人口約43万人、東京のベッドタウンとして人気の千葉県柏市。マンションポエムを分析する大山顕さんは「柏のマンションにはなぜかラブソングのようなコピーがつけられる。
もう一カ所、神奈川県の人気エリアで恋や愛を謳われがちなところがある」という――。
※本稿は、大山顕『マンションポエム東京論』(本の雑誌社)の一部を再編集したものです。
■マンションポエムで恋愛は謳われなかったが…
マンションポエムに登場しないモチーフ、それは恋愛である。これは同じ「詩」であるポピュラーミュージックの歌詞と対照的だ。ぼくはここ20年ほどの歌詞事情に疎いが、おそらく現在でも恋愛が主要テーマだろう。ジャンルにもよるが、ぼくがポップスをよく聴いていた1990年代前半までの日本のヒットソングのほとんどは色恋ばかり歌っていた。
さかのぼれば、ボーマルシェの戯曲でモーツァルトが作曲したオペラ『フィガロの結婚』も、結婚に至る以前のセックスと浮気についての作品だ。古今東西大衆音楽はもっぱらラブ・アフェアについて歌ってきた。
ラブソングで謳われる愛は、結婚以前の愛だ。入籍してしまったらラブソングは終わってしまう。一方でマンションポエムは結婚後の詩だ。「恋」や「愛」の語が登場するマンションポエムはほとんどない。
逆に結婚生活模様はマンションポエムに頻出するがポップスでは滅多に歌われない。
■千葉の柏市では「恋する柏。」「柏愛(かしわらぶ)」
例外はある。たとえば「愛が、長続きするタワー。」(「ブランズタワー豊洲」東急不動産・2021年築)というびっくりのマンションポエムが。開発が発表された2019年時点で、価格未定としながらも坪単価400万、75平方メートルの住戸で9000万と言われていた。『マンションポエム東京論』執筆時2024年時点では中古で同面積の物件が1億6500万で売り出されている。愛を維持するにはお金がかかるというわけだ。それにしても中古で売った方の愛はどうなったのだろう。
千葉のベッドタウン、柏のマンションポエムにはなぜか「恋」「愛」が登場する。
「恋する柏。」「恋する駅、東口。」「恋する徒歩10分。」「柏を愛するオトナのためのレジデンス」(「ライオンズ柏千代田サーパスレジデンス」大京/穴吹工務店・2015年築)

「柏愛《かしわらぶ》」(「ライオンズタワー柏」大京・2016年築)
■配偶者への愛ではなく「立地」への愛
こんなにも「恋」「愛」を前面に押し出したポエムは他に見たことがない。しかも柏。千葉は船橋で育ったぼくにとって微妙な気持ちにさせられる詩である。なんと言っても「柏愛」と書いて「かしわらぶ」と読ませる、高額商品の広告としてはかなり思い切ったコピーはあっぱれだ。
駅からの距離まで恋に絡めてくる「恋する徒歩10分。」には笑ってしまった。
しかしよく見れば、これらに謳われているのは入居者同士のではなく、土地との恋や愛である。さきに見た、リチャード・ギアからの「東京を愛している、と照れずに言え」というメッセージ(湾岸の「ザ・トーキョー・タワーズ」(2008年築)の広告)と同じだ。
これまでくり返し、マンションポエムとは土地の詩である、と述べてきた。マンション自体ではなく、立地を売るのがマンションポエムである、と。つまりマンションポエムに登場する「恋」「愛」は、立地の素晴らしさをアピールするための手法にすぎない。配偶者への愛よりも立地への愛の方が、住宅ローンには重要なのである。
■湘南の藤沢も「愛される」エリア
柏の他にも愛を叫ぶ土地がある。藤沢だ。
「湘南・藤沢、愛される街に守られて、理想の暮らしを手に入れる。」(「クオス藤沢本町」ビッグヴァン・2017年築)

「ずっと愛されてきた湘南を、ずっと愛し続けられる場所で。」(「エアヒルズ藤沢」野村不動産/新日鉄興和不動産/URリンケージ/長谷工コーポレーション・2018年築)

