■「東洋医学はなぜ効くのか」
暑さでバテ気味になったら、どうしているだろうか。
私は対策として食事ではタンパク質と抗酸化物質を積極的に取り、日中に座ったままでいない、体を動かすことを意識している。
が、それでも何となくの不調を感じるとき――漢方薬(補中益気湯(ほちゅうえっきとう))を服用する。のどが痛いなど明らかに不調があるときは麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)だ。そうすると寝つきが良く、翌日には復活して元気にがんばれる。コロナ禍で病棟に密着取材する際にも、体調を整えるためにこれらの漢方薬にずいぶんとお世話になった。
「私は出張先で疲労を感じ、しかも冷房の効いたホテルの部屋で休む際、『このまま寝ると風邪をひきそうだ』というときに補中益気湯を服用します。ぐっすり眠れて翌朝に良い目覚めなんですよ」
と、島根大学医学部附属病院の大野智教授も言う。大野教授は、『東洋医学はなぜ効くのか ツボ・鍼灸・漢方薬、西洋医学で見る驚きのメカニズム』(講談社)の著者のひとり。同書は増刷を重ね、ベストセラーといっていい売れ行きだ。
■「西洋医学の手法」でも効果が認められた
私は1年前、読売新聞で同書の書評を読み、当時から大野教授に取材をしたいと考えてきた。書評は<東洋医学を西洋医学の手法で分析し、その効果が認められつつあることに言及している>と結ばれている。なんて面白い試みの本だろう、と感じた。今年は6月から暑い日が続き、体調を崩しやすくバテやすい。
今こそ、西洋医学の手法でも効果が認められた漢方薬を使ってみるのもいいのではないかと考えたのだ。
そして同書を読んでみたのだが、非常に難解な内容で……。正直に「本の内容が難しく、私の頭では理解ができなかった」と伝えながら大野教授に取材を申し込むと、「本の第1章~第3章のメカニズムは、医学部を卒業した私でも難しいです(笑)。取材でわかりやすくお話しできればと思います」という温かな返信があり、先日対面で取材を行ったのである。
■「胡散臭い」イメージの理由
東洋医学といえば、その人の体調と体質を表すために「虚実」「寒熱」「気・血・水」という3つの物差しを使う。これら3つを合わせて「証(しょう)」という見方がされる。しかし、証によって処方する形が、漢方薬が非科学的だとか胡散くさいといわれてしまう理由でもあると私は思う。
取材で開口一番そう話すと、大野教授がうなずく。
「東洋医学の診断の際には『その人の証をとる』という言い方をしますよね。まったく違う病気だけれども同じ治療をする『異病同治』、また一方で、同じ病気だけれどもその人の症状に応じて薬を変える『同病異治』という言葉もあります。例えばよく知られる葛根湯(かっこんとう)は、風邪の引き始めや肩こりに適応があるとされていますし(異病同治)、AさんとBさんが同じ“風邪のひき始め”であっても、体質に合わせて違う漢方薬を処方する(同病異治)ということです。その考え方は否定されるものではありませんが、あくまで私の本では西洋医学の視点で東洋医学を捉える試みをしています」(大野教授、以下同)
葛根湯であれば、含まれる生薬がどのようにインフルエンザを含む風邪症状を改善していくかのメカニズムが図解されている。

