スマホやタブレットはどのように使うのがいいのか。元Googleの人材開発責任者で起業家のピョートル・フェリクス・グジバチさんは「資産家ほどデジタルテクノロジーと距離を置いている。
彼らはテクノロジーの可能性をよく理解している一方で、その危険性を認識している」という――。
※本稿は、ピョートル・フェリクス・グジバチ『DIGITAL STANCE スマホに支配されない生き方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■「ネット以前に戻りたい」と話すApple共同創業者
テクノロジーは日常に欠かせない存在になった一方で、依存や情報過多が深刻なリスクを生んでいます。
では、スマホやSNSとどう向き合い、自分らしいバランスを保つべきか。答えは一人ひとり異なり、生活スタイルや価値観に合わせた選択が求められます。
興味深いのは、同じデジタル環境にいるにもかかわらず、人々がとるスタンスが多様である点です。これらのスタンスは、単なる「便利さ」や「効率性」を超えて、わたしたちがどのように生きたいのかを反映しているともいえるでしょう。
テクノロジーの発展を理解しながらも、あえて一歩引いて活用する姿勢をとる人々がいます。彼らはテクノロジーに振り回されるのではなく、自分の価値観や目的に合わせて取捨選択しています。その具体例を見ていきましょう。
スティーブ・ウォズニアックは、Appleの共同創業者としてパソコン革命を牽引し、世界中のテクノロジー業界に多大な影響を与えた人物です。
しかし、彼のデジタルテクノロジーへの向き合い方は、未来志向や技術革新を謳う業界の主流とは大きく異なります。
彼は現代のオンライン社会に強い懸念を示し、「ネット以前の時代に戻りたい」と発言するほどです。
彼の懸念の背景には、情報過多の社会において人々が何を失っているかという深い洞察があります。SNSのアルゴリズムが個々のユーザーに最適化された情報を流すことで、「自分が見たいと思う情報」だけを受け取り、異なる視点に触れる機会を失っているという現実があります。
さらに、彼は家族との時間をスマホが奪う現象にも警鐘を鳴らしています。多くの家庭では、夕食の場面でスマホが食卓に並び、家族が互いに会話をする代わりにそれぞれの画面に目を落としている光景に対し、「大切な瞬間がスマホによって奪われる」という懸念を示しています。
■ジョブズが子どもにiPadを使わせなかった理由
スティーブ・ジョブズは、Appleの共同創業者としてiPhoneやiPadを世に送り出し、現代のデジタルライフスタイルを形作った立役者です。しかし、彼の子育てに関するスタンスは、わたしたちが抱くイメージとは大きく異なります。
「我が家では、子どもたちがテクノロジーに触れる時間を非常に制限している。夜は一緒にテーブルを囲んで本を読み、議論をする時間を大切にしている」と彼は述べています。
ジョブズが自身の子どもたちにiPadを使わせなかった理由は、テクノロジーがコミュニケーションや思考力に与える影響を懸念していたからです。彼は、テクノロジーが子どもの好奇心を狭め、創造性や人間関係を築く力を奪う可能性を危惧していました。
このスタンスは、現代の家庭でよく見られる光景とは対照的です。
たとえば、親が静かに過ごしたい時間に子どもにタブレットを渡し、動画を見せることでその場をしのぐことが多くの家庭で一般的になっています。そのことを示す数字をいくつか共有しましょう。
■4歳までに60%の子どもがタブレットを所有
・2021年の調査によると、米国の「子どもがいる家庭」の80%がタブレットを所有している(※1)
・2023年の調査では、米国の6~12歳の子どもの62%が自分専用のタブレットを持っていると親が回答している(※2)
・2025年のCommon Sense Mediaの調査によれば、2歳までに40%、4歳までに60%の子どもが自分専用のタブレットを持っている(※3)
・8歳以下の子ども全体では、2025年時点で51%が自分専用のモバイルデバイス(タブレットまたはスマホ)を所有している(※4)

ジョブズの哲学は、このような状況に警鐘を鳴らすものでした。彼は、テクノロジーが子どもの好奇心を狭め、創造性や人間関係を築く力を奪う可能性を危惧していたのです。

(※1)https://www.census.gov/library/stories/2023/04/tablets-more-common-in-households-with-children.html

(※2)https://www.spglobal.com/market-intelligence/en/news-insights/research/children-in-the-us-tend-to-have-tablets-in-china-they-have-smartwatches

(※3)https://www.slicktext.com/blog/2023/01/30-key-screen-time-statistics-for-2022-2023/

