※本稿は、平畑光一『コロナ後遺症 ~治らない“慢性不調”の正体~』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■散歩が原因で3日間、ほぼ寝たきりに
コロナ後遺症では、「入浴すると1日寝込む」「1時間散歩した翌日から3日間、ほぼ寝たきりになった」「ドライヤーを持っていられない」「かぼちゃを切ろうと力を入れたらだるくなって1日寝込んだ」「身体のあちこちが痛むのに、検査で異常が出ない」「CTで異常がないのに、家の階段を上るだけで息が切れる」「3メートル小走りをしただけで1週間足が痛む」といった症状がよく見られます。
日常生活を送るだけでも大変な苦痛を覚える症状群ですが、一方で、医師から見ると普段見ている疾患とはあまりにも違う症状であるため、精神疾患を疑いたくなったり、「少なくとも自分の科の疾患ではない」と考えてしまったりしがちです。
これらの症状は「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)」と酷似した症状なのですが、実際のところ、ME/CFSを専門とする医師は、日本全国でも数えるほどしかいません。
生きていくのもやっとの状態で、這うようにして外来を受診しているのに、医師から「自分の科の疾患ではない、他をあたってくれ」と言われ続けることのつらさは、想像を絶するものがあります。
■1年で「完治」した人はわずか15%
症状のしつこさも大きな問題です。nature communications誌に掲載されたフランスの論文(※1)でも、罹患後1年で寛解(かんかい)(いったんすべての症状がなくなった状態)になった人がわずか15%となっていますが、実際、多くの患者さんが、なかなか「完治」とはならないという現実があります。4年以上強い症状に悩まされている方も少なくありません。
患者さんには「あとどれくらいで治ることが多いのですか」とよく聞かれますが、なんとか絶望させないように言葉を選びながら、「数カ月で改善することが多いです」などといった説明をするのが精いっぱいというところです。
特に症状が重い患者さんの場合は、治療の当面の目標は「生活が楽にできるように、できれば仕事ができるところまで、症状を『改善』させる」ということになります。もちろん、完全に寝たきりの方であっても、仕事ができるところまで改善することは十分にあるため、希望を失う必要はありません。
本稿では、コロナ後遺症でよく見られる、典型的な症状について解説をします。
※1 Tran, V.-T., Porcher, R., Pane, I. & Ravaud, P. Course of post COVID-19 disease symptoms over time in the ComPaRe long COVID prospective e-cohort. Nat. Commun. 13, 1812 (2022).
■テレビのリモコンすら持てない「倦怠感」
倦怠感はコロナ後遺症のもっとも主要な症状と言って差し支えない症状です。就業の障壁となることはもちろん、重症となれば、入浴するだけで1日寝込む、食事の際に茶碗を持つことができない、テレビのリモコンを持つことができない、といった症状を呈し、生活上、重大な障害となります。
留意しなければならないことは、見た目や(現在保険適応で利用できるような項目の)採血結果、頭部MRIなどでは異常が見られないため、つい症状のつらさを軽視してしまいがちなことです。
特に、患者が診察室を訪れることができるのは、何日もかけて体調を整えた時であることも少なくなく、その時の状態を見て「元気そう」などと安易に考えることは厳(げん)に慎まなければいけません。
■87.6%が「気持ちの落ち込み」を訴える
筆者のクリニックでは、経過中に少しでも症状があれば「症状あり」としているのですが、その結果では、「気分の落ち込み」について、7631人中6684人が症状ありになっており、実に87.6%が訴えている、倦怠感の次に多い症状ということになっています。
うつ病については精神科医ではないため、診断をすることはできませんが、抑うつ気分、不安、焦燥感は非常に多く見られます。
また、PTSDについては専門外なのですが、コロナ後遺症の罹患に伴ってPTSDの症状がきつく出ている方は多いようで、そういった場合、フラッシュバックに有効とされている「神田橋処方」(桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)+四物湯(しもつとう))がよく効くケースが多いです。
「COVID-19罹患に伴うPTSD」というとすぐに集中治療後症候群(重い病気の治療で集中治療室に入った患者が、退室したのちも不安感などを抱える障害)のようなものが思い浮かびますが、COVID-19自体、軽症が多いため、そのようなことは多くありません。
■「気の持ちよう」と言われるショック
「気持ちの落ち込み」のような抑うつ気分などの症状の原因には、次のようなものがあるように思います。
・疾患に起因するもの
なかなか治らないこと、働けなくなることの不安など
・今までの役割を果たせなくなることの罪悪感
家事ができなくなった主婦、働けなくなった男性など
・家族や同僚などの無理解
DVが顕在化するケースや、モラハラの被害者になってしまうケースなどがあります
・医療従事者の不適切な対応
「後遺症は気の持ちよう(患者の心が弱いせいで起きた)」と言われること
「後遺症は治す方法がない」と断言されること
「後遺症の可能性がある」と伝えるだけで診療拒否をされること
これらの対応を繰り返されているケースが多く、医療機関が症状の原因になっていることが、残念ながら少なくないように思います。