「また本の中で細胞実験や動物実験の報告も多数紹介していますが、『~に効く』と記した漢方薬についてはすべて、人を対象に臨床試験を行い、有効性が確認できたものを取り上げているのです。葛根湯は臨床試験で市販の総合感冒薬と同等の効果があることが報告されています」
書籍タイトルの「なぜ効くのか」は、西洋医学的な手法で科学的根拠が証明された東洋医学を扱っている、ということだ。
■コロナ後遺症に効く「補中益気湯」
私が時々服用している補中益気湯については、同書で下記のように紹介されている。
※以下、<>内は同書より抜粋
<補中益気湯には、抗疲労作用のあるニンジンや、抗炎症作用を持つソウジュツやサイコなど10種類の生薬が含まれます。補剤のなかで最も使われていて、体力虚弱で元気がない人の消化機能の衰弱や倦怠感の改善に用いられています。人を対象にした臨床試験でも、がんの手術後や化学療法中の体力維持・回復などで効果が報告されています>
ちなみに「補剤」とは、健康な体に必要な「気力」や「体力」「血液」などを補うと考えられる漢方薬のこと。主なものとして3つ――「補中益気湯」「十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)」「人参養栄湯(にんじんようえいとう)」が挙げられる。
<新型コロナウイルス感染症に対しても、予防や後遺症症状を緩和するために多く使われました。広島大学の小川恵子教授らが行った臨床試験では、医療従事者に補中益気湯と葛根湯を継続的に服用してもらったところ、免疫機能の強化や感染率の低下、症状の悪化を防いだことが報告されています>
そして免疫機能に作用するメカニズムへと話は続いていく。生薬に含まれるどの成分が薬理成分として働いているのかもわかってきているという。具体的に知りたい人は同書を手に取ってほしい。
■体内の不足を補い、多すぎを抑える
「ですが、本に書いたことも補中益気湯の作用の一部だと思います」と大野教授。

「漢方薬が難しいのは、ひとつの薬にさまざまな生薬が含まれていることです。しかも生薬は、もともとが葉っぱや動物の臓器だったりして、それ自体が混合物といえます。ですから“何がどう効くのか”という説明がなかなかしにくいのです」
ひとつの漢方薬には、数十~数百種の生薬(成分)が含まれる。対して西洋薬は、基本的にひとつの成分で作られ、体内の特定箇所にピンポイントで強く作用するためわかりやすい。
「そうですよね。簡単に言うとアレルギー性鼻炎の薬なら、体内でアレルギー症状を引き起こすヒスタミンが受容体に結合することを防ぐことで、アレルギー症状を止める仕組みです。対して漢方薬の場合は、本当にさまざまな物質が入っているため、服用する人にいろんな作用をおよぼしてくれます」
服用する人の体質に合わせて働くという側面もある。
「腸の免疫を高める漢方薬として知られる『大建中湯(だいけんちゅうとう)』は、便秘気味の人が服用すればお通じが良くなるし、下痢気味の人ならそれが治まる作用があるようです。抗炎症作用を持つカンゾウ、腸の機能を高めるニンジン、腸の血流を良くするサンショウなどの4種類の生薬を含み、腸内細菌を介して腸炎を抑制するというメカニズムが解き明かされています(理化学研究所生命医科学研究センターの免疫学者である佐藤尚子博士らが行った研究)。つまり、その人の体の中で足りないものを補い、あるいは多くなりすぎたものを抑える仕組みが漢方薬にはあるのでしょう」
■薬が「効きすぎる」可能性は低いが…
それでは漢方薬に“薬の効きすぎ”はないのだろうか?
大野教授は言葉を選びつつ、こう話す。
「バランスが崩れているものを元に戻すという仕組みで成り立っているのが東洋医学です。数多くの検証結果を確認しても、薬を服用するときに期待する効果が出すぎて困るということはないだろうと考えています。
例えば睡眠薬を服用して翌朝も眠くて……というような期待する効果(ここでは眠気)が過剰になる可能性は低い。ただし、望んでいない効果=副作用はありえます。それについては、本の監修にも携わった今津嘉宏先生にも取材してください」
実は同書の監修をしていたとは知らず、私はこのときすでに今津嘉宏医師にも取材を申し込んでいた。外科出身の今津医師は、漢方薬のみではなく西洋薬を含めて処方する臨床経験が豊富であるため、読者に有益な「薬の選び方」を教えてくれると思ったからだ。早速、今津医師が院長を務める「芝大門 いまづクリニック」を訪ねた。
後編につづく)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)

ジャーナリスト

1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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