※本稿は、榎本博明『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■与えられた仕事に「充実感を得る人」と「不満な人」
自分に与えられた仕事に対する不満を嘆く人がいる一方で、自分の仕事から大きな充実感を得ている人もいる。前者を不運な人物、後者を幸運な人物と思うかもしれない。そして、前者は後者を羨むかもしれない。
でも、前者が後者の仕事に携わることができたら、充実した仕事生活になるかというと、必ずしもそうではない。そこでもまた仕事に対する不満を口にすることになったりする。
このようなケースを理解するために考慮しなければならないのは、客観的世界でなく主観的世界、いわば事実の世界でなく意味の世界である。
従業員の満足度・不満度から、その仕事や職場の健全性が判断されることがある。たとえば、多くの従業員が不満をもつ職場であれば、その職場には何か重大な問題があると考えるのが妥当だろう。だが、個々の従業員の満足度・不満度を過信するのは危険である。
なぜなら私たちは事実の世界ではなく意味の世界を生きており、意味の世界は人によってさまざまに異なるからだ。
事実の世界と意味の世界を区別するのは、私が提唱してきた自己物語の心理学の基本だが、ここでもこの原則を踏まえて考える必要がある。
■同じプロジェクトに配属された「若手2人」の両極端な反応
ある会社の管理職と話した際に、本人のためを思って人事配置を決めているのだが、それがなぜか裏目に出て、なんとも後味が悪いことがあって困るという話が出た。
「昨年は、大きなプロジェクトに若手を登用したら、モチベーションが高まって、意欲的に仕事に取り組むようになり、毎日イキイキしてるので、やっぱりやりがいを感じると人は変わるものなんだなあって実感したんです」
――そうですね。自分の仕事にやりがいを感じるというのは、とても大事なことですよね。
「そうですよね。それで、今年も別の大きなプロジェクトがあって、今年配属されてきた若手を登用したんです。ところが、今回は失敗でした」
――失敗? どういうことでしょうか?
「私は、やりがいを感じてくれると思って重要なプロジェクトのメンバーに推薦したのに、どうも周囲に不満をこぼしているようなんです」
――どういう不満でしょうか?
「それがよくわからないんです。ただ、こんな忙しくなるのは困る、っていうようなことを言ってるらしいんですけど……」
――そうですか。人によって仕事に求めるものが違いますからね。そこが難しいところですよね。
そこで、モチベーション要因や意味づけの問題について解説することにした。概要は以下の通りである。
■「成功追求動機」が強いか、「失敗回避動機」が強いか
仕事でも趣味でもスポーツでも、成否にかかわる動機には、成功追求動機と失敗回避動機がある。だれでもこの2つの動機のせめぎ合いに基づいて、自分の出方を決めることになる。
何かをする際に、「うまく行ったらどんなに素晴らしいだろう」という期待と同時に、「もし失敗したらどうしよう」といった不安が脳裏をかすめる。前者が成功追求動機に基づく心の動き、後者が失敗回避動機に基づく心の動きである。
思い切ってチャレンジして成功を手に入れたいと思うものの、できることなら失敗は避けたいと思う。どちらの思いが強いか。そのバランスが人によって違っている。
成功追求動機の方が強い場合は、困難な課題にやりがいを感じ、積極的にチャレンジしようとする。一方、失敗回避動機の方が強い場合は、容易にできそうな課題にホッとするため、困難な課題にチャレンジするのを躊躇しがちとなる。
いわば、やりがいを求めるか、安心を求めるか、という違いだ。やりがいを求める人物は、やりがいが感じられないと不満が募るため、困難な仕事にチャレンジしたがる。それに対して、安心を求める人物は、困難な仕事だと不安が高まるため、簡単にできそうな仕事をしたがる。
■モチベーションのあり方が大きく異なる
このように、成功追求動機の方が強いか、失敗回避動機の方が強いかで、モチベーションのあり方がまったく違ってくるのである。
先の事例で言えば、前年の若手は成功追求動機の方が強いタイプだったため、大事なプロジェクトに登用されることでやりがいを感じ、意欲的に仕事に取り組むことになったと考えられる。それに対して、今回の若手は失敗回避動機の方が強いタイプなため、重要なプロジェクトに登用されることで不安が高まり、逃げたい気持ちになり、不満を口にしていると考えられる。
個々の事例には、もっと複雑な事情が絡んでいることもあるので、さらなる対話が必要だが、こうした大まかな枠組みを踏まえておくと、呆れたりイライラしたりせずに、その枠組みを突破口にして、どんな思いを抱えているのかを理解しようという気持ちになれるものである。
■「失敗」や「困難」の捉え方で反応が変わる
さらには意味づけの問題もある。
困難な仕事をやりがいを与えてくれるとみなすか、不安にさせるとみなすか。創意工夫が求められることをやりがいがあるとみなすか、面倒だなと感じるか。決められたやり方でこなす仕事を単調でつまらないと感じるか、安心して取り組めると感じるか。易しい仕事をつまらないと思うか、ラクでいいと思うか。そうした意味づけの違いによって、仕事への取り組み姿勢がまったく違ってくる。
たとえば、失敗や困難にどんな意味づけをするかによって、先の事例のような反応の仕方の違いが出てくる。
失敗や困難に対して、「失敗を糧にして成長することができる」「困難に直面することで、現状を打開することができる」「困難な課題に取り組むことで、潜在能力が開発される」というようにポジティブな意味づけができる人物は、失敗を恐れず、困難な課題にも積極的にチャレンジしていける。
一方、失敗や困難に対して、「失敗したらみっともない」「失敗したら評価が下がってしまう」「困難な状況は苦しいからできるだけ避けたい」というようにネガティブな意味づけしかできない人物は、失敗を恐れ、困難な課題に取り組むことを躊躇しがちとなる。
■ポジティブな意味づけに導くのが大切
後者のような場合は、失敗や困難にもポジティブな意味づけができるようにすることが大切となる。そこで、そのような人物には、ポジティブな意味づけに導くような対話をしていくのが効果的である。ポジティブな意味づけができるようになれば、安心よりもやりがいを求める心に切り替えていくことができる。
意味づけが変われば、失敗や困難な状況についての記憶もポジティブなものに変わっていく。
ネガティブな記憶を引き出すと気分が落ち込むため、できるだけ思い出したくないので、失敗や困難を振り返ることをしたがらない。そのため、失敗や困難の過去経験を活かすことができない。でも、ポジティブな意味づけができるようになれば、振り返る心の余裕が生まれるため、過去の失敗から学んだり、困難な状況の乗り越え方を検討したりできるようになる。
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榎本 博明(えのもと・ ひろあき)
心理学博士
1955年東京生まれ。東京大学教育学部教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て、現在、MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。
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(心理学博士 榎本 博明)