投資先を選ぶとき、何を基準にすればいいのか。投資ブロガーの水瀬ケンイチさんは「私は2002年からインデックスファンドなどを毎月積み立て続けてきた。
その間に経験した2度の大暴落は、分散投資の重要性をあらためて教えてくれた」という――。
※本稿は、水瀬ケンイチ『彼はそれを「賢者の投資術」と言った 水瀬ケンイチのインデックス投資25年間の道のり全公開』(Gakken)の一部を再編集したものです。
■全世界を巻き込んだ「コロナ・ショック」
2020年、人類にとって未知の新型コロナウイルス感染症が全世界を襲った。急性呼吸器疾患等を引き起こすこの感染症は、あっという間に世界的流行(パンデミック)になったにもかかわらず、当初は感染経路すらわからず、特効薬もなかった。
世界規模の都市封鎖(ロックダウン)や入国制限、さまざまな行事の延期や縮小など、人類が過去に経験したことのない事態に陥った。この年に東京での開催が予定されていた「東京オリンピック2020」までもが史上初めて延期されるという異常事態に世界は震撼した。
見えない敵との戦いで、全世界の株式市場が暴落した。「コロナ・ショック」だ。前例がほぼない(100年前のスペイン風邪まで歴史を遡らないといけない)パンデミックという異常事態と、株価が急落するスピードが異様に早かったことも、人々の恐怖心をいっそうかき立てた。
■1カ月間にS&P500指数は歴史的下落
世界経済の中心である米国株式市場でサーキット・ブレーカー(相場過熱による一時取引停止)が連日発動して、株価チャートの下落の角度が鋭く、下落スピードが尋常ではなく早い。2020年2月19日から3月23日までのたった1カ月ちょっとで、米国S&P500指数は33.9%下落した。これほどの急落は歴史的にも珍しいものだった。

当時、すでに18年間積み立て投資を続けていた私の運用資産は金額が大きくなっており、そのぶん暴落の金額的ダメージも大きくなる。いつも「アップダウンは気にしません」と言っていた私も、さすがに「これはヤバいかも……」と、たじろいだ。ふだんなら冷静に受け止めるはずの市場変動も、そのスピードと規模が尋常でなかったため、誰もが動揺せざるを得なかった。
ただ、この感じ、初めてではない。
■「暴落時こそ冷静に」という12年前の教訓
私には2008年のリーマン・ショックの大暴落とそれを乗り越えた経験があった。世界中の金融機関や有識者たちが冷静になるよう情報発信していたし、私も、保有資産全体のリスク水準が自分のリスク許容度の範囲内であることをいつもどおり確認したうえで、感情的な売買は控えようとブログやSNSで機を捉えて呼びかけた。
過去の経験から、こういった危機的状況でパニック売りをしてしまうことが最も損失を確定させる行動だということを肌身で感じていたからだ。
SNS上では、暴落に対して強い不安を感じて感情的な投稿をする人も現れた。米国市場が引けた朝、真っ赤なヒートマップの画像や鋭く下がる折れ線グラフを毎朝SNSに投稿し、周囲の注目を集めている人もいた。恐怖心が最高潮に達しているときこそ、冷静さが求められるのだが、それが最も難しいときでもある。
それでも、リーマン・ショックのときと比べると、状況はいくらか落ち着いて見えた。しかし、暴落相場で「暴落だ! 暴落だ!」と過度に不安をあおるような発信は、結果的に多くの人の不安を増幅させてしまう可能性がある。
特にあまり意識していなかった人の心をもかき乱してしまうからだ。
私はつとめて冷静になるように呼びかけた。市場の暴落時こそ、パニックに陥らず冷静な判断が求められる。それは投資だけでなく、人生のあらゆる危機的状況に共通する教訓だろう。
■尋常ではないスピードで「上げ相場」に
幸いにというか、驚くべきことにというか、世界中の製薬企業による急速なワクチン開発や医療従事者の献身的な対応をはじめ、政府の財政支援、リモートワークの進展、手洗い・消毒の徹底などにより、人々は生活をニュー・ノーマル(人間活動の新たな常態)に適応させていった。人類の適応能力と知恵は想像以上に素晴らしいものだった。
株式市場では、2020年3月19日ごろを底に、株価が急激に切り返しはじめた。下落スピードが尋常ではなく早かったのと対をなすように、上昇スピードも尋常ではない早さだった。まさに急激なV字回復で、半年後には株価水準はほぼ元どおりに戻った。
リーマン・ショックの時よりもはるかに早い。それどころか、世界各国の新型コロナウイルス感染症対策の金融緩和政策や財政出動への期待から、その後も株価は上昇を続け、年末には「コロナ・バブルか?」とも言われるような上げ相場に化けていた。誰もが経済活動の長期停滞を予測していたにもかかわらず、株式市場はそれを覆す動きを見せた。

