多忙な社会人が何かを学び続けるのは難しい。人材開発や組織開発が専門の立教大学の中原淳教授は「個人で黙々と学ぶことも重要だが、だれかと共鳴し、熱量を分かち合いながら学ぶことも、学びの継続性にとっては重要だ」という――。

※本稿は、中原淳、パーソル総合研究所、ベネッセ教育総合研究所『学びをやめない生き方入門』(テオリア)の一部を再編集したものです。
■深い学びをもたらしてくれるのは「のめり込み経験」
「学び」と聞くと、机に向かって本を読んだり、セミナーや研修を受けたりといった、いわゆる「座学」をイメージする人が多いかもしれません。
しかし、実際に深い学びをもたらしてくれるのはむしろ、現場感のある場所で、全身全霊で夢中になって取り組む経験だったりはしないでしょうか?
これが、私たちの調査でも見えてきた3つめの突破口「のめり込み経験」です。
のめり込み経験とは、学ぶ人自身が、その「現場」に出かけ、なにかに「夢中」になりながら「全身」で取り組む機会のことを指しています。
5つの学び行動を取れている人たちは、このような「手触り感」のある経験を通じて、理想的な学びへのトビラを開いているようなのです。
■「好きなことにハマる」だけではない
とはいえ、単に「好きなことにハマる」だけが、のめり込み経験ではありません。
仕事や社会活動、仲間との関わりのなかで、なにかに深く没頭し、身体感覚を伴って取り組むような機会であれば、それはのめり込み経験だと言えます。
具体的には、次のようなものが含まれます。
・全力でなにかに打ち込んだ経験――汗水たらしてがんばった、困難を乗り越えた
・課題の現場に関わった経験――フィールドワークや社会的困難を抱えている人にインタビューをした
・対話を通じた深い気づきの経験――上司や仲間と本音で議論した、友人と意見を徹底的にぶつけ合った
・「ありがとう」と言われた経験――顧客や同僚から直接感謝された、社外活動に対する周囲からのフィードバックを受けた
・集団での熱狂や達成感の経験――競技会やイベント・お祭りに参加した、仲間と打ち上げをして盛り上がった
・身体を動かして学んだ経験――炊き出しやゴミ拾いなどのボランティア活動をした、手を動かしながらなにかをつくり上げた

■「学びに没入する」ためのメカニズム
のめり込み経験に共通しているのは、「頭で考えるだけでなく、実際に身体を動かしながら、没頭して取り組んでいる」という点です。
では、なぜそれが「学びをやめない生き方」につながるのでしょうか?
そのヒントになるのが「フロー(Flow)」という概念です。
心理学者のミハイ・チクセントミハイは、人がなにかに没頭しきっているときの心理状態を「フロー」と名づけました。
彼は次の7つの要素を、フローの特徴として挙げています。

① 完全な集中――その作業に深く入り込んでいる
② 現実を超えた感覚――エクスタシーの感覚、日常の外側にいるような感覚
③ 明確な目的意識――なにをやるべきかが明確で、進捗を把握できる
④ 挑戦とスキルのバランス――実行可能でありながら、適度な挑戦もある
⑤ 自己意識の消失――心配が消え、目の前の活動に完全に集中している
⑥ 時間の感覚の歪み――数時間が数分のように感じられる
⑦ 内発的なモチベーション――その活動自体が楽しく、やりがいを感じる

■人が「フロー」を体験しやすいとき
フロー状態にある人は、高い集中力を発揮し、活動そのものを純粋に楽しんでいるため、時間の感覚を忘れるなど、非日常的な意識モードに入ることが知られています。
人がフローを体験しやすいのは、適切な難易度の課題にチャレンジしているときです。
やっていることがあまりに簡単すぎると「退屈」ですし、あまりに難しすぎると「不安」になってしまいます。
自分のスキルと挑戦のレベルがちょうど釣り合っているとき、人はフローに入りやすくなるのです(図表1)。
「のめり込み経験」とは、このフロー状態に非常に近しいものだと考えられます。
のめり込みのない学びは、なかなか打ち込めず、とくに継続が難しくなります。
逆に、身体感覚を伴うような学びに没頭していれば、学ぶこと自体が「楽しく」なります。
だからこそ、のめり込み経験がある人は、学びを無理なく継続できるのでしょう。
最後に、のめり込み経験に必要なポイントを2つほど見ておきたいと思います。
■リアルな体験を意識的に増やしてみる
①「画面」から離れる――「身体感覚」を伴うのめり込み
パソコンやスマートフォンなど、テクノロジーの発展によって、私たちはこれまでになく多くの情報にアクセスできるようになりました。
しかし、こうしたデジタル環境に依存しすぎていると、学びの「のめり込み感」や「没入感」は失われやすくなります。
また、本やインターネットを通じた学びは便利ですが、情報を得るだけでは、学びが「実感」として身体に刻まれません。

