これを徹底的に見直さなければ再発防止はおぼつかないからだ。
私の考えは、酒井前海上幕僚長に近い。つまり、海上自衛隊の組織文化が今回の不祥事の根底にあると言わざるを得ない。なぜ、私がそう考えるか。それを本書で説明したいと思う。

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香田 洋二(こうだ・ようじ)

元・海上自衛隊自衛艦隊司令官

1949年、徳島県生まれ。
72年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。92年米海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。09年~11年ハーバード大学アジアセンター上席研究員。著書に『賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門』『北朝鮮がアメリカと戦争する日』(ともに幻冬舎新書)がある。

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(元・海上自衛隊自衛艦隊司令官 香田 洋二)
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