2025年上半期(1~6月)の訪日外国人数は過去最速で2000万人を突破した。大前研一氏は「政府は2030年に訪日外国人数6000万人、消費額15兆円を目標に掲げるが、これを達成するためには宿泊施設不足の問題解決がマストだ」という――。

※本稿は、大前研一『ゲームチェンジ トランプ2.0の世界と日本の戦い方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■カプセルホテルやラブホテルに泊まる外国人観光客
日本が観光立国になるために必要なのは「安全性」「交通の便」「食と宿」という3つの条件を満たすことである(図表1)。
日本は安全性では、世界トップだ。ただし、交通の便について、国内は問題ないものの、東京、大阪、名古屋以外の地域は海外からのアクセスが悪い。食については慣れると日本食が好きになる人が多いが、宿についてはまったく足りていない。
外国から来た旅行者が「泊まるところがない」と言って、カプセルホテルやラブホテルに泊まり、珍しいとインスタグラムで発信して喜んでいるが、あまり褒められた話ではない。
■熱海でランチ難民が出やすい理由
東京から近い温泉地として知られる静岡県の熱海は500軒以上のホテルや旅館がひしめいているが、レストランが少ないのがネックとなっている。
海外では、夕食と朝食を泊まっているホテルでとることは非常に稀で、夕食は外に食べに行くか、ホテルに入っているレストランがよければそこで食べるのが一般的なスタイルだ。連泊したら、その組み合わせになる。
日本の旅館に連泊したら、二日目も同じ食事が出てきたりする。日本のように宿泊料金が「1泊2食付きでいくら」という体系になっている宿泊施設は、海外ではあまり見かけない。
熱海はほぼすべてのホテル・旅館が1泊2食付きというサービスを提供しているので、独立したレストランの経営が成り立たないのである。
連泊したら、昼食をとるところが少ないのだ。
■宿泊客の囲い込みは街全体の繁栄にはつながらない
このような日本独特のサービススタイルが一番進んだのは、「おもてなし日本一」として知られる石川県和倉温泉の老舗旅館「加賀屋」だ。ここは大きなビルを建てて、その中で食事も温泉も楽しめるほか、ロビーで毎朝朝市が行われる。つまり、宿泊者は外に一歩も出ないのだ。その結果、街が寂れてしまった。
そのようなやり方ではいけない。自分のところだけでお客を囲い込むようなことをしないで、熊本県の黒川温泉のように入湯手形を発行して、観光客が露天風呂を3軒まで楽しめるようにしないと、街の賑わいが戻らない。
(※注 2025年8月1日現在、加賀屋は能登半島地震の影響で営業停止中。2027年度末に営業再開予定を発表)
■100%絶景の島が人手不足でポテンシャルを発揮できない
「天国以外はバイクですべて行った」と豪語する私には、行くところはもう島しか残っていない。沖縄、佐渡島、壱岐、対馬など、ほとんどを旅したが、日本で一番風光明媚だと思う島は、鹿児島県薩摩川内市の甑島(こしきしま)列島だ。
薩摩半島の沖合約30キロメートルの東シナ海に浮かぶ離島で、串木野新港からフェリーで約1時間半である。ドラマ化や映画化もされた人気漫画『Dr.コトー診療所』のモデルになったことでも知られている。

甑島列島は、上甑島、中甑島、下甑島の3つの島から成る。上甑島と中甑島は山が低くてなだらかな一方、下甑島は対照的に山が高くて切り立った迫力ある断崖を持っているのだが、ユニークなのはこれら3つの島が橋ですべてつながっていることだ。
橋ができるまで、それぞれの島には個別に行かなくてはならなかったので大変だったが、現在では1日ですべて見られるようになった。甑島はどこをとっても絵になる。カメラスポットであることを示す看板まで置かれている。つけあげなどの山海の珍味も魅力的だ。
しかし、大きな問題がある。甑島の人口はかつて約1万人だったが、現在は約2000人と過疎化に苦しんでいることだ。人手不足のため島内にはホテルや旅館、レストラン、タクシーなどの移動手段が不足している。
前述したとおり、観光地としての魅力に溢れているのだから、やり方次第で海外の富裕層を引き付けることはできるはずだ。旅行者が増えれば、島にも人がまた戻ってくるだろう。
■インバウンド急増でパンク寸前の宿泊施設
前述したように、日本が最も弱いのは宿泊施設だ。
ホテル稼働率はビジネスホテルもシティホテルもともに80%という高稼働率で、宿泊施設不足が深刻となっている。
また、オーバーツーリズムも改善される見込みが立たず、「公共交通等の混雑対策」「マナー違反対策」「自然環境保護」「需要の分散周遊促進等」などの観点から、オーバーツーリズム対策モデル地域が指定されている。
■国の登録有形文化財が宿泊施設に変身
宿泊施設不足解消の手段としては、欧州観光地の宿泊施設が参考になるだろう。イタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ」(地域全体をホテルに見立てて、空き家や古民家などを客室やレストランとして活用する分散型宿泊施設)のようなものは日本でも導入可能であるし、寺院や城などの歴史ある施設も、宿泊施設として使用することが可能である。
今人気があるのは、江戸時代の匂いがする酒蔵を旅館にすることだ。たとえば、兵庫県朝来市にある「竹田城 城下町 ホテル EN(えん)」は、元々は400年以上の歴史がある、国の登録有形文化財にも指定されている酒造をホテルとしてリノベートしたものだ。
明治時代につくられた母屋や蔵、離れなどをそれぞれ特徴のある客室にしている。フレンチレストランでは地元の但馬牛や香住ガニなどの食材を使ったレストランを堪能できるほか、宿泊者専用のフリーラウンジでは、但馬の地酒をはじめ、ビールやシャンパン、赤白ワインやウイスキー、焼酎、ソフトドリンクなど、常時約15種類の飲み物が用意されている。
宿泊客はチェックイン日の15時から、翌日10時のチェックアウトまで、観光の合間の休憩やディナー後のリラックスタイムなど、自分の好きなタイミングでお酒を満喫できるようになっている。
■欧州では歴史的建造物を宿泊施設へ転用するのが一般
このような歴史的建造物をリノベーションして宿泊施設として活用するケースは、欧州にも数多く見られる。
たとえば、ドイツでは、シュロス(城)などをリノベーションして、宿泊施設として活用している。ライン川沿いにそびえる古城ホテル「ロマンティックホテル・シュロス・ラインフェルス・ザンクトゴアール」は13世紀に建てられた要塞をホテルに改造したものだが、眺めのよいレストランのほかに、プールやサウナなどの設備も充実している。

また、歴史を物語る破壊された部分は博物館として公開されている。宿泊料は非常に高額だが、多くの人々から選ばれている。
また、フランスのアルル地方にある「ジュール・セザール・アルル・ホテル」は、17世紀につくられたカルメル会修道院を利用した高級ホテルである。2014年に全面改装され、多くの観光客の受け入れに成功した。内装はフランスのファッションデザイナーであるクリスチャン・ラクロワ氏が手がけている。テラスつきのハイエンドのレストランや、屋外温水プール、スパなども備えている。
欧州の観光大国では、このようなやり方で宿泊施設不足問題を解決しているのだ。

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大前 研一(おおまえ・けんいち)

ビジネス・ブレークスルー大学学長

1943年生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号取得、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号取得。日立製作所へ入社(原子力開発部技師)後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し日本支社長などを経て、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長を務める。近著に『世界の潮流2023~24』(プレジデント社)など著書多数。

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(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一)
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