運のいい人と悪い人は何が違うのか。明治大学法学部教授の堀田秀吾さんは「幸運な人たちに共通するのは『とりあえずやってみる』習慣であることが科学的に証明されている。
積極的に行動すると、チャンスが増えるからだ」という――。
※本稿は、堀田秀吾『とりあえずやってみる技術』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。
■準備が完璧に整う瞬間など存在しない
「もっと準備が整ってから」

「ちゃんと自信がついてから」
そんなふうにして、私たちは人生のいくつかのチャンスを見送ってしまいます。
でも、現実には、完璧に準備が整う瞬間などほとんど訪れません。
たとえ100%に近づいたとしても、「あと少し」と思っているうちに、時間もタイミングも逃してしまうのが常です。
心理学ではこのような傾向を「現状維持バイアス」と呼びます。
人は変化よりも現状を選びやすい傾向があり、ほんの少しの不安や不足感があれば、それを理由に「今はまだ早い」と自分を説得してしまうのです。
しかし、やってみないとわからないことはたくさんあります。
準備が7割でも5割でも、とりあえず動き出してしまったほうが、結果的に効率が良いことは少なくありません。
■完璧主義の人ほど行動開始が遅れる
実際、行動しながらの学習のほうが、頭のなかのシミュレーションよりも圧倒的に吸収率が高いという研究もあります。
たとえば、ブエノスアイレス大学のガラレギらは、「完璧主義的傾向を持つ人ほど、行動開始が遅れ、結果としてストレスや後悔が増える」ことを示しています。
また、行動経済学の分野でも、「後悔最小化理論(regret minimization framework)」という概念があり、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスもこれに基づいて決断を下してきたと語っています。

■科学的に証明された「行動が先、気持ちは後」
自信がないからできないのではなく、やってみたから自信がついた。
そんな逆転の発想が、行動心理学では重視されています。
この考え方の根拠となっているのが、スタンフォード大学のバンデューラの提唱した自己効力感の理論です。
バンデューラは、成功体験がもっとも強力に自己効力感を高める要因であると述べています。
小さな成功の積み重ねが、やればできるかもしれないという感覚を強くし、その感覚がさらに行動を促進する。このポジティブな循環こそが、成長と挑戦のサイクルを生み出すのです。
また、やってみることで初めて、自分の適性や向き・不向きが具体的に見えてくることもあります。
頭のなかで想像していた不安や苦手意識が、実際にやってみると案外そうでもなかった、という経験は誰しも持っているのではないでしょうか。
実証的な研究でも、とりあえずやってみることの効果は示されています。
ロイファナ大学リューネブルクのエッカートらは、大学生を対象に、行動を早く開始することで自己評価がどう変化するかを測定したところ、行動を起こしたグループは、先延ばしにしたグループに比べて自己効力感が向上していたと報告しています。
これは、行動が先、気持ちは後、という順序がいかに自然かを物語っています。
失敗したとしても、その経験は成功の前段階として記憶に残り、次の挑戦の糧となります。
むしろ、行動しないままの完璧な構想は、いつまでも「空想」のままです。
とりあえずやってみる。その一歩が、人生の選択肢を確実に広げてくれます。
■動かなければ幸運もやってこない
新しいことを始めると、当初は想定もしていなかった出会いや発見が舞い込むことがあります。その理由は単純で、行動することで環境との接点が増え、偶然のきっかけをつかめる可能性が広がるからです。
これは心理学でいう「セレンディピティ(偶然の幸運)」や「偶発的学習(incidental learning)」にも関係しています。
コーネル大学のフランクは、思いがけない成功を何度も経験している人たちは、「とにかくやってみる」という行動を普段からよく選んでいるといいます。なぜなら、世の中の結果は予想できない偶然に大きく左右されることが多く、まず動いてみることが、成功につながるチャンスを増やすコツだからです。
また、グローニンゲン大学のヴァン・ダムの実験では、新しい課題に挑戦したグループは、そうでないグループと比べて、創造的かつ独創的なアイデアをより多く選択したとされています。
つまり、偶然のチャンスはただ待っているだけではなかなかやってこない。いつもの自分とは少し違う行動を選んだとき、注意のアンテナが広がり、意外な気づきに出会いやすくなるのです。
散歩道を変えてみる、いつもと違う店に入る、他人からの誘いを受けてみる。

