脂肪肝になる人が増えている。内科医の名取宏さんは「お酒を飲まなくても、脂っこいものを食べなくても、甘い飲み物を摂るとなりやすい」という――。

■肝臓内科医の仕事はなくなるか
今から20年ほど前のこと。肝臓内科医のあいだで「将来、肝臓の病気がなくなって、職を失うかもしれない」と冗談まじりに語られたことがありました。
というのも、当時の肝臓内科の仕事といえば、「ウイルス性肝炎」の治療と経過観察、そして肝臓がんの早期発見・治療が中心だったからです。日本における肝細胞がんの大半は、B型あるいはC型肝炎ウイルスによるもので、それに対応するのが肝臓専門医の役割でした。
ところが、抗ウイルス薬の劇的な進歩により、ウイルス性肝炎はコントロールできる、あるいは治すことも可能な病気になってきました。新たな感染も減っていますから、ウイルス性肝炎を背景とした肝硬変や肝細胞がんは、今後さらに減少するでしょう。だからこそ、肝臓内科医は「職を失うかも」と話していたのです。
では、本当に肝臓内科医の仕事はなくなるのでしょうか。そんな心配は、残念ながら今のところなさそうです。というのも、別の肝疾患が増えているからです。それが、今回のテーマである「脂肪肝」です。
■脂肪肝の正式名が変わった理由
脂肪肝というのは、肝臓の細胞に中性脂肪が過剰にたまった状態です。
これまで「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」「NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)」と呼ばれてきましたが、現在は「MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)」「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」という新たな名称に移行しつつあります。
この名称変更の背景には、旧来の病名に含まれていた“fatty(脂肪性)”や“alcoholic(アルコール性)”という言葉が、英語圏において患者に対する偏見や差別意識を助長しかねないという懸念があります。日本語では中立的に訳される“fatty”は、英語の日常会話では「デブ」や「太っちょ」といった侮蔑的な意味で使われることもあり、この言葉が病名に含まれることが患者の心理的負担となるリスクが指摘されているのです。
ですから、本来であれば「脂肪肝」ではなく「脂肪性肝疾患」と呼ぶほうが正確なのですが、日本語ではこうした言葉に侮蔑的なニュアンスは伴いませんし、読者の皆さんにも誤解されることはないでしょう。したがって、本稿ではわかりやすさを優先し、「脂肪肝」という表現を用いることにします。
■さまざまな病気と死亡のリスクに
肝臓は別名「沈黙の臓器」と呼ばれています。多少のダメージでは痛みを感じることはなく、異常があっても自覚症状が乏しいのが特徴だからです。脂肪肝も、軽度であれば無症状。健康診断やほかの病気の検査で血液や画像を調べた際に見つかることが大半です。
脂肪肝の診断は、主に画像検査によって行われます。もっともよく使われるのは腹部超音波検査。痛みもなく簡便に行えるため、健康診断や人間ドックでも広く使われています。
肝細胞内の脂肪滴が超音波を反射し、肝臓全体が白く見えます。
さらに詳しく調べたいときは、CTやMRIといった他の画像検査を行うことも。血液検査では「AST/ALT」「γGTP」といった肝機能の値も参考にはなりますが、脂肪肝があっても数値に出ないこともあります。最終的な診断は、肝臓の一部を針で採取して顕微鏡で調べる「肝生検」によりますが、侵襲性が高いので必須ではありません。
脂肪肝になると、肝臓に炎症が生じ、線維化を経て「肝硬変」や「肝がん」へと進展することがあります。また、糖尿病や肥満、高血圧、脂質異常などの代謝異常と関係が深く、肝がんだけでなく心血管疾患や他のがんなど、さまざまな病気や死亡リスクを高めることがわかっているので注意が必要です。
■国内の患者数は2000万人以上
何しろ、脂肪肝は特別な病気ではありません。誰でもなりうる、身近な肝臓のトラブルです。現在では、脂肪肝の有病割合はウイルス性肝炎を大きく上まわり、国内の患者数は約2000万人以上と推計されます。脂肪肝は年齢とともに増加し、中高年で最も多くみられます。高齢者ではやや減少する傾向がありますが、これは加齢によって改善するためなのか、それとも育った時代の食習慣や生活環境の違いによるものなのか、はっきりとはわかっていません。
「太っている人の病気」というイメージがあるかもしれませんが、実際には肥満でない人にも起こります。
アジア人は欧米人と比べて、同じ体格でも内臓脂肪が蓄積しやすく、インスリン抵抗性や脂質異常症といった代謝異常を発症しやすいことが知られています。これは脂肪肝のリスクとも重なります。
飲みすぎが原因になることはよく知られていますが、お酒を飲まなくても脂肪肝になることはあります。脂肪肝は、食べすぎや運動不足、ストレスの蓄積、生活リズムの乱れといったさまざまな要因によって、肝臓に脂肪が蓄積することで起こるのです。もちろん、脂質の摂りすぎも脂肪肝の原因になります。ただし、地中海食に代表されるように、オリーブオイルなどの良質な脂質を適量とることは、脂肪肝の予防につながる可能性があります。
■脂質だけでなく糖質にも要注意
また、「脂肪肝」という言葉から、脂っこい食事が主な原因と思われがちですが、実際には糖類の摂りすぎも大きな要因です。
糖類とは、炭水化物の一種で、エネルギー源として利用される単純な糖のことを指します。過剰な糖類は、エネルギーとして使いきれなければ脂肪に変わって蓄積されるため、油ものを控えていても糖分を摂りすぎていれば脂肪肝になることも。代表的なものに「ショ糖(砂糖)」「ブドウ糖」「果糖」があり、このうち脂肪肝に対しては特に果糖が悪いとされています。ブドウ糖は筋肉をはじめとした全身で代謝されるのに対し、果糖は主に肝臓で代謝され中性脂肪の合成を促進しやすいためです。
もちろん、「これさえ食べれば安心」あるいは「これさえ避ければ大丈夫」という食品はありません。
やはり大切なのは食生活全体のバランスです。ただし、注意が必要なものもあります。糖類が添加されたジュースやスポーツドリンクなどの清涼飲料水、缶コーヒーなどが代表例です(※1)。たまに楽しむ程度ならともかく、日常的に飲み続けている人は脂肪肝になる可能性が高いことが複数の疫学研究で示されています。

