怒りや不安を感じたとき、どうすればいいか。精神科医の藤野智哉さんは「ネガティブな感情を抑え込もうとするとストレスになってしまう。
無理して常に機嫌よく振る舞う必要はない」という――。
※本稿は、藤野智哉『嫌な気持ちにメンタルをやられない 不機嫌を飼いならそう』(主婦の友社)の一部を再編集したものです。
■「機嫌がいい」とはどういう状態か
「できればいつも機嫌よくいたい」。そう思う人は多いでしょう。
では、「機嫌がいい」とはどういう状態でしょうか。
医学的に「機嫌がいい」という状態が定義されているわけではないのですが、心理学の分野の一つである感情心理学では「気分(mood)」という言葉を使うことがあります。「感情」はその瞬間瞬間の短い揺れ動きですが、「気分」は感情よりも長く続くものとして扱われます。だから「機嫌がいい」というのは、「いい気分が安定して持続していること」ともいえるかもしれません。
いい感情が持続している間は、ほほ笑みが出たり、声のトーンが上がったりもするでしょう。そうした表情や声などさまざまな情報から、周囲の人は「あの人は機嫌がいい」と判断していることになります。
ただ世間では、怒りの感情などネガティブな感情がわかりやすく表出しないことを機嫌のよさとしがちなのではないかと思います。
■機嫌よくいることがマナーになってしまった
もちろんまったく怒りが生じない人なんていませんが、その怒りを表出してしまうと機嫌悪く見える、逆に、怒っていても怒りを表出しない人は機嫌よく見える、ということです。

本来感情はいろんなサインとして表出されるものなので、怒りだってどうしても漏れ出てしまうわけですが、そうしたサインの出ていないことが機嫌のいい状態とされ、何ならわざとらしくでもハッピー感を出していたらもっと機嫌がいいと思われるわけです。
最近はそうして機嫌よくいることがマナーのようにいわれます。でも僕は、いつもいつも機嫌よくいる必要があるとは思いません。周りの人にとっては、上機嫌が持続してくれているほうがいいに決まっています。でも本来は感情に従うのが動物的であり、怒りが湧いてきたら怒りを出すのが自然なわけです。
人間は社会に適応するため怒りなどを抑えて生きていますが、それが自分にとってストレスになることもあります。本当は腹が立っているのに我慢しなきゃいけないわけですから。
■ポジティブでいると疾患リスクは下がる
人間なんだから、怒りが湧いたり不機嫌になったりするのは当然。出し方を工夫する必要はありますが、必ずしも他人にとって都合のよい上機嫌をずっと演じる必要はないと思います。
逆に、ずっと上機嫌に見えるのは、感情を抑えてそう装っているだけかもしれません。はらわたが煮えくり返っているけれど、それを表出していないだけで機嫌がいいと誤解されている可能性だってありますからね。
心理学には「気分一致効果」という理論があり、喜びなどのポジティブな感情が生じているときはポジティブな記憶が蘇りやすいといわれています。
だから機嫌よくいるほうがハッピーなことを思い出して上機嫌でいられるということです。
心理学の一領域であるポジティブ心理学でも、まだまだ強固なエビデンスではないのですが、ポジティブ感情が死亡率やさまざまな疾患への罹患率の低さに影響するともいわれています。ポジティブな考え方をしているほうがいろいろな疾患のリスクが減るとされているのです。
そんなわけで機嫌よくいられるならそれに越したことはないけれど、いつもそうじゃなきゃいけないということは全然ないと僕は思います。
■機嫌よく振る舞えないときは約束を断っていい
体調が悪かったり、気持ちが落ち込んでいたりするときは、どうしたって機嫌よくは振る舞えませんよね。
そんなときに友達と会う約束や会合の予定があったとしたら、どうしますか? 本当は断りたいのに、「ドタキャンしたら友達に縁切りされちゃうかも」「もう誘ってもらえなくなるかも」と、ためらってしまう人もいるかもしれません。
でも僕は、断るのはありじゃないかなと思います。それで切れてしまうような関係なら、どうせどこかで切れますから、「早めに切れてよかった」と思うのも一つの考え方です。
それに、無理して出かけて機嫌よく振る舞えなかった結果、それで嫌われる可能性だってありますよね。機嫌がいいふりをしたり、イライラをコントロールしたりするには余裕が必要ですから、そういう余裕がないときはそれで嫌われることを避けるため、戦略として約束を断るのもありじゃないかなと思います。
調子の波は誰にでもあって当然なのに、隠そうとする人がけっこう多いんですよね。でも相手にさらけ出してみたら、「私もそういうときはあるよ」「わかる、わかる」と共感を得られることもあるわけです。