もし、「最近、なにごとにも没頭できていない……」「のめり込むような経験がない……」と感じているならば、あなたの学びは「頭でっかち」になっている可能性があります。
デバイスの画面を通じて情報を消費するだけではなく、自分の手でなにかをつくり上げたり、身体を使って学んだりするリアルな体験を意識的に増やしてみましょう。
・社会課題のフィールドワークに参加する――現場での経験を通じて、社会問題を「自分ごと」として考えられるようになる
・ボランティア活動に取り組む――現場で手を動かし、全身で関わる
・他者となにかについて本気で語り合う――本やネットで知識を得るだけでなく、人間の「生の声」に触れる

■「まったりとした日常」とは対局にある時間
②「まったり」から離れる――「集合的沸騰」を伴うのめり込み
「のめり込み経験」を掘り下げていくと、そこには「祝祭感」があります。
祝祭感とは、「まったりとした日常」とは対極にある興奮を伴った時間です。
私たちが没頭し、熱中できるような活動には、人々が物理的に集まり、共通の目的や感情を共有するという特徴があるのです。
かつて社会学者のエミール・デュルケームは、特定の瞬間に強い感情が集団内で共有されたとき、個々人の境界があいまいになっていく現象を「集合的沸騰(Collective Effervescence)」と呼びました。
たとえば、サッカーの試合の勝敗によって、何万人ものサポーターが一体となって喜びや悔しさを共有し、いわば集団としての感情が形成されていくような状態です。
また、いわゆる「推し活」などでも、ファン同士が集まってその魅力を語り合ったり、お互いに自らの「推し」の魅力を広めたりするなかで、強い共鳴が生まれ、熱狂が拡散していく現象が見られます。
学びにつながるような「のめり込み経験」にも、スポーツ観戦や推し活に近い「集合的沸騰」の要素が多分に含まれています。
人が熱狂し、感情を共有する瞬間には、情報が単なる「知識」ではなく「体験」として深く刻まれます。
個人で黙々と学ぶことも重要ですが、だれかと共鳴し、熱量を分かち合いながら学ぶことも、学びの継続性にとっては重要なのです。
・仲間とプロジェクトをやり遂げ、打ち上げで盛り上がる――努力を共有することで、学びの達成感が増す
・推し活やイベントに参加し、熱狂を体験する――一体感のある場で、感情が揺さぶられる経験をする
・スポーツや競技に挑戦する――身体を動かしながら、チームプレーをする

「学びたいのに、学びが続かない……」と感じる人は、まずは「のめり込める場」に飛び込んでみましょう。

大丈夫です、難しいことはまったくありません。
「画面」や「まったり」から少しだけ距離を取り、足を一歩踏み出すだけです。

----------

中原 淳(なかはら・じゅん)

立教大学 経営学部 教授

東京大学卒業、大阪大学大学院、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などを経て、2018年より現職。博士(人間科学)。専門分野は人材開発・組織開発。単著に『職場学習論』『経営学習論』(以上、東京大学出版会)、『フィードバック入門』『話し合いの作法』(以上、PHPビジネス新書)、『駆け出しマネジャーの成長論』(中公新書ラクレ)などがあるほか、『人材開発研究大全』(東京大学出版会)、『企業内人材育成入門』『組織開発の探究』『アルバイト・パート採用・育成入門』『女性の視点で見直す人材育成』(以上、ダイヤモンド社)、『転職学』(KADOKAWA)、『残業学』(光文社新書)など、共編著多数。

----------
----------

パーソル総合研究所
パーソルグループのシンクタンク・コンサルティングファームとして、調査・研究、組織人事コンサルティング、社員研修などを提供・実施し、働く人と組織の持続的な成長をサポートしている。

----------
----------

ベネッセ教育総合研究所
ベネッセコーポレーションの研究開発部門として、乳幼児から社会人まで幅広い領域の人の成長や学びに関わる調査研究を実施。より豊かな未来の実現につながる学びのあり方の提案・社会実装を目指し活動している。

----------

(立教大学 経営学部 教授 中原 淳、パーソル総合研究所、ベネッセ教育総合研究所)
編集部おすすめ