※本稿は、牧野知弘『不動産の教室』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■築年数が経っても価値が上がり続ける「ヴィンテージマンション」
ヴィンテージ(Vintage)とは、「古くて価値の高いもの」あるいは「年代もの」などという意味があり、もともとは質の高い年代もののワインなどに使われた表現です。
ファッション業界でもジーンズや古着などで価値の高いものに対して「ヴィンテージもの」などといわれます。
このヴィンテージが最近ではマンションなどにも使われるようになりました。
ヴィンテージマンションとは時代を経ても、価値が減じることなく、むしろ維持、上昇していく希少性の高いマンションを指す称号になってきています。
マンションは建物自体がどうしても経年劣化します。しかし、その劣化分を補って余りある評価を得ているのがヴィンテージマンションです。
私が考えるヴィンテージマンションは、
①立地グレード
②築30年以上
③建物デザイン、建材、内装材の質
④敷地内および周辺環境
⑤建物管理(メンテナンス、設備更新)
⑥住民の質
といったところでしょうか。
■元工場街、倉庫街のマンションはヴィンテージたりえない
立地については、東京でいえば港区、渋谷区、千代田区、目黒区、文京区のグレードが高いことは超高額マンションの分布状況をみてもあきらかです。
建物の築年数については、やはりある程度の年数がたったもののほうが、地域に根差した落ち着いた佇まいになるように感じますし、歴史や文化の香りを感じることができます。ここでは勝手に築30年以上とします。
建物デザインや建装材については個別性が極めて高くなります。
建物の外装や内装にやたらおカネを掛ければよいというものではありませんが、高品質でデザイン性に優れた部材を使った建物であることが求められます。
また敷地にゆとりがあって、緑が多く、周辺環境が閑静なことも条件になるでしょう。タワマンがたつような元工場街や倉庫街ははじめから含まれないことになります。
高品質な建物であっても経年劣化しますが、劣化を極力抑えたメンテナンスや時代に応じて進化する設備を適宜更新していくことも、マンションの価値を保つ上ではとても大切なことです。
■富裕層は本当に良いものを長く大切に使う
そして最後に、やはりマンションに住む住民の質でしょう。
ヴィンテージマンションの住民には生活のゆとりやそこから生じるおおらかさのようなものがあります。彼らはもともと裕福な方々なので、中古価格の上下動に一喜一憂などしません。
ヴィンテージマンションの良さは、ここでいう①から⑥までの要素を兼ね備えるがゆえに、価値が落ちにくいことに特徴があります。
不動産価格はどうしても世の中の景気に影響を受けます。
しかしヴィンテージマンションの多くは、一時的に中古価格が下がっても、下がり幅が小さく、不動産価格の上昇期には大きく吹き上がる性質があります。
そうした意味では中長期で所有するメリットは大きく、投資でも、実際に住むのでも価値の高いマンションといえるのです。
本来の富裕層はこうしたヴィンテージマンションを好む傾向にあります。日々の流行に流されることなく、本当に良いと思うものを長く大切に使うのです。
通常のマンションは、築30年も経過すると建物の劣化はもちろんのこと、特徴のない建物デザインや古くなった設備も修繕や更新が遅れ、住民間の経済格差も顕著になり、管理組合総会でも高騰する修繕費の支払いなどを巡って紛糾しがちです。
相続が起こっても相続人は「そんなボロマンションはいらない」といって相続登記すらせずに雲隠れする。
大きな違いがここにあるのです。
■富裕層のマンションは人がほとんど入れ替わらない
富裕層が好むマンションでは所有者があまり入れ替わらないという特徴があります。一見すると富裕層は次々とマンションを買い替えて財を成しているように見えますが、ここでいう「入れ替わらないマンション」とは自身が住んでいる超高級マンションのことを指します。
彼らは自身が住むマンションと投資用に所有するマンションを明確に分けています。そして自身が住むマンションについては、基本的に手放さないのです。
なぜなら、吟味に吟味を重ねて取得したマンションなので、心から気に入って住んでいるからです。もちろん買い替えをすることはありますが、買い替え先についてもじっくりと考えて選びますので、基本的には住まいをころころと替えるようなことはしません。
■タワマン住人との「質の差」
一般のマンションですと、築年が経過するにつれて建物の老朽化だけでなく住民の高齢化がすすみ、資産価値の低下を避けることができません。
管理組合内の意見も保守的になり、新しい意見は採用されることはなく、物件の流通性は急速に失われていきます。