「普通の日常を、愛する日々へと変えるために。」(「ヴェレーナ湘南江ノ島」大和地所レジデンス/三信住建・2017年築)
柏と同様、湘南という街へ向けられた愛だ。結局「愛」を謳っても、ポップスとは違う。と思っていたら、さすが湘南、かなり歌詞っぽいマンションポエムが出てきた。

「誰もがきっと、思い描いた未来とは違う今を生きている。だから、未来は本当に、筋書きのない物語なんだ。」「チケットは、好奇心。今日はひとりで海に行ってくる。笑って、泣いて、強くなる。」「学校では教えてもらえないこと。親には教えられないこと。」(「ノブレス湘南藤沢センタースクエア」ナイスエスト/大栄不動産/京急不動産/三信住建・2017年築)
■昭和のポピュラー音楽を彷彿とさせるポエム
40年ぐらい前の、ちょうどぼくがよくポップスを聴いていた頃の歌の歌詞を彷彿とさせる。特に「学校では教えてもらえないこと」には渡辺美里の声が聞こえた。「この街にいると、いつの間にか、感性も澄み渡る気がする」というポエムもあった。「お前がいると、強くなれる気がする」系である。
さきの「ヴェレーナ湘南江ノ島」のマンションポエムには「江ノ島ラプソディ」というタイトルが付いており、こう続く。
「海はいつでもそこにあって

高い青い空は刻々と表情を変えていく(中略)

人生という器に、海と、自由と、愉しみを満たすために。

普通の日常を、愛する日々へと変えるために。

ただいま、ここが私の帰る場所。」
「ラプソディ」と曲調をタイトルにするだけあって、歌詞っぽい。
しかしなぜ狂詩曲(ラプソディ)。「愛」を謳う地ならば「江ノ島バラード」のほうがしっくりくるのでは。と思ったが、加山雄三に「その日海からラプソディ」という曲があるのを知った。おそらくそれにかけているのだろう。
■加山雄三、サザンを生んだ湘南ならでは
さらに、藤沢市に立地するいくつかのマンションウェブサイトにリンクが貼られていた「ふじさわシティプロモーション委員会」という、藤沢市と関係企業・団体が参画する組織のページでは「キュンとさせるこのまちで。」「あすも、キュンとするまちで。」という歌が披露されていた。作詞は懐かしのガールズバンド「プリンセス プリンセス」の富田京子である。
湘南は、恋愛/ポピュラーソングと、結婚/マンションポエムのマリアージュに挑んでいるのだ。この街が謳うのは、ポエムというよりリリックと呼ぶのがふさわしい。
結婚で終わらずラブソングを歌おうとする街、湘南。さすがは加山雄三にはじまり、サザンオールスターズ、TUBEと日本のポピュラーミュージックゆかりの地である。
■住宅購入と結婚のチャンスは一度きり
恋愛とポピュラーソング、結婚とマンションポエム、というそれぞれの結びつきは、前者の組み合わせが流行という繰り返しの消費に深く関係していて、後者は一生に一度の大決断である(とされている)ことの表れだ。そしてこの「住宅購入と結婚のチャンスは一度きり」というのは大きな問題だと思う。

住宅選びは、立地、駅からの近さや間取り、広さ、そして価格といった各種パラメーターに還元され、その組み合わせによって「選択」するものになっている。これは配偶者探しに似ている。気に入った物件はたいてい「空家」ではないという共通点もある。
そしてこの恋愛の集大成としての結婚は住宅購入に表れる。ぽんと買えてしまうような階層の人間は別として、一般的な庶民にとって家を買うのは一生に一度の大勝負だ。一般的に恋愛の最中に家を買う人はあまりいない。結婚と住宅購入はいまでもセットとされている。そして一戸建てにしろマンションにしろ、結婚していよいよ家を買った、となればもう後戻りできない。

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大山 顕(おおやま・けん)

写真家、ライター

1972年生まれ。千葉大学工学部卒業後、松下電器株式会社(現Panasonic)に入社。シンクタンク部門に10年間勤めた後、写真家として独立。出版、イベント主催なども行っている。
著書に『工場萌え』(石井哲との共著、2007年)、『団地の見究』(2008年)、『ショッピングモールから考える』(東浩紀との共著、2016年)、『立体交差』(2019年)などがある。

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(写真家、ライター 大山 顕)
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