■少子化のスピードを上回る子供の野球離れ
野球は古くから「国民的娯楽」として日本人に親しまれてきた。いまもプロ野球人気は高く、今年も観客動員は好調のようだ。NPBの統計データによると、1試合平均の入場者数は3万1205人である(7月29日現在)。1970年代後半までは1試合平均の入場者数が1万人に届かない年がほとんどだったパシフィック・リーグも、昨年は2万8121人。総観客数(1206万3891人)とともに過去最多だった。
ところが、競技人口はというと、時おり報じられている通り、減少の一途をたどっている。「野球普及振興活動状況調査2022」(「日本野球協議会」実施)では、国内の競技人口は、2010年は約162万人だったのに対し、2022年は約102万人まで減少したという。
カテゴリー別に見ていくと、野球の入り口である学童野球(軟式)のチーム数(JSBB登録)は2010年の1万4824から、2024年は8680に。ここ15年間で実に6144チームが姿を消したことになる。
また、プロ野球同様に大衆人気を誇る高校野球も、2010年は加盟校数が4115で、部員数は16万8488人だったが、今年2025年は3768校、12万5381人である(高野連調べ)。
むろん少子化の影響もあると考えられるが、15歳未満の人口は2010年が1684万人で、2024年が1401万人なので(総務省調べ)、学童チームの減少スピードは少子化のスピードをはるかに上回っていると言えよう。
■親たちにとって野球は負担が大きい
なぜ、野球の競技人口は減少傾向にあるのか? これについては様々な見解が示されているが、私はある公立高校のベテラン監督の言葉が耳に残っている。
「ウチのような普通のチームでも、選手はほぼ全員、父親が野球経験者です。もしくは両親が野球好き。そういう環境でないと野球を選ばないんですよ」
子供なら誰しも、三角ベースといった野球遊びに興じていた時代もあった。だが、今は遊びの中で野球の楽しさを知ったり、野球を覚える機会がなかなかない。選択肢も増えている。そういうなかで野球を選ぶ子は、親の影響が色濃いのだろう。
そう言えば、元プロを父親に持つ選手が目立つ。例えば、東京六大学リーグには東京大学の渡辺向輝投手(4年、海城。父は元千葉ロッテマリーンズ投手の渡辺俊介氏)をはじめ、11名もの「元プロ2世」がいる。夏の高校野球の地方大会でも、たびたび「元プロ2世」の活躍が報じられた。むろん「元プロ2世」は昔からいたが、親の影響や家庭環境が野球を始めるきっかけになるのは確かなようだ。
一方、他競技に目を移すと、その競技と親との縁が薄くても、選ばれるものがある。
対して野球はユニフォームだけでも、帽子、アンダーシャツ、ストッキングなど、揃えるものが多く、おまけにグラブもバットもと用具も必要になる。「習い事」の1つとして何かのスポーツを始めさせたい親や、小学生のうちは1つの競技だけでなく、いろいろなことを体験させたいと考えている親からすると、負担に感じるのだろう。
■球児の母の役割の変化
“あくまで選択肢のなかの1つ”になった野球が選ばれにくい要因は他にもあるようだ。「バスケには新しいスポーツとしての魅力を感じる」という声もある。日本バスケの頂点に立つBリーグ人気が高まっている影響だろう。Bリーグは2016年に発足以来、若い層や女性者層を中心に入場者数が約2倍に成長している。
ともあれ、身に着けるものや、用具が多いことが、野球の入り口のハードルを高くしているのは間違いないだろう。
「子供が(本格的に)野球をするには親の覚悟が必要」。そんな話もよく耳にする。ただ、半世紀以上前から「高校野球の母」は“戦っていた”。
生徒数が多かったのもあり、“野球部あっての学校”という感じの私学も多く、野球部だけ授業が5時限、あるいは半日という学校は珍しくなかった(現在は体育コースがある学校が増え、ここに所属している野球部員は、野球の練習が体育の授業として認められているところもある)。
