男性からお金を巻き上げる「マニュアル」を作った「頂き女子りりちゃん」こと渡邊真衣受刑者はどのような人物だったのか。渡邊さんと23回接見を重ね、『渇愛 頂き女子りりちゃん』(小学館)を書いた記者の宇都宮直子さんは「彼女はすべて『人に好かれるため』に行動していた。
人に好かれる才能のほか、彼女はもう一つの才能を持っていた」という――。
■第一印象は「なんだコイツ」
――「頂き女子りりちゃん」こと、渡邊真衣受刑者に23回も接見したそうですね。
当初、私には、渡邊さんが「りりちゃん」を演じているように見えました。
警察署の女性留置施設で会った第一印象は「なんなんだ、この人は」。はじめての面会で、渡邊さんは自身の歌舞伎町観を、こんなふうにハイテンションでまくし立てました。
「私の周りって、ホス狂いのコがすごく多くって。歌舞伎町の中ではそれって“素晴らしいこと”と考えられているんです。体売っても、何をしても、お金を稼いで、担当(のホスト)に使うというのは素晴らしいことなんです。歌舞伎町ではそれが褒められる世界なんです。そうやって、昼職やめて、風俗行って、“詐欺に”っていう流れですね」
■皆が求める「りりちゃん」を演じていた
メディアが取り上げたり、SNSなどで見たりした「頂き女子りりちゃん」そのままの姿に、私は薄っぺらさを感じました。いままで取材してきた歌舞伎町のホス狂いのテンプレートのような女性だったからです。
りりちゃんはYouTubeなどで「父親の虐待を受けて18歳で家を出てから家族とは音信不通」と話す反面、逮捕前には「ママを守りたい」とSNSに投稿していました。
虐待や学校でのイジメ、家庭に居場所がない……。それは、歌舞伎町で、同情を得て仲間をつくりやすいストーリーです。どこまでが事実でどこまでがフィクションなのか。私は、そこが知りたかった。
きっと“りりヲタ”と呼ばれる彼女のファンは、ハイテンションのりりちゃんを求めたし、渡邊さんがそう振る舞うことを喜んだ。逮捕後のメディアもそう。その期待に渡邊さん自身も応えていた。
でも、私との会話や手紙のやり取りから渡邊さんは「あれ、なんかおかしいな。いつもと違うな」と感じたのかもしれません。2回目以降の面会では、私がりりちゃんを求めていないとわかったのか、テンションが下がって、素の渡邊真衣さんに戻っていったように見えました。
■すべての行動は「人に好かれる」ため
私は、スクープを取ろうと面会を繰り返しました。けれど、次第に彼女に共感し、感情移入してしまっている自分に気がつきました。
フリーライターは、取材相手に好かれて、誰よりも早くネタをもらわなければなりません。この人にスクープをあげよう思われる人間になる必要があります。それが、フリーライターとして生きる術であり、私のなかでも習い性になっていました。
いま振り返るとそこが渡邊さんとの共通点だったんです。
渡邊さんの母親は、娘について「すべての行動の目的が人に好かれることにある」と話してくれました。とくに彼女が“おぢ”と呼ぶ年上の男性に好かれなければいけない、という思いが強かったのです。
■「おぢ」を仮想敵にしたコミュニティの頂点に立った
――逮捕前、りりちゃんには“りりヲタ”と呼ばれる女性ファンがいました。渡邊さんの何が女性を引きつけたのでしょうか?
こんなはずじゃなかった、という思いを抱いている人はたくさんいます。もっとキラキラした人生があったはずだ、と。
ちゃんと結婚して子どもを持って、家を建てて、休日にはマイカーで買い物に行く。子どもの頃は、漠然としたそんな未来像があったのに、現実は理想とはかけ離れている。自分はうまくいっていないのに、周りの人は幸せそうに見える。
そんな閉塞感を抱く女の子たちにとって、かけがえのない居場所になったのが、ホストクラブや、りりちゃんを中心とした「頂き女子コミュニティ」です。
「頂き女子コミュニティ」では、りりちゃんが“おぢ”と呼ぶ年上の男性が仮想の敵です。りりちゃんは頂き女子たちに“おぢ”を騙して、お金を得る方法を女性たちに教えます。単に「お金を稼ごう」というオンラインサロンではなく、「がんばったね」「こうしたらうまくいった」というような共感に基づくコミュニケーションが行われました。
彼女たちにとって、自分たちを苦しめる社会の象徴が“おぢ”で、頂き女子は社会にしっぺ返しする存在とも言えます。しかも頂き女子の頂点であるりりちゃんが、自分たち一人ひとりを見て、レスポンスをしてくれる。“りりヲタ”にとっては、甘美な場だったのではないでしょうか。
■女同士のコミュニティはあっけなく崩壊した
――『成瀬は天下を取りにいく』や『同志少女よ、敵を撃て』、今年の本屋大賞を受賞した『カフネ』など、最近は女性同士の連帯であるシスターフッド(女性同士の連帯)をテーマにした小説が人気です。『』には、渡邊さんと“りりヲタ”の、あるいは渡邊さんと宇都宮さんのシスターフッドの側面がある気がしました。
りりちゃんを中心にした“りりヲタ”たちのシスターフッドは、確かに存在していました。ただし、もしもコミュニティの連帯が強かったなら、逮捕後もりりちゃんを支えようという動きになったはずですが、そうはならなかった。
印象的だったのは、“トップオブりりヲタ”を自称するアーティストの増田ぴろよさんの言葉です。