※1 Consumption of Sugar-Sweetened Beverages Has a Dose-Dependent Effect on the Risk of Non-Alcoholic Fatty Liver Disease: An Updated Systematic Review and Dose-Response Meta-Analysis - PubMed
■果物と果汁100%のジュース
では、果物も控えるべきなのかというと、必ずしもそうではないのが医学の面白いところです。むしろ、果物を摂取したほうが、摂取しない場合に比べて脂肪肝のリスクが低いという疫学研究もあります(※2)。
食品が健康に与える影響は複雑で、研究結果の解釈には注意が必要です。でも、確実に言えるのは、果糖そのものが悪いというよりは、果糖の「摂りすぎ」が悪いということでしょう。果物を食べすぎるのは簡単ではありませんが、清涼飲料水だと手軽に大量摂取できてしまうため、現実的なリスクとして無視できないのです。
それでは、糖類が加えられていない100%果物ジュースはどうでしょうか。証拠は限られていますが、少量(週に2回以下)の摂取だと脂肪肝のリスクが低いという報告があります(※3)。一方で、脂肪肝以外の健康影響については注意が必要です。

たとえば、1日250g以上の多量摂取では、全死亡率や心血管疾患のリスクが高まるという研究結果も報告されています(※4)。100%果物ジュースも、飲みすぎれば健康に悪影響を及ぼす可能性があるという、ごく当たり前の話です。美味しいから好きで飲むならまだしも、「体によいから」と思って大量に飲むのは控えたほうがよいでしょう。

※2 Fruit and vegetable intake and the risk of non-alcoholic fatty liver disease: a meta-analysis of observational studies - PubMed

※3 Sugar-sweetened beverages, low/no-calorie beverages, fruit juice and non-alcoholic fatty liver disease defined by fatty liver index: the SWEET project - PubMed

※4 A Prospective Study of Fruit Juice Consumption and the Risk of Overall and Cardiovascular Disease Mortality - PubMed
■日頃から食と生活習慣の改善を
そのほか、赤肉・加工肉や精製された穀物が脂肪肝のリスクの上昇と関連し、ナッツ・豆類・全粒穀物・野菜などを中心とした食事がリスクの低下と関連する傾向があります。こうした傾向は、糖尿病や心血管疾患や肝臓以外のがんと似通っています。考えてみれば、脂肪肝は全身性の代謝疾患ですから当然です。加えて、適度な運動や体重管理といった基本的な生活習慣も、脂肪肝の予防や治療に効果があることは言うまでもありません。
脂肪肝には、今のところ高血圧や糖尿病のように確立した治療薬はありません。さまざまな薬剤の研究が進んでいる段階で、今後の進展に期待はできますが、現時点での治療の中心は生活習慣の改善です。意外な方法はなく、食事・運動・体重管理・禁酒節酒といった基本がすべてといっていいでしょう。
最近は腹部超音波で脂肪肝と診断される機会も増えていますが、治療法が限られる以上、肥満や糖尿病のない健康な人が全員検査を受けるべきだとは必ずしもいえません。脂肪肝があるから生活を改めるのではなく、脂肪肝があろうとなかろうと、生活習慣は整えておいたほうがよいでしょう。

食事や運動、体重管理を含めた日々の積み重ねが、肝臓を含む全身の健康を守る第一歩になります。今日から、無理なくできる小さな改善を続けていきましょう。

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名取 宏(なとり・ひろむ)

内科医

医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)
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