■テレワーク実施率は、わずか13.3%
新型コロナ禍で一気に普及したテレワークだが、その実施率は思ったより低い。
筆者が企画、設計、分析に関わっている「いい部屋ネット 街の住みここちランキング(以下「住みここちランキング」という)」の設問には、働き方に関する設問がありテレワーク実施率を算出できる。
図表1は、2021年以降のテレワーク実施率を集計したもので(2020年・2019年は設問が無かった)、テレワーク実施率は2021年には18.9%だったが、2025年には13.3%に低下している。
類型でみても2025年の結果では、「ほぼテレワーク」は3.8%に過ぎず、テレワーク主体(出勤あり)が3.4%、出勤主体(テレワーク有り)が6.1%となっている。
テレワークという働き方は、メディアでの報道などから受ける印象よりもずっと少ない。
■テレワーク実施率が高いのは首都圏
テレワークの実施率は、地域や職種、業種でも大きな差がある。
住みここちランキングの個票データをさらに集計してみたものが図表2から図表6である。
地域別に見ると、首都圏(一都三県)のテレワーク実施率が23.4%と高いが、近畿圏(二府三県)では13.0%と全国平均並みになり、その他地域は8.1%と低くなっている。
職種別に見ると、会社経営者・役員が24.8%、会社員(管理職)が24.0%、正社員(技術・研究職)が20.7%、自営業・自由業が21.3%、派遣社員(技術・研究職)が21.9%、契約社員(技術・研究職)が23.6%、正社員(事務職)が18.8%、派遣社員(事務職)が19.8%、契約社員(事務職)が19.8%などとなっている。
一方、公務員は6%程度、製造・現場職は2%程度、パートは3.8%、アルバイトは6.7%などと低くなっている。
■社会全体で見れば一般的な働き方ではない
業種別に見ると、情報通信・ソフトウェア・インターネット業が55.6%と飛び抜けて高く、学術研究・専門・技術サービス業が28.1%、金融業・保険・リース業が18.9%と続いている。
一方、医療・福祉サービス業は2.9%、宿泊業・飲食サービス業は3.6%、運輸・郵便業は5.1%などと低くなっている。
企業の従業員数別に見ると、10人未満では14.4%と平均並みだが、10-49人では6.5%と低く、従業員数が多くなるとテレワーク率が上がり、従業員数が1万人以上になると24.6%になる。
そして、個人年収別に見ると、年収400万円未満では9.5%に過ぎなかったものが、年収が上がるにつれて上昇していき、年収800万円以上1200万円未満では26.8%になり、年収1200万円以上ではなんと95.4%となる。
ここまでの結果を見れば、テレワークとは、「首都圏」に多い、「大企業」で「情報通信・ソフトウェア・インターネット業」などのIT系業種を中心に、「会社役員」や「管理職」「事務職」「技術・研究職」といった人達に特有の、特殊な働き方であることはわかる。
テレワークとは、社会全体から見れば決して一般的は働き方ではないのだ。
■テレワークをしている人達の満足度は高い
テレワークは限られた人達の働き方だとしても、テレワークできる人達からの支持は根強いものがある。
例えば、日本生産性本部が2025年1月に発表した「第16回 働く人の意識に関する調査」によれば、2025年1月のテレワーク実施率は14.6%で、「自宅での勤務に満足している」が40.6%、「やや満足している」が47.4%、「自宅での勤務で効率が上がった」が24.8%、「やや上がった」が48.9%と非常に評価が高い。
「今後もテレワークを行いたいか」という設問に対しては「そう思う」が39.8%、「どちらかと言えばそう思う」が38.5%となっている。
■LINEヤフーやメルカリも…出社回帰の傾向
一方、経営側はそこまで単純ではなく、出社回帰の傾向も強い。
米国では、アマゾン・ドット・コムやJPモルガン・チェースといった企業が週5日の出社を義務付けたことがニュースになった。
日本でも、LINEヤフーが週1回の出社(カンパニー部門の社員)を、メルカリが週2日以上のオフィス出社を、アクセンチュアは週5日の出社ルールを定めたことがニュースになった。
従業員から見れば満足度の高いテレワークでも、企業が出社を要求するようになっている背景には、従業員間のコミュニケーションやイノベーションを阻害しているという見方が強いことがある。
実際、マイクロソフトは、早くも2021年9月の時点で、「The effects of remote work on collaboration among information workers」というレポートを発表しており、全社的なリモートワークによって従業員のコラボレーションネットワークが静的かつサイロ化し、異なる部署間の橋渡しが少なくなったこと、同期コミュニケーションが減少し、非同期コミュニケーションが増加したこともあって、従業員がネットワーク全体で新しい情報を取得、共有することがより困難になっている可能性がある、と指摘している。
■テレワークは過去の人間関係を消費している
テレワークという働き方は、新型コロナ禍で一気に普及したが、比較的昔からあった働き方だ。
それでも、いわゆるフルリモートと呼ばれるような、基本的にはオフィスに出社しない働き方が一定程度の比率に達したのは、新型コロナ禍以降のことになる。
オフィスに全く出社しないようなフルリモートの働き方は、最初は慣れない人が多かったが、VPNなどのネットワーク環境が整備され、Zoomなどのオンライン会議ツールが普及したことで浸透していった。
