本当のお金持ちはどんな基準で住む場所を選ぶのか。不動産事業プロデューサーの牧野知弘さんは「代々のお金持ちが『地盤の良い高台』を好むのに対して、美容整形外科医や国際弁護士といった『ネオ富裕層』は、麻布や六本木に群れて暮らしている」という――。

※本稿は、牧野知弘『不動産の教室』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■昔ながらのお金持ちが住むエリア
代々お金持ちがゆったりと住んでいる街には特徴があります。彼らは地盤がしっかりとした比較的高台の土地を好みます。
東京でいえば、千代田区の番町が代表的です。番町といっても一番町から六番町まであります。
一番町はやや谷底。二番町、六番町あたりは高台で住環境が良いです。昔からのお屋敷街で落ち着いた街並みが続きます。文京区の小日向、西片、本駒込六丁目あたりも昔からの富裕層が好むエリアです。
大名屋敷などがあったところでいえば、城南五山と呼ばれる島津山、池田山、花房山、御殿山、八ツ山も高級住宅街に数えられる旧来からの富裕層が住むエリアです。
島津山は品川区東五反田1、3丁目の旧島津公爵邸のあった高台にあり、池田山と呼ばれる同4、5丁目は備前岡山藩の池田家の下屋敷があった高台、花房山は上大崎3丁目の高台で明治から大正にかけての外交官、花房義質氏の邸宅があったところ、御殿山は北品川3丁目から6丁目付近で徳川将軍家の御殿があった高台、八ツ山は港区高輪3、4丁目付近の高台で三菱財閥の岩崎家の別邸があったところです。
■駅から遠くても問題ない
同様に関西でも芦屋市の六麓荘、箕面市の百楽荘、西宮市の苦楽園など高級住宅街はたいていが戸建て住宅を中心とした街です。

いずれも高台にあって地盤がよく、見晴らしのよさが特徴です。
現代からいえば駅からは遠く、徒歩で駅までアクセスするにはやや不便さを感じる立地でもあります。でも、クラシカルな富裕層は、そもそも駅から電車に乗ることは稀です。運転手付きの車で移動しますし、買い物は御用聞きの世界です。
■「これは売れない」と思ったマンションの特徴
以前、番町で高級マンションを開発した不動産会社の役員から「売れ行きがイマイチなのだが、モデルルームを見て自由に意見を言ってほしい」との要請があり、現地に出向いたことがあります。
大変良い仕様のマンションではあるのですが、モデルルームを見た途端にこれは売れないと確信しました。クラシカル富裕層の好みを微妙に外しているからです。
ひとことで言うと、見た目だけ立派で細部に魂がこもっていないモデルルームだったのです。
特に私が指摘したのはマンションのサッシでした。内装にはお金をかけているのにサッシはややグレードの低いものを使っていました。クラシカルな富裕層はこうしたコストカットには敏感です。
キッチンのオーブンレンジも、プロはだしの人が使うにはチープであり、いらない人にとっては無用の長物。
選択制にしたうえで超高級なものが設置できるようにしないと顧客からは評価されません。
クラシカル富裕層の強いこだわりに丁寧に対応することが必要で、ただ値段の高いだけの石材やタイルを使ってもダメなのです。マンション建設にもマーケティングの重要性を感じたできごとでした。
では同じ金持ちでも、現役バリバリでフロー所得も多く年齢層も若い、富裕層はどんな場所を好むのでしょうか。
■「ネオ富裕層」は群れる性質がある
クラシカルな富裕層が、住む場所として落ち着いた環境を好むのに対して、最近の成功者はどのような場所に住むのでしょうか?
属性としては
「プラットフォームビジネスやIT・情報通信業などで成功した起業家、エンターテインメントで活躍する人たち、実業家、流行の美容整形外科、矯正歯科などを営む医師、大企業などを顧客に持つ企業法務弁護士、国際弁護士」
といった人たちです。
こうした方々は、一般的には「群れる」性質があるようです。
たとえば、渋谷はここ20年くらいの間ですっかり、IT・情報通信業が集結するオフィス街に変貌しています。
■麻布・六本木ならではの「利便性」
昔、ハチ公広場やセンター街などでたむろしていた女子中高生たちは、その多くが渋谷から離れて新宿歌舞伎町や大久保、新大久保に移動しています。
代わりに渋谷を闊歩するのは最先端のIT・情報通信企業で働くサラリーマンたちです。この業種のオーナーに話を聞くと、同業種が集まる渋谷は情報交換もしやすく、居心地がよいといいます。
リアルに会わなくても、それこそオンラインで情報交換ができるのに、と思うものの、やはりリアルでのつながりを求めるようです。
そしてそんなオーナーたちが住むエリアとして求めるのが麻布や六本木です。

