早期リタイアを夢見ている人は多いだろう。ファイナンシャルプランナーの藤原久敏さんは「実際に早期リタイアをしてみると次々とまさかの出来事が起こり、仕事を辞めたことを後悔する人もいる。
それを解決するには、ある仕事を始めればいい」という――。
■保有資産が1億円なくても早期リタイアは可能か
以前、友人のAさんから、早期リタイアの相談を受けました。
会社員一筋のAさんは、今年50歳。若い頃からしっかり貯蓄に励み、会社の早期退職制度による退職金を含めれば、その資産は7000万円になる予定です。住宅ローンは昨年に完済、一人娘はもうすぐ専門学校卒業で、就職は決まっているとのこと。
Aさんの希望としては、完全にリタイアしたいとのことですが、それだと最低1億円くらいは必要ではないか、この金額(7000万円)で大丈夫か、とのことでした。
まず私が感じたのは、住宅ローンと教育費の支払いがすでに終わっていることが、かなり大きいということでした。人生3大資金(住宅・教育・老後)のうち、すでに2つが終了しているのですから。
そして残りの老後資金ですが、夫婦2人の老後生活費の見込みは、月額20万円程度と試算しました。
これは生命保険文化センターの「年金暮らし夫婦の平均支出」を下回る金額ですが、倹約家であるAさん夫婦は、この程度あれば十分とのことでした。ちなみに現在の生活費も、すでに住宅ローンや教育費の負担がないことから、その程度の水準とのことでした。
一方で、将来受け取れるであろう年金額も、夫婦合わせて月額20万円の見込みでした。

Aさんのデータをまとめると、以下のとおりです。
【家族構成】

Aさん(50歳)会社員

妻(50歳)専業主婦

子(20歳)就職予定
【資産額】

7000万円(退職金含めて)

※内訳[預金6000万円・株式500万円・外貨預金(米ドル)500万円]
【生活費】

月額20万円(現在~老後)
【年金見込み額(夫婦合計)】

月額20万円(65歳~)
※Aさんの相談内容・諸々のデータ等については、本人了承のもと、多少変更・簡略化しています
【結論】

数字のうえでは、問題ない

■老後の収支はトントンで早期リタイアは可能
さて、そんなAさんの状況から、資金面では、早期リタイアは可能と判断しました。データにあるように、老後生活費と年金見込み額はともに月額20万円と同額なので、老後の収支はトントンと考えます。
となると、50歳でのリタイアから65歳での年金受給開始までの(無収入の)15年間で、どれだけ資産が減ってしまうのか、すなわち、年金受給時点でどれだけ資産が残っているかが大きなポイントとなります。
現在の生活費も月額20万円(年間240万円)なので、その15年間で必要な資金は3600万円(240万円×15年間)。
なので、65歳時点で3400万円(7000万円-3600万円)残る計算です。ただ、将来的には、自宅のリフォーム費用や、車や家電の買い換えなども必要となるでしょう。そこで、それらについては、とりあえずはリフォーム費用1000万円、車・家電買い換えなどで500万円と見積もりました。
それでもまだ1900万円[3400万円-(1000万円+500万円)]と、2000万円弱の余裕はあります。一時期話題となった、「老後資金2000万円問題」をほぼ満たす水準ですね。
以上、(インフレ率なども考慮していない)大雑把な計算ではありますが、とりあえずは、ライフプランに大きな変化がない限り、大きな問題はないかと思われました。
■早期リタイアを後押しする、心強い材料とは?
ここまで、いかがでしょうか?
昨今の物価上昇や、諸々の不確定要素などを考えると、2000万円弱の余裕では、少し心許ないと感じる人も多いかもしれませんね。

