若手社員を採用してもすぐに辞めてしまう。それは会社やベテラン社員である自分のせいなのか――。
そんな悩みに対し、Z世代の生態を研究する経営学者、舟津昌平氏はこう回答する。明日から若者が怖くなくなるかも?
※本稿は、舟津昌平『若者恐怖症――職場のあらたな病理』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■すぐ辞める若手VS.「考えが甘い!」と怒るオトナ
若者が会社を辞める現象は昔から興味を持たれていたようだ。「七五三現象」という表現が有名で、中卒で約7割、高卒で約5割、大卒で約3割が離職することを指す。
2000年前後に発表された研究では「不況期に入社した社員はバブル期入社に比して勤続期間が有意に短い」「不況期に学校を卒業した社員は就業率が長期的に低い」など卒業時の景気に言及したものが多い。雇用システムの変化も指摘される。特に90年代後半以降、終身雇用率が低下し年功賃金もフラット化したことで同じ会社に居続けるインセンティブはますます下がっている。
直近の早期離職はどういう状況なのだろうか。2021年に新卒で入社し、3年以内に離職した人の割合は34.9%となり(複雑だが重要なので注釈しておくと、2021年4月入社の社会人が2024年3月までに辞めた割合を総計したものが2024年の早期離職率と表現され、34.9%)、ここ15年で最高の値を記録。このニュースは主要民放の報道番組でも取り上げられ、さまざまな方のコメントが流れた。
営業職(25)「妥当かな。驚きはないです。
踏ん切りつけるなら早い方がいいと思うので。転職は否定派ではないですし」
弁護士(27)「事前に調べないで(職場に)入っちゃった人だと、すぐ辞めちゃったりする人が多いと思うので、就活するときにちゃんとどういう仕事なのか調べてやれば、ミスマッチもないのかなと」
勤務歴30年以上のメーカー勤務(59)「我々の世代は退職に良いイメージはないので、いまの人たちにはそんなのは関係ないのかな」
会社員(60代)「私は昭和世代の人間ですから、仕事命、家庭のためという考えで仕事はやってきた。(若い人は)考え方が甘いと思うんですよ。高校生ぐらいの感覚で世間に出られているのかなと」

(日テレNEWS、2024年10月)

若者は転職を許容し、上の世代は苦々しく思うという構図が読み取れる。
ニュースタイトルもそのものだ。
若者の離職率、3年以内で「34.9%」―15年で最高に
「甘い」「根性だけでは」…世代間ギャップも“成長実感”求める?

(同前)

ある記事では「大手から小規模企業まで、企業規模問わず、早期離職の問題が顕在化していることは統計的にも明確である」といった表現で早期離職が取り上げられる。こうしたニュースを見ていると若者の転職志向がますます高まっているように感じられ、会社や上司にとっての「離職不安」をますます増大させる。
■早期離職は本当に「増えて」いるのか
ところがいくつかのデータは、以上に述べたような状況を必ずしも支持していない。そもそも話題の中心となっている早期離職率(大卒)を見てみよう。
早期離職率は2013年(2010年卒)に31.0%を記録し、2023年(2020年卒)まで31.2%~32.8%を推移。ほとんど変わっていないのだ。この間は東日本大震災やリーマンショックの影響があったものの早期離職率の変化はほとんど見られない。
グラフを見ると2024年(2021年卒)の「34.9」は確かに過去15年で最大である。ただ言うほど高いだろうか。2024年はコロナ禍のデータが出揃った時期であるものの、コロナ禍すら大きな影響を与えていない。
もちろん「34.9」は今後急速に起きる地殻変動の予兆である可能性もある。増加率にすると約8%で、けっして小さくはない。34.9を分解すると初年度と2年目がともに12.3と高めの値で、ただ3年目は10.3と過去10年並に戻っていた。しかし、予兆を裏付ける質的な指摘は見受けられないし、そもそもどの程度ならはっきり増えたと言えるのか、合意された基準はなく曖昧である。
2023年の32.3が34.9に上がったことのみを指して「近年最高」とか「問題の顕在化が統計的に明らか」とかいったレトリックで問題化しているのであれば、はっきり言って存在しない問題が作られている危険すらある。
■錯覚を招く“数字”の罠
平均への回帰という、統計学で用いられる概念がある。個人ブログからの引用であるがわかりやすいためお借りしたい。
「世の中には短期的に見れば頻繁に上振れ下振れするかのように見える現象であっても、長期的に見れば実は平坦なままということがある。もし、その上振れ下振れのタイミングでヒトが何かをしていれば、その何かによって上振れや下振れが起きているかのようにヒトは錯覚しやすい」(渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ、「平均への回帰」、2019年11月
平均への回帰は、企業業績や株価などでも観測できる。
この現象はなかなか厄介だ。なぜなら対策を講じるべきと思った問題に、実は考える意味がないかもしれないからだ。
かつて『エクセレント・カンパニー』(トム・ピーターズ、ロバート・ウォーターマン著、大前研一訳、講談社、1983年[原著1982年])という本が大ヒットした。1970年代後半に特筆すべき業績を上げた会社を徹底的に分析した本で、著名コンサルティングファームの出身者が書いたこともあり「成功の法則」を明らかにしたと話題になった。
ところが後追い調査をした論文によると「エクセレント」に選ばれたうちの29社は財務健全性指標がほぼ一様に下落していたという。さらに下位にランクされた39社は、その後の5年間で財務指標が大幅に改善していたのだ。まさに平均への回帰である。
「あの企業、調子いいよね。何がいいんだろう。やっぱり経営者が変わったからかな。それとも新製品がいいからか。いや、採用が強いのかもしれない」
「そのうち落ちるよ。
そういうのはだいたい平均に回帰する」

こんな風に答える方は友人としてはイヤな人に思えるけども、そうそう間違ったことは言っていないのかもしれない。
■「最近の若者はすぐ辞めますか?」と訊かれたら
少なくとも早期離職率の推移の原因を問われたとき「平均への回帰」という有力な仮説を覆すほどの積極的な根拠はみられない。筆者としても、こう答えざるを得ない。
「二四年に早期離職率が34.9%。ここ15年で最高です。原因は何でしょう。やはり成長実感が重要でしょうか? 最近の若者が精神的に未熟だからでしょうか?」
「昔から、だいたい3割くらいは辞めるんですよ。そんなもんです」
なお細かい注釈として、たとえば平均的に25~35%に収束するとしても、収束したうえでの低いグループと高いグループの差を追究することには意味がある。平均に回帰するとはすべて同じ値になるという意味ではなく、平均に回帰したうえで差が生まれることも当然ありうる。重要なのは観測する時間軸であり、長期的視野を持つことである。

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舟津 昌平(ふなつ・しょうへい)

経営学者、東京大学大学院経済学研究科講師

1989年、奈良県生まれ。京都大学法学部卒業、京都大学大学院経営管理教育部修了、専門職修士(経営学)。
2019年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。京都産業大学経営学部准教授などを経て、2023年10月より現職。著書に『経営学の技法』(日経BP社)、『Z世代化する社会』(東洋経済新報社)、『制度複雑性のマネジメント』(白桃書房/2023年度日本ベンチャー学会清成忠男賞書籍部門、2024年度企業家研究フォーラム賞著書の部受賞)、『組織変革論』(中央経済社)など。

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(経営学者、東京大学大学院経済学研究科講師 舟津 昌平)
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