「りりちゃんを基にした連帯は崩壊しました」
原因は、次は自分が逮捕されるのではないか、という恐怖です。恐怖が連帯感を上回り、「頂き女子コミュニティ」はあっけなく崩壊したといいます。歌舞伎町のシスターフッドは、脆かったと言えるかもしれません。
シスターフッドとは何か、という問題ではあるのですが、渡邊さんは、ただ自分をかまってくれる人としてしか私を見ていないと思います。正直、私である必要はなかった。彼女が求めているのは信頼や連帯ではなく、自分に時間をかけてくれる人で、それがたまたま私だった。それが、渡邊さんの本音なのではないかと感じます。
■詐欺師もホス狂いも「かっこいい」存在
もう1つ事件の背景にあるのが、歌舞伎町のホストクラブです。ホストクラブでは、現実から逃れられ、自分たちも物語の主人公になった気分になれる。近年のホストブームを支えるのが、風俗で働いたり、パパ活をしたりして、ホストに貢ぐホス狂いです。渡邊さん自身もそうした歯車に見事にはまってしまった。
「体売っても、何をしても、お金を稼いで、担当(自分が推すホスト)に使うというのは素晴らしい」と語る渡邊さんの……いえ、ホス狂いを自称する女性たちの価値観はあまりに悲しい。
とはいえ、ホストに貢ぐお金目当てのパパ活や風俗と、結婚をちらつかせ相手からお金を騙し取る頂き女子は分けて考える必要があります。詐欺は許される犯罪ではありません。
しかし歌舞伎町ではホス狂いがステータスであるように、渡邊さんは詐欺師もかっこいい存在として受け止めている節があります。お金や魅力がなければ、ホス狂いになれないように、詐欺師には才能が必要ですから。
加えて渡邊さんのマニュアルはSNSとの相性が良すぎました。仮に10年前ならここまで拡散することはなかったのではないでしょうか。
■りりちゃんはコラージュの天才
――そのマニュアルが、事件が注目を集めた理由の1つです。
渡邊さんはマニュアルに〈私は今までおぢ側の人間でした〉と記しています。つまり彼女自身が、ホストや、年上の男性からされたことを落とし込んで、マニュアル化したのが、頂き女子だったのです。
そのマニュアルも渡邊さんが一からつくったのではなく、ナンパ師の集まりである〈ナンパ界隈〉や、いかに女性のヒモになるかを指南する〈貢がせ界隈〉のマニュアル、情報商材などをアレンジして、頂き女子のマニュアルをつくった。
りりちゃんのマニュアルを見て天才だと語る人がいましたが、私は、渡邊さんはコラージュの天才だと感じました。たくさんのマニュアルの情報を集めて、誰にでもわかる言葉にして、しかも読みやすいようにイラストも入れる。
取材した関係者のひとりが「刑期を終えたら、会社のホームページをつくってほしい」と言っていたほどです。
■「女の子の役に立ちたい」というモチベーション
渡邊さんは初期にはマニュアルを5000円で販売していました。しかし「もっと儲かるから、5万円で売れ」と言ってきた〈貢がせ界隈〉と縁を切ります。その理由はお金を稼ぐためにマニュアルをつくったのではなく、女の子たちの役に立ちたいという気持ちがあったからです。
「ママを守りたい」と呟いたように、渡邊さんは「人を助けたい」「人の役に立ちたい」とよく口にします。ホストに貢いだのも、彼を助けたかったからと話していました。彼女は、本来は自分を助けてくれるはずの年上の男性たちに裏切られ、利用されました。裏は取れませんでしたが、性被害を受けていたという話も耳にしました。人を助けたい。その言葉は、自分を助けてほしい、という思いの裏返しのような気がします。
――今後、渡邊さんとはどのように付き合っていくつもりですか?
彼女が出所したら会いに行って「お帰りなさい」と言うつもりです。話すのを躊躇していた渡邊さんの母親にもインタビューをさせてもらいました。
渡邊さんと彼女の家族がどう生きていくか。人生をどう立て直すのか――それを見届けるのが、彼女たちから話を聞き、関わったフリーライターとしての責任であり、義務なのではないかと考えています。

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山川 徹(やまかわ・とおる)

ノンフィクションライター

1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。最新刊に商業捕鯨再起への軌跡を辿った『鯨鯢の鰓にかく』(小学館)。Twitter:@toru52521

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(ノンフィクションライター 山川 徹 取材・構成=フリーライター・山川徹)
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