こうしたなか、朝が早く、夜が遅い高校球児の息子に、朝は弁当を作り、夜は夕飯の支度をしなければならなかった。もちろんいまの「球児の母」も同じように奮闘していると思うが、電子レンジやコンビニもなく、現在では広く浸透している野球部の週1休みもなかった。
■いつからか増えた「お茶当番」
一方で昔は、高校野球のみならず、小学、中学も、親がチームに深く関わる機会は少なかった。チームにもよるだろうが、親が指導者だったり、父母会の役員でなければ、親の「出番」は多くなかった。よって、「覚悟」のベクトルはもっぱら我が子に向けられていたようだ。
ところが、いつの頃からか、「お茶当番」など、親の出番が増えた。ボランティアで運営しているチームには親の協力が不可欠な面もあろう。だが、親の出番が増えれば、親同士、あるいは親と監督との人間関係が生じる。当然、10人いれば10通りの考えがあり、その相違から悩みを抱えている親は少なくない。上手くいかないケースもあり、結果的に子供がチームをやめた、という話も聞く。
こうした変化とともに、野球をする子を持つ親の「覚悟」、その在り方も変わったようだ。子供が本格的に野球を始めたいとなった時、チーム内での役割や人間関係に対応する「覚悟」も必要になってくるのだ。加えて、詳しくは後述するが、「野球はお金がかかる」という事情もあり、金銭的な覚悟も求められる。
■野球のためにワンボックスカーを買う親
高校球児の親だった人に話を聞くと、「チーム内での役割や人間関係、あるいは金銭的な覚悟が一番必要だったのは、中学硬式のクラブチーム時代だった」という声が多い。学童野球時代とは一変したという話も聞く。
野球エリートが多く集まる中学硬式のクラブチームは、強豪高校にとっては選手の供給源だ。高校野球を見据える中学選手にとっては、登竜門である。ここでの実績が進路を左右すると言っても過言ではない。2桁の学校から声がかかるような選手は、遅くとも中学2年の12月には進路が決まっているという。
中学硬式の主要団体は「ボーイズリーグ」「リトルシニア」「ヤングリーグ」「ポニーリーグ」「フレッシュリーグ」と5つあり、団体によって特徴が異なる。うち、規模が大きいのは、ともに2万人以上の競技者がいる「ボーイズ」と「シニア」で、5団体の総計は5万3563人だ(「野球普及振興活動状況調査2022」)。
中学部活の軟式の選手は、15年前と比べると、29万1015人から13万7384人と60%近くも減少したが、中学硬式は15年前が4万9632人だから、10%近く増えている。全ての団体が増えているわけでないが、部活の受け皿が減っているのもあり、ならば硬式のクラブチームで、という子が増えているのだろう。
ただし、前述の通り、中学硬式のクラブチームでは特有の親の覚悟が求められる。まずはグラウンドへの送迎だ。もちろん自転車や電車で通う子もいるが、「親が車を持っていないと中学硬式を続けるのは難しい」という話も聞く。たいていは毎週末に遠征があり、車出しをする必要もあるからだ。「チームの選手や荷物を乗せるために新たにワンボックスカーを購入した」という家庭もある。
■当番ができないと標的になることも
基本的にはボランティアながら、活動は本格的なので、親のチームでの役割も本格的になる。父親は主に練習の準備と撤収といった力仕事を担うことが多いようだが(講習を受けて審判をする人も)、母親は練習や試合の間も忙しく飛び回る。練習中は監督、コーチに気を配り、飲み物や食事の手配などを、練習試合では場内アナウンスも担当する。
人数が多いチームの場合は親のグループを作り、当番は輪番制のようだが、土日が休みの仕事でないと、当番をするのが難しい側面もある。当番ができなかったり、グラウンドへの顔出しが少ない親は、親の間や指導陣から“標的”になることも。
もっとも子が中学硬式をする親は、子供のためと、「送迎」や「当番」を半ば当たり前と受け止めているようだ。子供のためにチームと積極的に関わりたいタイプの親もいる。
