深い悲しみから立ち直るにはどうすればいいのか。精神科医の藤野智哉さんは「感情を自分でコントロールできている感覚があると不安は和らぐ。
意識的に涙を流す『涙活』は有効かもしれない」という――。
※本稿は、藤野智哉『嫌な気持ちにメンタルをやられない 不機嫌を飼いならそう』(主婦の友社)の一部を再編集したものです。
■悲しみから目をそらすためのルーティンを決めておく
怒りは6秒をピークに徐々に薄らいでいきますが、悲しみはもう少し長いスパンで続くものなので、なかなか消えないかもしれません。
悲しみを早く消したいなら、いくつか方法があります。
まず一つは「ディストラクション」。その感情から無関係の物事へと注意をそらそうという考え方です。
「考えたくないな」と思った時点で、もうそこに意識が向いてしまっているわけなので、ネガティブなことが頭に浮かんできたとき、ほかに考える話題ややることを事前に決めておくのです。ハワイで過ごしている自分を想像する、掃除をするなど、注意を移していくことは気分の回復によい影響があるといわれています。
もう一つは「認知的再評価」で、悲しみの原因に新しい意味を見いだしたり、ポジティブな解釈を加えたりする方法。この体験が自分を成長させてくれる、自分にとって何か役立つ経験だと考えるなど、別の観点からとらえ直すことです。
悲しみは大切な家族との死別などからも生じる感情ですが、そうした喪失体験について意義を見いだした人は、そうでない人に比べて6カ月後のうつ傾向が低かったという研究データもあります。
■「私は今、悲しい」と認めて受け入れる
また、自分の考えを書き出し整理していくという方法もあります。

「こんなことがあって悲しい」など、具体的に書けるのであれば書き出します。さらに、それについて今後どうなっていくであろうと思っているか、どうなっていったらどう困るかなど、いろんなことを書けるようになるともっといいですね。
でもまずは、「こういうことがあって、私は今、悲しい」ということを認識し、あるがままの状態を受け入れるところからスタートするのが肝心です。
それができているということは自分の状態を把握できているということで、コントロール感が少しもてるということ。その状態のとき、身体的にどんな反応が出ているか……涙が出てくる、頭が痛くなってくるなども書いて把握しておくと、「涙がまた出てきたな」「また感情に支配されているな」というふうに考えられるようになったりします。いつかは「また悲しみちゃんが来ちゃったか~」くらいに感情を乗りこなすことを目指したいですよね。
■悲しみに浸って整理する時間も必要
ちなみに僕自身は最初に挙げたディストラクションを実践しています。
やることを決めているわけではありませんが、悲しいことがあったときは何かほかのことをやります。何もせずにいると絶対にそこへ意識が向きますが、ちょっと忙しくなるとそんなことを考えている暇がなくなりますから。
そもそも、悲しみは早く消したほうがいいものかという疑問もあります。
抑うつ的になってしまい食事もとれないなど病的な状態なら話は別ですが、そうでなければ、必ずしも早く消し去ったほうがいいとは限らないと僕は考えます。「喪に服す」という言葉があるように、悲しみに浸り整理する時間が、人によっては必要なこともあるからです。