(※4)https://www.k12dive.com/news/half-of-young-children-own-a-cell-phone-or-tablet/741318/
デジタルデバイスは、次々と新しいモデルが登場し、多くの人々がその最新技術を手に入れようと追い求めます。しかし、一部の資産家たちは、そのような流れとは一線を画し、意図的に「古いiPhone」や他の旧式デバイスを使い続ける選択をしています。
「自分にとって十分な機能があれば、わざわざ新しいデバイスに変える必要はない」とウォーレン・バフェットは語っています。
資産家が古いiPhoneを使う理由として最も多く挙げられるのは、「テクノロジーに振り回されない」という信念です。彼らの選択は単なる倹約とは異なり、消費社会に対する批評的な視点と深く結びついています。
■デジタルデバイスをほとんど使用させない学校
また、「シンプルな生活」を重視する姿勢とも関連しており、新しい機能やデザインに気をとられることなく、本当に必要なものだけを使うことに集中できるという利点があります。
情報セキュリティへの意識も理由の一つで、新モデルの初期的なセキュリティ問題を避け、実績のある古いモデルを信頼する傾向があります。
シリコンバレーといえば、最先端のテクノロジーが集結した、世界をリードする企業やイノベーションの中心地として知られています。


そのシリコンバレーの中心にありながら、デジタルデバイスをほとんど使用させない教育方針を掲げる学校があります。それが「シリコンバレー ヴァルドルフスクール(Silicon Valley Waldorf School)」です。
ヴァルドルフスクールでは、教育の初期段階においてタブレットやコンピューターなどのデジタルデバイスを一切使用しません。その根底にあるのは、「幼少期には現実世界での体験や人間同士の交流を優先させるべき」という考え方です。
これは、1920年代にオーストリアの思想家ルドルフ・シュタイナーが提唱した「シュタイナー教育」に基づき、世界中のシュタイナー学校で共有されている理念です。
■優先すべきは現実世界での体験
同校に子どもを通わせる親たちは、シリコンバレーで働くテクノロジーのプロフェッショナルが多いことでも知られています。彼らは、テクノロジーの可能性をよく理解している一方で、その危険性にも敏感です。
「テクノロジーは子どもたちが成長してからでも習得できる」と断言し、幼少期には現実世界での体験を優先しているのです。
個人のデジタル利用だけでなく、テクノロジーが社会全体に与える影響を考慮し、より大きな視点から対応を模索するアプローチもあります。これらは個人の選択を超えて、政策や規制、教育などの社会的な取り組みに注目しています。
近年、生成AIの進化は目覚ましく、特にChatGPTなどのAIツールは自然言語処理の分野で大きな飛躍を遂げ、日常生活やビジネスにおいても広く利用されています。
元Google社員で、「ヒューマンテクノロジーセンター」共同創設者でエグゼクティブ・ディレクターのトリスタン・ハリス氏は、AIの影響に対する深刻な懸念を表明しています。
(※5)彼は、AIが「人間の意識を操作する力を持ち得る」ことを警告しています。
(※5)https://www.sankei.com/article/20230408-GR2UEA77OFK4VK6EN72EHOIP34/
■各国で規制が始まっているワケ
AIの影響は単に買い物の選択や旅行の行き先といった表面的なものにとどまりません。人生観や価値観、行動パターンや意思決定の傾向といった、わたしたちの内面にまで浸透する可能性があるのです。
AIを正しく使うには、その出力を鵜呑みにせず、複数の情報源と照らし合わせることが重要です。また、AIの学習データの偏りを理解し、その限界を認識することも必要です。このような「見えない操作」の危うさを理解し、デジタル社会における構造を認識し続けることが求められています。
デジタルテクノロジーの進化は、わたしたちの生活をより便利で豊かにする一方、その影響力が強大であるがゆえに、新たなリスクや課題をもたらしています。各国が進める規制のアプローチを比較してみましょう(図表1)。
ヨーロッパは厳格な規制を通じて透明性と倫理性を追求し、アメリカは民間企業の革新力を活かして柔軟なアプローチを採用しています。日本はソフトローを活用した慎重なアプローチをとり、オーストラリアやブラジルは迅速かつ強力な対応を進めています。
各国のアプローチの違いは、その文化や社会状況、歴史的背景によるものですが、共通しているのはテクノロジーの可能性を最大限に引き出しながらも、社会的なリスクを抑制するバランスを模索しているという点です。
わたしたちは、これらの取り組みから多くを学び、テクノロジーとの適切な関係を築くうえでのヒントを得ることができるでしょう。


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ピョートル・フェリクス・グジバチ(ぴょーとる・ふぇりくす・ぐじばち)

プロノイア・グループ代表

TimeLeap取締役。連続起業家、投資家、経営コンサルタント、執筆者。ポーランド出身。モルガン・スタンレーを経て、グーグルでアジアパシフィックにおける人材育成と組織改革、リーダーシップ開発などの分野で活躍。2015年に独立し、未来創造企業のプロノイア・グループを設立。2016年にHRテクノロジー企業モティファイを共同創立し、2020年にエグジット。2019年に起業家教育事業のTimeLeapを共同創立。『ニューエリート』(大和書房)ほか、『0秒リーダーシップ』(すばる舎)、『PLAYWORK』(PHP研究所)など著書多数。

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(プロノイア・グループ代表 ピョートル・フェリクス・グジバチ)
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