もともとこのエリアは欧米の外国人が多数居住しているところですが、彼ら向けの飲食店やカフェ、クラブやバーが集積しています。
こうしたお店などで情報交換ができ、インターナショナルスクールに子供を通わせるなど、このエリアならではの利便性が選択する理由になっています。
■敗者は去る新陳代謝の激しいエリア
麻布といってもエリアによってかなり色彩が異なります。
元麻布や南麻布は超のつく高級住宅街であり、先述したクラシカルな富裕層も多数住む場所ですが、ファミリーとして住むにもとても良い立地のエリアです。
いっぽうで麻布十番はどちらかといえば下町の雰囲気が強いエリアで、小洒落たバーや居酒屋が軒を連ね、少し高級なお店が並ぶのが西麻布近辺です。また東麻布になると中小の工場などが残っているエリアとなります。
麻布以上に新興富裕層が好むエリアが六本木です。
言わずと知れた大繁華街ですが、高級マンションも数多く、駐車場を覗けば高級外車がずらりと並びます。やはり近年成功したような新興富裕層が多く集まるエリアです。
麻布や六本木に群れる新興富裕層はお互いに同じような職業で集まる反面、競争意識も非常に高い傾向があります。
また、中には事業がうまくいかなくなって街を去っていく人も多く、優勝劣敗、新陳代謝の激しいエリアでもあります。
不動産マーケットとしては、人の出入りが多いこのエリアは取引も活発で、不動産屋も多く住んでいます。

■「地方豪族」の豪快エピソード
戦後80年が経ちましたが、地方でも富裕層が着実に増えています。
地方の富裕層の特徴は何らかの事業、商売を行っている人たちであることです。
私はそんな彼らを、敬意をこめて「地方豪族」と呼んでいます。彼らは単にお金を持っているだけでなく、その地方で隠然たる勢力を持った人たちだからです。
ある地方豪族のおひとりが車で私を連れて、彼の住む地方一帯を案内して下さったことがあります。その時のなにげない会話。
「牧野さん、あのへん、あのあたりがワシの土地だ。ほれ、あの山の稜線から向こうの麓のあたりじゃ」

「○○証券会社は役に立たん。あそこには60億円くらい預けてみたんだが、ちっとも増えん。だめじゃな、最近の株屋には知恵がない」
こんなセリフがポンポンと出てきて仰天したことがあります。
また別の豪族は彼の持つ土地の開発についてご相談をいただいていたのですが、ついでといって役所に連れていかれ、ある職員を紹介されました。ごく普通の役場勤めの男性です。
訳も分からず名刺交換をしたときのセリフ。
「あいつは、今度の市長選に出す。ウチが応援したら必ず勝つ。今の市長じゃ何もできんから交替させるわ」
とんでもなくお金を持っている人、地元の顔役として役所にも勢力を張り巡らしている人、地方には面白い人たちがたくさんいます。
どんな事業で成功している人が多いかと言えば、本業を行いつつも、やはり不動産を梃にして財を成してきた人が多いのが特徴です。
本業では運送業、土木建設業、卸売業、販売業などが多く、裸一貫で会社を大きくし、余剰資金で土地を買い、自動車ディーラー、ガソリンスタンド、携帯電話ショップ、飲食店、コンビニ、カフェなどの店舗に貸し付ける、自らがフランチャイズオーナーになるなどで財を成しています。
■「地方のお金持ち」が東京のマンションを買い漁っている
こうした人たちは、東京や大阪などに資産を持ちたがる傾向があります。
地方だけに財産があるのは不安が大きく、安定した資産収益が期待できる東京や大阪の不動産に投資することを好むのです。
以前は彼らが買うのは東京のブランド立地などにある土地でしたが、最近はマンションが人気です。
マンションのほうが管理しやすい、東京に遊びに行ったときにホテル代わりに使える、流動性が高いのでいつでも売却できる、などの理由からです。中には東京の愛人を住まわせるような剛毅な人もいるようです。
私の知人の地方豪族から最近電話をいただきました。

「牧野さん、まだ東京の不動産、価格が下がらんの? 下がったら連絡ちょうだい。買いよるけん」

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牧野 知弘(まきの・ともひろ)

不動産事業プロデューサー

東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産事業プロデュースを展開している。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『家が買えない』(ハヤカワ新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)『空き家問題』『なぜマンションは高騰しているのか』(いずれも祥伝社新書)など。

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(不動産事業プロデューサー 牧野 知弘)
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