■分散投資の重要性を痛感させられた
いざとなった時の人類の「強さ」や「しぶとさ」をまざまざと見せつけられたできごとだった。企業も個人も、想像以上の早さで新しい環境に適応し、新たなビジネスモデルや生活様式を生み出していった。テレワークやオンライン会議、ECサイトの利用拡大など、デジタル化の波が一気に加速した。危機は同時に機会でもあることを実感させられた瞬間だった。
その後は、ロシアのウクライナ侵攻もあり、エネルギー価格を中心としたインフレの嵐が巻き起こったが、世界経済はしぶとく成長を続け、株式市場では大型の上げ相場が数年続いた。地政学的リスクやインフレといった新たな課題にも、経済は意外なほどの回復力を見せている。
世の中、何がどう転ぶかまったくわからない。わからないからこそ、世界中に分散して投資しておく必要がある。このパンデミック経験は、分散投資の重要性をあらためて教えてくれた。特定の国や産業に集中投資していたら、想定外の事態に対応できなかったかもしれない。
■20年間ひたすら積み立て、「億り人」に
2021年の年末の足音が近づいてくるころには、私の運用資産は1億円の大台を突破した。2002年から20年間(当時)、毎月、世界中に分散したインデックスファンドなどを積み立て続けてきただけで、いわゆる「億り人」になったのだ。
「継続は力なり」という言葉を身をもって実感した瞬間だった。
当時のポートフォリオの期待リターンは年率プラス4.4%、リスク(標準偏差)は13.6%。運用期間20年で、実際のリターンを計算したら年率プラス6.0%だった。平凡な実績だが、期待リターンよりは少しよい方にふれたようだ。
よい方にふれたのは、そこにいたる数年の相場状況が良かったからだと思う。損益は計算期間によってころころ変わるので、2021年時点の損益自体にあまり意味はない。
それよりも、リスク水準を自分のリスク許容度の範囲内に納めることを重視して、同じ資産配分で毎月1回ひたすら積み立てることを継続してきただけで、手間をかけずに資産形成ができていたことがうれしい。継続の力と複利の効果がこんなにも大きな力を生むのかと驚くばかりだ。
■規模が大きくなっても基本方針は変えない
振り返ると、25年前に『ウォール街のランダム・ウォーカー』で読んだ教科書どおりの愚直なインデックス投資を続けてきただけだ。予想どおり時間はかかったが、それでも期待どおりの結果が出たことがうれしかった。
資産規模が大きくなるにつれて、いくつかの変化を実感するようになった。まず、市場の1%の変動が数十万円、数百万円の評価額の変化をもたらすようになる。
また、毎月の積み立て投資の影響力も相対的に小さくなってくる。
これらの変化に対して心構えや投資スタンスをどう調整していったか、ここでは一点だけ強調しておく。億という規模になっても、私のインデックス投資の基本方針は変わっていないということだ。
■ついに登場した夢の商品「オルカン」
投資商品としては、それまでメインで投資していた海外ETFのVTを上回るよい商品がついにあらわれた。それは「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」、通称「オルカン」だ。これは、全世界株式に投資できる超・低コストなインデックスファンドである。
私が投資を始めた25年前には、このような商品は日本では考えられなかった。信託報酬(運用コスト)は年率0.1%台と驚くほど低く、世界中の株式市場に1本で投資できるという利便性も備えている。インデックス投資家にとって、まさに理想的な商品だ。
海外ETFのVTは低コストで残高も巨大なよいETFであるものの、日本の証券会社では外国株式扱いの割高な売買手数料がかかる(条件によってはかからない場合もあるが)。
なにより、ETFの場合は毎年4回分配金が支払われる。資産形成期の投資家にとっては、分配金が発生することでその時点で課税されるため、資産がやや目減りすることになる。
さらに、それを自分で再投資するという手間がかかる。
インデックスファンドは分配金を出さないことがほとんどで、分配金見合いのものはファンド内で自動的に再投資されて基準価額の上昇として反映されるのだ。このような税金面での取り扱いの違いは、長期投資では大きな差になる。
■シンプルで手間のかからない投資が実現
オルカンはVTとほぼ同じ全世界の株式に1本で投資可能でありながら、信託報酬は同レベルかわずかに安く、なにより国内籍の投資信託がもつ特徴である、「たった100円」から「金額指定」で買える。もちろん、確定申告の手続きも不要だ。
そしてオルカンの運用会社である三菱UFJアセットマネジメントは「eMAXIS Slim」シリーズについて「業界最低水準の運用コストを将来にわたってめざし続ける」と明言している。実際に、より低コストな競合ファンドが登場したときには運用コストを対抗値下げしてきた実績がある。
私も株式クラスの積立商品はオルカン1本に絞り、毎月積み立てを継続することにした。リレー投資を行う必要もなくなった。商品が改良され、投資環境も整ってきたことで、投資はますますシンプルになり、手間もかからなくなった。
■インデックス投資が「当たり前」になる未来
2024年からは新NISA(少額投資非課税制度)という非課税制度が大幅に拡充された。生涯投資枠が1800万円と大幅に拡大されたことに加え、非課税期間が無期限となった。個人投資家の資産運用を制度面からも強力にサポートしてくれる体制がようやく築かれてきた。もちろん、オルカンも非課税対象商品だ。
このNISA制度の拡充は、長期投資家にとって画期的なものだ。いままでの制度では、非課税期間が限られていたり、投資可能額が小さかったりと制約が多かった。それが、生涯にわたって1800万円もの資金を非課税で運用できるようになったのは、大きな前進と言える。
25年前には想像もできなかったような投資環境の改善を目の当たりにして、日本の資産形成文化も少しずつ変わってきているのを感じる。銀行預金一辺倒だった個人の金融資産も、少しずつ投資へとシフトしつつある。この流れが続けば、将来的には「当たり前の資産形成手段」としてインデックス投資が認知されるようになるだろう。

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水瀬 ケンイチ(みなせ・けんいち)

投資ブロガー

1973年、東京都生まれ。都内IT企業会社員にして下町の個人投資家。2005年より投資ブログ「梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー」を執筆、インデックス投資のバイブル的ブログに。インデックス投資の代名詞となった『ほったらかし投資術』(朝日新書)では、経済評論家の山崎元氏(故人)と共著、ベストセラーに。著書に『お金は寝かせて増やしなさい』(フォレスト出版)など。著書の累計部数は55万部突破(電子含む、2025年6月時点)。

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(投資ブロガー 水瀬 ケンイチ)
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