いずれも続発的なものとして理解できるものばかりで、たとえば不労所得などがあり、周囲の理解もあり、何不自由なく暮らしている人が、後遺症に伴ってうつ状態になっているケースなどはあまり見かけない印象です。
■思考力が低下する「ブレインフォグ」
倦怠感や気分の落ち込みと同様に、後遺症を抱える多くの方が訴えるのが、「思考力の低下(ブレインフォグ)」です。【図表1】のように、85.2%もの方が症状を訴えています。
ブレインフォグとは、その名の通り、頭の中に霧がかかったようになり、思考力や判断力が低下してしまう状態になります。このため、記憶力が低下したり、字を読んでも頭に入らなかったり、単語がなかなか出てこなくなったり、画面や文字を見るのがキツイなどの症状が顕れます。
デスクワークが多いビジネスパーソンなどの場合は、「頭が正常に働かないため、仕事に戻れない」と訴えるケースも少なくありません。
■医師に理解されず、自死を選ぶ患者も
倦怠感もブレインフォグも、仕事を失ったり、学校に行けなくなったりする原因となる症状であり、QOLを著しく低下させてしまいます。
さらに、こうした症状は一つではなく、頭痛や呼吸困難、身体の疼痛(とうつう)、不眠や食欲不振、発熱や咳、さらに味覚や嗅覚の障害など、さまざまな症状が出たり消えたりすることから「もぐらたたき」と称されることがあります。
このような特徴から、症状を訴えても、医師に理解されず傷つく患者さんが多いことも特徴です。筆者のクリニックでも少なくとも3人の方が自死しており、非常に自死率の高い疾患です。
診察する医師の側は、不適切な対応で患者さんを自死に追い込まないよう、受容的でエンパワーメントを意識した対応を心がける必要があります。
■睡眠時無呼吸症候群で安眠が妨げられる
コロナ後遺症としては、先述したように不眠などの睡眠障害もよく見られる症状です。
一般的に、睡眠時無呼吸症候群には、空気の通り道が狭くなる閉塞性のものと、脳からの呼吸司令がうまく伝わらない中枢性のものがあります、コロナ後遺症では、後者の中枢性が疑われるケースが多いようです。
また、呼吸器系の問題として、COVID-19によって肺炎を起こした場合、その後も激しい咳や呼吸困難などが後遺症として残るケースがあります。これは肺炎によって線維(せんい)化してしまった肺胞が原因となって、酸素と二酸化炭素の交換がうまくいかず、咳や痰、咳による胸の痛み、息切れ、だるさなどの症状を引き起こすことになるからです。
■内視鏡検査では分からない消化器系疾患
コロナ後遺症では、非常に高頻度で胃食道逆流症が合併します。胃食道逆流症というのは「胃酸が食道に上がってくる病態」のことです。そのうち、胸焼けがあったり、呑酸(どんさん)といい酸っぱいものが込み上がってくる感じがあるタイプは、内視鏡で見ると食道にびらん(粘膜のただれ)がある胃食道逆流性(GERD。俗に言う逆流性食道炎)と、内視鏡でみてもびらんなどの所見が認められない非びらん性胃食道逆流症(NERD)があります。
コロナ後遺症では、胃酸の逆流度合いが少なく、内視鏡でもびらんが認められない後者のタイプ(NERD)が多い印象です。このタイプの特徴は、胸焼けや酸っぱいものがこみ上げるような症状が少ない傾向がある一方、息切れや咳、動悸感、入眠障害や中途覚醒が多く起きることです。
NERDの場合、たとえ強い症状があっても、内視鏡で見てもびらんなどの所見が認められないため、「なんともありません」と診断されてしまうことも少なくありません。
■後遺症の有無は見た目で判断できない
コロナ後遺症、ワクチン接種後症候群の症状が重い患者さんは、倦怠感がひどく、月に1回、外出するのが精いっぱい、ということが少なくありません。
そんな時、少しでも「きれいでいたい」と思うのは、自然なことです。たとえ短い時間でも、「普通の自分」を実感できる数少ない機会。それがその人を支えていることも少なくないはずです。決して「贅沢」ではないし、文句を言われる筋合いもありません。
それを見て、「病人らしくない」「元気そうだから症状はウソだ」などと暴言を言ってしまう人がいますが、それがどれだけ患者さんを傷つけるか、想像するだけでも恐ろしく思います。もちろん、余裕がなくてきれいにできない時だってあると思いますが、できるときにしてはいけないだなんて、なんという横暴でしょうか。
せめて医療者側は、そういった患者さんの思いを理解していなければいけません。一見、きれいにされていて普通に来院された軽症の患者さんと間違えてしまいそうでも、「今日は月1回のおめかしをしているのかもしれない」と思って対応する必要があります。
私はできるだけ問診内容と診察所見で判断してから「元気そうですね」と言うようにしています。間違っても、見た目だけで「症状はウソだ」なんて判断しちゃいけません。
こういった話は、SNSではリウマチの患者さんにも「リウマチあるあるですね」と言われたりします。
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平畑 光一(ひらはた・こういち)
医師
山形大学医学部卒業。東邦大学大橋病院で一般内科、循環器内科を研修、国立病院機構東京病院にて呼吸器内科研修を経て、東邦大学大橋病院消化器内科にて大腸カメラ挿入時の疼痛、胃酸逆流に伴う症状などについて研究を行う。胃腸疾患や膵炎など、消化器全般の診療に携わる。2008年7月より東京・渋谷にある「ヒラハタクリニック」院長に就任。2020年3月に「新型コロナ後遺症外来」を開設。日本消化器内視鏡学会専門医、日本医師会認定産業医、日本内科学会認定医。
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(医師 平畑 光一)