※本稿は、中原淳、パーソル総合研究所、ベネッセ教育総合研究所『学びをやめない生き方入門』(テオリア)の一部を再編集したものです。
■タスクバカ、課題解決バカ、専門バカ
「見渡し」経験は、私たちの日常のなかにも隠れています。
たとえば、結婚や子育てといったライフイベントを通じて、自分とは異なる価値観や視点に触れる機会は、典型的な「見渡し」経験だと言えます。
とくに、世代が異なる親子関係では、子どもからドキッとするような質問を受けることもありますし、子どもと接するときには、本人の気持ちや知識、経験、やる気を少し引いた目で観察する必要が出てくるからです。
また、世代や職種を超えた他者との交流を通じて、自分の周囲の価値観や業界内で当たり前とされている見方を相対化できることもあります。
「業界の常識」と思っていたことが、他分野ではまったく通じなかったり、「当たり前」としていた働き方が、別の世代や文化では異なっていたり――そうした発見をすることで、見渡しの視点がさらに広がっていくのです。
逆に、日々の業務に忙殺されると、私たちはどうしても目の前のタスクをこなすことだけに集中してしまいがちです。
その結果、俯瞰的な視点を持つ余裕がなくなり、長期的な成長の機会を逃してしまうことになります。
思い当たる状態はないでしょうか?
・ タスクバカ――目の前のタスクに追われ、全体を見渡す余裕がない
・ 課題解決バカ――目先の課題解決ばかりに集中し、根本的な視点を見失う
・ 専門バカ――自分の業界・専門分野に閉じこもり、新たな視野を獲得しない
■目先の課題の「モグラたたき」に終始してはいけない
私自身、学生たちには「課題解決バカになるな」とよく言っています。
課題解決が得意な(ある意味では「優秀な」)学生ほど、「そもそもなんのために課題解決を行い、どこを目指しているのか?」という全体性を見失ってしまいがちだからです。
課題解決それ自体はとても大事ですが、目先の課題の「モグラたたき」に終始し、目線がどんどん下がっていってしまっては元も子もありません。
大学での学びにおいても、本当に大切なのは「そもそも、課題がどういう構造になっているのか?」という本質を見抜こうとする姿勢です。
そのためには、全体を「見渡す」ような視点が欠かせないのです。
調査データを分析すると、「見渡し経験」にも3つのタイプが見えてきました。
近視眼的な状態から抜け出したり、そこに陥ることを防いだりするためには、次の3つの「見渡し」を意識しましょう。
■嫌な上司とのやりとりも「学びの機会」になる
①「自分」から離れる――価値観の見渡し
「見渡し経験」には、異なる価値観や考え方を持つ人々と関わり、他者の視点を理解することが含まれます。
同じ出来事でも、その受け取り方は人それぞれ――。
それを実感する機会が、この経験の中核を成しているのです。
・部下や後輩の育成・相談役を務める――相手の立場を踏まえて「どうすると伝わりやすいか?」を考える
・他部門や外部組織と連携して仕事をする――自部門・自社の「常識」が他所では通用しないことを知り、視野を広げる
・会社や部署の戦略策定に関わる――多様な利害関係者の意見をまとめ、全体最適を考える
たとえば、あなたにイヤなことを言ってくる上司がいたとしましょう。
このときに、「なぜこの人はこういう言い方をするのか?」を考えてみるのも、「見渡し経験」としてはとても有意義です。
「この人は性格が悪いからだ」とか「この人は私のことを見下している」といった感情論に囚われてしまうのは、「見渡し」が足りていないからだとも言えます。
学びがうまい人は、「相手から見えている景色」を想像することで、嫌いな人とのやりとりすらも、「自分とは異なる価値観・視点」を学ぶ機会に変えているのです。
■「長期的な視点」は失われやすい
②「目先」から離れる――時間の見渡し
仕事をしていると、「こうやって今日を乗り切ろう」「どうすれば今月の売上を増やせるだろうか?」「このままでは上半期の目標が達成できない……」という具合に、つい短期的なわかりやすい結果に囚われがちになります。
つまり、物事を捉える時間軸が極端に短くなり、長期的な視点が失われてしまうのです。
逆に言えば、数年単位の視点を必要とする環境のなかに身を投じることで、時間的な「見渡し」の経験は得やすくなります。