そんな小さな変化の積み重ねが、思いがけない人生の分岐点につながっていくこともあるのです。
■動いているうちに目標が見えてくる
「やりたいことがわからない」

「目標がない」
そんなふうに感じるときは、何かを始めるのが難しく感じられるかもしれません。
しかし、実は、目標を見つけてから動くのではなく、動いているうちに目標が見えてくることのほうがずっと多いのです。
アメリカ・スタンフォード大学のデイモンは、青少年の目的意識の形成について調査し、「明確な目的を持っている人の多くは、初めから明確な目標があったわけではなく、行動のなかで意味づけが深まっていった」と報告しています。
つまり、やってみて初めて「面白い」「向いている」と感じたことが、やがて目標と呼べるものに変わっていくのです。
また、グラーツ大学のヘイラーとハドラーの研究では、行動の選択肢が多い人ほど、将来の自己決定感や幸福感が高くなる傾向があると示されています。
何をやっていいかわからないときこそ、正解を探すよりも、動いて選択肢をつくる。
それが、目標が見つからない状態を抜け出すための確かな方法なのです。
■最適解を求めすぎると選択後の満足度が下がる
現代ではタイパやコスパという言葉が広まり、何をするにしても「どれだけ得か」「ムダがないか」と考えるクセがつきやすくなっています。
たしかに効率やコスト意識は大切ですが、行き過ぎると「結果が出ないことはやる意味がない」という思考に陥り、行動を極端に制限してしまう危険があります。
少し遠回りした道で偶然素敵な景色を見つけたり、効率の悪い方法で試行錯誤するうちに新しいアイデアが生まれたりといった余白や偶発性こそが、人生の豊かさをつくっているのかもしれません。
また、ニューヨーク州立大学バッファロー校のソルツマンらの研究では、最適解を求めすぎる人ほど、選択後の満足度が下がる傾向があることが示されています。

もっとも効率的でもっとも損をしない選択肢を選ぼうとするほど、「あれでよかったのか」と考えすぎてしまうのです。
効率ばかりに縛られていると、偶然の出会いや遠回りの学びが見えなくなります。
だからこそ、時には「ちょっとムダかもしれないけど、やってみたい」「面白そうだから試してみる」という判断を許してあげることが、自分を動かす力になります。
■「運がいい人」に共通していた3つの習慣
「運のいい人」と聞くと、偶然の幸運に恵まれる特別な人のように思われがちです。
しかし、ハートフォードシャー大学のワイズマンの研究は、私たちのそんな思い込みに一石を投じています。
彼は数百人の「自分は運がいいと思っている人」と「自分は運が悪いと思っている人」を対象に、行動パターンや思考傾向を比較しました。
その結果、幸運な人にはいくつかの明確な共通点があることがわかりました。
第一に、幸運な人はとりあえずやってみる傾向が強く、新しい状況や出会いに対して柔軟であること。つまり、自分から偶然のきっかけに飛び込んでいく習慣を持っているのです。
第二に、幸運な人は、偶然の出来事をポジティブに解釈する能力が高いことが挙げられます。失敗や偶然のトラブルさえも、「これがあったから、今の自分がいる」と意味づけを変えていく力があるのです。
このような再解釈力や捉え直しの柔軟性こそが、運を呼び込む姿勢そのものだとワイズマンは述べています。

さらに、幸運な人は小さな機会や人の言葉に注意深く、チャンスに気づく感度が高いという特徴もあります。
たとえば、カフェで隣に座った人に話しかけてみる、興味のあるイベントに参加してみる、初めての場所での会話を楽しむ。そういった行動が、次のチャンスにつながり、その積み重ねが幸運の連鎖を生むのです。
ワイズマンは、「運は偶然ではなく、習慣である」と結論づけています。
つまり、幸運な人は「運が良くなるような行動」を無意識に繰り返しているのです。
これは裏を返せば、私たちは誰もが、「運のいい人になる」選択肢を手にしているということでもあります。

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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)

明治大学法学部教授、言語学博士

1999年、シカゴ大学言語学部博士課程修了(Ph.D. in Linguistics、言語学博士)。2000年、立命館大学法学部助教授。2005年、ヨーク大学オズグッドホール・ロースクール修士課程修了、2008年同博士課程単位取得退学。2008年、明治大学法学部准教授。2010年、明治大学法学部教授。司法分野におけるコミュニケーションに関して、社会言語学、心理言語学、脳科学などのさまざまな学術分野の知見を融合した多角的な研究を国内外で展開している。
また、研究以外の活動も積極的に行っており、企業の顧問や芸能事務所の監修、ワイドショーのレギュラー・コメンテーターなども務める。著書に『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』(クロスメディア・パブリッシング/共著)、『科学的に元気になる方法集めました』(文響社)、『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)、『図解ストレス解消大全』(SBクリエイティブ)など多数。

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(明治大学法学部教授、言語学博士 堀田 秀吾)
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