悲しみは人間として自然な感情なので、無理にすぐ消し去ろうとせず、その人の中で整理がつくまで浸ることが必要なときもあると知っておきましょう。
■あえて泣ける映画を観るのは効果がある
「悲しいときは何をしたらいいですか?」と質問されることがありますが、悲しいときに悲しい音楽を聴いたり、悲しい映画を観たりする人、意外と多いですよね。近年は「涙活」なんていうものもはやって、意識的に涙を流す人も増えているようです。
悲しいときに悲しみを惹起するような音楽や映画に触れたくなることはパラドクス(=逆説)として知られており、感情によって感情の制御をする「情動制御の報酬」などが影響しているといわれています。
放っておいたらただの悲しい感情ですが、自らあえて悲しい音楽を聴いたり悲しい映画を観たりして泣くというのは、自分でコントロールしている悲しさです。自分の意思で泣くことにより、自分の意思で自分自身をコントロールしているという感覚が保てるわけです。
また、音楽を聴いて泣く場合は日常では得られない悲しみ、ちょっと違った種類の悲しみを感じて非現実世界を味わえるという報酬があったり、そこからかき立てられて生じる悲しみの世界を体験できるという想像の報酬もあったりします。
だから意図して泣くのは、そんなに悪くないことなんじゃないかと僕は思います。
■感情のコントロール感を持てると不安が和らぐ
感情に支配されて行動するとろくなことにならないから、感情のコントロール感をもつことは大切です。
動物的には感情に支配されることが正解かもしれませんが、僕たち人間は社会の中で生きているので、感情に支配されるとうまくいかないことが多いですし、感情をコントロールできている感覚があると不安が少し和らぐなど、いい作用があると思います。
特に悲しみって、コントロールできない事象によって引き起こされることが多いですからね。
もちろん、本当に悲しいときは感情も涙もコントロールできないと思います。
泣きたくないのに涙が止まらない……それはもうどうしようもありません。
それが誰かにすさまじい迷惑をかけることになるなら別ですが、誰かに迷惑をかけるわけではないのなら泣き続けてもいい。泣くというのは、それ自体が一つの感情表出ですからね。
■涙は人間にとってひとつの武器である
涙は一つの武器だし、無意識下での人へのアピールでもあるし、危険を知らせるものでもあります。
人間は小さい頃から泣いて親におむつを替えてもらおう、ご飯をもらおうとしているわけで、無意識にそういうことができるんです。ある程度成長すると、今度はむしろ戦略的にわざと駄々をこねてみたりしますが、それは子どもが正直だからです。
一方、大人が涙を流すと「あざとい」なんて言われたりしますが、あざとさも武器。特に交渉事においては圧倒的に有利です。
涙は怒りよりはトラブルになりづらいし、感情をコントロールしているぞという感覚がもてれば、感情に支配されている人よりも生きやすくなると思います。
■「今日は話を聞いてほしい」とはっきり伝える
人間は自分の話を聞いてほしい生き物。そして人間関係においては感情共有が大切です。
いいことも悪いことも、感情を共有することで社会的な会話が生まれ、感情をコントロールでき、集団の相互理解が深まっていきます。
また、感情を共有したいというのは「自分の感情や経験したことを共有したい」ということであり、言語化することによって思考が整理されるという作業でもあります。
この会話は何のためのものか、という視点をもってみると話がスムーズに進むことがあります。つまり、今日の話の主役は誰なのか、自分の役割は何なのかってことです。
悲しみの中にいる人から「話を聞いてほしい」と言われたら、その日の話の主役は相手です。あなたは「今日は、この悲しんでいる人の話を聞いてあげるのが私の役割。それによってこの人の思考の整理を手伝ってあげるんだ」くらいの気持ちで臨むのがいいと思います。
もちろん毎回の会話でそんなことを考えていたら疲れてしまいますし、自分が話したいときもあるでしょう。
それを相手が察してくれるとは限らないので、話したいときは「今日はいっぱい話したいから聞いてほしい」とはっきり言葉にして伝えましょう。
お互いの領域や感情を尊重し合える関係を大切にしましょう。
■相手の話をジャッジしない傾聴の技術
聞く役割の際は、「悲しかったよね」「大変だったね」という共感のリアクションをきちんと示すことも大切です。感情の共有は、ときに発言の内容よりも意味をもちます。「あなたの気持ちが私にもわかります」という姿勢を示し、相手をむやみに否定しないことが重要です。

「それはおかしいよ」「こうすればよかったのに」など、自分のジャッジを相手に押しつけたくなってしまいますが、この会話における自分の役割を考えましょう。相手の感情を否定せず、「当然だよね」という共感を伝える練習をしていきましょう。
これが「傾聴」。相手の話をむやみに評価したり否定したりせず、共感しながら理解しようとするコミュニケーション技術です。
たとえば、友人から「子どもが学校を休みがちで悲しい。私の育て方が悪かったのかな」と相談されたとします。
この場合、子どもが休みがちであることには「大変だよね」と共感。でも、「私の育て方が悪かったのか」は他人にはわからないことなので、そこに対して「そうだよね」「そんなことないでしょ」というジャッジは不要です。
そうして話しているうちに相手は、「悲しい」という言葉に隠れた自らの「不安」や「つらさ」に気づき吐露できるかもしれません。自分や他人の感情を自身だけで正しく分析するのはとても難しいことなのです。

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藤野 智哉(ふじの・ともや)

精神科医

産業医。公認心理師。
1991年愛知県生まれ。秋田大学医学部卒業。幼少期に罹患した川崎病が原因で、心臓に冠動脈瘤という障害が残り、現在も治療を続ける。学生時代から激しい運動を制限されるなどの葛藤と闘うなかで、医者の道を志す。精神鑑定などの司法精神医学分野にも興味を持ち、現在は精神神経科勤務のかたわら、医療刑務所の医師としても勤務。障害とともに生きることで学んできた考え方と、精神科医としての知見を発信しており、X(旧ツイッター)フォロワー9万人。「世界一受けたい授業」や「ノンストップサミットコーナー」などメディアへの出演も多数。著書に3.5万部突破の『「誰かのため」に生きすぎない』(ディスカヴァー)『自分を幸せにする「いい加減」の処方せん』(ワニブックス)、『精神科医が教える 生きるのがラクになる脱力レッスン』(三笠書房)などがある。

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(精神科医 藤野 智哉)
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