実際、Aさんも、少し不安そうでした。しかし、先ほどの計算ではあえて触れていませんでしたが、実は、リタイア後の生活を支えてくれる、心強い材料があるのです。
それは、資産の運用益です。Aさんには、退職金含めて7000万円もの資産があります。そしてデータにもあるように、Aさんは、そのうち1000万円を株式・外貨預金に振り分けています。
株式については、高配当の大型株をメインに、4%程度の配当利回りを得ていました。外貨預金(米ドル)の金利でも同じく4%程度を得ていましたが、これらはいずれも無理のない、標準的なリターンと言えるでしょう。
リタイア後も、この1000万円はこのままの運用スタイルを続けていくつもりということで、今後、株式・外貨預金からは年間32万円(税引き後)の収益が見込めます。
■6000万円の預金は年利1%の定期預金で運用
残りの6000万円の預金については、勤勉なAさんは、金利の高いネット銀行などのリサーチに余念がなく、その大半を、1%近い金利をつける定期預金に預けています(退職金も同様の定期預金に預ける予定)。
今の金利上昇トレンドを鑑みれば、今後も、少なくとも1%程度の金利は期待できることでしょう。仮に1%の金利を想定すれば、今後、預金からは48万円(税引き後)もの利子が見込めます。
【運用益の見込み(年間・税引き後)】

投資(株式・外貨(米ドル)) 1000万円×4%×0.8(税金)=32万円

預金 6000万円×1%×0.8(税金)=48万円

合計80万円

つまり、資産からは、税引き後で年間80万円もの運用益が見込めるのです。
前述の2000万円弱の余裕に加えて、さらに、これだけの余裕があるわけです。
もっとも、早期リタイア後には、預金は年々減少していくことから、その運用益も年々減少していく(年間80万円は、リタイア直後の数字)わけですが、それでも、これは相当心強いですよね。
リタイア後は、自身がお金を稼がないだけに、この「お金に働いてもらう」効果は絶大です。Aさんは、この運用益の見込み額を知って、資金面の不安は大きく解消されたと言います。そしてそれは、早期リタイアへの大きな後押しになったようでした。
■万全の早期リタイアに、家族からの思わぬ言葉が
さて、それからしばらくして、Aさんは無事、早期リタイアを果たしました。Aさんはマラソンやギターなど多くの趣味を持っていて、リタイア後も充実した日々を送っていました。
リタイア後に、「何もやることがない」「何をしたらよいか分からない」と、途方に暮れる人も少なくありませんが、Aさんはそのような心配はまったくなかったようでした。つまりAさんは、資金面においても、そしてメンタル面においても、十分に満を持しての早期リタイアだったのでした。
しかし、そんなAさんに、思わぬところに落とし穴がありました。それは、家族からの冷たい反応でした。
娘から、「お父さんは、もう働かないんだ?」と、冷ややかに見られるのでした。
世間一般よりも早くにリタイアし、のんびりと過ごすその姿は、これから社会に出て働き始めようとする娘からすれば、受け入れ難いものだったのかもしれません。
そして妻からは、「毎日、家で3食とも食べるの?」と、嫌な顔をされるのでした。夫婦仲は決して悪くはないというAさんでしたが、専業主婦の妻からすれば、夫が(仕事もせずに)一日中家にいることは、相当なストレスだったのでしょう。
■リタイア後の生活を脅かす、まさかの出来事が
早期リタイアをして1~2カ月経った頃から、家族からは露骨に疎まれるようになったと、Aさんは振り返ります。
もっとも、そのような家族からの反応は、ある程度は覚悟していたとのことでした。しかし、想定外だったのが、親戚からのお金の無心でした。Aさんが会社を辞め、のんびり過ごしているらしいと聞きつけた叔父が、「余裕があるなら、お金を貸してくれないか?」と言い始めたのでした。
お金の貸し借りなど絶対に嫌なAさんは断りますが、それでも、「その年齢で、もう働かなくてもやっていけるんだから、少しくらい大丈夫だろう?」などと食い下がられ、その対応に苦慮されているようです。
また、Aさんが会社を辞め、仕事をしていないことは、アッという間に近所中に広まったそうです。
それに伴い、「余裕があっていいわね」といったやっかみも受けるようになり、また、「大きな病気になったのでは?」「宝くじに当たったのでは?」など、有らぬ噂も流れているようでした。
■「時間に余裕があるなら」と押し付けられた仕事
Aさんにとって、そのようなやっかみや噂は大きなストレスとなり、また、Aさんだけでなく、Aさんの家族にとっても大きなストレスとなり、家族はAさんに対して、ますます冷たい反応を取るようになっていったのでした。
家族からの冷たい反応はある程度は覚悟していたとはいえ、そこまで冷たくなるとは、想定外のことだったようです。