ところが本来の富裕層が住むマンションでは、住民間での付き合いも古く、コミュニケーションも保たれ、また時代の経過を伴っても、住民間の経済格差はあまりつきませんので、十分な修繕や設備の更新ができます。結果として資産価値の維持、向上が期待できるのです。
こうしたマンションでは建替えを行うのも容易です。
長く所有者構成が変わらず、いずれも相応に金融資産を保持する人ばかりであれば、追加の建て替え費用が発生しても、建て替え期間中に少し長期間の転居を伴うケースになっても、柔軟に対応できるからです。
ある新宿区内のヴィンテージマンションの建て替えでは、所有者の多くが最初の所有者の2代目、つまり相続人たちで、子供の頃に育ったマンションの建て替えには積極的に賛成したといいます。
近時、富の象徴と言われるタワマンは、果たしてどのような経緯を今後たどるのでしょうか。
ヴィンテージマンションとは異なり、購入者は外国人や投資家、あるいは節税対策として買っただけの、いわば「住む」ことに拘りのない人たちが所有者の大半です。
こうした建物は本来、富裕層の館になる称号を得る資格がないのかもしれません。
■価値が上がり続ける「広尾ガーデンヒルズ」
東京渋谷区広尾にある広尾ガーデンヒルズは、東京都内でヴィンテージマンションの名をほしいままにしているマンションです。その内容をみてみましょう。
まず立地ですが、この地は江戸時代、堀田備中守の屋敷のあったところです。
この地は日本赤十字社が1891(明治24)年に病院を開設します。ところが病院が老朽化したために、建て替え資金を確保するため、1972年に敷地の半分をデベロッパーに売却したのです。
買い手は住友不動産、三菱地所、三井不動産という大手デベロッパー3社がそろい踏み、これに第一生命保険を加えた4社連合で落札します。
■坪単価300万円が1300万円に
敷地面積6万6272m2(約2万坪)の広大な敷地に、1982年11月から87年2月にかけて15棟1181戸のマンションが建設、分譲されました。
当初の分譲価格ですが、坪当たり250万円から300万円程度、分譲最終期の最も高い住戸でも420万円程度でした。25坪で6000万円台から7000万円台、当時のエリートサラリーマンが何とか背伸びして買うことができる程度の価格だったのです。
現状はどうでしょうか。
2025年3月現在、広尾ガーデンヒルズの中古相場価格は、棟や住戸面積によって異なりますが、おおむね坪当たり1300万円台です。築40年を超えたマンションで新築分譲時より価格が4倍以上になっているのです。
この広尾ガーデンヒルズに遅れること数年、神奈川県横浜市泉区緑園都市に三井不動産と相模鉄道が開発したサン・ステージ緑園都市というマンションがあります。
平成バブルが真っ盛りの1988年から1991年にかけて、相鉄いずみ野線「緑園都市」駅前で開発され、西の街6棟638戸、東の街11棟1162戸が分譲されました。
現状ではどちらの街でも中古相場はおおむね坪当たり150万円から200万円強です。広尾ガーデンヒルズとほぼ変わらない築年で、価格は分譲時の価格を2割から3割程度下回っています。
■郊外のマンションで資産価値を維持するのは難しい
なぜこの2つの大規模開発マンションを比較したのかと言えば、物件を実査してみると、どちらのマンションも建物の仕様には、大きな違いがないということです。
どちらの物件も広大な敷地にケヤキなどの大木や鬱蒼とした緑に囲まれた瀟洒なマンションであり、駅からは徒歩数分でアクセスができます。建物仕様だけでいえば、緑園都市東の街のほうがやや良いのではないかと思われるほどです。
同じような歳月を経てこれだけの差になるのがヴィンテージマンションと普通のマンションの大きな違いなのです。
広尾ガーデンヒルズは東京メトロ「広尾」駅徒歩5分。都心居住で、緑あふれる広大な敷地、周囲にはお洒落な飲食店やカフェ、雑貨店が並び、六本木、渋谷や銀座、日比谷、有楽町にも楽々アクセス。常に富裕層の憧れの存在であり続けるのが広尾ガーデンヒルズです。
緑園都市も相鉄線の東京乗り入れで鉄道路線としての地位を高めていますが、横浜市郊外のマンションで築40年を迎えようとする物件で資産価値を維持するには限界があるのです。
■住民全員でマンションの価値を大切にする心が必要
ヴィンテージマンションの魅力とは、基本的にはおカネに苦労をしていない人が穏やかに住んでいるという、いわば人生の余裕を感じさせる、そんなマンションです。
マンションの資産価値を声高に叫び、上層階の住民が下層階の住民を馬鹿にするだとか、共用施設の使い方をめぐって住民間でトラブルが絶えないようなマンションは、ヴィンテージマンションとは到底呼ばれないものなのです。
ヴィンテージマンションに住むには、ヴィンテージであることに誇りを持ち、みんなでマンション全体の価値を大切にする心が必要になります。