・長期プロジェクトをリードする――数年単位の目標を立て、計画的に進めることで、短期的な視点を離れて考える力を養う
・事業再編や制度改革に関わる――会社の将来像を見据えた意思決定に携わることで、経営視点を身につける
・自分のキャリアや人生設計について定期的に振り返る――これまでの歩みを振り返り、今後の方向性を考える機会をつくる
・研究活動や継続的な学習を行う――知識の蓄積には時間がかかることを理解し、長期的に成長を続ける姿勢を養う
・新人育成を行う――一人前になるまで若手を支援しながら、自分自身も長期的な視点から仕事の意味を考える機会を得る
私自身、半年に一度、研究者仲間と合宿を行い、研究の方向性やキャリアを見つめ直す機会を設けています。
このように「長期的な視点」での振り返りの機会を、あらかじめ年間スケジュールのなかに組み込んでしまうのもおすすめです。
■たまには「自分の強み」から離れることも大切
③「強み」から離れる――学びの見渡し
専門知識を深めることは重要ですが、それと同時に、「自分の強み以外の世界に、どのような知識やスキルが広がっているのか?」を知ることも大切です。
自分の業界や職種、専門分野、得意スキルなど、特定の「自分の強み」のなかだけで学びを深めていくのではなく、それを含んだより大きな全体像のなかで、それまでの学びを捉え直すようにしてみましょう。
・書店に行き、いつもは見に行かないコーナーの棚を眺める――自分の強みや専門の外にある領域に目が向くようになる
・自分の専門分野だけでなく、関連領域についても学ぶ――全体像を把握し、自分の仕事・強みの位置づけを理解する
・異なるジャンルの本をまとめて読む――以前から興味があるけれど、まだ学べていない領域の書籍を5冊選んで読んでみる
狭い領域に閉じこもり、自分の業界・会社・職種だけで通じる常識や専門用語に囚われると、自分に限界が見えてきます。
もちろん、すべての分野に詳しくなることは不可能ですし、その必要はありません。
ただし、たまには「自分の強み」を離れることも大切です。
「自分の周辺にはなにがあるのか?」を見回すなかで、「自分がどこにいるのか?」「自分がなにに詳しくないのか?」を知ることができれば、それが「学びをやめない生き方」への大きな道標になってくれるはずです。
以上、見渡し経験についても見てきました。
これもまた難しいことはなにもありません。
折に触れて、「自分」「目先」「強み」からあえて離れてみるだけです。
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中原 淳(なかはら・じゅん)
立教大学 経営学部 教授
東京大学卒業、大阪大学大学院、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などを経て、2018年より現職。博士(人間科学)。専門分野は人材開発・組織開発。単著に『職場学習論』『経営学習論』(以上、東京大学出版会)、『フィードバック入門』『話し合いの作法』(以上、PHPビジネス新書)、『駆け出しマネジャーの成長論』(中公新書ラクレ)などがあるほか、『人材開発研究大全』(東京大学出版会)、『企業内人材育成入門』『組織開発の探究』『アルバイト・パート採用・育成入門』『女性の視点で見直す人材育成』(以上、ダイヤモンド社)、『転職学』(KADOKAWA)、『残業学』(光文社新書)など、共編著多数。
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パーソル総合研究所
パーソルグループのシンクタンク・コンサルティングファームとして、調査・研究、組織人事コンサルティング、社員研修などを提供・実施し、働く人と組織の持続的な成長をサポートしている。
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ベネッセ教育総合研究所
ベネッセコーポレーションの研究開発部門として、乳幼児から社会人まで幅広い領域の人の成長や学びに関わる調査研究を実施。より豊かな未来の実現につながる学びのあり方の提案・社会実装を目指し活動している。
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(立教大学 経営学部 教授 中原 淳、パーソル総合研究所、ベネッセ教育総合研究所)