そして、「時間に余裕があるのだから」と、町内会の役員を引き受けるようにと、連日のように頼まれて困っているようでした。実際、時間には余裕があることからも断りづらく、やはり、その対応に苦慮されているようです。
早期リタイアについては、仕事関係や趣味の仲間など、いわゆる「遠い」関係の人たちは、「羨ましいよ」「面白そうだな」などと、好意的に受け止めてくれたようでした。しかし、家族や親戚、近所の人たちなど、いわゆる「近い」関係の人たちからは、冷ややかな反応を感じたと、Aさんは言います。
■「近い」関係の知人との人間関係がストレスになる
さて、資金的には問題なく早期リタイアを果たしたAさんでしたが、そんな「近い」関係の人たちからの反応に大きなストレスを感じ、心身ともに不調をきたすようになってしまったのでした。
そこで私と相談した結果、フリーの投資コンサルタントとして、「仕事を始める」ことにしました。もっとも、これは本気での起業ではなく、あくまでも、周りからの嫉妬・やっかみなどから逃れるためです。
とはいえ、実際に「○○投資コンサルタント事務所」と屋号を入れた名刺を作り、週に2~3回、ノートパソコン片手に外出し、図書館や喫茶店などで過ごすようにしました。これで親戚や近所の目線は、かなり軽減されたと言います。
もちろん、本当に投資コンサルタントとして活動していないので収入はないわけですが、前述の運用益をコンサルタントの収益として、家族には「お小遣い程度は稼いでいる」と話しているそうです。
そして、娘や妻からの風当たりも、かなり和らいだと言います。ちなみに、図書館や喫茶店ではのんびりと投資関連本を読んだり、ネットで情報収集をしたり、SNSで情報発信をするなどして、投資が趣味のAさんは、それなりに充実して過ごしているそうです。

■嫉妬・やっかみから逃れる方法とは
まだまだ「村社会」の日本では、早期リタイアに対する周りの人たち、とくに「近い」人たちからの反応(Aさんが受けたような、家族からの冷たい反応、親戚からの無心、近所からの嫉妬・やっかみなど)を恐れ、早期リタイアしたことを公言することは憚られる空気があります。
かと言って、「近い」関係の人たちに、早期リタイアしたことを隠し通すことは難しいものです。結果、早期リタイアを諦めてしまうことも珍しくありません。
そこで、一つの解決策として有力なのが、今回のAさんのように、「働いている」ふりをすることです。ただ、実際に雇われるとなると、本当に働くことになってしまうので、Aさんのように、フリーのコンサルタントなどの立場となるのがお勧めです。
正直言って、何のコンサルタントでも構いませんし、他にも作家、イラストレーター、占い師など、身一つで成り立つ、物理的に店舗を構えるような仕事でなければ、何でも良いでしょう。
いずれの仕事も、名乗ってさえしまえば、その実体は誰にも分かりません。あくまでも、「働いている」と思われることが大切なのですから。
早期リタイア後、周りの人たちの反応は、資金面のように事前シミュレーションは難しく、実際に早期リタイアしてみないと分からないものです。
今回のAさんの事例が、早期リタイアを考えている人にとって、少しでも参考になればと思います。

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藤原 久敏(ふじわら・ひさとし)

ファイナンシャルプランナー

1977年大阪府大阪狭山市生まれ。大阪市立大学文学部哲学科卒業後、尼崎信用金庫を経て、2001年に藤原ファイナンシャルプランナー事務所開設。現在は、主に資産運用に関する講演・執筆等を精力的にこなす。また、大阪経済法科大学経済学部非常勤講師としてファイナンシャルプランニング講座を担当する。著書に『株、投資信託、FX、仮想通貨… ファイナンシャルプランナーが20年投資を続けてみたらこうなった』(彩図社)など。

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(ファイナンシャルプランナー 藤原 久敏)
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