たいていのヴィンテージマンションは、古い建物であることから管理費や修繕積立金が、目の玉が飛び出るほどお高いです。またマンション内のルールも厳しいところが多く、住民も高齢層が多いため、若いファミリーは腰が引けるかもしれません。
しかし、ロビーに飾ってあるちょっとした絵画が有名画家のものであったり、ソファが超高級家具店のものであったり、「良いもの」に対する審美眼がなければ、ヴィンテージマンションに住むことの誇りを感じることができないものです。
したがって「管理費が高すぎる」「経費の節約」「ルールをもっと時代に合った合理的なものに」といったことが気になり、提言したい人にとっては、必ずしも住み心地が良いマンションとはいえないかもしれません。
■「マンションの値上がり」なんて気にしない人が多い
ヴィンテージマンションに住むことのもう一つの楽しみは、住民です。
ここに住む住民はただの高齢者ではなく、人生においてそれなりに成功してきた人、あるいは代々にわたり栄華を誇ってきた人たちです。
お金持ちの人たちが日々何を考え、どんな生活をしているのか、またその仲間入りをすることで自分の人生にも彩りが加わるのは、ヴィンテージマンションに住む醍醐味ともいえるものでしょう。
有名な会社経営者、医師、弁護士、芸術家、大学教授などそれぞれの分野で活躍してきた人たちから学ぶものはとても大きなものがあります。
そんな人たちを前にして「マンションの値上がりガ~」などという話題はご法度なのです。
■最初の東京五輪の年に建てられたマンション
ヴィンテージマンションについて具体的な事例をご紹介しましょう。
東京文京区春日に川口アパートメントというヴィンテージマンションがあります。
最寄り駅の東京メトロ丸ノ内線「後楽園」駅から徒歩10分ほどの高台に佇むマンションです。竣工は1964(昭和39)年9月。最初の東京五輪が開催された年です。
個人名が冠されていますが、この建物は直木賞作家川口松太郎氏の自宅があったところです。江戸時代には水戸藩の屋敷が近くにあり、ここを自宅としていた川口松太郎氏が建て替えを機に、賃貸および分譲マンションにしたものです。
地上5階、地下1階建、総戸数88戸、竹中工務店の施工です。設計は吉村順三氏の弟子、橋本嘉夫氏によるもので、共用部の空間デザインや細部にわたる素材へのこだわりを感じさせる物件です。
この建物の企画運営に携わったのが松太郎氏の長男、浩氏です。川口浩といえば、昔懐かしいテレビ番組「川口探検隊」を思い出す人がいると思いますが、俳優であった浩氏もこのマンションに亡くなるまで居住していました。
■管理費・積立金は月額16万円超
さてこの物件ですが、堅牢な鉄筋コンクリート造で、春日の邸宅街の中にあってひときわ存在感のある建物です。管理は自主管理されていて、共用部もよく手入れが行き届いています。2025年3月現在の中古価格は坪当たりで200万円前後。春日周辺の中古マンション相場からいってもかなりリーズナブルです。
販売サイトに掲示されている物件で146m2(約44坪)7980万円。なんと坪単価は180万円です。建物自体はさすがに築61年。コンクリート打ち放しの壁面バルコニーにもひび割れが目立ちます。それでもリノベーションを施せば住み心地はかなり改善するでしょうし、なんといっても文京区の高台。地上5階建ながら眺望は抜群です。
ネックになるのが管理費、修繕積立金です。この物件の概要をみると月額管理費は9万6250円、修繕積立金は7万1160円、合わせて16万7410円です。これでは住宅ローン返済額に加えてさらにローンを負っているレベルです。
そうです。好きな人が買って、大切に住まいを管理していくのがヴィンテージマンションなのです。この毎月の負担額に全く動じることなく生活できるお金持ちだけが住むことができるのがヴィンテージマンションなのです。
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牧野 知弘(まきの・ともひろ)
不動産事業プロデューサー
東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産事業プロデュースを展開している。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『家が買えない』(ハヤカワ新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)『空き家問題』『なぜマンションは高騰しているのか』(いずれも祥伝社新書)など。
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(不動産事業プロデューサー 牧野 知弘)