しかし、メールやSlackのような非同期コミュニケーションが中心で、たまにオンライン会議などがあるような働き方だと、それまで培われてきた人間関係がその基盤になっていることに気づく。
メールなどの文脈、行間を読み、どのように対応すればいいかを判断するには、メンバー間の相互理解と信頼関係が重要になるためだ。
その意味では、テレワークでは過去に培われた人間関係を消費しながら仕事が進められているという側面を持つ。
実際、新型コロナ禍で転職した人が、初めて新しい会社に出社したときに、会社にだれもおらず、途方に暮れた、という話を聞いたことがある。
さらに、当然歓迎会などはなく、オンライン会議で紹介されるだけで、すぐに仕事を始めたものの、同僚や上司との距離感の取り方が難しかった、という話も聞く。
また、ある会社では、オンライン会議が終わって会社の喫煙室に行ったら、さっき終わったオンライン会議の出席者と出くわした、という笑い話のような話もある。
■「同じ場」を共有することがイノベーションの基盤になる
既に多くの人が指摘しているが、イノベーティブな仕事ほど実はテレワークに向いていない。
それは、物理的に同じ空間を共有する【場】に居ることが、イノベーションの基盤になるからだ。
また、同じ場を共有していれば、お互いのコンディションや価値観、コミュニケーションの特性なども理解しやすい。
最近では、いわゆる「壁打ち」と呼ばれる、もともとはテニスや卓球で壁に向かってボールを打って練習することを意味していた言葉から派生した、アイデアを出したり、自分の考えていることを確認するような対人コミュニケーションが重要だという認識も広まっている。
「壁打ち」は、もちろんオンラインでも可能だが、同じ空間を共有し、お互いの表情や仕草を確認しながら、ホワイトボードに書き込みを行うような対面のほうが効果を発揮する。
最近では生成系AIを相手に壁打ちすることもあるようだが、こうしたイノベーティブな仕事にはやはり対面のほうが向いている。
■出社を組み合わせたハイブリッドへの移行
さらに、対面のほうが圧倒的にコミュニケーションの情報量が多く、アイデアが生まれやすいだけでなく、対面なら10秒ですむことがメールだと、メールを書くのに何分もかかり、返事が返ってくるのに何日もかかることがあるといった非効率さを生むこともある。
また、対面で同じ空間に居るとお互いの性格や考え方などの理解が進み、関係の質が向上し、関係の質が向上すれば思考、行動の質が向上し、結果も向上するという考え方もある。
だからこそ、イノベーティブな仕事を重視する組織ほど、対面の場を重視し、フルリモートから出社も組み合わせたハイブリッドへ移行している、というわけだ。
別の視点では、OJTは対面のほうがやりやすい、ということもある。日本では仕事は配属された部署の先輩が教えることが多いが、仕事を教えるには同じ場にいるほうが効率がいい。
例えば、業務システムの使い方を教えるにしても、オンラインよりも対面のほうが分かりやすく効率的だし、ちょっとした疑問を相談するにもオンラインだとわざわざ時間を設定したりする必要があるが、同じ場にいればすぐに声をかけられる。
こうした人材育成という観点でも対面のほうが都合が良いことが多い。
■社会を支えているのはテレワークできない仕事
オンライン会議の普及、出張の減少、飲み会や接待の減少といった変化は昔のような状態には戻らないと思われるが、変化しないこともある。
一番変化しないことは、そもそもテレワークできない仕事がある、ということだ。
本稿の冒頭で、テレワーク実施率はわずか13.3%に過ぎず、テレワークとは大企業勤務のホワイトカラーに見られる特殊な働き方だと述べたが、世の中はいわゆるエッセンシャルワークと呼ばれる医療、介護、保育、教育、公共交通機関、インフラ、物流、小売業などのテレワークがなじまない、できない仕事によって支えられているのだ。このことを忘れてはならない。
■データに見える「分断」
しかし、新型コロナ禍は意外なところに社会の分断があることを図らずも明らかにしてしまった。
筆者が企画、設計、分析を行った、大東建託賃貸未来研究所が2023年10月に発表した「新型コロナウイルスによる意識変化調査」では、テレワークの実施状況を詳しく分析している。そのなかに、「テレワークしている友人・知人が多い」という設問がある。
テレワーク実施者では、「テレワークしている友人・知人が多い」と回答したのは46.4%と高いが、テレワーク未実施者は12.8%と低い。
これは、テレワークしている人達としていない人達で、人的交流が少なく、社会が分断されている傾向があることを示している。
こうした背景が、テレワークという働き方が社会で普通の働き方だと誤解されることにも繋がっているのだろう。
さらに、フルリモートできない会社はだめな会社だと安易に非難したり、テレワークを一切禁止して週5日の出社を強制するのも考えものだ。
子育てや介護、個人の事情など働く条件も多様化していることを考えれば、同じ会社であっても部署や役割によって、テレワークと出社の比率を変えていくのが現実解だろう。
個人から見ても、組織から見ても、最適な働き方への模索はまだまだ続いていく。
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宗 健(そう・たけし)
麗澤大学工学部教授
博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。
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(麗澤大学工学部教授 宗 健)