他方、チームによっては独自の慣習があるところもある。例えばある東京のチームでは、「学年が上の親には絶対に敬語」「母親はグラウンドで学年が上の母親には尻を向けてはいけない」「母親は監督、コーチの飲み物の好みを全て覚える」「遠征の時に監督が乗車している車を追い越してはいけない」「どんなに日差しが強くとも保護者はサングラス禁止(監督やコーチに失礼だから)」といった、令和の時代に不似合いな細かな“謎”の「ルール」が存在するのだ。
こうしたルールは監督が決めたわけではなく、保護者の誰かがやり始めたことがいつの間にか慣習になってしまったようだ。「お茶当番」にしても、もともとは誰かの「善意」で、それが広まることで強制の色が帯びてしまったのかもしれない。
当然ながら、“謎”の「ルール」に「疑問」を感じる保護者も少なくない。だが多くは「そういう世界だから」と子供のために我慢の道を選んでいる。
■行き過ぎた保護者同士の上下関係
昭和の高校野球のような保護者のなかでの上下関係は、人間関係を難しくしてもいる。同調圧力もあるようだ。母親(50代)からは「(グラウンドに行く)週末が近づくと憂鬱になる」という悲痛な叫びも聞こえてくる。
チームによってはこういうことにならないように、保護者との関わりを一切シャットアウトして運営しているところもある。これは高校野球の話だが、誰もが知るある名将は保護者間で行き過ぎた上下関係があると知って激怒。すぐにやめさせたという。
中学硬式では金銭的な負担も大きいようだ。その比重はチームによって異なるが、強豪チームともなれば、全国大会などの大きな大会に出場するため、その都度、旅費や宿泊費が生じる。保護者同伴というケースも少なくないため、費用は2倍、3倍とかかる。
あくまでもクラブチームではあるが、活動が高校の強豪私学と変わらないため、お金がかかってしまうのだろう。ボランティアチームゆえ、監督、コーチの遠征費を保護者が負担しているところもある。
■自分の子供には野球をやらせられない
野球エリートが集まる中学硬式はレベルが高いチームが多く、親の熱量も高い。強豪高校のレギュラーを見ても、そのほとんどが名の知れた中学硬式チームの出身者と、高校野球のレベルを支えてもいる。しかしながら、その裏には親たちの手厚い金銭的なサポートがあるのだ。
反対に言うなら、親が経済的にも時間的にも余裕がないと、子供に本格的に野球をやらせるのは難しくなっている。
高校時代に夏の全国制覇を果たし、大学野球を経由して、社会人野球でプレーしているある選手はこんな本音をもらしていた。
「自分の子供には野球をやらせられないですよ。とにかくお金がかかるし、親が苦労をしてきたのを見てきたので……大学も大変だったようです。高校は特待生でしたが、大学は授業料に寮費、それと仕送りもと、かなり負担をかけました」
もちろん、そこまでの「覚悟」や大きな「金銭的な負担」がなく、子供に野球をやらせている親もたくさんいるだろう。しかしながら、野球という競技が親の「覚悟」と「金銭的な負担」とのセットになっているのも事実のようだ。
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上原 伸一(うえはら・しんいち)
スポーツライター
1962年東京生まれ。國學院大學文学部を卒業後、外資系スポーツメーカーに8年間在籍後、PR代理店を経て、2001年からフリーランスのスポーツライターに。活動のメインとする野球では、アマチュア野球のカテゴリーを幅広く取材。現在はベースボール・マガジン社の『週刊ベースボール』、『大学野球』、『高校野球マガジン』などの専門誌の他、Webメディアでは朝日新聞「4years.」、「NumberWeb」、「スポーツナビ」、「プレジデントオンライン」などに寄稿している。2020年より「Yahoo!ニュース エキスパート」になりMVA賞を2度受賞。
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(スポーツライター 上原 伸一)