だから言える範囲で正直に理由を伝え、それで体調を心配してくれるわけでもなく縁を切られるようなら、無理をしてまでつなぎとめる必要がある関係なのか考えてみてもいいと思います。
■自分の調子に合わせて居場所が変わるのは当然
ただ、断るときは伝え方を工夫したほうがいいかもしれません。断るかどうかを迷うよりも、どうすれば嫌じゃない感じに断れるか考えるほうにエネルギーを割くほうが、うまくいくことがあるような気もします。
「今回はごめんね。体調がよくなったらぜひ参加したいので、次回また誘ってもらえるとうれしい」
これからも交流を続けていきたいのであれば、そんなふうに次につながる言葉で伝えるのがいいと思います。今回は行けないけど相手のことを嫌いなわけではない。事象と感情を分けてはっきり伝えることが大切です。
人との関わりを失うのは寂しいと思うかもしれませんが、自分の居場所って、年齢や自分の調子などによって変わっていくものです。
以前はそこにいるのが心地よかったけれど、体や心がしんどくてドタキャンすることが増えてくると、ドタキャンが許される界隈に身を置くほうが意外と心地いいな……ということもあったりします。
■「今日はしんどくて」と言える関係を大事にする
「環境を変えちゃダメだ」と思い込んでいる人が多いように思いますが、つき合う人間が変わっていくことは何も悪いことじゃありません。
長いつき合いでも、お互いに体がしんどければゆるい関係に移行することだってあるでしょう。「実は私もそういうときがあるから」と、本音が言いやすくなることもあるかもしれません。

もし関係が切れたら、新しい方向に進めばいいだけ。お互いに無理なく理解し合える関係を大事にしていくのがいいと思いますよ。
■「いつも機嫌がいい人」と思われるメリット
必ずしも機嫌よくしていなくてもよくない? と僕は思っていますが、不適切な感情表出によってトラブルが起こりやすくなるのも事実。機嫌よくいれば、キレてトラブルになったり、泣きわめいて後悔したりすることが減るので、自分のメンタル的にもしんどくなりづらいという面はあるでしょう。
それに基本的には、みんな機嫌のいい人のことが好きですよね。だから機嫌のいい人は、人に好かれやすくなったりするでしょう。みんなに好かれるのがはたしていいことかという話もありますが、好かれて悪い気がする人は多くないと思うので、やれる範囲で機嫌よくやってもいいんじゃないかなと思います。
ポジティブ心理学には、心理学者のバーバラ・フレドリクソンが提唱した「拡張形成理論」というものがあります。ポジティブな感情がいろんなことへの興味を生み、それによって行動や思考の幅が広がり、スキルが増えて人として成長し、人生が豊かになっていくという考え方です。機嫌がいいということにも、そういった側面があるのではないでしょうか。
僕自身に関していえば、職場ではなるべく機嫌よくいようと心がけています。
それには理由があって、僕が研修医で循環器内科を回っていたとき、田中先生というドクターがいつも病院のピッチ(医療用携帯電話のPHS)に「はーい田中です」って、めちゃくちゃ穏やかに出ていたんです。

循環器内科なんてとても忙しい科なので、せわしく出てもおかしくないのに、田中先生は夜中などにコールをしても優しく出てくれる。僕はそれから田中先生のまねをして、ピッチに穏やかに出るようになりました。
そうすると看護師さんの側も報告がしやすかったりするし、「はーい」と機嫌よく出られると相手も僕もそんなにイライラできないと思うんです。
■どんな相手に対してどんな自分でいたいのか
僕はよく「力を抜いて」と言いますが、体の力を抜いているときはそんなに気合が入れられません。それと同じで、「はーい」と電話に出ているときはそんなに気合が入れられないから、どんな報告でも怒らずに聞けるんじゃないかな、とも思っています。
病院の人たちに聞いたら、「全然そんなことないよ」って言われるかもしれませんけどね(笑)。
僕の本来の性格にはせっかちな面もあるので、装っていないとせっかちな部分が出ちゃう。だから、あえてそうしているところがあるかもしれません。
つまり、なるべく機嫌よく見えるように装っているということです。
何が何でも機嫌よくいなきゃいけないなんてことはありませんが、機嫌よくいれば得られるメリットがあり、不機嫌だと損しちゃうこともあるかなと思っています。
でも、精神科医として患者さんに対するときは当然ちょっと変わってきます。患者さん全員に「はーい」なんて言っていると、うまくいきっこありませんから。
あなたはどんな相手にどんな自分でいたいのか、考えてみてください。
それがまた難しいんですけどね。

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藤野 智哉(ふじの・ともや)

精神科医

産業医。公認心理師。1991年愛知県生まれ。秋田大学医学部卒業。幼少期に罹患した川崎病が原因で、心臓に冠動脈瘤という障害が残り、現在も治療を続ける。学生時代から激しい運動を制限されるなどの葛藤と闘うなかで、医者の道を志す。精神鑑定などの司法精神医学分野にも興味を持ち、現在は精神神経科勤務のかたわら、医療刑務所の医師としても勤務。障害とともに生きることで学んできた考え方と、精神科医としての知見を発信しており、X(旧ツイッター)フォロワー9万人。「世界一受けたい授業」や「ノンストップサミットコーナー」などメディアへの出演も多数。著書に3.5万部突破の『「誰かのため」に生きすぎない』(ディスカヴァー)『自分を幸せにする「いい加減」の処方せん』(ワニブックス)、『精神科医が教える 生きるのがラクになる脱力レッスン』(三笠書房)などがある。

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(精神科医 藤野 智哉)
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